表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.05 続三剣士殺人事件 ~リモート探偵校庭に立つ~
52/89

Remote.05 続三剣士殺人事件 6/8

 ひとりの女性が病室のドアを開けた。個室であるその部屋の奥には、ベッドが一台だけ設えられている。素早く歩み寄った女性は、鞄に手を入れて、ひと振りのナイフを取り出すと、間髪入れずにベッドの上――人型に膨らんだ布団――に勢いよく突き立てた。


「――?」


 女性は違和感を憶えたらしい。ナイフを人体に突き立てたにしては、あまりに手応えが軽すぎることに。事実、抜き取った刃先には、一滴の血も付着していなかった。


()(どう)さんはそこにはいませんよ」


 声をかけられて、女性は振り向いた。その先に立っていたのは、病室の物陰に身を潜めていた篠原(しのはら)(みず)()警部補だった。


「今の行動の意味を、お話し願えますね……」水希は、ゆっくりと近づくと、「神代(かみしろ)さん」


 名前を呼ばれた女性――神代(ゆう)は、自分が罠にはめられたことを知った。



「神代優梨が確保されました!」


 水希からの着信を受けた有斗夢(あとむ)がそう告げると、大輔(だいすけ)は「よし!」と拳を握り、(とも)は安堵のため息とともに、助手席シートの上に体を滑らせた。


 東城(とうじょう)高校に向かっていた水希は、智の要請を受けて急遽病院へと引き返すと、病室から須藤を移動させ、ベッドの上をいかにも人が寝ているように毛布で形作り、自分は病室の物陰に姿を隠して、犯人――神代優梨が現れるのを待っていたのだった。


「それにしても……」と有斗夢はスマートフォンをしまいながら、「よく犯人が神代さんだって分かったね、智ちゃん」

「は、はい……。水希さんが、い、いくら相手が神代さんでも、捜査情報を漏らすなんて、そ、そんなわけないなって、お、思ったので……。で、電話で捜査のことを、は、話すにしても、水希さんだったら、一般の人には聞かれないように、は、配慮するはずですし……」

「だから、神代優梨が須藤さんを刺した凶器のことを知っていたのは変だと、そう感づいたわけだね。いや、さすがだなぁ」

「へ、へへ……水希さんだったから、ですよ。も、もし、これが兄貴だったら、うっかりと、そ、捜査情報を漏らしたんだなって思って、う、疑いはしなかったかも……」

「んだと、智! てめえ」

「うひゃう!」


 智がシートの上で丸くなり、両手で頭を覆うと、


「智ちゃんのお兄さん!」千奈都(ちなつ)の鋭い声が浴びせられて、「智ちゃんのことをいじめないでくださいっ!」

「は――はいっ!」


 思わず大輔は背筋を伸ばした。


「い、いいぞ、千奈っちゃん、も、もっと、言ってやってくれ……」


 智の応援を受けて、千奈都は、


「智ちゃんの推理がなかったら、被害者が増えていたところだったんじゃないですか?」

「ご、ごもっとも……」

「い、いいぞ、千奈っちゃん」

「智ちゃん、他に何か、お兄さんに言うことある?」

「あ、あるとも……」

「なになに?」

「りょ、料理に、に、にんじんを入れるのを、や、やめさせて……」

「……だそうです」


 千奈都はさらに大輔を睨んだ。


「ちょ――それは甘くね? ど、どう考えてもにんじんは食べたほうがいいだろ!」

「いえ、にんじんを食べないくらいで体調がどうこうなるなんてことは、ありません。にんじんと同等の栄養素を摂取する手段は、他にもあります」

「そ、それは……って、ユートム!」大輔は、面白そうな顔で二人のやり取り――というよりは、大輔が一方的に千奈都に攻め込まれているさま――を眺めていた有斗夢に、「てめえ、いつまでもぼさっとしてんな! さっさと水希さんのとこに報告に行ってこい!」

