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リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.04 三剣士殺人事件 ~リモート探偵と迫る文化祭~
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Remote.04 三剣士殺人事件 6/15

『ち、ちなみに……(さか)()さんは、その相談に対して、ど、どう答えたんですか?』


 (とも)の声に、再び酒木はスマートフォンに向き直ると、


()(どう)には、もう少しこっち――演劇の世界――で頑張ってもらいたい、っていう、俺の本音を伝えたよ。演技力はまだまだだが、あいつはルックスもいいし、声も通る。場数を積めば、いずれは、映画やテレビなんかの映像作品にも出られる役者に育つと思っていたんだが……。須藤の決心は固いらしい。相談というよりは、自分の気持ちを言いに来ただけ、みたいな感じだったな」

『そ、そうなんですか……。須藤さんが、あ、安定した正社員を目指した理由は、み、身を固めるためなんじゃないか、ということは、き、訊きましたか?』

「それも当然訊いたが、あいつは何も話してくれなかった」

『も、もし、その想像が、あ、当たっているとしたら……須藤さんのお相手は、こ、今度の舞台で剣士役を務める、さ、三人の中のひとりだとは……?』

「俺も……いや、たぶん、劇団員の全員が、そう思ってるだろうな」

『で、ですが、“炎の剣士”役の()(やま)(せい)さん、“雷の剣士”役の蓮田(はすだ)富賀美(ふかみ)の、お、お二人とも、須藤さんとのお付き合いは、ひ、否定された、とか』

「ああ、俺も聞いたよ……」

『と、ということは、ですね……必然的に、須藤さんのお相手は、な、亡くなった、“水の剣士”役の新川(しんかわ)麗依(れい)さん、ということに、な、なると思うのですが……』

「まあ……そうなるんだろうな……」

『い、いかがですか? な、納得されますか? 須藤さんが、新川さんと、その……け、結婚を考えていた、ということについて』

「正直なところ……須藤も、麗依も、そんな関係である素振りは、少しも見せなかったな。少なくとも、俺たち劇団員の前では。あいつ――須藤は、星良、富賀美、麗依との四人で一緒にいることが多かったが、特定のひとりと付き合いを深めるということは、なかったんじゃないかと思う」

『で、では、最後に……な、亡くなった新川さんに、何か自殺するような、ど、動機だとか、う、恨みを持っている人など、こ、心当たりは、ありません……か?』

「さっぱりだな。須藤たちとも、仲のいい間柄だというくらいしか……」

『そ、そうですか。あ、ありがとう、ございました。みず――し、篠原しのはら警部、では、お、お次の方に……』


 智の声を聞いた水希は、


「それでは、酒木さん、聴取は以上です。ご協力ありがとうございました。今日はもう、帰宅していただいて結構です」

「ああ、そうさせてもらおう。こんなことが起きてしまい、公演のことも、いちから考え直さないといけなくなったしな」


 重そうにソファから腰を上げた酒木が、応接室を出て行くと、


「智ちゃん、別に、かしこまった呼び方をしなくても、いつもどおりの『水希さん』でいいわよ」


 スマートフォンに向かって笑顔を見せた。


『い、いや……さ、さすがに、こういう、ば、場面ですから……』

「それとね」

『は、はい?』

「私は“警部”じゃなくて、“警部補”だからね」

『――しっ、失礼しました! 篠原警部補! び、びしっ!』


 語尾の「びしっ」は、敬礼のポーズをしたことを伝えているのだろう。それを聞き、ふふ、と笑った水希は、


「それにしても……結局、須藤さんは、劇団を辞める理由を吐かなかったってことね」


 自分の左右に座る二人の刑事の顔を、順に見た。


「面目ありません」と有斗夢(あとむ)は平身低頭して首をすくめ、「先輩の脅しも、効果ありませんでした」

「おいコラ! ユートム、てめぇ」と大輔(だいすけ)が口を挟み、「誰が脅しただって? コラ?」


 水希越しに有斗夢を睨み付ける。


「それそれ、その目ですよ!」有斗夢は、身を引いて先輩刑事の顔を指さし、「その、獲物を狙う肉食動物さながらの眼光。その目で睨まれて、乱暴な口調で怒鳴りつけられたら、かのモリアーティ教授だって、往年の名レスラー、リック・フレアーばりの懇願ムーブで許しを請いますよ」

