Remote.04 三剣士殺人事件 14/15
「富賀美……?」
“炎の剣士”役の海山星良が、蓮田富賀美から離れるように一歩下がり、
「どうして……?」
懇願するような目でその顔を見る。
富賀美は何も返答しない。――この日は掛けていた――眼鏡の奥から、射るような鋭い視線を、誰にともなく放っているだけだった。
「まじ……なのか?」
酒木も立ち上がり、富賀美の顔と、智と繋がっているスマートフォンとを、交互に見やる。
「嘘よ!」叫んだのは星良だった。「だって……富賀美は……麗依が死んだことに対して、心の底から悲しんでいたもの! あれは演技じゃないわ。私には……同期として、ずっと富賀美の演技を一番近くで見てきた私には、分かる。富賀美は、本当に悲しんでいた!」
スマートフォンに――探偵に向かって言い放った。
『そ、それは、え、演技ではなく、ほ、本物の感情だったんだと、わ、私も、そう、思います……』
「えっ?」
『さ、先ほども言いましたが、お、恐らく、今回の犯行は、衝動的に起こしてしまったものだと、お、思います。救急に通報もしていますし……』
「だったら……富賀美が、麗依に悪いことをしたと、そう思っていたのなら……名乗り出ていたはず! 自分が犯人だと! 通報までしたのだったら、なおさらよ!」
それを聞くと、酒木や須藤らも、そうか、というふうに納得した表情を見せた。
「なのに……富賀美は、ずっと黙っていた。自分が麗依を殺したなんて、何も、誰にも告げずに。麗依を刺した犯人が富賀美で、衝動的な犯行だったのだとしたら、富賀美は、いきなり自首なんてしなくとも、必ず誰か――いえ、私に、そのことを打ち明けていたはずよ。それをしていないという事実が、富賀美が犯人ではないという、逆説的な証拠になるんじゃないの?……どうですか? 探偵さん」
挑むように星良は、スマートフォンを見た――いや、睨んだ。
『……そ、それに関しては、わ、私も、同意見です。ほ、本来であれば、遠からず、蓮田さんは、自分の犯行を……新川さんを刺し――結果的に、殺害してしまったことを、海山さんに、打ち明けていたと、そ、そう、思います……』
「じゃあ、どうして?」
『じ、事情が、変わったから、です……』
「事情……?」
『そ、そうです。げ、現場が密室になっていたから、です……』
「……どういうこと?」
『新川さんを、さ、刺してしまい、119番通報をするために、げ、現場である資料室を、出た蓮田さんは、と、当然のことですが、ドアに施錠なんてしていきませんでした。か、鍵を持っていないんだから、あ、当たり前ですね。と、ところが、酒木さんたちと一緒に、現場に行ってみると……ドアには、か、鍵が掛かっていたんです。こ、この状況下で、ドアに施錠をすることが出来る人は、新川さん以外に、あ、あり得ない。こ、この事実を、目の当たりにして、蓮田さんは、恐らく……こう考えたのでは、な、ないでしょうか? “新川さんがドアに鍵を掛けたのは……自分の死を、自殺に見せかけるためだ”って……』
「――!」
星良が息を呑む。
『ど、どうして、新川さんが、た、他殺を自殺に見せかけるなんていう、そ、そんな工作をしたのか……。そ、それは、“犯人をかばうため”だったのではないか? 蓮田さんは、そ、そう考えたのでは、ないでしょうか……? つ、つまり、自分が捕まることは、し、死んだ新川さんの、ほ、本意ではない……と、そう解釈して……』
「黙っていた? 麗依を殺したことを……」
『だ、だから、蓮田さんが、流した涙は、本物、だと思うのです。そ、それは、ただ単に、新川さんの死を、悲しんでいるというだけじゃなくって……か、彼女を、こ、殺してしまった自分を、最後には、かばってくれた……ゆ、許してくれたという、その気持ちに対して……』
星良の視線が、ゆっくりと、スマートフォンから富賀美に戻った。
「……富賀美」
答えない。
「そうなの? 富賀美……」
