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リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.01 小さな恋の殺人事件 ~リモート探偵誕生!~
5/89

Remote.01 小さな恋の殺人事件 5/12

 三人は、稲口(いなぐち)美佳(みか)の家に到着した。呼び鈴を押し、インターホン越しに警察だと名乗る。応答に出たのは、美佳本人だった。「美佳さんに話を聞きたい」と来意を告げると、


「……ちょっと、待ってて下さい」


 スピーカーから、か細い声が聞こえ、ぷつり、という音を残して通話は切れた。

 ほどなくして玄関のドアが開き、ひとりの少女が姿を現した。


「稲口美佳さん、ですか」


 (みず)()の問いかけに、少女――稲口美佳――は、こくりと頷いた。下校してから着替えていないのだろうか、学校の制服姿だった。

 開示した警察手帳を、美佳はちらりと一瞥だけして、「どうぞ」と水希たちを招じ入れた。


「ご両親は?」

「仕事です。父は朝から会社ですし、母は午後からのパートに行きました。あと、高校生の姉がひとりいますが、今はまだ学校なので」


 言われて腕時計を見ると、時刻は午後一時を過ぎていた。

 居間に通され、座卓を囲んで座った三人は、お茶を煎れようとする美佳をとどめて、


「あの、同じ学校の、渡浦(わたうら)礼衣子(れいこ)さんのことは、もう学校側から聞かされていると思うけれど……」


 水希の表情と口調は、先ほど女子生徒たちに向けたのと同じものになっていた。それに対して、美佳は、


「はい。それで、学校が早退になりました」


 インターホン越しに聞かせたものと変わらない、か細い声で答えた。


「先生に伺ったのだけれど、渡浦さんと親しくされていたんですってね」

「まあ、いちおう」

「つらいでしょうけれど、気をしっかりと持ってね」

「……」


 美佳は、水希の言葉に俯き、しばらく返答しなかったが、顔を上げると、


「それだけですか?」

「えっ?」

「そんなことを言うために、私に会いに来たんですか?」


 まっすぐに水希の目を見て、問いかける。


「あのね」と水希も、しっかりと美佳の目を見返しながら、「学校に話を聞きに行ったら、稲口さんが渡浦さんと親しかったと伺ったので、渡浦さんのことについて話を訊けないかなと思って、お邪魔したの」

「それって……渡浦先輩の交友関係を調べてる、っていうことですか?」

「それは――」

「つまり……渡浦先輩を恨んでいた人間に心当たりはないかって、そういうことを訊きに来たんですか?」

「あるの? そういう人物の心当たりが?」

「……ありませんよ。渡浦先輩が誰かに恨まれるだなんて、そんなこと……ありえません」

「そう……そうね。みんな、そう言ってるわ」

「それじゃあ、話は終わりですね」

「ちょっと待って。稲口さん、あなた、今朝、学校に遅刻してきたそうね」

「そんなことまで聞いてきたんですか?」


 意外そうに美佳は、もとから大きくつぶらな目を、いっそう丸くした。


「ええ、今まで遅刻なんてしたことのない生徒だったからって」

「……それ、誰に聞いたんですか?」

「校門に立っていた、高薮(たかやぶ)先生よ」

「……そうですか」と、それを聞くと美佳は、僅かに笑みを浮かべて、「私だって、遅刻くらいしますよ。今までがたまたまだったっていうだけです。私も二年になって、中学校生活にも慣れたから、これからは遅刻が増えるかもしれないです」

「今日、遅刻したのは、何か用事でもあったから?」


 その問いかけには、美佳はすぐには返答しなかった。数秒ほど間を空けてから、美佳は、


「別に、何も。ただ寝坊したっていうだけです」

「そう……。朝、家を出るとき、ご両親やお姉様は在宅していた?」

「どうして、そんなこと訊くんですか?」

「……」

「アリバイを確認してるみたいですね」

「そういうわけじゃないの」

「家族全員、居ましたよ。あとで訊いてみて下さい」

「そこまでしなくてもいいわ」

「……本当ですか?」

「えっ?」

「そんなこと言って、本当はこっそりと訊くんじゃないですか? 娘さんは今日、何時に家を出ましたか、って」

「……」

「ぜひ、訊いてみて下さい。そうしたら、今、私が言ったことが嘘だって分かるんで」

「えっ?」

「実は私、今朝は寝坊なんてしてないんです。それどころか、いつもよりも早く家を出たくらいなんです。家族に訊いたら分かることなんで、言っちゃいました」


 美佳は表情に僅かに笑みを差した。


「どうして、そんな嘘をついたか、ですか?」水希が何も訊かないうちに、美佳は喋り出す。「遅刻の理由を、そこまで突っ込んで訊かれるとは思ってもいなかったからですよ。寝坊したことにすればいいや、って、軽く考えてました。だったら、昨日のうちに出来なかった宿題を学校で済ますために、早く家を出た、とでも言えばよかったです」