「お前を華厳(けごん)の滝に突き落としてやろうか」

()もり大輔、最後の事件」

「何で俺まで一緒に落ちることになってんだ」

「はい、漫才は、そこまで」両手を広げ、二人の応酬を止めた水希は、「大輔の血に飢えた目つきはともかく……」

「俺、おかしなキャラにされてません?」


 本人の突っ込みを無視して、


「須藤さんが、劇団を辞めて堅気――という言い方も変だが――になる理由を、そこまで隠したがるってのも、変だな」

『じ、事件に関係してくる、こ、事柄なんでしょうか?』


 兄と、その後輩のやり取りの間中は黙っていた智も、沈黙を破った。


『や、やっぱり、須藤さんが結婚しようとしていた、あ、あ、相手は、新川麗依さんでだったんでしょうか? な、何か、それについての口論が、も、もとで、殺害してしまった……とか?』

「もし、そうだとすると……」と、それを聞いた有斗夢が、「被害者が現場を密室にした理由っていうのにも、説明が付けられそうではありますよね」

『で、ですね……。結婚相手が罪を、か、被らないで済むよう、最後の力を振り絞って、現場を、み、密室にした……』

「自分の死が、自殺として処理されるように、って願いを込めて、ですね。刃傷沙汰に発展してしまったけれど、最終的には好きな相手を守ろうとしたってことですか」

「……()(なべ)、お前、本気でそう思うか?」

「……はい?」


 水希の冷徹さを帯びた声を浴びせられて、有斗夢は思わず背筋を伸ばした。


「智ちゃんと話したときも言ったんだが、私だったら、そんなこと絶対にしないね。私なら、男の名前を書き残す。こいつが犯人です、って」

「あ! 本当に、書き残したんじゃないっすか?」言葉を挟んだのは大輔だった。「ほら、証言によれば、死体に一番最初に駆け寄ったのは、その須藤ってやつだったそうじゃないですか!」

「うつ伏せになった被害者を、仰向けにさせたんだったな……そのときに?」

「あり得るんじゃないっすか? ドアが開けられて、室内を覗き込んだとき、須藤は、床に自分の名前が書いてあるのを目にしたんすよ。被害者が自分の血で書き残したものです。そこで……」

「咄嗟に駆け寄り、仰向けにさせるどさくさに紛れて、文字を消した?」

「そうっすよ。抱き起こすときに、被害者の体で床の血文字を拭い去ったんです」

現場(げんじょう)に、それらしい痕跡はあったか?」


 水希から目をやられた有斗夢は、ソファの横に置いた鞄からファイルを取り出して、


「……うーん。特に、そういったものは見当たらないみたいですけれど」

「ちょっと貸せ」


 大輔は有斗夢の手からファイルをもぎ取った。横から、水希も現場を撮影した写真群を覗き込み、


「……真鍋の言うとおりだな。それっぽい痕跡はない。もし、あったとしても、鑑識が見逃すわけがないから、何かしらの報告が来ていたはずだ」

「指は、どうっすか? 血文字を残したのなら、指に血が付いたままになっているはず……」


 大輔はページをめくり、遺体の写真が載った箇所を開く。また、水希も覗き込んできて、


「被害者の左手は、確かに血まみれになっているけれど、これは恐らく、腹部の傷を押さえたせいでなったものだろうな。右手のほうにも、血は点々と付いてはいるけれど、指先はきれいなものだな。被害者は、左手で傷口を押さえて、右手でドアのサムターンを回した、ということなんだろうな。被害者は右利きと聞いているから、血文字を書き残すとすれば、右手を使ったはずだ」