少しだけ、顔を動かした。照明の光の反射角度が変わり、眼鏡の向こうで富賀美がどんな目をしているのか、見えなくなった。
「蓮田さん」水希が一歩歩み出て、「詳しい話は署で伺います。ご同行願えますね」
「……りません」
「えっ?」
富賀美の喉から、何事か漏れ出た。
「何ですか?」
問いかけた水希に、
「私じゃ……ありません」
今度は、はっきりと口にした。ふう、とため息を吐いた水希は、
「確かに、今の時点で蓮田さんを犯人だと断定する材料は、状況証拠しかありません。ですが、探偵の推理を、あなたも聞いたでしょう。事件が発覚して、あなたが公衆電話に走ったのは、午後一時を回った時刻でした。なのに、実際の通報はその五分前に行われている。通報に走ったのがあなたである以上、最低限、“どうしてそのときに通報しなかったのか”という事実に対しての問題が発生します。これについての弁明が――」
「私じゃありません」
「えっ?」
富賀美はそこで、まっすぐ水希に向き直った。
「私……勘違いしてました。昨日、監督に言われて私が行ったのは……事務室のほうです」
「はぁ?」
室内がざわついた。その小さな喧噪など意に介さないかのように、富賀美は、
「私は、あのとき、鍵を取りに事務室に行ったんです。だから……公衆電話に通報に行ったのは……星良のほう。今の探偵さんの推理によって、“通報者、イコール、犯人”、という式が成立するのであれば……犯人は……星良のほう、ということになります」
「――ちょっと! 富賀美! あなた、何を言い出すの?」星良は、手の平で自分の胸を叩き、「事務室に行ったのは、私! 私だって!」
「証拠は、あるの?」
顔は動かさず、目だけで富賀美は星良を見た。
「しょ、証拠も何も……監督!」星良は、酒木を向いて、「私でしたよね、事務室に行ったのは」
が、証言を求められた酒木は、
「……正直、憶えていないんだ」
「な――何を?」
「これは、昨日、警察にも証言したことなんだ。俺も、あまりの事態に混乱していて……誰かが通報と事務室に走ってくれたというのは分かっているんだが……それが誰だったのかまでは……憶えていない」
「そんな! ねえ! みんなは?」
星良は、他の劇団員たちにも証言を求める。しかし、返ってくるのは、酒木と同様「憶えていない」という意味のことだけだった。
「ほら、星良と富賀美は……」と須藤も、「俺たちの最後尾にいたからさ、走って行ったのが、君ら二人だったというのは分かっていても、どちらがどちらに向かったか、まで憶えている、見ていたやつなんて、いないんだよ――」
「あんたには訊いてないわよ!」
「なっ――」
一喝されて、須藤は息を呑んだ。
「分かったでしょ」と富賀美は、「私たち二人が、通報と事務室の、どちらに行ったのかを証明する材料は、私たちの自己申告でしかないのよ。だから、私が勘違いをしていて、星良、あなたも同じように勘違いをしていたのだとしたら――」
「してない! 勘違いなんかじゃない! 事務室に行ったのは私よ!」
「勘違いじゃないのだとしたら……星良が、嘘をついているという可能性も――」
「富賀美!」星良は、燃えるような目で富賀美を睨んでいたが、「……そうだ! 職員! そのとき一緒に来てくれた職員に訊けば、はっきりするわ!」
「呼んできてくれ」
水希に言われ、有斗夢が事務室へ向かった。
当該職員は、この日も勤務に当たっていた。連れてこられた職員は、横に並んだ星良と富賀美の目の前に立たされ、
「昨日、事務室に来た女性は、この二人のうちのどちらでしたか?」
水希の質問を受ける。職員の前で、おもむろに富賀美は掛けていた眼鏡を外した。
「ちょっと、富賀美――」
「だって、昨日、私は裸眼だったもの。稽古に備えてね」
星良の言葉に、富賀美は笑みを交えて答えた。
「さあ、どうですか?」
改めて水希に促された職員は、腕組みをして二人を交互に見やり、
