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リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.04 三剣士殺人事件 ~リモート探偵と迫る文化祭~
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Remote.04 三剣士殺人事件 9/15

 この日、最後の聴取者である、()どう圭祐(けいすけ)が、(みず)()たちと対面してソファに腰を下ろした。彼もまた、先の“剣士”役の二人同様、舞台衣装姿のままだった。須藤の役は“光の王子”だと聞いていたが、白を基調とした中に金色の装飾が混じったデザインの衣装は、須藤自身のルックスとも相まって、その役名に説得力を与えるに十分だった。劇団長の(さか)()が、須藤が役者を辞めることを惜しんだのも――あくまでルックスだけの印象ではあるが――無理はない、と水希も思ったほどだった。


「探偵さんは、電話での参加だそうで」


 先に須藤のほうから「リモート探偵」についての話題を持ちかけられた。


「ええ、そうですが……」


 水希が答えると、


「先に聴取が終わった富賀美(ふかみ)――(はす)()さんから聞いたんです。珍しいですよね、って、僕は民間探偵と会うのは初めてですけれど」


 はは、と須藤は笑みを浮かべた。事件発覚から長時間が経過し、今は探偵から聴取を受けるところだというのに、疲れた様子も見せず、笑顔もさまになっているな、と水希は思い、役者を続ければいいのに、と改めて実感した。


『で、では……』


 智は切り出したが、


「よろしく、探偵さん。かわいい声ですね」

『ふぁっ――ど、ども……』


 須藤の言葉に出鼻をくじかれたらしい。しばらく、もごもごとスピーカーから声にならない声を発していたが、


『あ、あの……須藤さんは、し、死体、というか、じ、事件の第一発見者、となるわけですが……』

「やっぱり、疑われちゃってるかな?」

『ま、まあ……そ、それはそれとして、ですね……そ、そのときの様子を、き、聞かせていただけます、か……』

「それはそれとして、ってことは、僕のことを疑ってるのは本当なんだね?」

『いっ、いやっ、そ、そうじゃ……なくって……です、ね……』

「須藤さん」今度は、かなり早い段階で水希が助け船を出すことになった。「とりあえず、お答えいただけないでしょうか」

「ああ、申し訳ない」須藤は、済まなそうな顔で頭を下げると、一転して神妙な表情になり、「屋外の喫煙所で一服したあと、通し稽古に行くために裏口からホール建物に入りました。喫煙所からなら、正面玄関よりも、そっちのほうが近道なもので。で、その途中で……見たんです……廊下に……血が……。資料室のドアの下から流れ出ていました。僕は、ドアを開けようとしたんだけれど、鍵が掛かっていて、ドアを叩いても、中に誰かいるのか訊いても、一切反応はなくって……。これは一大事だと慌てた僕は、ホールに駆け込んで、監督に事情を話して、その場にいた全員で用具室前に戻ったんです」

『か、鍵が掛かっていたことが、わ、分かっていたのなら……ま、まずは、事務室に鍵を、借りに行くほうが、は、早かったのでは、ないですか?』

「そんなことを言われても……突然のことでパニックだったし……まずは、このことを誰かに知らせなきゃと……元々、ホールに向かっていたから、自然とそっちに行ったというだけですよ」

『で、ですよね。す、すみません……。そ、そのあとは?』

「監督もドアを開けようとしたんだけれど、鍵が掛かっていることに変わりはなくって、で、その場にいるメンバーを確認したんです、監督が。それで、『麗依(れい)がいない』って言って……。救急に通報するのと、事務室へ鍵を借りに行くのを、団員に命じました。誰が行ってくれたのかは、憶えてないですけれど……」

