Remote.05 続三剣士殺人事件 3/8
翌朝、智は水希に電話をかけた。もしかしたら、蓮田の次のターゲットは自分かもしれない。そう考えたことを告げると、
『……私たちは、捜査に加わっている探偵が智ちゃんだとは、明かしていないわ。だから、身元が割れる可能性はないとは思うけれど……』
「そ、そうですか……」
『とはいえ、その可能性は排除できないわね。……よし、大輔を智ちゃんの護衛に回すことにするわ』
「ちょ――! な、なんで兄貴なんですか!」
『だって、自宅だからちょうどいいでしょ。通常は護衛と言っても、四六時中対象者と一緒にいるわけにはいかないけれど、兄妹なら話は別でしょ?』
「い、嫌ですよ、あ、兄貴とずっと一緒なんて……。こ、この話はなし。わ、私の考えすぎでした。蓮田さんが私を、ね、狙うなんて、そんなことは、あ、ありえません……。ご、護衛なんて、け、結構です……」
『智ちゃん、そんなわけにいかないでしょ』
「そ、それにですね……わ、私が水希さんに、こ、このことを言ったのはですね、べ、別に護衛を付けて欲しいからじゃなくて……わ、私を、お、囮にして、蓮田さんを捕まえられないかなって、そ、それを提案するために……」
『囮なんて、それこそ、そんな真似できるわけないでしょ。智ちゃん、今、家にご家族はいらっしゃるの?』
「わ、私ひとりだけ、ですけど……」
『じゃあ、なおさら急がなきゃ!』
「ああー! い、いますいます! りょ、両親とも在宅してます!」
『もう遅いわよ。すぐに大輔を向かわせるからね。智ちゃん、外に出ないことはもちろん、戸締まりをしっかりとして、誰が訪ねてきても絶対に中に入れちゃ駄目よ』
「や、やぶへび……」
『実際、未だ蓮田さんの行方は掴めていないわ。相手の動向が分からない以上、可能な限りの手は打っておくべきよ。そうでしょ』
「は、はい……」
智はため息を漏らした。
「水希さん、も、もう少し、お話できますか?」
『うん、いいわよ』
「あ、ありがとうございます。須藤さんの容体は、ど、どんなですか?」
『ひとまずは安定したわ。集中治療室を出て、一般病棟に移ったわよ』
「そ、そうですか……。よ、よかった」
『でもね、まだ意識は戻っていないの。目を覚まして、医師の許可が出しだい聴取をしようと思ってるんだけど』
「は、犯行の様子が聞ければ、な、何か手がかりが、掴めるかもしれないですしね」
『そうね。病院には警官が監視に付いているから、安心してね』
「須藤さんの、ご、ご家族は?」
『彼、出身が九州でね、実家に知らせたのが昨夜遅くだったから、ご両親がこっちに到着するのは今日の夕方くらいになると思う』
「そ、そうですか……」
『だから、神代さんにお願いして、須藤さんのアパートから着替えなんかを持ってきてもらうことになっているわ。午前中のうちに病院に来てくれるみたい』
「か、甲斐甲斐しいですね……」
『私、須藤さんが救急に運ばれてきた直後に彼女と会ったんだけど、もう、かわいそうで見ていられなかったわ』
「こ、婚約者が、あんな目に遭って……む、無理もないですね……」
『もちろん、彼女には一切情報を伝えてはいないけれど、もう、須藤さんを襲った犯人は蓮田さんだって、決めつけてるみたいだったわ』
「そ、それも無理もないでしょうね……。あ、水希さん」
『なに?』
「神代さんにも、き、気を配っていたほうが、いいんじゃないですか?」
『それはもちろん、昨日も言ったように、彼女にも護衛は付けているわよ』
「そ、そうではなくてですね……。も、もしかしたら、神代さんが、ど、独自に動くことも、あ、あり得るんじゃないかと……」
『それって、彼女が蓮田さんを捜し出すってこと?』
「そ、そうです……。それで、も、もしも、警察よりも先に、神代さんのほうが蓮田さんを、み、見つけてしまうなんてことに、な、なったら……」
水希が息を呑む様子が、電話越しに智にも感じられた。
『復讐……するってこと?』
「か、考えすぎかも、し、しれませんけれど……。そ、それに、素人ひとりだけで、警察に先んじて犯人を発見するなんて、で、出来っこないと、お、思いますし……」
『うん、でも、可能な限りあらゆる想定には対処しておくべきよ。彼女の警護に当たっている警察官に、そのことも伝えておくわ。智ちゃん、ありがとう』
「い、いえ……」
てへへ、と智は頭をかく。
『私も、そろそろ捜査に行かないと』
「あ、長々と、す、すみませんでした……」
『私のほうこそ、ごめんね。智ちゃんには今度の事件には関わらないで、ゆっくり休んでもらいたかったのに』
「そ、そんなこと……。そ、それじゃあ」
『うん、大輔を向かわせるから、家でじっとしてるのよ』
「ああー!」
智は頭を抱えた。
大輔が戸森家に戻ってきたのは、それから数十分後のことだった。
「おい、智、お前、水希さんに何か余計なことを吹き込んだらしいな……」
「わ、私だって、こ、こんなことになるなら、吹き込みたくなかったわ……」
