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リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.04 三剣士殺人事件 ~リモート探偵と迫る文化祭~
32/89

Remote.04 三剣士殺人事件 1/15

「――か、監督!」


 ホールに血相を変えて飛び込んできたのは、主演俳優の()どう圭祐(けいすけ)だった。通し稽古に臨むための――“光の王子”役の――衣装に身を包んでいる。


「遅いぞ、須藤。五分前行動は基本だろうが」


 振り向いた演出兼脚本担当の(さか)()()(ろう)は、険しい表情を見せていた。午後一時開始の通し稽古が数分後に始まるというのに、まだ出演者の全員がホールに姿を見せていなかったことへの苛立ちのせいだろう。


 全速力で走ってきたのだろうか、肩で息をしながら、須藤は、


「ち……血が……」

「……ち?」


 眉間に皺を刻んだまま、酒木は小首を傾げる。


「血が……流れてます」


 言葉の間に荒い呼吸を挟みつつ、須藤は自分が来た出入り口を指した。


「……分かるように話せ、須藤」

「よ……用具室の……ドアの下から……血が……流れてて……」

「なにぃ?」

「と、とにかく……き、来て下さい」

「わ、わかった……おい!」


 酒木は、その場にいる出演者、スタッフたちにも自分たちのあとに続くよう手で促してから、再び走り出した須藤の背中を追った。

 須藤が一行を導いたのは、一階奥に位置する用具室の前だった。そこまで辿り着いた酒木たちは、一様に顔をしかめ、立ち止まった。須藤の言葉どおり、その金属製のドアの下、わずかに開いた床との隙間から、赤い液体が流れ出ているのを目にしたためだった。


「……血、ですよ……ね」


 須藤が呟く、その間にも、液体が形作る赤黒い水たまりは、見る間にその面積を広げていく。酒木は、すぐにドアノブに飛びついた、が、


「だ、駄目なんです、監督。か、鍵がかかっていて……」


 須藤の言葉どおり、酒木は何度もノブを回し、ドアを前後に揺すったが、デッドボルトが受け金具に当たる金属音が響くだけだった。


「な、中に、誰かが、いる……ってのか」言いながら酒木は振り返ると、「これで……全員か?」


 自分についてきた出演者、スタッフたちの顔を、ひとりひとり確認していき、


「……麗依(れい)が、いないな」


 その言葉に、他のメンバーたちは互いの顔を見やった。須藤も、酒木以下の顔ぶれをぐるりと見回してから、


「――麗依! 麗依なのか? 中に……いるのか?」


 ドアを叩いた。拳が鉄を打つ音が数度こだましたが、内側からは何の反応も返ってこない。


「と、とにかく、通報を……」


 酒木は懐に手を突っ込んだ、が、すぐに「ちっ」と舌打ちをして手を抜いた。通し稽古中には、演者は元より、スタッフも誰ひとり携帯電話やスマートフォンを持ち込むな、と厳命していたのは彼自身だった。


「誰か! ロビーの公衆電話で!」


 酒木が声を張り上げると、列の最後尾にいた人物――舞台衣装に身を包んだ出演者のひとりだった――が、来た通路を戻るように駆けだす。


「ここの鍵もだ!」


 次なる酒木の指示に、同じように舞台衣装姿の俳優が走った。このホールの事務室に行き、用具室の鍵を借りてくるためだ。二人が走り去ってからすぐ、午後一時――通し稽古を始める予定時刻――の時報がホール全体に鳴り響いた。

 一、二分ほどが経過したころ、二人は同時に戻ってきた。鍵を借りに行ったほうは、事務室に詰めていた職員ひとりを連れており、その職員の手には一本の鍵が握られていた。

 職員が鍵穴に鍵を差し込み、半回転させると、デッドボルトが錠ケースに引き込まれる音が鳴った。鍵から手を離した職員は、ドアノブを掴んで引く。金属製のドアは、重量感を感じさせる動きで、ゆっくりと開いていき、室内の様子があらわになった。そこで、あるものは息を呑み、あるものは悲鳴をあげた。ドアのすぐ向こうには、ひとりの女性が、膝を折った姿勢でうつ伏せに倒れていたのだった。ドアと床の隙間を通り、廊下を染めていた赤い液体は、その女性の腹部から滲み出てきたものらしい。体の横には、血で真っ赤に染まった、ひと振りの短剣が落ちていた。今回の演目で使用される小道具だった。


「――麗依!」


 真っ先に飛びついたのは須藤だった。伏臥している女性――やはり、その場にいないことが確認されていた、新川麗依だった――の両肩を掴み、仰向けにさせる。彼女がまとった薄青色の衣装は、腹部の傷口から流れ出てきた血によって、真っ赤に染めあげられていた。

 須藤をはじめ、演者、スタッフらの呼びかけに対し、新川麗依は何ひとつ返事も、動作も返しはしない。彼女の心臓は、すでにその動きを止めていた。

 額に浮かぶ汗を拭い、酒木は、今しがた開かれたドアの室内面を見る。鍵が開けられたことで、サムターンのつまみは垂直の向きとなっている。奥の壁には、腰までの高さの引き違いの窓がある、それに目をとめた酒木は、


「……鍵が」


 クレセント錠が、しっかりとかかっていることを認めた。この用具室で外部と行き来が可能なのは、ドアとその窓の二箇所だけだ。


「こ、これって……」


 酒木は、再びもの言わぬ骸となった麗依を見る。演者やスタッフたちが彼女を取り囲んで涙を流している。遠くから救急車のサイレンが近づいてくる。ごくり、と唾を飲み込んだ酒木は、


「み、密室……ってことじゃねえか……」


 呆然とした顔で呟いた。

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