Remote.05 続三剣士殺人事件 2/8
「……なんだ、まだ起きてたのかよ」
音を立てないようにドアを開けて部屋の中を覗き込んだ大輔は、ベッドの上で膝を抱え込んでいる智の姿を見た。
「あ、兄貴」智は大輔のほうに目も向けないまま、「じ、事件のほうは、どうなった……の?」
「んなこと、お前が気にすんな」
「須藤さんの……よ、容体は……?」
「だいじょぶだよ。命に別状はねえって、水希さんからも聞いたろ」
「は、犯人は……?」
「……捜査中だ」
「は、蓮田さん……なんでしょ?」
「……」
大輔は答えず、頭をかいた。
「れ、例の短剣が、凶器だったって……水希さん、い、言ってた……」
「また、水希さん、そういう捜査情報を漏らして……」大輔は、はあ、とため息をひとつつくと、「だから、お前には関係ねえって――」
「わ、私も、い、行く……」
大輔の言葉を遮って、智は兄に顔を向けた。
「はぁ?」
「わ、私も……捜査に、く、加わる……」とベッドから下りかけたが、「うわっ!」
バランスを崩し、床に転がり落ちてしまった。
「おい!」すかさず大輔が駆け寄り、妹を抱き起こす。「出来るわけねえだろ、無茶すんな」
「で、でも……おわっ」
大輔は、抱きかかえた智をベッドに寝かせて、
「いいか、犯人はもう分かってんだし、事件について特別の謎もねえ。ここからは警察の機動力と人海戦術がすべてだ。もう“素人探偵”の出る幕じゃなくなってんだよ」
「ぐ、ぐぅ……」
「だから、もう寝ろ」
大輔は智に布団をかけてやる。智は布団を口元まで引き上げて、
「と、というかさ……」
退室しかけた大輔は、「ん?」と足を止めて振り向く。
「じ、人海戦術なら、ひとりでも多く、け、警察官が必要になるんじゃない? な、なのに、どうして兄貴は、う、家にいるの?」
「そりゃ……着替えを取りに来たんだよ。しばらく泊まりになるだろうからな」
実際のところは、「智ちゃんの様子を見に行ってきてくれ」と水希に促され、いったん帰宅しているだけだった。
「い、いても役に立たないから、か、帰されたんじゃ……」
「んなわけあるか!」
「ひゃっ!」
智は布団に中に潜り込んだ。
「……ったく」
改めて部屋を出ようとした大輔に、
「せ、戦力外通告……」
「うるせ!」
布団の中から聞こえてきたくぐもった声に、大輔は怒鳴り声を浴びせて智の部屋を出た。
捜査に戻るべく、自分の車に乗り込んだ大輔は、スマートフォンを取り出して水希に架電する。
「俺です。これから捜査に戻ります。何か進展ありましたか?」
『現場の公園駐車場から、蓮田の車が見つかった』
「車を捨てたってことっすね」
『だろうな。当然、彼女の車は手配されている。このまま乗り続けることは危険と判断したんだろうな』
「ですね」
「発見されたのはいいが、車から特に有益な情報が得られるとは思えないな。お前は真鍋たちと合流して、現場付近の捜索に当たってくれ』
「分かりました」
『で……どうだった? 智ちゃんは』
「……さすがに、少ししょげてましたよ」
『そうか。心配だな』
「大丈夫っすよ。憎まれ口も叩いてたくらいだし」
『ただの強がりなんじゃないのか』
「問題ないですって」
『……妹想いのお前が言うなら、信じるよ』
「ちょ――やめて下さいって、そんなんじゃないんすから……。そ、それより、水希さん、また智に余計な情報を教えて……」
『ん? 私、何か言ったか?』
「凶器っすよ、凶器。あの演劇で使う短剣が凶器だったってこと」
『ああ、でもまあ、それは仕方ないだろ。智ちゃんのことだから、絶対に凶器が何だったかは訊いてきただろ。嘘をつくわけにはいかないし、変に言葉を濁したら、答えを言ってるようなものだしな』
「はあ……水希さんは智に甘すぎるっすよ」
『お前ほどじゃないだろ』
「だ――誰が! 俺はもう、超スパルタっすよ!」
『何がスパルタだ。ほら、無駄口叩いてる暇があったら、さっさと捜査に戻れ』
「ひでえ。水希さんから振った話題なのに」
『よろしく』
通話が切れたスマートフォンをしまうと、大輔は明かりの点いていない窓――智の部屋の窓――を一度見てから、エンジンをかけてアクセルペダルを踏んだ。
その暗い窓の部屋では、智が布団から顔を出して、
「あ、あそこで蓮田さんを逮捕できて、い、いれば……須藤さんが、お、襲われることも、な、なかった……? つ、つまり……今度の事件が起きたのは、わ、私の……せい……」
ぶつぶつと呟いて寝返りをうった。しばらく、そのまま顔を横にしていた智は、
「……襲う……。て、ていうか、なんで? ど、どうして須藤さんは、お、襲われたの? 神代さんという婚約者が、い、いながら、それを隠して、じ、自分たちと付き合っていたから? だ、だったら……!」
がばりと起き上がった智は、サイドテーブルからスマートフォンをつかみ取り、「水希さんに電話」と音声操作でダイヤルした。数回の発信音のあと、
