Remote.05 続三剣士殺人事件 7/8
身柄を確保された神代優梨は、取り調べで全てを自供した。
須藤圭祐を襲ったのが自分であること。凶器として使用した短剣は、蓮田富賀美から奪ったこと。そして、短剣を奪う際に富賀美を拉致したことも。
「圭祐さんが浮気をしていたことが、許せなかったんです」
犯行動機を優梨は、そう証言したあと、
「……普段から、もしかしたら、という気持ちはありました。圭祐さんはかっこいいし、劇団なんていう華やかな世界に身を投じていたら、そういうことがあっても全然おかしくありませんし」
そう言いつつも、
「でも、それならそれで、私は知らずにおきたかったんです。たとえ圭祐さんが浮気をしていたのだとしても、私自身がその事実を知らなければ、普段どおりいられる、二人の関係には何も変化はない、そう思っていました。でも……」
優梨は知ってしまった。圭祐が劇団の女性と付き合っていた――浮気していたことを。
「もしかしたら、彼女たちにしてみれば、私のほうこそが浮気相手だと思ったかもしれません。私よりも、彼女たちのほうが圭祐さんとは古い付き合いですから。でも、それは違います。私は彼の婚約者です。だから、付き合いの長さに関係なく、彼女たちのほうが浮気相手という立場になるのは当然でしょう?」
訴えかけるような優梨の言葉に、水希は曖昧な返答でお茶を濁した。
須藤が浮気をしていたこと――いや、それを自分が知ってしまった、知らされてしまったことが許せない。優梨は復讐を決意した。相手は、自分を裏切った須藤と、そして、浮気を知るきっかけとなった事件を起こした、蓮田富賀美。
須藤を殺し、その罪を富賀美に着せる。これが優梨の立てた計画だった。
須藤が襲われた日――智が新川麗依殺しの推理を披露した日――の夕方、優梨は須藤から事件のことを聞かされた。事件の詳細。蓮田富賀美が犯人として特定されたこと。しかし、証拠不十分のため身柄の確保はされなかったこと。素人探偵が捜査協力していたこと。その探偵の素性は不明だが、若い女性で、“戸森”という刑事のことを「兄」と呼んだこと。須藤から聞いたそれらの情報を組み立て、優梨の復讐計画は完成した。
まず優梨は、富賀美のもとを訪れた。
「彼女は、突然の私の訪問に驚いていましたが、『あなたが犯人だという証拠を発見しました』そう告げると、警戒しつつも部屋に上げてくれました。もしかしたら彼女は、時間を作って私の口を封じる手立てを考えようとしていたのかもしれませんが、それじゃ間に合いませんよ。私は彼女を拉致するつもりで来ていたんですから。最初から覚悟が違います」
優梨の先制攻撃は成功した。護身用にと父親から与えられていたスタンガンで抵抗力を奪うと、部屋を物色して富賀美の車の鍵と小道具の短剣を入手、富賀美を乗せた車を運転して公園の駐車場に駐めた。
優梨の計画は、須藤を殺したあと、富賀美に無理やり致死量の睡眠薬を飲ませて車内に放置。須藤――及び麗依を殺した罪を悔いて自殺した、と見せかけるというものだった。須藤のことは、大事な話がある、と公園に呼び出した。まさか婚約者から命を狙われるなどとは、想像だにしていなかったのだろう。須藤はあっさりと優梨の一撃を喉元に許した。
「圭祐さんは悲鳴を上げて倒れました。喉の傷口からは、すごい量の血が流れ出て……。それでも、呻き声をあげてまだ手足を動かしていたので、致命傷には至らなかったのかな、と思いました。だから、もう一撃、お腹でも刺しておこうと思ったんですけれど、周りで人の気配がして。もしかしたら、圭祐さんの悲鳴を聞いて、誰かが通報したのかもって。そう思ったら、怖くなって……すぐに逃げ出しました。凶器を残して。車に帰ってきた私は、蓮田さんを殺すのは中止して、同じ駐車場に持ってきていた私の車に彼女を移して、現場を離れました。かなりの深手を負わせましたが、あの一撃で圭祐さんが死んだとは思えなかったからです。通報がされていたのであれば、救急車の到着も早いでしょうし。だから、蓮田さんをここで殺してしまうわけにはいきませんでした。そう思っていたら、案の定、警察から連絡が来て……。病院に着いて、集中治療室で呼吸器を付けている圭祐さんを見て、私、情けなくなって……。自分がです。どうしてあのとき、勇気を振り絞ってとどめを刺さなかったんだろうって……。圭祐さんの意識が戻ったら、犯人が私だと証言されてしまいます……」
水希は、病院で優梨と会ったときのことを思い返した。ガラスに張り付き、悲愴な顔で落涙していたあの姿。あれは婚約者の身を案じていたのではなく、自分の失態を悔やんでの涙だったのだ。
優梨の計画は練り直しとなった。何としても、須藤が意識を取り戻す前に、今度こそ確実に殺してしまわなければならない。が、それは、当初の計画とは比べものにならないほどに困難な仕事だった。須藤は集中治療室を出て一般病室に移ったとはいえ、病室前には警察官が警護にあたっている。さらにやっかいなのは、富賀美――あくまで警察が考える犯人――の標的となる可能性があると考えられたため、自分にも警察官の警護が付くようになったことだ。須藤を殺害するためには、別に犯人の標的を用意して、警察の目と足をそちらに向けさせる必要がある。その囮として選ばれたのが“素人探偵”だった。須藤がいつ意識を取り戻すか分からない。優梨の行動は早かった。
「探偵の素性は、大手ゼネコン社長の父の伝手を使って、県警に顔の利く県議会議員の力を借りて知りました。“捜査一課の戸森という刑事の妹”これだけの情報があれば、調べてもらうのはわけありませんでした。その議員さんの名前は、私の口からは言えません。調べれば、すぐに分かってしまうでしょうけれど」
探偵は、富山市内にある東城高校に在学中の高校生で、所属は漫画部。そこまでの情報を手にした優梨は、富賀美に似た扮装をし、警護の目を盗んで自宅を出ると東城高校周辺に移動、昼休み中の東城高校の生徒たちに、「漫画部の戸森を知っているか」と声をかけてまわった。この情報はすぐに警察に知られることとなり、病院に詰めていた警官たちのほとんどは東城高校に向かった。優梨が自宅へ戻ると、彼女に付けられていた警護の警察官の姿も消えていた。
優梨の新たな計画は、こうだ。
新しく購入したナイフを、監禁していた富賀美に握らせ、彼女の指紋を付着させる。このナイフが須藤の命を奪う凶器となる。病院近くの人気のない公園に車を駐めた優梨は、今度こそ致死量の睡眠薬を飲ませ、意識を奪った富賀美をトイレの中に置き去りにして病院に向かう。須藤の病室に入るのは容易だろう。まだ若干名の警官が病院内に残ってはいるが、そもそも須藤の婚約者である自分が病室に入ることを止められる謂れはない。自分の警護が解かれ、確実に須藤と二人きりになれる状況を生み出すことが必要だったのだ。須藤の命を奪うのは、富賀美の指紋が付いたナイフ。警察は、病院の警邏が手薄になった隙を突かれたと思うだろう。そして、近くの公園のトイレからは、睡眠薬を煽って死んだ富賀美の死体が発見される。警察がこの二つを結びつければ……。しかし、優梨の計画は、智の推理を聞いて、急遽病院へと引き返した水希によって阻止されたのだった。




