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リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.04 三剣士殺人事件 ~リモート探偵と迫る文化祭~
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Remote.04 三剣士殺人事件 10/15

 ()(どう)に色々と訊きたいことはあるにせよ……。


「ここ、頼むぞ」


 (みず)()は、大輔(だいすけ)有斗夢(あとむ)にこの場を任せると、卓上のスマートフォンを掴んで、


「案内してくれ」

「はい」


 制服警官と一緒に応接室を出た。去り際、室内に一瞥くれる。須藤圭祐(けいすけ)は、ソファの中で小さくなっていた。



「あちらに」


 制服警官が手で示した先、ロビーに並べられた長椅子の一角に、ひとり女性が座っているのが見えた。「ありがとう」という水希の言葉に敬礼を返してから、制服警官は持ち場に戻り、水希は、


(とも)ちゃん、さっきの話、聞いてた?」


 一旦スピーカーモードをオフにしたスマートフォンを耳に付け、低い声で訊いた。


『も、もちろん……』

「今から、須藤さんの婚約者を名乗る女性に聴取するわ。智ちゃんのことも話すから、何か訊きたいことがあれば、遠慮なく口を挟んで」

『は、はい……』


 水希は、再びスマートフォンをスピーカーモードに戻すと、相手が気づきやすいよう、わざと靴音を立てて近づいていった。案の定、女性はこちらを向いて立ち上がると、深々と一礼する。


「捜査一課の篠原(しのはら)です」


 スマートフォンとは逆の手で警察手帳を開示して、水希も一礼した。


神代(かみしろ)といいます」女性――神代優梨(ゆうり)は、もう一度頭を下げてから、「あ、あの……こちらで、殺人事件があったと聞いて……」

「失礼ですが、どういったお立場の方で?」

「――あ、すみません。私、劇団ノーザンベースに所属している、須藤圭祐さんの婚約者です」


 彼女自身から、改めてその立場が口にされた。

 まだマスコミ発表はしていないため、この事件がニュース等で報じられていることはないが、多くの劇団員やホール職員らが事件に立ち会っており、その個人個人がSNS等でどこからでも情報を発信できる昨今、事件発生の事実を秘匿しておくことなど不可能だ。ホール外部からでも、何台ものパトカーが乗り付け、警察官が大勢出入りしている様子を見れば、何が起きたかは一目瞭然といえる。


「それで……圭祐さんは、無事なんですか?」


 ロビーの薄暗い照明に浮かぶ神代優梨の顔が、いっそうの不安の色を帯びた。


「はい。被害に遭われたのは、須藤圭祐さんではありません」


 水希の言葉を聞くと、優梨は表情を弛緩させていき、


「そ、そうですか……」


 はあ、と大きなため息をついた。


「私……このホールで殺人事件が起きたらしいっていう話を聞いて、そういえば、圭祐さんが稽古をしている場所だって思い出して、電話してみたんですけれど、全然出てくれなくって……。稽古中はスマホの持ち込みは禁止されているって聞いてはいたんですけれど……さすがに、こんな状況になってまで連絡が取れないので、不安になって……」

「須藤さんは、ずっと警察から聴取を受けていましたので、電話に出られなかったのです」

「えっ? 聴取って?」

「死体の第一発見者なんです、須藤さんは」

「第一発見者? じゃ、じゃあ……う、疑われているってことですか? 犯人に……」

「そういうわけではありませんが……神代さん、よろしければ、少々お話を伺っても?」

「か、構いません……」


 二人はベンチに腰を下ろした。

 水希が、スマートフォンの通話を通して探偵にも参加してもらう旨を告げると、驚いた様子を見せながらも、優梨はそれに同意し、聴取は開始された。


「神代さんは、須藤さんの婚約者だそうですが」

「そうです」

「婚約されたのは、いつごろですか?」

「ひと月ほど前です」

「当然、須藤さんとのお付き合いは、それ以前から?」

「はい。三箇月ほどになります」

「三箇月、ですか……」

「今どき、それくらいの交際期間で結婚を決めるというのは、早急でもないと思いますけれど」

「あ、いえ、失礼、そういう意味ではなくてですね……」


 水希が抱いたのは、その三箇月間も当然、須藤は、“三剣士”役の女性たちとも、それまでどおりの交際を続けていたという事に対する、呆れのような感情だった。仮に、須藤としては、あくまで友人としての関係のつもりだったのだとしても、剣士たちはそうは思っていなかったことは、これまでの聴取から明白だ。


「須藤さんとは、どのように知り合ったのですか?」


 とりあえず水希は、その話題には触れないことにして、聴取を再開した。


「父に紹介されたんです。私の婿候補として」

「婿、ということは、結婚したら、須藤さんは神代家へ入るということなのですか?」

「そうです。私は三姉妹の末っ子で、姉二人はもう結婚して家を出ています。それで、父も母も、神代の家系が途絶えてしまうことを憂慮しまして――昔は、そんなことは言わなかったのに、多分、二人とも歳を取ったからなのでしょう――三女の私には、どうしても婿をもらってほしい、と半ば懇願されていました。それで、父が、私と年齢の近い未婚の男性を、知人の伝手(つて)を使って捜し回りまして、圭祐さんは、その中のひとりだったんです」

