Remote.05 続三剣士殺人事件 5/8
「……ペンネーム、ねえ」
ハンドルを握る大輔は、助手席に座る智から、“もうひとりの漫画部の戸森”が生まれたいきさつを聞き、呟いた。
「そ、そうだよ。だ、だから、もし、蓮田さんが“漫画部の戸森”を捜してるなら、千奈っちゃんに行き着いてしまう、か、可能性は、ある……」
「おまけに蓮田は、お前の顔を知らねえしな……」
「う、うん……」ごくりと唾を飲み込んだ智は、「あ、兄貴、今、何時?」
「一時半だ」
「あと、どのくらいで、つ、着く?」
「十分てところだな」
「か、回転灯を付ければ、スピード違反、じょ、上等で走行できるんでしょ」
「これは俺の車だ。覆面パトじゃねえ」
「千奈っちゃんの、き、危機なんだぞ……」
「心配すんな。水希さんたちも、警官を総動員して学校に向かってる。蓮田はもう袋のネズミだよ。だからな、わざわざ俺やお前が行かなくたって……」
そこまで言って助手席に横目をやった大輔は、妹の真剣な表情を目にして、
「それによ、今はまだ午後の授業中の時間だろ。部外者がそう簡単に校内に侵入できるはずはねえから、蓮田がお前――実際は学校にはいないんだが――を狙おうとしたら、放課後を待つか、来客を装って校内に入り込むはずだ。放課後までにはまだ時間があるし、警察から学校に蓮田の写真も送ってある。蓮田が学校を訪れたら、足止めをしてくれる手はずになっているし、すぐに警察に通報も入れてくれる。蓮田は、お前の友達に指一本触れられやしねえよ。まあ、お前の気持ちも分かるけど……だから、少しは安心しろって」
「じゃ、じゃあ、せめて、千奈っちゃんに、で、電話で知らせ……あ、スマホ、も、持ってこなかった……」
「そもそも、授業中だから電源切ってあるだろ。心配すんな」
「う、うん……」
それから十分後、大輔と智は東城高校に到着。来客用駐車場に入ると、大輔は駐車スペースに車を滑り込ませた。
「やっぱり、まだ蓮田は来てねえみてえだな。平和な学園生活そのものって感じだ」
駐車場から見渡せる校庭では、体操着姿の生徒たちがトラックを走り、あるいはサッカーに興じている様子が見られる。と、そこへ、校門の外から背広姿の男性が駆けてきた。真鍋有斗夢巡査だった。それを見つけた大輔は車から降りて、
「おう、ユートム」
と手を上げる。
「おう、じゃないですよ先輩。どうして先輩がここにいるんですか? 自宅で智ちゃんの警護に就いてるって、水希さんからは聞きましたけど?」
「その智がな……」
大輔が助手席に視線を向けると、有斗夢も腰をかがめて車内をのぞき込み、
「……あ! 智ちゃん?」
と声をかけたが、窓越しで声が伝わらなかったのか、智は不安な表情を浮かべたまま正面を向き、じっとしているだけだった。
「こいつのことはいいから」大輔はドアから有斗夢を引き剥がして、「で、どうなんだ? やっぱり、まだ蓮田は現れてねえんだな」
「そうですよ。あからさまに学校で張ってたら感づかれると思ったんで、僕たちは学校の周りを固めて見張ってたんですよ。そうしたら、見たことのある車が駐車場に入っていったものだから、慌てて来てみたんです」
「そ、そういうことか……」
大輔は、ばつの悪い顔をする。と、そこに、
「智ちゃん?」
と、またひとり、智の名を呼ぶ声がかけられた。その声の持ち主は、体操着姿で校庭から走ってきていた。
「あっ」大輔も、その女子生徒の姿を認めて、「えっと、確か、智の友達の……」
「稲口千奈都です」
千奈都は、大輔に向かってぺこりと頭を下げてから、助手席側のドアに走り、「智ちゃん」と再び智の名を呼ぶと、
