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リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.03 霊視能力殺人事件 ~リモート探偵と世話焼きな生徒会長~
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Remote.03 霊視能力殺人事件 9/10

 三人の刑事、プラス、スマートフォン越しに参加してきた民間探偵からの聴取を受けた翌々日の、その夕刻。冥道院(めいどういん)(じゃ)(ばん)は、事務室の自分のデスクで紫煙をくゆらせていた。スタッフは誰も出てきておらず、立て続けだった編集者との打ち合わせもひと段落がつき、冥道院は久しぶりにひとりの時間を満喫していた。

 ――とはいえ。

 煙を吐いて冥道院は案じる。

 ――まだ、全てが安泰というわけではない。

 灰皿にタバコを揉み消し、二本目を咥えようとした、そのとき、ドアをノックする音が聞こえた。

 ライターの蓋を跳ね上げたところで、冥道院は動きを止め、ドアを見やる。数秒の間を置いて、


「冥道院さん」


 聞き憶えのある声が彼の名を呼んだ。

 ――あの、女刑事?

 聴取の約束はなかったはずだが、と思いつつ、冥道院が「はい」と返事をすると、


「少し、お話させていただいてもよろしいですか?」

「……どのようなご用件でしょうか?」

「事件について、新事実が判明しましたので、お知らせしようかと」

「……開いています、どうぞ」


 わずかな逡巡の末、冥道院は刑事を招じ入れることにした。


「失礼します」


 ドアを開けて入室してきたのは、やはり、女性の刑事ひとりだけだった。冥道院は席を立ち、応接スペースに刑事を促す。「おかまいなく」という刑事――篠原(しのはら)(みず)()、と言ったか――の言葉を素直に受け取り、今日はコーヒーを出さないことにして、冥道院は彼女の対面に座った。


「何ですか? 新事実って」


 冥道院が訊くと、


「犯人が分かりました」

「――はあ?」


 冥道院はソファの背もたれから背中をはがし、前のめりになって、


「いったい、誰なんです?」

「あなたです、冥道院さん」

「……」冥道院は、ゆっくりと上体を倒し、もとのようにソファにもたれかかると、「何を、馬鹿な……あなた、いや、警察も十分に承知しているはずでしょう」

「何をです」

「アリバイですよ、アリバイ」冥道院は若干声を荒げ、「僕には、鉄壁のアリバイがあるということを、お忘れになったわけじゃないでしょう」

「それは崩れました」

「……なに?」

「今から、お話しましょう……といっても、私ではなく」そこで水希は、懐からスマートフォンを取り出して、「すでに繋がっています」

「例の、名探偵のお嬢さん、ですか」

「はい。聞いていただけますか」

「……ふん、面白いですね」


 深い息を吐いてから脚を組み、冥道院は聞く準備を整えた。


(とも)ちゃん、いいわよ」


 水希が、テーブルに置いたスマートフォンに声をかけると、


『は、はい……』


 スピーカーから少女の声が聞こえた。


『ま、まず、ですね……わ、私の話を聞いて、つ、突っ込みたくなるところも、あ、あるかと思うのですが……と、とりあえず、ご、ご静聴いただけると、た、助かるのですが……』

「……いいですとも。とりあえずは、名探偵さんの推理を拝聴しましょう」


 スマートフォンを見下ろして、冥道院は鷹揚に答えた。


『あ、ありがとうございます。で、では……』こほん、と咳払いがして、『め、冥道院さん、あなたは、自分のアリバイを作るために、ある、じゅ、準備をしました。その準備というのはですね……げ、原稿執筆のためと称して、ひとりで書斎に閉じこもることです。しゅ、集中が乱れるから、誰も入ってくるな、と、事務室にいたスタッフたちに、い、言い含めておいたうえで』

「おい! 待て、それは――」

『うひゃう!』

「冥道院さん」と、そこで水希が、「まずは、彼女の話を静聴していただける約束のはずです」


 その、射貫くような視線に刺され、冥道院は浮かせかけていた腰を戻した。


「智ちゃん、いいわよ」

『は、はい……つ、続けます……。冥道院さんが、スタッフたちに、そ、そう宣言して書斎に入ったのが、午後一時のことでした。ですが、冥道院さん、あ、あなたは、三十分もしないうちに、書斎を抜け出します。あらかじめ土足を用意しておいて、ま、窓から外に出たのでしょう。あなたの事務所は一階ですから、か、簡単だったはずです。そ、外に出た冥道院さんは、く、車に乗り込み、現場まで走ります。そ、その間、冥道院さんは、ただ車を運転していただけでは、あ、ありません。他に、やることがありました。そ、それは何かというと、ラジオを聞くことと……原稿を執筆すること、です』