「通報に行ったのが、富賀美――蓮田さんで、事務室に行ったのは(せい)()――()(やま)さん、だと確認が取れています」


 水希が補足した。


「あ、そうですか。でも、実際に鍵を開けたのは、一緒に来た職員の人でした。それで……ドアが開いて……中に……麗依が……」


 須藤は、額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。


『う、うつ伏せに倒れてきた新川(しんかわ)さんを、だ、抱き起こした、そうですね……』

「それは……まだ死んでいるとは思わなくて、気を失っているだけかもしれないから、何とかしようと……それだけのことです」

『わ、分かりました……。で、ですね……須藤さんには、伺いたい、ことが……』

「……」


 何を質問されるかは承知している、とでも言いたげな顔で、須藤はスマートフォンを見やった。


『げ、劇団を、や、辞めるおつもり、だった、とか……』

「……そうです」

『ど、どうして、ですか?』

「どうして、って……僕が劇団を辞めることが、事件に関係ありますか?」

『そ、それを、は、判断するのは……こ、こちらです……ので……』

「常套句ですね。刑事さんからの聴取でも、そう言われましたよ」


 そこで須藤は、大輔(だいすけ)有斗夢(あとむ)の顔を交互に見た。特に、大輔のほうに長く視線をとどめており、大輔のほうでも、負けじという勢いで須藤を睨み返していた。それに気づいた水希は、やめろ、の意味で、大輔の足を踏んだ。


『……ご、ご結婚、されるんです、か?』


 智が言うと、きれいに整えられた須藤の眉が、ぴくりと動いた。


『お、お相手は、海山さん、蓮田さん、そして、な、亡くなった新川さんの三人の、ど、どなたかだったんです、か?』

「……答える必要のない質問です」

『も、もしくは……そ、その三人以外の誰か、とか?』

「――な、何を言い出すんだ、君は!」

『うひゃあ!』

「須藤さん!」


 水希に声を掛けられ、須藤は浮かせかけた腰をソファに戻した。


「……須藤さん」水希は、相手をたしなめる落ち着いた口調で、「(こと)は殺人事件です。私どもは、被害者と、その関係者に関わる、あらゆる情報を必要としています。そうして得られた情報すべてが、捜査を円滑、かつ迅速に進める糧となり、ひいては、事件の早期解決に導く鍵となるのです。ここで得た情報は、捜査以外に使われることはありませんし、外部へ漏れることも決してありません。それをご承知いただいたうえで、ご協力いただきたいと思っています」

「それは……分かっていますが……」

「不都合ですか」

「はっ?」

「あなたの結婚相手が、海山さんたち三人以外の女性であることが露見すると、何か不都合があるというわけですか」

「な――何を……」

「そこのところの事情は、十分理解しますが」

「な、何が?」

「さすがに、ばつが悪いですよね。三人もの女性と親しくお付き合いをしていながら、いざ、結婚する段になって、そのうちの誰も選ばないというのは――」

「そ、そんなんじゃ!」

「違うのですか?」

「……ちが……」

「もう少し、大きな声でお願いします」

「……」須藤は、たっぷりと数十秒も沈黙を挟んでから、「違う」

「違いましたか」

「そ、そうだ。そ、そもそも、僕が劇団を辞めるのは、結婚が理由じゃない」

「そうだったのですか」

「あ、ああ……た、ただ単に、安定した収入が欲しくなっただけだよ。ぼ、僕も、いい歳だし、そろそろ、真面目に今後のことを考えないと……」

「どうして、これまで隠していたんです?」

「えっ? な、何を?」

「劇団を辞める理由ですよ。そんな理由なのであれば、特段口を閉ざす必要もなかったのでは? この……」と水希は隣の大輔にあごをしゃくり、「怖い刑事に、必要以上に尋問されずにも済んだことですし」

「あ、ああ……そ、それは、そうだが……」


 須藤が、再び額に浮かんだ汗を拭った、そこに、ノックの音が聞こえ、「篠原(しのはら)警部補」と、水希を呼ぶ声が続いた。ホールに詰めている制服警官のものだった。


「入れ」


 水希の声を受け、「失礼します」と入室してきた警官は、一礼してから、


「関係者に会いたい、という方がお見えですが」

「……誰だ?」

神代(かみしろ)(ゆう)さんという方です」


 警官の口から、その名が出ると、須藤は一瞬、びくりと体を震わせた。それを横目で見つつ、水希は、


「かみしろゆうり……女性か?」

「はい」

「で、誰に会いたいっていうんだ?」

「劇団員の、須藤圭祐さんだそうです」


 刑事たちの視線が、一斉に名指しされた俳優に向く。


「お話に寄れば……」警官の声は続き、「婚約者だそうです、その、須藤さんの」

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