床に敷かれたラグの上にあぐらをかいた大輔と、ベッドの上の智とは顔を向かい合わせた。
「これから聞き込みだって張り切ってるところを、出鼻くじかれちまった。まあ、仕方ねえか……」
「お、おい、何やってんだよ……」
「なにって、煙草だよ、煙草」箱から振り出した煙草を口に咥え、ライターに指をかけた大輔は、「心配すんな。灰皿も持ってきてある」
「バ、バカ言ってんな! わ、私の部屋は、き、禁煙に決まってるだろ!」
「なにぃ? 智、お前、俺に一服もしないでずっとこの部屋に居ろと、そう言うつもりなのか?」
「い、居る必要もねえよ。で、出てけよ」
「ナニコラ」
「な、何がコラじゃ、コラ」
「部屋を出たら護衛にならねえだろうが」
「ご、護衛なんてする必要、な、ないってことだよ」
「お前が自分で言ったんだろうが、蓮田に狙われてるって」
「そ、そんなわけ、な、ないだろ」
「なにー!」
「も、もし、蓮田さんが、わ、私を狙ってるのなら……さ、逆恨みも、いいとこ……」
「そんなの分かんねえぞ。まあ、本当に蓮田が来てくれりゃ、簡単に取っ捕まえられて楽なんだけどな。聞き込みに駆けずり回るよりは、ずっといいや。……うん、よし、やる気が出てきたぞ」
「やる気のついでに、部屋からも出てくれ」
「へいへい。何かあったら呼べよ」
煙草を咥えたまま、大輔は腰を上げた。
「まったく……」
智は、枕を抱きかかえてため息を吐いた。
時計の針が十二時半を指した頃、サイドテーブルの上で智のスマートフォンが鳴った。
「あ、千奈っちゃん」
着信は稲口千奈都からのものだった。
『もしもし、智ちゃん、今、電話いい?』
「も、もちろん、いいよ。千奈っちゃん、どうしたの?」
『あのね、文化祭に出す漫画のことなんだけど』
「うん」
『智ちゃんが原作で、私が作画を担当するじゃない』
「そ、そうだね」
『ペンネームを決めておきたいなって、思って』
「ペ、ペンネーム?」
『せっかくの二人の共同作業なんだからさ、原作と作画で表記を分けるのって、なんだか寂しいじゃない』
「そ、そうか……」
『だからさ、何か、いいペンネームの案でもないかなって思って、電話したの』
「うーん……そ、そうだなぁ……。お、王道だと、二人の名前を合体させるとか……“稲森・F・千奈智”とか?」
『智ちゃん、“F”が付くのって、コンビ解消したあとのペンネームじゃない?』
「そ、そっか……。じゃ、じゃあ、名前には全然関係のないやつとか……“海千山千”とか、どう?」
『うーん……漫才コンビみたいじゃない?』
「そ、そうかあ……?」
『実はね、私、考えてるペンネームがあって』
「うんうん」
『私ね、“戸森千奈都”で行きたい』
「えー! ま、まんまやん……」
『私ね、智ちゃんの名字の“戸森”って、最高にかっこいい名字だって、いつも思ってるの』
「そ、そうかあ……? ぜ、全然普通じゃない?」
『そこがいいんだよ。普通さの中に滲み出るかっこよさ。“雪月花”とか“毘沙門天”みたいな、中二的キラキラファミリーネームをペンネームにすると、読者からしたらちょっと引いちゃうじゃない?』
「そ、そういうペンネームを付けてる作家が、い、いるの?」
『いや、知らんけど』
「知らんのかい!」
智はベッドの上でずっこけた。
「そ、それにしても……」智は起き上がって、「“戸森千奈都”って、ま、まるで、わ、私と千奈っちゃんが、け、結婚したみたいだね……?」
『えー? やだー、智ちゃん!』
もし直接の会話だったら、千奈都に思いっきり肩を叩かれていただろうなと、智は思った。
『ねえ、いいでしょ?』
「千奈っちゃんさえよければ、い、いいよ……」
『本当? うわーい! やったー! 私、たった今から“戸森千奈都”って名乗るよ! そこら中に言いふらすね。もう“稲口”って呼ばれても返事しないし』
「せ、先生が出席取るときは、へ、返事してやれ……」
『それとさ、このペンネームは二人のものなんだから、智ちゃんも今後、“戸森千奈都”って名乗ってよ?』
「や、ややこしくない?」
『うーん……じゃあ、ペンネームを分けようか?』
「わ、分けるって?」
『私が“戸森”で、智ちゃんが“千奈都”』
「ねじれ現象! 余計ややこしいわ!」
と、そこに、
「智ー、ご飯できたぞ」
台所からの大輔の声が聞こえてきた。顔をスマートフォンから離し、「おう」と返事をすると、智は、
「ご、ごめん、千奈っちゃん、私、そろそろお昼ご飯なんだ……」
『あ、私も、五時間目は体育だから、早めに更衣室に行って着替えないと。じゃあ、智ちゃん、また電話するね。文化祭用の原作、期待しまくっちゃってますから、私』
「お、おう……」
『いい作品に仕上げようではないか、千奈都』
「……が、頑張ろう、戸森」
『うん!』
「じゃ、じゃあ、バイバイ……」
通話を切った智は、微笑ましさの中に、少しばかりの呆れの気持ちを混ぜたため息を吐き出した。




