Remote.01 小さな恋の殺人事件 3/12
篠原水希、戸森大輔、真鍋有斗夢の三人の刑事は、被害者である渡浦礼衣子が通っていた松宮中学校を訪れた。
応接室に通された三人は、程なくして入室してきた二人とテーブルを挟んで対した。六十がらみで肉付きのよい男性は、校長の岡野太一。その隣に座る若い女性は、渡浦礼衣子が所属していた三年一組担任教師の高薮享子と、それぞれ自己紹介した。
「いや……まさか……、こんなことが起きてしまうなんて……」
生え際が後退しつつある額をハンカチで拭き拭き、校長の岡野は狼狽した様子を見せた。
学校側が事件の一報を受けたのは、110番通報がされた数十分後、午前十時半を回った時刻だった。被害者が松宮中学校の生徒であったことが確認されるとすぐ、すべての授業は中止され、生徒は全員帰宅させられた。水希たちが応接室に入るまでの廊下にも、生徒の姿はひとりも見られなかった。
「今朝から起きたことを、教えていただけますか」
「それは、高薮先生のほうから……」
水希に促されると、岡野校長は隣に視線を送った。それを受けると高薮は頷き、大きく息を吸い込んでから、
「今朝のホームルームの時間になっても、渡浦さんが登校してこなかったため、私が自宅に電話を入れました。渡浦さんは携帯電話を持っていなかったもので。電話に出たのはお母様だったのですが、自分たち両親が起床する前に、渡浦さんはもう自宅を出て登校したものだとばかり思っていたそうです。彼女はテニス部に所属していて、朝練のために早くに登校することは茶飯事でしたから。それで、テニス部員たちに訊いてみたところ、渡浦さんは見ていないと。それどころか、そもそも今日は朝練をやる日ではないと言われまして、これは一大事だと、ご両親に改めて連絡、相談をして、警察に届けを出すことになったのです」
「それは、少年課からも聞きました」
通報を受けた警察は、渡浦家から学校までの通学路を中心に捜索を開始した。が、渡浦礼衣子発見の報は、意外な、かつ、最悪の形でもたらされることとなってしまった。
「渡浦礼衣子さんが、どんな生徒だったか、印象などお聞かせ願えますか」
水希の言葉に、岡野は、
「正直、私は校長という立場上、生徒ひとり一人の事情に精通しているわけではありませんから」隣を向き、「高薮先生にお願いしたいのですが」
またしても発言を担任教師に委ねた。
「はい……」と高薮も息を吸い込むと、「渡浦さんは、学業の成績は上位のほうで、テニス部でもエース級の選手でして、いわゆる優等生といって間違いない部類の生徒でした」
「それでは」と水希は一拍おいてから、「渡浦礼衣子さんの、交友関係については――」
「ちょっと待って下さい」
と待ったをかけたのは、校長の岡野だった。何度も繰り返している、額の汗を拭う仕草を見せてから、岡野は、
「私どもは、詳しい事情は聞かされていないのですが……そういうことをお尋ねになるということは、渡浦さんは、その……殺された、と?」
岡野校長の言ったとおり、警察からはまだ、「渡浦礼衣子が死体で発見された」としか伝えられていない。
「申し訳ありません」と水希は頭を下げてから、「事故と事故の両面から捜査をしている、としか、今はお答えできないのですが、ご協力いただけないでしょうか」
「そ、それは、もちろん……」
岡野校長が隣を向くと、高薮は話を再開する。
「優等生だということは、先ほどお話ししましたが、それに加えて性格も明るく、クラス、部活を問わず、常にみんなのリーダー的存在となる生徒でした」
「誰からも好かれていた、ということですか」
水希が加えて尋ねると、高薮は何かを察したような表情をして、
「……ええ。彼女を恨んでいるような生徒――いえ、生徒に限らず、教師も含めて、そんな人間は誰もいなかったと、そう思います」
「そうですか」と水希のほうは、落胆したような素振りも見せず、「では、クラスや部活で、特に仲の良かった生徒について、教えていただけませんか」