『智ちゃん、どうしたの?』
「み、水希さん……」
『もう寝ないとでしょ』
時刻は午前零時を回っている。
「い、いいんです、そ、それよりも……事件のことで……」
『智ちゃん、大輔からも聞いたと思うけど、これはもう――』
「海山さんは?」
『海山さん?』
「そ、そうです。蓮田さんと同じ、“三剣士”役の、海山星良さん」
『彼女が、どうかしたの?』
「ど、動機、ですよ。蓮田さんが須藤さんを、お、襲った動機が、婚約者がいるのを隠していたことに、あ、あるのだとしたら……」
『海山さんにも同じことが言えるってわけね』
「は、はい……」
『それは大丈夫よ。彼女には監視を付けることになったわ。もう自宅近くに警官が張り込んでる』
「そ、そうですか……」
『ちなみに、海山さんには、須藤さんが襲われた時刻のアリバイがあるわ。家で家族と一緒にいたそうよ。肉親の証言ではあるけれど、間違いないと思う。それに、小道具の短剣も、自宅に持ち帰って保管してあることが確認されてるわ』
「わ、分かりました……。そ、それと、ですね……海山さんに付いている監視ですけれど……ご、護衛も、か、兼ねているんですよ……ね?」
『そうよ。もしかしたら、海山さんが蓮田さんの標的になるという可能性も、ないとは言えないからね。当然、婚約者の神代優梨さんにも、同様に護衛を付けるわ』
「よ、よかった……。そ、それと、も、もうひとつ……」
『なに?』
「須藤さんの、きょ、狂言という可能性は……あ、ありませんか?」
『須藤さんが、自分で自分を刺したということね』
「は、はい……。も、目的までは、分かりませんが……」
『正直、薄いと思う。というのもね、須藤さんの傷は相当深くて、一歩間違えれば即死していてもおかしくないほどのものだったの。彼が一命を取り留めたのも、たまたま須藤さんの悲鳴を聞きつけた通行人がいて、通報が早くて迅速に救急車が到着できたおかげなのよ。あれが須藤さんの自傷であるならば、彼は自殺する覚悟だったということになるわ』
「じ、自殺……」
『そこに何かしらの理由が見いだせれば、また話は別だけれど、だから、いま言った理由からして、須藤さんの傷は他者によって付けられたものとみて間違いないと思われるわ。現時点ではね』
「そ、そうですか……」
電話を挟み、少しの沈黙が流れてから、水希は、
『ふふ、さすがね、智ちゃん』
「い、いえ……と、というか、とっくに警察も、同じことを、か、考えていたんですね……」
『それは少し違うわよ』
「えっ?」
『警察っていうよりかは、私の考えだから』
「か、かなわんなぁ……水希さん……」
『うふふ。智ちゃんと一緒に捜査をするうちに、私も鍛えられたからね』
「きょ、恐縮です……」
ベッドの上で、智はぺこりと頭を下げた。
「だ、だったら……もう、わ、私の出る幕なんて、な、ないです……よね……?」
『智ちゃん』
「――は、はいっ」
口調の変わった水希の声に、智はベッドの上で背筋を伸ばした。
『そういうことじゃないのよ。ただ適材適所ってだけ』
「わ、分かってます……け、警察の機動力と、じ、人海戦術……ですよね」
『お、大輔のやつ、きちんと伝えられてたみたいね』
「つ、拙い説明だったんで、こ、こっちで、理解してやりました……」
『あはは。まあ、もし人数を数百人規模で用意できるっていうのなら、探偵にもこの事件に取り組む意味はあるわね』
「に、日本中の探偵を集めても、た、足りなさそう……」
『だから、智ちゃんはもう休んで』
「は、はい……」
『また、智ちゃんの手を借りなければいけない事件は起きるわ、必ず。そのときには力を貸してね』
「そ、それは、もう……」
『うん、おやすみ』
「お、お忙しいところに、ご、ごめんなさい……」
『いいのよ。いつでも電話して。出られるかは分からないけど』
「はい……おやすみなさい」
通話の切れたスマートフォンをサイドテーブルに置いて、改めて智はベッドに横になった。眠ろうと思いまぶたを閉じるが、どうにも寝付けない。
「……ど、動機……動機か……。須藤さんが、婚約者のことを、な、内緒にしていたっていうのが動機なら、た、確かに、蓮田さんも海山さんも、じょ、条件は同じになる、けれど……。蓮田さんだけが、犯行に走ったという、そ、その差は、な、なんだろう? 海山さんのほうは、そ、そこまでショックを受けていなかったから? あるいは……蓮田さんと海山さんの違い……。蓮田さんは、い、一度人を、こ、殺していて、もうタガが外れている……?」
展転反側していた智は、
「……ひ、人を殺す。……蓮田さんが、こ、殺したいほど憎む相手……ま、まず、自分を裏切った須藤さん……。その婚約者の神代さん……。あとは……」智は、ごくりと唾を飲み込むと、「しょ、証拠こそないけれど、じ、自分の犯行を暴いた、た、探偵……?」
ベッドの上に、がばりと上体を起こした。