「――千奈っちゃん?」
今度は窓越しでも車内にまで声は届き、智は返事をした。智はドアを開け、勢いよく車外に足を踏み出したが、
「うわっ!」
体勢を崩して転びかけたが、「ほい!」と千奈都に体を受け止められた。
「大丈夫? 智ちゃん」
「ち、千奈っちゃん……あ、ありがと……」気恥ずかしさから、顔を赤くした智は、「ひ、久しぶりに、そ、外に出たから……め、めまいが……へへ……」
「もう、気をつけてよ、智ちゃん」千奈都はため息をついて、「智ちゃん、松葉杖は?」
「えっ?」
「持ってきてないの?」
「……あ! そ、そうだった、つ、つい……うっかり……」
「駄目じゃないの、もう……」
千奈都は、そのまま智を抱えて、もとのように助手席シートに座らせた。
「ご、ごめんね、千奈っちゃん……」
「そんなの気にしないの。でも、どうしたの?」
「あ、あの、そ、それはね……で、でも、千奈っちゃんのほうこそ、よく、わ、私が来たのが、わ、分かったね……?」
「体育の授業の最中に、たまたま駐車場を見てたらさ、見たことのある車が入ってきて、あ、智ちゃんの家にある車に似てるなって思ってたら、助手席に智ちゃんらしき女の子が乗ってるじゃない。で、もしかしてと思って……」
「じゅ、授業中だったんだ、ご、ごめんね……」
「そんなのいいよ。センターバックがひとりくらい抜けたって大丈夫だよ。それより、智ちゃんのほうは?」
「あっ! ち、千奈っちゃん! だ、大丈夫?」
「えっ? なになに? 私?」
「う、うん」
「私は別に……あ、大丈夫じゃないかも」
「えっ?」
「私のチームが得点決められた。やっぱ、突然センターバックがいなくなるのはまずかったみたい」
「はあ……」ため息を吐き出して、智は、「よ、よかった……」
シートに背中を深く預けた。
「なになに? 話が全然見えないんだけど……」
千奈都は、智と、彼女の兄、さらに、その隣に立つ男性――有斗夢――の顔を順繰りに見回す。
「いやいや……」と大輔は車のフロントを回り、千奈都のもとに走ってくると、「何もないなら、それでいいんだって」
「えー? えー?」千奈都は、腕組みをしてしきりに首を傾げていたが、「でも……」と笑みを見せて、「智ちゃんが学校に来てくれて、私……本当に嬉しいよ」
「あっ……」
屈み込んだ千奈都に手を握られた智は、顔を赤くして俯いた。
「どう、智ちゃん、このまま、部室に寄っていかない?」
続けて、そう言われると智は、
「あっ、い、いや……」
さらに深く顔を俯かせた。
「あ、ごめんね、智ちゃん、私、無理強いするつもりなんてなくって……」
「い、いいんだよ、千奈っちゃん……」顔を上げた智は、「わ、私のほうこそ……ご、ごめん……」
「どうして、智ちゃんが謝るの?」
「い、いや……そ、それは……」
智が顔を横に向けると、
「まあまあ、稲口さん」と大輔が入ってきて、「今日のところは、このくらいで勘弁してやってくれ……」
「は、はあ……」
千奈都は、訳が分からない、といった色を表情に滲ませたまま、ゆっくりと立ち上がった。と、そこに、
「先輩!」有斗夢も大輔のもとに走ってきて、「ちょっと、ちょっと、いったい何がどうなってるっていうんですかー?」
こちらも、事態が把握できていない、という顔を見せた。
「あ、真鍋さん。い、いたんだ……」
「智ちゃん、そりゃないよー」
智の言葉に有斗夢は、とほほ、と肩を落とす。
「あ、す、すみません……へへ……」
智は、ぽりぽりと頭をかいた。
「実はな……」
大輔は、千奈都と有斗夢に、智を連れてここへ来た事情を話して聞かせた。
