Remote.03 霊視能力殺人事件 10/10
「庄野昌行だな。冥道院蛇盤付きのスタッフの」
自宅アパートに戻った庄野を、二人の刑事が待ち構えていた。声をかけてきたのは、目つきの鋭いほうで、男性アイドルのような童顔のほうが、警察手帳を開示していた。
「蓼西胎三殺害の容疑がかかっている。同行してもらおうか。まだ令状が下りてねえから、まあ、任意っつー形ではあるけど、この期に及んで拒否ったりはしねーよなぁ?」
獲物を狙う猛獣のような目に射すくめられた庄野は、黙って頷くしかなかった。
「冥道院は、自分のスタッフのひとりに犯行を目撃されていたというわけなのね」
冥道院を乗せたパトカーが遠ざかっていくのを見ながら、水希は智との通話が繋がったままのスマートフォンに向けて言った。
『は、はい。ほ、本人は、誰にも見られていないと、お、思っていたんでしょうけれどね』
智の声が返ってくる。
「そこで、その目撃者――庄野昌行――は、前々から殺したいと考えていた相手を、同じ場所で殺して、冥道院に罪をなすりつけてしまおうと考えた、と。蓼西に何かの弱みを握られて、恐喝を受けていたみたいね。冥道院が殺した相手も、同じようなフリーの記者で強請屋だったことを、知っていたかは分からないけれど」
『は、はい。そ、その計画に利用されたのが、“深夜の廃墟探索者”綱井ジョーンズさんだったと、いうわけ、です』
「冥道院と綱井さんに繋がりはなかったけれど、そのスタッフ同士が知り合いだったのね。で、スタッフを通して、綱井さんの次の生配信動画の現場に例の廃工場を選んでもらえるよう、根回しをしたのね」
『そ、そうしておいて、冥道院さんのほうにも、ひ、人づてに、綱井さんが次の生配信の場所として、そ、その廃工場に行くようだと、耳に入るように、し、仕向けていたと』
「冥道院さんは焦ったでしょうね。念のためにアリバイ工作までして恐喝相手を殺し、死体を隠したのに、よりによって、その殺害現場を動画配信者に探索されてしまうらしいと知って。死体は半地下の奥底に隠したけれど、“廃墟探索”と称して綱井さんがあちこち探し回ってしまえば、発見されてしまう可能性が高い」
『そ、そこで冥道院さんは、その状況を、さ、逆手に取ることに、し、したわけです』
「廃工場に隠した死体を、“霊視”で発見したことにしようって目論みね。綱井さんの動画が生配信だということを利用して。“霊視”を披露することで、霊能力者――自称――である自分の株の爆上がりを狙えると。その思惑どおり、綱井さんは死体を発見することになるわけだけれど、冥道院にとっては、まったく予想外の展開が待っていた。なにせ、工場内に隠したはずの死体が、出入り口近くの屋外に晒された状態で発見されることになったんだものね」
『び、びっくりしたでしょうね……』
「死体も、彼が殺した被害者と同じ服装をしていたんだしね。犯行を目撃していた庄野が、自分が殺した相手――蓼西さん――にも同じ服装をさせたからなんだけど。時間軸は、こうなるわけね。
まず、一日の午後三時、冥道院が、書斎に籠もるアリバイ工作を使って、第一の被害者を殺害して、死体を屋内に隠す。それを目撃していた庄野は、その翌日の二日の同じ午後三時に、蓼西さんを同じ現場に呼び出して殺害、死体の服装を、冥道院が殺した相手と同じにしたうえ、こちらの死体は屋外に放置しておく。冥道院が死体を入念に隠しちゃったから、綱井さんが発見するのは間違いなくその死体になる。庄野は、スタッフとしての長い付き合いで、冥道院の性格は熟知していたから、“霊視”をするに際して、死体の服装まで口にすると確信していたのね。現場で発見された、冥道院の指紋が付いたキーホルダーも、密かに庄野が盗み出して、犯行後に置いていったのね。より冥道院に疑惑が向くように。
次に庄野は、その日のうちに綱井さんのスタッフに連絡を取って、次の廃墟探索生配信の場所として、その廃工場に行ってもらえるよう働きかけた。同時に、冥道院の耳にも、人づてに、綱井さんが例の廃工場を生配信で探索するらしいぞ、という情報を入れる。
で、綱井さんは、さっそくその翌日の三日の夜、廃工場に赴いて生配信を開始する。そこに冥道院がチャットで書き込みを行い、“霊視”をしてみせたと」
『と、当然、冥道院さんのところにも、け、警察の聴取が来るわけですが……ここで冥道院さんは、二度目のびっくりを、あ、味わうことになった』
「死体の死亡推定時刻が、二日の午後三時と聞かされたからね。苦労して作ったアリバイ工作は無駄になったわけだけれど、その代わりに冥道院は、まさに問答無用の“鉄壁のアリバイ”を得ることになった。死亡推定時刻の三時を挟んだ、午後一時から五時までの四時間、ずっと数名の編集者、スタッフと打ち合わせをしていたというね。その間ひとりになった時間は、わずか十五分間だけ。これじゃあ何をどうしようが、そこから往復二時間かかる現場までの行き来は絶対に不可能だものね。冥道院にしてみれば、何が何やら分からない状態だっただろうけれど、自分に有利に働いたこの状況を利用しない手はない。」