「ちょっと、お兄さん!」と、そこに再び千奈都の声が、「そういう言い方って、ないんじゃないですか? パワハラですよ」

「ぐ、ぐぬう……」

「智ちゃん、素晴らしい友達を持ったね」

「は、はい……!」


 有斗夢の言葉に、智は満面の笑みで答えた。


「さて……そんじゃ、そろそろ俺らも帰るか……」


 すっかり千奈都にやり込められてしまった大輔は、がっくりと肩を落としながら運転席に向かった。そこに、


「すみません」


 と声をかけてくる女性があった。


「あ! 会長!」


 その姿――生徒会長、霧島(きりしま) (しずか)――を認めた千奈都が頭を下げる。


「か、会長?」


 智も、声のした方向に顔を向けた。


「たまたま通りがかったもので……立ち聞きするつもりはなかったのですが」と静は一度頭を下げて、「皆さんがされていた話によれば……()(もり)智さんは、警察の捜査に協力している……いわゆる“素人探偵”だと、そういうことなのですか?」

「ああ、それは……まあ、そうです」


 聞かれていた以上、隠し立てしても仕方がないと腹をくくった大輔は、静の言葉を肯定した。


「ご、ごめんなさい、か、会長……」と智は、「か、隠すつもりは、なかったんですけれど……い、いや、実際に隠してはいたわけだから、か、隠すつもりは……あったんですけれど……ええと……」


 しどろもどろになる智の前に静は歩いてくると、膝を折って、そっと智の手を握る。


「えっ? か、会長……」

「責めているわけじゃないの。ただ……」静は、握った手にさらに力を込めて、「戸森さん……」

「は、はい?」

「……私で力になれることがあったら、遠慮しないで何でも言ってね」

「あ、ありがとう……ご、ございます……」

「それと」静は、隣に立つ千奈都を見上げて、「稲口さんも、戸森さんのことを頼むわよ」

「そ、それは、もちろんです!」


 今度は千奈都が背筋を伸ばして答えた。それを聞き、頬笑んだ静は、握っていた手を離すと、シートに座る智の体を抱きしめた。


「――あっ」


 突然のことに、智は黙ったまま静の腕の中に体を委ねるしかなかった。そっと、智の体を離した静は、


「戸森さん、事情はどうあれ、こうして学校に来てくれたこと、私、凄く嬉しかったわ」「は、はい……」

「でも、無理だけは絶対にしないでね」

「……は、はい」


 最後に、智の頭を撫でると静は、


「戸森さんのお兄さん」

「な、何でしょうか?」


 急に名前を呼ばれ、大輔はしゃちほこばる。


「少しだけ、お話させていただいても、よろしいでしょうか?」

「……はい」

「では、あちらへ……」と静は校舎裏へ向かうよう大輔に促すと、「戸森さん、ちょっとだけ、お兄様をお借りするわね」

「えっ? ど、どうぞどうぞ。な、何なら、そのままどこかに捨てちゃっても、か、構いません……」


 静は、ふふ、と笑うと、大輔と一緒に校舎裏へと移動した。


「な、何が起きたの? 千奈っちゃん」

「分からない」千奈都は、静と大輔の背中を目で追いつつ、「もしかしたら、会長、お兄さんに告白するんじゃ?」

「はあ? ぜ、絶対にない! それだけは、せ、千パーセント、ない」

「そうかな。智ちゃんのお兄さん、ワイルドで結構かっこいいと思うけどな」

「どこが! あ、あんな煙草臭くて、口の悪い男……」

「まあ、それは冗談としても、会長、どうしちゃったんだろうね? さっきも、いきなり智ちゃんのこと抱きしめたりして」

「……う、うん」

「智ちゃん、何か心当たりある?」

「な、ない、けど……」

「けど?」

「か、会長、やっぱり、い、いい匂いがした……」

「もう! やだー、智ちゃん!」

「うごっ!」


 千奈都は顔を赤らめて、智の肩をばしばしと叩いてから、


「あっ、そうだ……」

「えっ……」


 今度は、千奈都がシートに座る智を抱きしめた。


「ち、千奈っちゃん……?」

「智ちゃん、ありがとう」

「えっ? な、なにが……?」

「私のことを心配して、学校に来てくれたんだよね。私が、智ちゃんと間違われて……こ、殺されると思って……」

「う、うん……で、でも、よかった、本当に……」

「ごめんね……」

「ど、どうして、千奈っちゃんが、あ、謝るの……?」

「ごめんね……」

「……う、うん……ち、千奈っちゃん、な、泣いてる……の?」

「……違うよ」


 千奈都は、嘘をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