「ははあ、そういうことだったんですか」
有斗夢は納得した声を出し、千奈都もようやく事態を理解したようだったが、
「あ、あの……そんな話を、私が聞いても、よかったんでしょうか……」
話の内容に重要な捜査情報が含まれていたことを、千奈都は指摘した。
「あっ」大輔は、そのことにようやく気付き、「ま、まあ、いいんじゃねえか……」
「いや、よくはないでしょ」
有斗夢の突っ込みに対して、
「そう思ってたんなら、早く止めろよ!」
「なんで僕に対して切れてるんですか?」
「切れちゃあいないよ! いいか、ユートム、てめえ、このことは水希さんには絶対に言うなよ!」
鬼のような形相で有斗夢を睨み付けた。
「も、もちろんです……」頬に冷や汗を流しつつ、有斗夢は、「でも、もし今のことが水希さんの耳に入ったとしても、水希さん、先輩のことを責められないと思いますよ」
「ん? どして?」
「だって、水希さんも事件の情報を漏らしちゃってますから」
「ああ、智にだろ。それはいいんじゃねえの? むしろ、智の立場上は知っとくべきだろうし……」
「違いますよ」
「なにが?」
「神代優梨さんですよ」
「神代って……須藤の婚約者の」
「そうですよ。彼女、須藤さんを襲った犯人が、蓮田だって決めつけてるっぽいんですよ」
「どうして?」
「だって、僕も病院で訊かれましたもん。『蓮田さんは、まだ見つからないんですか?』って」
「そんなことがあったのか」
「はい。当然、僕はしらばっくれましたよ。でも、神代さん、犯人は絶対に蓮田だろうって、譲らないんですよ。で、どうしてそこまで決めつけるんですか? って逆に僕が訊いたらですね、彼女、凶器のことも知っているらしくて」
「凶器?」
「そうですよ。須藤さんを刺したのは、劇団の演劇で使う短剣だったんでしょ? って。だったら、もう決まりじゃないですか、と、こう来るんですよ。もう、水希さんが教えたとしか思えないじゃないですか。須藤さんが病院に運ばれた夜に、水希さんは神代さんと会ってるそうなんですよ、そこで、つい、ぽろっと漏らしちゃったんでしょうね」
「はあ……しょうがねえな、水希さん……」
大輔がため息を吐いたところに、
「そ、その話、ほ、本当なんですか……?」
智が声をかぶせてきた。
「えっ?」
有斗夢が智の顔を見ると、
「水希さんが、神代さんに、そ、捜査情報を漏らしたって、こ、こと……」
「い、いや、本人から聞いたわけじゃないし、水希さんもそんな失態、わざわざ僕らに言ったりしないし……。でも、神代さんが凶器のことを知っていたのは事実なんだから、これはもう、水希さん経由で漏れたとしか思えないよ。もしくは、水希さんが捜査内容を電話で話しているのを、こっそりと聞いていたのかも」
「……」
智は答えず、数十秒ほど無言を続けたあと、
「真鍋さん、け、警察は、蓮田さんを待ち構えるために、こ、こっちに警察官を、ど、動員してるんですよね?」
「そ、そうだよ」
「びょ、病院は?」
「病院? 須藤さんが入院している病院のこと?」
「は、はい。須藤さんを、ご、護衛するために、病院に警察官大勢、は、張り込ませているんですよね……」
「うん、そうだったけれど、病院のほうは何名かを残しただけで、ほとんどの人員はこちらに向かわせたはずだよ」
「神代さんに、つ、付けている護衛も……?」
「そうだね。蓮田の狙いが智ちゃんだと分かった以上、彼女の護衛も不要になるからね」
「――まずいです!」
「え? なにが?」
「は、犯人の狙いは、私じゃ……探偵じゃ、ない……」