『い、一方、二日のほうの犯人である庄野さんは、ま、また独自のアリバイ工作を、お、行っていたんですね……』
「そう。顔と背格好の似た知り合いに自分のクレジットカードを持たせて、買い物をさせるっていうね。冥道院のものと比べたら、実にちゃちなアリバイ工作だけれど、もう“霊視”の件があるから、警察の目は冥道院に向きっぱなし。それくらいのアリバイ工作で十分だったのね。実際、私たちもろくに調べもしないで、店員の証言を鵜呑みにしちゃってたからね……反省」
水希は、かくりと項垂れた。『し、仕方ありません、よ』と智の慰めの言葉がかけられる。
「今頃、大輔と真鍋が庄野の身柄を確保してるでしょ。色々と翻弄されちゃったけど、終わり良ければすべて良し。今回も智ちゃんに助けられたわ。ありがとう」
『お、お役に立てて、こ、光栄、です……』
「今度、なにかご馳走するわよ」
『えっ? い、いいですって……そ、そんな気を遣わないで、く、下さい……』
「そんなこと言わないで、お願い。私の気が済まないもの」
『い、いやぁー……』
「あ、もしかして、こういう無理やり食事に誘うっていうのも、パワハラになるのかな?」
『な、なると、思います……』
「なにー! 智ちゃん、言うわねー」
『パ、パワハラなら、あ、兄貴に対して、お、思う存分に、どうぞ……』
「うん、そうする」
『あはは』
二人は、スマートフォンを介して笑い合った。
その日の夕方。夕食を終え、またボイスドラマを聞こうと、ベッドに潜り込む用意をしていた智に、スマートフォンの着信が届いた。
「千奈っちゃん……」
智は、デジタルオーディオプレーヤーを置き、スマートフォンを手に取った。
『もしもし、智ちゃん』
「千奈っちゃん」
『部室の引っ越し、無事終わったよー』
「だ、大丈夫だった?」
『うん。男子がひとり、三階からマットに飛び降りようとして、みんなに必死に止められてたけど』
「あはは」
『バカだね。あ、それと、会長も手伝ってくれたんだよ』
「え? そ、そうなんだ」
『うん。智ちゃんのことも、気にかけてたよ』
「そ、そう……」
『霧島会長、この前、智ちゃんに言った公約、全部実現させちゃうと思うよ』
「ほ、本当に?」
『うん。会長の行動力って、すごいもん。行動力があって、美人で、頭も良くって、やさしくて、あーあ、憧れちゃうな……。智ちゃんも、そう思わない?』
「えっ? そ、そうだね……」
『智ちゃん、生徒会長になってからの会長――って、ややこしいか。霧島さん――に会ったの、この前が初めてだったでしょ』
「うん、そ、そうだね」
『どう思った?』
「ど、どう、って……」
『去年よりも、さらに美人になったな、って思ったでしょ?』
「ち、千奈っちゃん、お、おやじみたい」
『えー! 心外だなぁ。じゃあ、智ちゃんは、会長を見ても、そうは思わなかったってこと?』
「い、いや、決して、そうじゃなくて……わ、私が思ったのは、と、とりあえず……」
『とりあえず?』
「い、いい匂いが、した」
『やだー! 智ちゃんのほうこそ、おやじみたいだよ!』
「ち、千奈っちゃんも、ま、負けないくらい、いい匂い、したよ」
『もうー! やめてよー!』
電話の向こうで、千奈都の笑い転げる声がした。
『ねえ、智ちゃん』
「な、なに?」
『私も、頑張るからね』
「えっ?」
『智ちゃんがその気になってくれたとき、少しでも学校に来やすくなってるように、頑張る。会長と一緒に』
「千奈っちゃん……」
『あ、そうだ。会長、今度聞いてみるって』
「え? な、何を?」
『「尾神黎悧の事件簿」』
「えー? な、何で、か、会長が?」
『智ちゃんが好きだって教えてあげたら、私も聞いてみたい、って』
「な、何で、お、教えちゃうかな……」
『えー、いいじゃん。速見様のファンが増えるかも』
「そ、それはそれで……ふ、複雑なんだよなぁ……」
『もっと人気が出てほしいっていう応援の気持ちと、私だけのものでいてほしいっていう独占欲が、火花を散らして戦うんだよね。わかる、わかる』
「おお、わかってくれるか、千奈っちゃん!」
『もちろんだよ、智ちゃん!』
それから二人は、好きな声優の話題で、夜遅くまで会話に花を咲かせた。
「Remote.03 霊視能力殺人事件」解決
~次回予告~
ある劇団が稽古中の市民ホールで、役者のひとりが刺殺体となって発見される。現場はドアも窓も施錠がされた、完全な密室状態であることが分かり……。
次回『リモート探偵 戸森智』
「Remote.04 三剣士殺人事件 ~リモート探偵と迫る文化祭~」にご期待下さい。