「“候補”ということは、他の大勢の男性の中から、神代さんは須藤さんを選ばれたということですね?」

「はい……。正直、両親――特に母は、圭祐さんが劇団に所属していて、今もアルバイトをしながら生活しているということに対して、いい顔をしませんでしたが、こればかりは、私の気持ちを最優先させてもらいました。婿を取る、という両親の願いは聞き入れたのだから、相手は自分で選ばせて欲しいと、そこは譲りませんでした。圭祐さんは、やさしいですし、話も合うので……」


 暗い照明下においても、優梨の頬が赤くなるのが分かった。こいつ面食いだな、と水希は思いつつ、


「もしかして、須藤さんが劇団を辞めるというのは……」

「はい。私が折れないと分かった母は、ひとつだけ条件を出したんです。その条件というのが、結婚を期に、圭祐さんが不安定な劇団の仕事を辞めて、父の経営する会社に入ることだったんです」

「お父様は、社長なのですか」

「はい。当然、大企業とまではいきませんが、地場のゼネコンとしては大手の建設会社です。県内外に支店も何箇所か持っています」

「その条件を、神代さんも、須藤さんも、受け入れた」

「はい。私、圭祐さんには断られるんじゃないかと思って、ひやひやしていたんですけれど、私のために、大好きな芝居の道を断って、その話を受け入れてもらえました。私、もし、圭祐さんが嫌だって言ったら……家を出て、二人で暮らす覚悟もしていたんです」


 優梨は、きりりと眉を上げた。聴取をした感じ、圭祐さんはそれほど芝居にこだわりは持っていなくて、むしろ安定した大手企業の正社員になれることを歓迎していたふうでしたよ。――おまけに、結婚相手が、こんな美人であれば。と水希は思ったが、当然、口には出さなかった。


『わ、私からも、い、いいですか?』


 スマートフォンから、智の声がした。「はい」という優梨の言葉に続き、智は、


『神代さんは、げ、劇団内での、須藤さんの、に、人間関係なんかは、どの程度、ご存じでしたか?』

「正直、ほとんど知りません。圭祐さんが出演する舞台を、一回観たことがあるだけです。そのときに、劇団の皆さんに挨拶したいので、楽屋行きたいと言ったんですけれど、芝居に集中したいから、と断られました」

『そ、そうですか……』


 “三剣士”と顔を合わせてしまうことを避けたのだな、と水希は須藤の思惑を察した。そんなことを知ってか知らずか、優梨は、


「でも、もうすぐ圭祐さんは劇団を辞めるのですから、私も、そちらの人間関係にはあまり興味がありませんから」

『須藤さんは、い、いつ頃劇団を、や、辞めると?』

「今月中には、と言っていました。来月からは父の会社に入社する手続きを、もう取ってありますし」

『わ、分かりました。あ、ありがとうございます……』


 智との会話が終わると、優梨は、


「それで、圭祐さんに合わせていただくことは、出来ないのでしょうか?」


 と水希に頼み込んだ。


「もうすぐ聴取が終わるので、そうしたら、劇団員の皆様には、いったん帰宅いただくことになります」

「そうですか……」ほっとした顔を見せた優梨は、「じゃあ、私、それまで、ここで待っています。圭祐さんにはスマホで連絡しておきます」

「どうぞ、ごゆっくり。遅い時間に、急に話を聞かせていただくことになって、申し訳ありませんでした」

「いえ、私も、安心しました……。あの、ところで……」

「何でしょう?」

「さ、殺人事件というのは、本当なんですか?」

「……そうです」

「ど、どなたが、亡くなったのですか?」

「……劇団員で、須藤さんのご友人です」

「まあ……!」


 優梨は目を見開き、両手で口元を覆った。


「早期解決できるよう、努めますので」


 水希が一礼すると、


「よ、よろしくお願いします」


 優梨も頭を下げ返した。

 優梨は、もとのようにベンチに腰掛け、スマートフォンをいじり始めた。須藤にメッセージを入れているのだろう。

 その場を離れ、応接室に戻る廊下に差し掛かったところで、水希は足を止めた。


「どなたですか?」


 目の前に二人の女性が、行く手を塞ぐように並んでいた。声を掛けてきたのは、“炎の剣士”役の()(やま)(せい)で、その隣にいるのは、“雷の剣士”役の蓮田(はすだ)富賀美(ふかみ)だ。星良の声は、マイクを通して智にも届いていたのだろう、「あちゃー……」という小さな声がスピーカーから漏れ出た。


「あちらは、ですね……」


 須藤が、婚約者である神代優梨の存在を星良たちに秘匿していたことは明白である。どう紹介していいのか、水希が考えあぐねているうちに、


「――あっ!」


 返答を待たずに、星良は水希の横を抜け、優梨のもとに向かって行った。そのあとを富賀美も追う。二人の女性の来訪を受けた優梨は、スマートフォンをいじる手を止め、立ち上がって会釈した。


「……知ーらないっと」


 水希は、足早に応接室を目指すのだった。

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