「仲の良かった、ですか……」高薮は、頭の中を探るように視線を上に向けて、「渡浦さんを慕っている生徒は大勢いましたから」
「中でも、特に親しくしていた生徒に心当たりはありませんか?」
訊かれると、高薮は岡野と顔を見合わせた。それを見ると、今度は水希のほうが何かを察し、
「ああ、決して、容疑者として見るとか、そういうことではありませんので。捜査を進める上で参考になればと」
「はい……」と高薮は、少し逡巡するような表情を見せてから、「実は、気になっている生徒が、ひとり、いることはいます」
「気になるとは、どういう?」
「当校では、登下校時に校門前に教師が立つことになっているのです。不審者が出入りしないかを見張ったりする目的で行っていまして、朝のホームルーム開始直前に門を閉めるまで、見張りは続けることになっています。今日は私がその当番だったのですが、校門を閉める時間ぎりぎりに滑り込んできた生徒がいまして。ああ、いえ、そんな生徒はいつも一定数いるのですが、今日は、今まで一度も遅刻などしてこなかった生徒が、その中に混じっていたもので」
「その生徒が、何か?」
「はい、二年一組の、稲口美佳さんという生徒なのですが、彼女は、渡浦さんと親しくしていた生徒のひとりで、その稲口さんが、渡浦さんがこんなことになった日に限って遅刻してきたもので、もしかしたら、何か関係があるのでは、と……」
「その稲口さんという生徒は、今まで遅刻をしてきたことがなかった?」
「そうなんです。担任ではありませんが、私は一年、二年と続けて彼女いるクラスで数学を担当していまして、大人しい子で、遅刻などとは無縁の生徒だという印象しか持っていなかったものですから、少し気になって」
漢字の表記を訊き、真鍋がその氏名を手帳に書き記した。その稲口美佳について話を訊きたいと申し出ると、校長は、稲口美佳の担任教師を呼ぶ、と内線電話を取った。程なくして入室してきた二年一組の担任――若い男性教師だった――は、刑事たちに一礼してから空いているソファに腰を下ろす。
「二年一組担任の津吹彰です」
着座してから、もう一度頭を下げた津吹に、水希が稲口美佳について話を訊きたい旨を伝えると、
「確かに今日、稲口さんは遅刻してきましたね。ホームルームが始まって出欠を取るときにはいなくて、数分してから教室に駆け込んできました」
「高薮先生のお話によれば、遅刻などする生徒ではないということでしたが」
「同意見です。稲口さんは、これまで一度も遅刻をしたことなどありませんでした」
「稲口美佳さんは、どんな生徒ですか」
「所属クラブは文芸部で、本が好きな大人しい子です。成績は、現代文が良いくらいで、あとの教科は平均の前後といったところです」
「亡くなった渡浦礼衣子さんと親しくしていたと伺いましたが」
「ええ、勉強を見てもらったりしていると、そういう話を聞いたことがあります」
「渡浦さんは三年生でテニス部、稲口さんは二年生で文芸部と、学年も所属クラブも違いますが、それでも親しくしていたといのは、何か理由が?」
「共通の友人を通して知り合ったらしいです。渡浦さんは快活な生徒で、学年やクラブの垣根を越えて、校内に大勢の友人がいましたから」
稲口さんが、何かしたのでしょうか? と不安そうな顔で訊いてきた津吹に、参考までに伺っているだけです、と言葉を濁すと、水希は、
「では、遺体の発見場所については、何かご存じなことはないでしょうか。渡浦さんと関連がある場所だったかなど」
水希が住所を告げたが、校長の岡野はもとより、渡浦の担任の高薮も、津吹も、まったく心当たりはないと答えた。死体発見現場は、通学路から大きく離れた位置だったため、渡浦礼衣子捜索の対象範囲からは外れていたのだった。
その質問を最後に水希は、礼を述べて部下二人とともにソファから立ち上がった。