「右手の指も、死体を抱き起こす動作に紛れさせて拭ったんじゃ?」

「それは難度が高すぎるだろ。団員たちや職員といった大勢の目撃者の目の前で、そんな不自然な動作をしたら、必ず目に留まったはずだ」

「うーむ……」


 大輔が黙ったところに、


『あ、兄貴……』


 スマートフォンから、智が声を掛ける。


「んだよ?」


 大輔が、卓上の端末を睨むと、


『い、いい線、行ってると、思う……』

「ん? 何が?」

『ひ、被害者が、犯人の名前を、書き残さなかったことに、ちゅ、注目するっていうのは……』

「どして? 注目するも何も、こうして血文字なんか残されていなかったってのが、証明されちまったじゃねえか」

『な、なんで、残さなかったのか、ってこと、だよ……』

「はあ?」

『わ、私も、水希さんから、じ、事件の第一報を聞いたときに、そう思ったんだ。犯人の名前、いわゆる“ダイイング・メッセージ”を、どうして、ひ、被害者は残さなかったんだろう、って』

「おう」

『ダイイング・メッセージを、の、残さない理由には、いくつか理由が考えられるけど、もっとも大きな理由は、ま、まだ犯人が現場に残っているから、っていうのが、一番だと、思う』

「だわな。犯人が目の前にいるのに、そんなもん書いたって、揉み消されちまうのがオチだぜ」

『で、でも、今回の現場は、ち、違う。被害者ひとりしかいない、み、密室、だった』

「それが?」

「ああ、もう! 大輔!」水希が横やりを入れ、「密室に被害者ひとりきりってことは、ダイイング・メッセージを犯人に目撃されることがない、ってことだろうが」

「……ああ! なるほどっす!」

「だろ。書こうと思えば、被害者――新川麗依さんは、いくらでも犯人の名前を書き残せたってことなんだよ」

「あ! そこで力尽きたんじゃないっすか? 被害者は、瀕死の体に鞭打って、ドアに鍵を掛ける。さあ、これで誰にも邪魔されることなく、犯人の名前を書き残せるぞ、と思った直後、死んでしまった。これで、密室の説明は付くんじゃないっすか?」


 大輔は、どやぁ、と言わんばかりの顔で、水希と有斗夢、さらに妹との通話が繋がっているスマートフォンを見やった。が、


「先輩、ひとつ忘れてます」


 有斗夢が顔を向けた。


「ん? 何が?」

「被害者が最後に取った行動は、立ち上がること、ですよ」

「……あっ!」

「真鍋の言うとおりだ」と水希も、「サムターンに残っていた指紋の角度と、血の付いた靴跡から見るに、被害者――新川さんは、うつ伏せの状態のまま、ドアまで這っていき、腕を伸ばしてサムターンを回し、立ち上がって、その直後に息絶えた。この順序は、動かしようのない事実だと思う。つまり、大輔説――被害者が施錠をしたのは、犯人の侵入を防いだ万全の状態でダイイング・メッセージを残すためだった、というのは成立しない。だって、施錠をした被害者が最後に取った行動は、血文字を書き残すことじゃなくて、()()()()()()()()()()()、だったんだからな」

「ぐ、ぐうの音も出ねえ……」


 大輔は膝の上で拳を握った。


「同時に」と水希は続け、「有斗夢説――被害者が施錠をしたのは、他殺を自殺に偽装して犯人をかばうためだった、も成立しない、と私は思う。私の個人的な見解はともかく、この説を採用するのであれば、被害者は、ドアの前まで這っていき、手を伸ばしてサムターンを回した時点で、()()()()()()()()()()()()だ。最後、わざわざ立ち上がる必要なんて、これっぽっちもない」


 応接室に流れた沈黙を破ったのは、智だった。


『……そ、そろそろ、次の人の、ちょ、聴取を、始めませんか?』

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