Remote.03 霊視能力殺人事件 5/10
一分ほど、ベッドの上で大の字になっていると、智の手に握られたままだったスマートフォンから、再び着信音が鳴った。先ほどの水希からのものとは別のメロディだった。
「――千奈っちゃん!」
がばりと上半身を起こした智は、“稲口千奈都”と発信者表示がされたスマートフォンを耳に当てた。
『もしもし、智ちゃん』
千奈都の声がスピーカー越しに聞こえた。
「ち、千奈っちゃん。ど、どうしたの?」
『あのね……今から、智ちゃんの家にお邪魔できないかなって思って』
「えっ? ……あ、ま、また、漫画のネームを?」
『あー、違うよ。そんなに早く描けないよ、私。ちょっと、智ちゃんに会って話がしたいだけ』
「そ、そう?」
『ダメかな?』
「い、いや……ダメってんじゃ、な、ないけど……」
『実はね、もう智ちゃんの家の近くのコンビニ前にいるの』
「えっ?」
と、少し間が空き、
『……今、智ちゃんの家の前にいるの』
「“メリーさんの電話”ごっこ、や、やめい!」
ことさら怖く聞こえるように喋った千奈都の声に、智は突っ込んだ。
『あはは。ごめんね。でも、智ちゃんの家の前にいるのは、本当』
「そ、そうなの……」智は、僅かに逡巡してから、「わ、わかった。げ、玄関に行くね。今、家には私ひとりだから……」
『ありがとう』
通話を切った智は、ベッド脇に立てかけてある松葉杖を手にすると、部屋を出て玄関に向かった。
三和土に下りて、玄関ドアの鍵を解錠し、ノブを掴んでドアを押し開けた智の眼前で、
「こんにちは、智ちゃん」
千奈都の声がして、そのすぐあとから、
「こんにちは、戸森さん」
もうひとり、別人の声が続いた。
「――ふぁっ!」それを聞いた智は、思わず後ずさり、「だ……誰?」
「えー? 智ちゃん、会長のこと知ってるでしょ?」
千奈都の声に、
「か、会長?」
智の目の前、千奈都の隣には長身の女子生徒が並んでいた。千奈都と同じ制服を着ている。
「突然押しかけて、ごめんなさい」
智に頭を下げた“会長”の肩を、長い黒髪がさらりと流れた。
「か、会長って……せ、生徒会長の、霧島静さん?」
「嬉しい。名前も憶えていてくれたのね」
智に名を呼ばれた霧島静は、言葉どおり、嬉しそうに微笑んだ。
「は、はあ……」智は、ぺこりと一度頭を下げ、「そ、それはもう……わ、私が一年のときから、学校の、ゆ、有名人でしたから……。今年度から、せ、生徒会長を務めることになったって、千奈っちゃんから聞きました。……お、お疲れさまでっす!」
へへー、とばかりに、さらに深く頭を垂れた。
「もう。やめてよ、戸森さん」
静に笑いながら促され、直立の姿勢に戻った智は、
「で、ど、どうして、か、会長が、ここに……?」
「ごめんね、智ちゃん」と、その疑問には千奈都が、「会長からね、どうしても智ちゃんとお話をしたいって頼み込まれて。でも、智ちゃんて人見知りなところがあるから、『会長が話をしたがってる』って言っても、会ってくれなさそうだったから、私ひとりで行く振りをして、会長にもついてきてもらったの」
「な、なんと……」
ごめんね智ちゃん、と千奈都は、もう一度詫びた。確かに、突然会長から「会って話をしたい」と言われたところで、自分は断っていただろうな、と智は思った。
「ち、千奈っちゃん、さ、策士だなぁ……」
「わはは」
千奈都が笑うと、
「こやつめ、わはは」
智もわざとらしく笑い返した。
「私からもお詫びするわ。騙したみたいになって、本当にごめんなさい」
静が声をかけると、智は慌てて笑い声を止め、
「い、いえ……そ、それで……かか、会長ほどのお方が、わわわ、私などに、いったいどんな、ごごご用で?」
「智ちゃん、緊張して喋り方がラップみたいになってる」
「いいいったいどんなご用件。近所の中華屋は“五洋軒”YO!」
「待ってました! DJトモ!」
千奈都が煽ると、静は軽く握った拳を口に当てて吹き出した。
「し、しまった! ち、千奈っちゃん! さっきから、の、乗せないでよ! わ、私がアホだって、か、会長にバレる!」
「智ちゃんはアホじゃないよ、だって、しろう――」
「うあおー!」
唐突に奇声を発し、智は千奈都の二の句を封じた。
「ああ、ごめん、ごめん、智ちゃん……」
ちろりと舌を出して、千奈都は謝った。素人探偵として警察捜査に協力していることを知られたくない、という智の思いは通じたようだ。
「そ、それで、か、会長」智は話を仕切り直して、「わ、私に、は、話って……?」
それを聞くと、表情を真面目なものに戻した静は、こほん、と咳払いをしてから、
「戸森さん、学校に来てみない?」
「――えっ?」
「去年の交通事故のことは聞きました。まだ、松葉杖が手放せない生活だということも」
「は、はあ……」
智は、松葉杖を握る手に力を込めた。
「私、学校側に話をつけて、戸森さんを受け入れる体制を整えたいと思っているんです。三階にある戸森さんの教室にカメラとマイクを置いて、一階の保健室のパソコンと回線で繋いで、校内リモートで授業を受けられるようなシステム構築を、学校側に提案したんです」
