Remote.06 覆面レスラー殺人事件 2/19
「先ほど連絡がありまして……鷹野研さんの病院での死亡が確認されました。側頭部に強い衝撃を受けたことによる脊髄損傷が死因だそうです」
篠原水希に告げられると、応接室でテーブルを挟んだ対面に座る男性――プロレスリング・サーガ営業部の堀内は、膝の上に置いた拳を強く握りしめ、
「パラドクス――鷹野選手は首に古傷を持っていましたから……それも影響したのでしょう」
堀内の言葉どおり、“鷹野研”とは、突然の乱入者の襲撃を受けて亡くなったマスクマン“パラドクス”の正体であるプロレスラーだ。
パラドクスが謎の乱入者の一撃を受け病院へ緊急搬送されたことによって、この日のプロレスリング・サーガの興業はメインイベント開始直前で中止となった。午後九時近くという時刻だったが、にもかかわらずその日のうちに警察が出動し、こうして関係者に事情聴取を行えているというのは、会場であるトヤマコロッセオに、富山県警の刑事、真鍋有斗夢が居合わせたことが大きい。試合観戦中だった有斗夢は、パラドクス襲撃後のリング上の異様な雰囲気を察し、すぐさま自ら県警へと連絡を入れたのだった。
「会場周辺に緊急配備が敷かれましたが、犯人らしき怪しい人物が見つかったという報告はまだありません」
そう告げた水希の両隣には、真鍋有斗夢と戸森大輔、二人の刑事も座っている。
「さっそくですが、事件についてお話しを聞かせて下さい」
水希の言葉に、堀内は黙って頷いた。
「では。犯人――メインイベントの試合開始直前に乱入してきた覆面レスラーのことですが――について、心当たりなどありませんか?」
堀内は、黙ったまま首を横に振ってから、
「皆目見当が付きません。こっちが訊きたいですよ。どこのどいつが、何が目的であんな真似をしてくれたのか……」
うなだれて頭を抱えた。
「そちら――“プロレスリング・サーガ”――所属のレスラーの誰か、という可能性は――」
「ありえません!」
その質問に堀内は、すぐに顔を上げて反論した。
「ですが……」その剣幕を受け流して、水希は、「犯行の様子から、犯人は控え室にいたレスラーの誰かだったなのではないかと、我々警察は睨んでいます。たった一撃でプロのレスラーを死に至らしめた、あのキック。あれは素人の仕業ではありえません。実際、事件当時、控え室には大勢のレスラーがいたわけですし、その控え室も軍団――といっていいのでしょうか――ごとにいくつが用意されていて、犯人がリングへ乱入した時刻に、誰が在不在だったかを明確に把握している人は誰もいないと聴取で分かっています。それに、あの乱入者は覆面を被っていたため、誰も顔を見ていません」
「それ! その覆面ですよ」
「はい?」
「あの犯人――乱入者――が、“ザ・ブレイド”のマスクを被っていたということ自体が、うちのレスラーではないという証です。うちの所属選手が、よりによってブレイドのマスクを被ってあんな暴挙に及ぶわけがありません!」
「……どういうことでしょう?」
「あの乱入者が被っていたマスクは、ここ、トヤマコロッセオに併設された“格闘技資料室”に展示されていたものだったそうですね」
「ええ。資料室には、犯行に使用されたものの他にも、いくつかのプロレスラーのマスクが飾られており、犯行に使用されたものはその中の一枚だったそうです」
「私も試合前に資料館を見学したから分かるのですが、他のマスクが棚に直に並べて展示されていたのに対し、あの“ザ・ブレイド”のマスクだけは、ガラスケースに入れられていました。しかも、展示されていた場所は資料室の一番奥です。つまり、犯人は、他に何枚もマスクが展示されていたにも関わらず、資料室の一番奥まで行き、さらに、わざわざガラスケースを空けるという手間をかけてまで、そのマスク――ブレイドのマスク――を奪い、それを被ってリングに乱入したということになります」
「確かに、その点は我々も疑問に思いました」
「しかもですよ、犯行時の映像をご覧になったからお分かりかと思いますが、ブレイドのマスクは口元が大きく開いたデザインをしています。資料室にあった中には、口元もメッシュ生地で覆われているような、言ってみれば、被った人間の顔を完全に覆い隠せるデザインのマスクもありました。犯人心理からしてみれば、どうせマスクを被るなら、自分の顔を完全に覆い隠すようなデザインのものを選ぶのが普通ではありませんか?」
「ごもっともです」
「にもかかわらず、あの犯人はわざわざブレイドのマスクを選んだんです。だから、うちの選手が犯人などということは、絶対にあり得ないんです」
「……犯人が、そのブレイドというレスラーのマスクを選んだことと、だからプロレスリング・サーガ所属のレスラーが犯人ではあり得ないということが、どう繋がるのでしょう?」
「それは……まず、ザ・ブレイドというレスラーについて、お話ししてからのほうがよいでしょう」
堀内は話し始めた。
ザ・ブレイドは、約半年前にプロレスリング・サーガでデビューした覆面レスラーだった。といっても、ここでの“デビュー”とは“ザ・ブレイド”としてのデビューを言うのであって、ブレイドの正体であるレスラー自身は、素顔で二年以上前にすでにデビューを果たしていた。
「ザ・ブレイドの正体――本名は、佐田功武といいます。どのジャンルにも“天才”と呼ばれる逸材はいますが、こと、プロレス界においてならば、佐田こそがその称号を受けるにふさわしい存在だったと言えるでしょう……」