 冥道院は息を呑んだ。スマートフォンの向こうからも、深呼吸する音が聞こえ、


『は、ハンドルを握りながら、原稿を執筆する。た、大変危険な行為ですが、そ、そうせざるを得ません。なにせ、ず、ずっと書斎に籠もっているというアリバイを、つ、作るためなのですからね。

 と、とはいえ、そこで書く原稿の内容も、問題になってきます。い、いくら、「書斎に籠もって書いた原稿だ」と言っても、そ、そんなのは、前もって書いておいたんじゃないか? と疑われてしまったら、な、何にもなりませんから。そ、それを回避するために、冥道院さんは、原稿に、その日、その時間でないと知り得ない情報を、ま、混ぜ込むことにしたんです。ラジオで聞いたニュースや、そ、その日会ったスタッフのことを、か、書いたりして。

 げ、現場である廃工場に着いた冥道院さんは、ま、待ち合わせをしていた記者を、こ、殺して、とんぼ返りします。こ、こうして、現場までの行き帰り、約二時間の行程を使って、げ、原稿を完成させ、ま、また窓から書斎にもどった冥道院さんは、な、何食わぬ顔をして事務室に顔を出し、さ、さも今まで書斎に缶詰になって原稿を書き上げたように、ふ、振る舞ったというわけ、です』

「……」


 冥道院は、黙って智の話を聞いていた。それは約束だからというよりも、自分の行動をすべて言い当てられていたため、という驚きからのことだった。


「ど、どうして――」分かった? と口に出かけた言葉を、冥道院は飲み込んで、「そ、そんなことが言える?」

『原稿を、少しだけですが、よ、読ませてもらいました。ぐ、偶然、編集者の方に出会って……で、そ、その原稿には、いくつかの誤字が、あ、ありました』

「誤字?」

『そ、そうです。それで、分かったんです。冥道院さん、あなたは、ふ、普段は、パソコンで原稿を執筆している、そうですね』

「そうだが……」

『そ、その日の原稿も?』

「当たり前だ……」

『“ボルターガイスト”』

「――?」

『“ラッブ現象”、“ビンからキリまで”。い、今、私が言ったのは、ぜ、全部、その原稿にあった誤字、です。これらは本来は、“ポルターガイスト”、“ラップ現象”、“ピンからキリまで”が、正しい表記、で、ですよね。すべて、濁音と半濁音を、ま、間違っています。ど、どうしたら、こんな間違い、誤字が生まれるのか……そ、それは、この原稿が、パソコンのキーボードではなく、ス、スマホで書かれた――せ、正確には、打たれた――ものだから、です。車の運転をしながら、パソコンで原稿を書くなんて芸当、で、できるわけがありません。ハンドルを握りながらとなれば、ひ、必然、片手だけで操作が出来る、スマホを使うことになります。

 冥道院さん、あ、あなたは、普段はパソコンで原稿執筆をしている、そうですね。パソコンとスマホで、も、文字を打ち込む場合、決定的に違うのが、入力の仕方、です。あ、当たり前の話ですが、パソコンではキーボードを、た、対して、スマホでは、タッチパネル上のテンキーに指を滑らせる、いわゆる、“フリック入力”を使うことに、な、なります。濁音と半濁音を、ま、間違える。“フリック入力あるある”、ですよね。フリック入力で原稿を打つことに、な、慣れていない冥道院さんは、い、いくつかの単語で、濁音と半濁音を、ま、間違って入力してしまい、それが、そのまま、て、提出されてしまったというわけ、です……。ご、ご静聴、あ、ありがとうございました……』


 もし、相手の姿が見えていたなら、ぺこり、と頭を下げる様子が目に浮かぶような締めだった。

 自分を守るように腕組みをし、深く息を吐き出した冥道院は、己の失敗を呪った。右手でハンドルを握り、左手でスマートフォンを操作するという難度の高い技をやってのけたと安堵していたが、まさか、そんな入力ミスを犯していたとは。しかし……。


「探偵さんの話も終わったようだし……そろそろ、僕のほうから突っ込みを入れても構わないかな?」

『ど、どうぞ……』

「それじゃあ……」と冥道院は、こわばっていた表情を崩すと、テーブル上のスマートフォンを見やり、「探偵さん、そして、刑事さんも」と、対面する水希にも目をやってから、「何か、大きな勘違いをされていますね。いや、突然、犯人扱いをされたうえ、『アリバイが崩れた』なんて言われたものだから、いったい、何を聞かされるんだろうと身構えてしまいましたが……はは、何というか」