「リモート……」
「はい。最初は、エレベーターの設置を提案したんですけれど、無理って言われちゃいました」
「そ、それは……」
「体育の授業は、さすがに難しいでしょうから、見学でも、きちんと出席していれば、一般的な評価としてもらえるよう、教頭と体育教師陣に掛け合ってもいます」
「そ、そんなことまで……。わ、私、まともに体育の授業を受けてたら、最低点間違いなしなので、そ、それは、嬉しいですけれど……」
「それと、戸森さんが所属している漫画部の部室は三階にありますけれど、一階の空き部室に移ってもらえないかって、顧問の伊丹先生に提案もしたの」
「えっ?」
「そうなんだ」と、千奈都が、「まだ、他の部員のみんなには話していないんだけど、みんながいいって言ってくれたら、すぐにでも部室を移動するよ」
「そ、そんなの、た、大変だよ……」
「ううん」と首を横に振って、千奈都は、「だって……私、智ちゃんがいないと寂しいよ。学校も、つまんない……」
「ち、千奈っちゃん……」
二人のやりとりを、微笑ましそうな表情で見守っていた静が、
「戸森さんは、自転車通学だったのよね。毎日駅から出ているスクールバスに、戸森さんの家の前を通ってもらうよう、学校に談判もしているわ。幸い、この辺りは通常のルートに近いし」
「そ、そんなことまで……」
静の心遣いに恐縮した智の様子を見て取ったのか、静は続けて、
「生徒には、学校に来る、授業を受ける権利があるわ。個々人の事情でそれが妨げられるようなこと、あってはならないと私は思っているの。それに、今回の戸森さんの件が上手くいけば、今後、同じような生徒が出た際にモデルケースになるでしょ。そうしたら、私を含めて、この課題に関わった生徒や教員がいなくなったとしても、こういった対応の仕方をマニュアル化できて、今後の学校運営もスムーズになるわ。これは、学校のためでもあることなの。だから、戸森さんが恐縮したり、特別扱いを受けている、なんて負い目を感じる必要は、これっぽっちもないのよ」
「は、はあ……」
「もちろん、今すぐ答えを出せとか、無理にでも学校に来い、なんて言わないわ。ただ、こういうことを学校や生徒会も考えているっていう、それだけ伝えたかったの」
智は頷いた。それを見ると静は、にこりと微笑んで、
「今日は、突然押しかけてごめんなさい。今言ったことの進捗状況は、稲口さんの口から戸森さんに教えるようにするから。稲口さん、お願いね」
「――は、はいっ!」
静に頭を下げられた千奈都は、背筋を伸ばして返事をした。
戸森家を辞した千奈都と静は、二人並んで帰路についていた。
「……ねえ、稲口さん」
「な、何ですか?」
急に声をかけられた千奈都は、長身の静を見上げる。
「歩きながらでいいんだけど」言葉どおり、静は足を止めないまま、「戸森さんの脚って、そんなに良くないの?」
「そ、そうみたい、ですね」
「事故に遭われたのって、去年よね」
「そ、そうです。もう……半年は過ぎていますね」
「そんなに長いの?」
意外そうに静は、千奈都の顔を見た。
「え、ええ……わ、私も、怪我にしては、な、長いなって思ってはいるんですけれど、正直……」
顔に憂いの色を表情に浮かべ、千奈都は俯いた。
「何か、怪我とは別のことが原因で学校に来られないとか、そういうことはないの? その……心の問題とか」
「そ、それは……わ、わかりません。私も、何度も訊こうと思ったことはあったんですけれど……そ、そういうことに触れちゃいけないんじゃないかなって……そう思えちゃって……」
「そう……」静は、ふう、とため息を吐いて、「その事故って、どんなものだったのか、稲口さんは詳しく知ってる? 私は、漠然と交通事故だとしか聞いていないんだけど」
「……下校中、自転車に乗っていた智ちゃんに、いきなり車が突っ込んできて……。運転手がスマホをいじっていたのが原因だったそうです」
「そうなの……」
こくりと頷いた千奈都は、しばらく黙っていたが、
「……事故に遭った日、私、放課後に数学の先生に分からないところを訊きに行ってたんです。テストが近かったもので……。智ちゃんは、ああ見えて――なんて言うと悪いですけど――成績は悪くないほうだったんですけれど、私に付き合って一緒に先生のところに行ってくれて、それで、いつもより帰る時間が遅くなっちゃったんです……。あの日、智ちゃんが私に付き合ったりしないで普通に帰ってたら、きっと事故を起こした車と出会うこともなかったはずなんです……。だから……私……」
喋るうちに、千奈都は涙声になっていった。
「……稲口さん」
千奈都がそうなってしまったように、静も歩く足を止めた。
「だから……」しゃくりあげるような千奈都の声は続き、「智ちゃん、もしかしたら、私のこと恨んでるんじゃないかって……そう思って、私、しばらく智ちゃんに連絡することも出来ないで……でも、容体が安定してから、智ちゃんのほうから電話くれて……心配かけたね千奈っちゃん、て言ってくれて……」
静は千奈都の前に屈み込むと、ハンカチを出して涙を拭いてやった。