「それは通用しないわよ、稲口さん。あなた、早く学校に行くどころか、遅刻してきたじゃない」

「あ、そっか、また失敗」


 美佳は自嘲気味に笑った。


「ねえ、今朝はいつもより早く家を出て、それで学校には遅刻してきて、その間、いったいどこに行っていたの?」

「……」


 美佳は答えない。何か適当な言い逃れを考えてでもいるかのような、神妙な顔で水希を見つめていたが、


「どうでもいいじゃないですか、そんなの」


 諦めたように、ふう、と息を吐くと、さばさばとした表情で言った。対する水希も、かけるべき言葉を見つけられず、無言で視線を交差させる。沈黙を破ったのは美佳だった。


「まるで、犯人に対する聴取ですね」

「そんなことないわ」

「私が、そう感じたんです。ねえ、刑事さん、もしかして、私のこと疑ってますか?」

「……」


 今度は水希が黙る番だった。


「じゃあ、いいこと教えましょうか」沈黙を破ったのは、またしても美佳だった。「私……アリバイがあるんです」

「えっ?」


 当惑する水希、大輔(だいすけ)有斗夢(あとむ)を前に、美佳は、


「まず、ここから渡浦先輩が殺された現場まで、自転車で片道二十分くらいです。私、昨夜は十一時前に寝たんですけれど、十二時に起こされたんですよ、お父さんに。昨日はお父さん、会社の人と飲み会があったんですけれど、家の鍵を持って行くのを忘れちゃってて、家に入れなかったんですね。で、スマホから家電(いえでん)して、その電話に私が出て、家の鍵を開けてあげたんです。時間は夜中の十二時。そのあとも、お父さんが、お腹がすいた、とかいうんで、簡単な夜食を作ってあげたりして、ベッドに戻ったのは一時くらいでした。これって、立派なアリバイになりますよね」

「……」


 水希が何も答えないでいると、美佳は、さらに、


「あ、家族の証言にはアリバイを保証する力はないんでしたっけ。でも、大丈夫です。お父さん、タクシーで帰ってきたんですけれど、酔っ払ってたから、不足した代金しか払わないでタクシーを降りたらしいんですね。で、運転手さんが車を降りて家の前で待ってたんです。そのことをお父さんに言うと、財布を渡してきて、代わりに払ってくれって言われたから、私が運転手さんと会って支払いをしたんです。レシートが残ってますから、運転手さんに確認してもらっていいですよ」


 そのレシートを取りに行こうとしたのか、腰を浮かせた美佳を、「いいわよ」と制して水希は、


「ありがとう。とても参考になったわ」


 逆に自分が立ち上がった。大輔と有斗夢も、それに倣う。


 覆面パトを駐めてある近くの駐車スペースまで、三人は足取り重く歩いていた。


「……おかしいですよ」


 立ち止まったのは、有斗夢だった。水希と大輔も足を止める。


「お二人も気づいたんじゃありませんか?」と有斗夢は、上司と先輩の顔を見て、「稲口美佳さんは、零時に自宅に居たというアリバイがあるって言ってました。で、自宅から現場まで、自転車で片道二十分。でも、渡浦礼衣子さんの死亡推定時刻は、午後十一時半から零時半の間の一時間なんだから、零時前に犯行を終えて帰宅することは可能ですよ。零時にタクシーの運転手と顔を合わせていることが事実だとしても、支払いのやり取りなんて数分もかからないでしょう。そのあとで犯行に向かうことも可能になります」

「そうだな……」と大輔も、「午後十一時十分に家を出たなら、犯行時刻――つまり、渡浦礼衣子を殺害したのは、死亡推定時刻上限の十一時半、家に帰り着くのは、十一時五十分。犯行は十分可能ってことか。零時以降なら、遅くとも零時十分までに家を出れば、死亡推定時刻下限の零時半に犯行は可能……」


 二人はそろって腕組みをして頭を傾げた。大輔は顔を上げると、


「水希さんは、どう思います?」


 上司に意見を訊いた。その水希は、腰に手を当てたまま、じっと二人の部下に視線を刺して、


「……お前らの頭は飾り物か?」

「は?」


 大輔に続いて、有斗夢も水希に顔を向けた。じろり、と二人を睨み直した水希は、


「その肩から上に付いてる丸い物体は、容疑者を吐かせるときに頭突きをするためだけに付いてるのか、と訊いてるんだ」

「ちょっと、水希さん! 僕は先輩と違って、そんなことしたことありませんよ!」

「――ちょ、待て、ユートム! てめえ、俺だって、んなことしたこたねえよ!」

「バカっ!」

「ぐふっ!」「おうっ!」


 水希は二人のみぞおちに拳をめり込ませた。


「いいか、お前ら……」前のめりの姿勢で腹部を抑えている部下二人を見下ろして、水希は、「警察が学校に伝えたのは、“渡浦礼衣子が死体で発見された”ということと、その場所だけだ。なのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」 

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