堀内が深いため息をつくと、
「同感です」
有斗夢が強く頷いた。はい、と堀内も頷きを返してから、
「練習生として入門した当初から、佐田の身体能力は一歩も二歩も抜きん出ていました。同期入門の練習生はもとより、すでにデビューを果たして試合に出ている若手レスラーたちと比較しても、です」
会社は佐田の能力を高く買い、将来のエースとして育て上げていく方針を固めた。
佐田は、入門から二ヶ月という異例の早さでデビューすることとなった。これは会社のプッシュが働いただけではなく、実際に佐田がレスラーとしての基礎を吸収、実践できるスピードが抜きん出て早かったという素質もあってのことだったという。
いざリングに上がった佐田は、会社の期待を裏切らぬ新人離れしたファイトを見せ、観客の度肝を抜いた。入門前からやっていた空手や柔道などの格闘技に裏付けられた確かな実力は玄人のファンを唸らせ、また、佐田が自慢の身体能力を駆使して繰り出す空中殺法などの華やかな技術は若年層にも訴求し、新規のファンを開拓する役目も果たした。
「いや、あのデビュー戦は良かったなぁ……」話がひと段落すると、有斗夢は感慨深げな笑みを浮かべて、「対戦相手は、大守洋昭でしたよね。当時すでにベテランの域に差し掛かっていた大守も、佐田の動きに触発されたのか、かつて得意としていた空中殺法なんかを久しぶりに繰り出したりして。相手を引き立てるのも抜群に上手かったんですよ、佐田は」
水希をはじめ三人の視線が突き刺さり、それに気付いた有斗夢は、
「あ、すみません……」
堀内に向かって頭を下げた。
「ああ、いえ、お気持ちはよく分かります。かく言う私も、プロレスファンが高じてサーガに就職したようなものですから……。それで、ですね」こほん、と咳払いをひとつしてから、堀内は、「デビューから半年ほど経った頃、会社は佐田を海外への武者修行に旅立たせることを決めました」
プロレスリング・サーガにおいて、若手を海外への武者修行に出すということは、レスラーとしての飛躍のための儀式的な意味合いがあり、引いては会社の期待の表れでもあるという。佐田には十分にその資格があったとはいえ、デビュー直後から人気レスラーとしての地位を築きつつあった佐田を国外に出すことは、興行的に考えればマイナスではあることも明らかだ。が、「佐田が若いうちから海外に出て、様々なレスリングスタイルを吸収して帰ってくることは、長い目で見れば必ず会社のためにもなる」。佐田を武者修行に出してしまうことに最後まで反対していた営業部も、現役レスラーでもある社長、藤岡健司のその言葉に従った。
海外に出た佐田は、まずメキシコのリングに立った。
「メキシコにおいてプロレスは、“ルチャリブレ”と呼ばれていまして、派手な空中殺法や複雑でテクニカルな関節技で試合を組み立てていくというのがメインスタイルです。佐田は持ち前の身体能力を活かして、様々な技をものにし、メキシコでも人気選手となりました」
その後、佐田はアメリカ、イギリスと活躍の舞台を移していき、当然のようにその行く先々で大人気を博した。
そうして佐田が海外修行に旅立ってから一年近くが経過した頃、ついに会社から帰国命令が出た。帰国するに際して佐田は、会社にひとつの提案を出した。それが、「マスクマンになって再デビューすること」だった。
「会社として審議した結果、その案にゴーサインを出すことにしました。佐田は身体能力には突出したものがありましたが、正直なところ、ルックスは人並みで、加えて表現力も秀でたものは持ち合わせていませんでした。プロレスの世界では、ただ単に強いというだけではトップレスラーにはなれません。観客に訴えかける情念といいますか、感情を伝えられる表現力も必要とされるのです。恐らく、佐田自身もそのことに気付いていたのではないでしょうか。若いうちは勢いだけで突っ走ることも出来ますが、佐田の何年、何十年先のレスラー人生を考えれば、海外から帰ってくるタイミングでマスクマンに転向するというのは十分ありだと思ったのです。会社としても、マスクマンですとグッズの作成にも幅が広がりますし。そうして、佐田――いや、ザ・ブレイドは、凱旋前に見せていた持ち前の身体能力に加え、海外修行で会得した様々な技術や空中殺法でもって、瞬く間にトップレスラーの地位に上り詰めました。嬉しい誤算だったのは、マスクマンになることによって、佐田の感情が観客に見えるようになっていったことでした」
表情が見にくくなるマスクを被ることで逆に吹っ切れたのか、ザ・ブレイドに転身後の佐田は、むしろ素顔時代とは比べものにならないほどに、自身の感情が観客に伝わるような試合をするようになっていった。のちにブレイドは「素顔のマスクマン」などとも呼ばれるようになっていく。
「デビュー以来、順風満帆だったブレイドでしたが……もう二ヶ月前になりますか……とんでもない不幸に襲われました」堀内は沈痛な顔つきになると、深いため息をひとつ吐いてから、「そちらの刑事さんは、プロレスにお詳しいようなので、ご存じかと思いますが……」
目を向けられた有斗夢も、先ほどまで口を挟んでいたときとは正反対の、悲痛な面持ちになって頷いた。それを見ると、堀内はもう一度、大きく息を吐いてから、
「試合中の事故で、ザ・ブレイド……佐田は亡くなってしまったのです」