「……うーん」
首を傾げる。
「憶えていないんですか?」
「そうは言われても……いきなりだったしさ。最近の若い女の子の顔って、俺くらいの爺さんには、ただでさえ見分けが付かないし……それに、あのときは変な衣装を着てたから、そっちのほうに目が行っちゃっててさ……」
「そうだ! その衣装ですよ。デザインはほとんど同じでしたけれど、色が違っていたはずなんです。“赤”か“黄色”の、どちらでしたか?」
「……」
職員は反対方向に首を傾げただけだった。そして、最終的に出した結論は……、
「……憶えてねぇ」
のひと言だった。
職員が帰されたあと、
「――鍵は? 事務所に行ったほうの指紋が、鍵に付いているんじゃ?」
星良が提案したが、
「あの鍵は、職員の方が持ってきて、ドアの鍵を開けたのも職員自身よ。私たちのどちらの指紋も付いているはずがないわ」
富賀美の言葉に黙るしかなく、さらに、
「――戻ってきたとき! 事務所に行ったほうは、さっきの職員と一緒に戻ってきたはずよ。ひとりで戻ったほうが、犯人……」
「戻ってきたのは、ほとんど同時で、途中で私たちは合流したわ。だから、私と星良と職員の方、三人が並んで走って戻ってきていたはずよ。そこから行き先を見分けることは出来ないわ」
またも富賀美に軍配が上がった。
「どうするの? 探偵さん、これじゃ、私と星良のどっちが犯人か、分からないままよ」
眼鏡を掛け直した富賀美は、スマートフォンを見下ろした。
『……あ! 通報!』
しばしの沈黙のあと、智の声が響いた。はあ、とため息を吐いて、富賀美は、
「だから、どっちが通報に行ったのかが、分からないんでしょ?」
『ち、違います……。つ、通報の、記録です』
「――そうか!」顔を上げたのは水希だった。「緊急通報は自動的に録音される。まだデータは残ってるはず!」
『は、はい、そ、それを聞けば、通報者の声が、わ、分かります……』
「大輔!」
「は、はい!」
水希は、大輔に通信指令センターに連絡を取るよう命じた。
「……録音されている音声、流してくれるそうです」
「よし、貸せ」
大輔の手からもぎ取ったスマートフォンを耳に付けて、水希は、
「お願いします」
センターから流される録音音声を聞いた。
「ど、どうでしたか?」
大輔をはじめ、皆が固唾を呑んで見守る中、
「……駄目だ」
「えっ? 駄目って、どういう……」
水希は、スマートフォンをスピーカーモードにしてから、
「もう一度、お願いします」
再度、流してくれるよう頼んだ。
『事故ですか? 事件ですか?』
通報に際して、事件か事故かを尋ねるセンター職員の声が流れ、そして、
『……怪我をした女性がいます』
通報者の声が発せられた。が、それを聞いた大輔は、「なにっ?」と声を上げる。他のものも一様に、驚いた表情を見せていた――富賀美以外。
『場所は、富山臨海文化ホール……』
なおも続く通報者の声は、まるで、受話器のマイク部分に厚い布でも被せているかのような、くぐもった声をしていた。
「用意周到、というか……」
大輔は富賀美を睨む。が、その富賀美は涼しい顔をして、
「これが、私の声なの? それとも、星良? 全然聞き分けられませんね。声紋分析とかも、これじゃあ無理なんじゃないですか? 電話の受話器の指紋も調べてみますか? 私は、何も出てこないと思いますけれども……」
結局、蓮田富賀美を任意同行させることは叶わないまま、水希たちは撤収せざるを得なくなった。
『ご、ごめんなさい……水希さん……』
済まなそうな智の声が、スマートフォンから漏れた。
「智ちゃんのせいじゃないわよ。物的証拠がないことは、彼女の言うとおりなんだし……。向こうの方が一枚上手だったわ。悔しいけどね。……ここは一旦、出直しましょう」
水希は、今しがた出てきたホール建物を振り仰ぎ、さらに、
「……ひと雨来そうな、嫌な雲ね」
その上に垂れ込む、厚い黒雲を見上げた。