『か、勘違いとは、な、何でしょう?』

「とぼけているんですか? ……被害者の、死亡推定時刻のことに決まっているじゃないですか。いいですか、あの記者が殺されたのは、()()()()()()()、ですよ? なのに……今、探偵さんが言った僕の行動は……()()()()()じゃありませんか! まるっきり日付が一日ずれていますよ! これじゃあ、アリバイ崩しもクソもあったものじゃない! 一日に僕が書斎を抜け出そうが何をしようが、それで二日に被害者を殺せるわけがないじゃありませんか! それとも、何ですか? 被害者が襲われたのは一日だけれど、実際に死んだのは二日だった、とでも言うつもりですか? 丸一日、被害者は頭を押さえて苦しみ続けていたとでも?」

『ひ、被害者は、そ、即死状態。それは、ま、間違いありません』

「それじゃあ、司法解剖の結果が間違っていて、実は被害者の死亡日時は一日だったと、そういう訂正があったわけですか?」

『そ、それも、あ、ありません』

「だったら、探偵さん、あなたが崩すべきは、一日じゃなくて、二日! 二日の僕のアリバイを崩して見せなきゃいけないんじゃありませんか? どうです?」

『い、いえ、冥道院さんの、二日のアリバイは、か、完璧です。じゅ、十五分で、打ち合わせ場所と現場を、お、往復なんて、で、出来るわけが、ありません』

「話にならないな」


 冥道院は、ふん、と鼻を鳴らし、

 ――そうだ。あの“謎”がある限り、自分の身は安泰なのだ。

 同時に安堵した。

 そう、“謎”。その謎が、どうして現出したのか、それは冥道院自身も(あずか)り知らぬところではあったが、兎にも角にも、その“謎”が解かれない限り、彼自身は、まさに“鉄壁のアリバイ”を持つことになるのだった。


『め、冥道院さん……』


 数秒の沈黙ののち、スマートフォンの向こうにいる智の声が、再び静かな事務室に響いた。


「……何ですか」


 すっかり落ち着きを取り戻した冥道院が、余裕を持って答えると、


『れ、“霊視”です』

「はっ?」

『霊視。冥道院さんは、あ、あの死体を、霊視で発見した、ということでした、ね』

「……そうだよ」

『ほ、本当は、ち、違うんですよ、ね』

「……な、何がだ?」

『冥道院さんが“霊視”したのは、あの、蓼西(たでにし)さんの死体じゃ、な、なかった』

「――!」

『わ、私、あの動画で、冥道院さんが、か、書き込んだチャットを、よ、読んでみたんですけど……』

「それが……なにか?」

『お、おかしい、ですよ、ね』

「な、何が?」

『冥道院さん、チャットで、こ、こう書き込んでいました……“暗く、深い場所から、恨みの怨念が滲み出てきている”って。ほ、他に、“漏れ出ている死者の怨念”とも……』

「それが、な、なんだと……」

『し、死体は、工場出入り口すぐの、お、屋外に、の、野ざらしになっていたんですよ。“深く”もないですし、怨念が“漏れ出ている”っていうのも、お、おかしな表現、かと……』

「そんなのは、こ、言葉の綾じゃないか! 僕には、そう感じたんだ!」

『で、ですので』智の声は、冥道院の言葉など一切受け付けないように、『け、警察が、あの廃工場を、て、徹底的に調べたんです』

「――なに?」

『そ、それこそ、“暗く、深”くて、いかにも、お、怨念が“漏れ出て”いそうな、ば、場所を、入念に』

「……」


 冥道院の頭は、白いもやがかかったようになっていき、言葉も出てこなくなった。体中に汗が滲んでくるのがわかる。と、そこに、


「発見しましたよ」水希の声が叩きつけられた。「ですので、こうして伺ったのです。工場の建屋の中、半地下室となったエリアにあった鋼鉄製の箱の中から、男性の死体が見つかりました。青い背広と、赤いシャツを着ていて、帽子をかぶり、顔には大きなマスクをしていました。暗く、深い場所でしたね。もし、死者の怨念なんていうものがあるのなら、まさに、“滲み出てくる”という表現がぴったりな場所でした。あなたが一日に殺害したのは、この男性ですね」

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