Remote.03 霊視能力殺人事件 3/10
『ふっ、ふははは。神という名のペテン師に傅く愚かな人間ども! 新たな世界を作り出す力……この、創世剣ビッグバニッシュの一撃を見て絶望を味わえ! そして、我の足下にひれ伏すがいい!』
ピッ。
『我の足下にひれ伏すがいい!』
ピッ。
『我の足下にひれ伏すがいい!』
ピッ。
『我の足下にひれ伏すがいい!』
お気に入りの台詞を数回リピートさせてから、戸森智は、いつものように布団から顔を出す。その頬が桃色に紅潮しているのも、これまたいつものことだった。
「ふ、ふへっ。『尾神黎悧の事件簿』の新作が、な、なかなか出ないから、速見様が出演しているファンタジーもののボイスドラマに手を出してみたけれど……暗黒騎士ネメシス。尾神とはまた違った、速見様の悪役演技を聞けて、こ、これはこれで、い、いいものだな……。へへーっ、ひれ伏します! ひれ伏します! 頭がブラジルに突き抜けるくらいにひれ伏しますとも!」
智は両腕を伸ばし、ベッドの上で実際にひれ伏した(※日本の裏側は、正確にはアルゼンチンの辺りらしいです)。と、そこに着信音が鳴る。マットに押しつけていた顔面を、がばりと上げて智は、サイドテーブルに載っていたスマートフォンを掴んだ。
『もしもし、智ちゃん』
「み、水希さん……」
兄貴といい、どうも、いつもまずいときに電話が来るな、と思いつつ、智は相手に見えもしないのに、ぺこぺこと頭を下げる。
『どう? 元気?』
「あ、あっ、はい、それは、もう……」
『よかった。でね、またひとつ、智ちゃんの力を借りたい事件が起きたんだけど、頼まれてくれる?』
「はい……わ、私で、よ、良ければ……」
『ありがとう。良ければも何も、今や智ちゃんは、富山県警捜査一課になくてはならない存在よ。頼りにしてるんだからね』
「そ、そうですか……」智は、ぽりぽりと頭をかき、「で、じ、事件って、も、もしかして、あれですか? 生配信中に死体が見つかったっていう……」
『やっぱり、智ちゃんも知ってたのね。そう、その事件』
「は、はい……け、結構、衝撃的な話でしたから、ね……」
『もしかして、智ちゃんもその動画を観てたとか?』
「あ、い、いえ、私は、ニュースで……」
『そうなのね。じゃあ、報道に公開した情報と重複する部分もあるけれど、事件の詳細を話すわね』
「い、いつでも、どうぞ」
智が答えると、スピーカー越しに手帳のページをめくる音が聞こえ、篠原水希の声が続いた。
『智ちゃんも知っているとおり、綱井ジョーンズさんていう動画配信者が、深夜の廃工場を探索する動画を生配信している途中に――というか、配信が始まってすぐのことだったんだけど、死体を発見したの。
免許証入りの財布が懐に入っていたから、死体の身元はすぐに割れたわ。蓼西胎三さんっていう、四十歳のフリーの雑誌記者。後頭部に裂傷があって、そこを殴られたことが死因。死体のそばに、血痕の付着した石が落ちていて、これが凶器になったと見られてる。血の付いた箇所と傷口の形状が一致していたしね。石から指紋なんかは検出されていないわ。傷口の位置や角度からして、事故や自殺という線は、まずあり得ない。他殺と考えて間違いないでしょうね。
死亡推定時刻は、二日の午後三時頃と出たんだけれど、念のため前後三十分の幅をもうけて、午後二時半から三時半までの一時間としたわ。今日が五日だから、犯行が行われたのは三日前ということね』
「ふ、二日の午後三時、ですか。ニュースでは、た、確か、綱井さんの生配信が行われたのが、三日の夜だったとか……」
『そうなの。だから、時系列を整理するとこういうことになるわね。
二日の午後三時に被害者が死亡。綱井さんの配信が始まったのは、その翌日の午後十時ね。動画の記録によると、死体が発見されたのは、配信が始まって約十分後、午後十時十一分十三秒となっているわ。殺されてから一日半だから、早期発見と言っていいわね。そのおかげもあって、死亡推定時刻を一時間に絞り込めたわけ』
ここで水希は一度言葉を切り、スピーカーの向こうで、ふう、というため息を聞かせてから、
『で、当然、智ちゃんも知っていると思うけど、この死体発見の経緯については、おかしな話がくっついていてね……』
「え、ええ、ニュースで聞きました。冥道院蛇盤が、し、死体があることを、れ、霊視していたんですよね……」
『智ちゃんも知ってるの? その霊能力者のこと』
「あ、はい、い、いちおうは。前に、テレビに出てるのを見たことありましたし、ど、動画投稿サイトのチャンネルも、何回か」
『結構有名人らしいわね。そうなのよ。綱井さんの生配信中に、チャット機能で冥道院さんが発言をしていたそうね。最初は、「怨念を感じる」とか書き込んでいて、ついには、綱井さんが行こうとしている廃工場に死体があることを言い当てたと。まあ、それはいいんだけど……いや、別に良くはないかもしれないけど……』
「……な、何かあったんですか?」
僅かな沈黙を挟んでから、水希は、
『これはね、まだ非公開の情報なんだけれど……死体のそばに、金属製のキーホルダーが落ちていたの。付着していた指紋は被害者――蓼西さん――のものではなかったし、状態もきれいで、長時間屋外に晒されていたとは思えないから、犯人の遺留品である可能性が高いと見られたの。で、調査の結果、付着していた指紋に該当する人物が見つかったのよ』
「そ、それは、も、もしかして……」
『そうなの。冥道院さんの指紋と一致したの』
「えっ!」
『キーホルダー自体も、最初はそれとなく見せて、「こんなものに見憶えはありませんか?」って訊いてみたのね。そうしたら、冥道院さんは、「自分も同じものを持っていて、鞄に提げている」と言ってきたの。でも、いざ鞄を持ってきて見てみると、そんなキーホルダーは付いていなかったのね。冥道院さんのスタッフたちにも訊いてみたけれど、彼の鞄にそれと同じキーホルダーが下がっていたことは、ほとんどのスタッフが知っていたわ。そのことについて訊くと、冥道院さんは、「どこかで落としたらしい」と言っていたけれど……随分と動揺していたように見えたわ』
「じゃ、じゃあ、は、犯人は……冥道院さん?」
『本人は完全否認しているわ。キーホルダーも、それが犯人のものと証明されたわけじゃないから決定打にはならないし、それにね……』
「な、何ですか?」
『さっき、死亡推定時刻の話をしたでしょ』
「は、はい。確か……二日の、午後二時半から三時半までの一時間」
『冥道院さんは、その時間に完璧なアリバイを持っているのよ』
「あ、アリバイ、ですか」
『そうなのよ。その日は本来はオフだったそうなんだけど、冥道院さんの著書を出している出版社から、次に出す本の内容に、急遽修正が必要な箇所が見つかったと連絡が来たそうなの。それで、締め切りの都合上、その修正箇所について、どうしてもその日のうちに打ち合わせをお願い出来ないかって頼み込まれて、冥道院さんは、富山市内にある出版社の系列会社の会議室で、午後一時から五時までの四時間、ずっと打ち合わせに参加していたというの』
「し、死亡推定時刻が、す、すっぽり収まっちゃいますね……」
『とはいえね、途中に何回か休憩時間を設けたから、四時間の間、ずっと他人と一緒だったわけじゃないそうなんだけど』
「そ、その間隙を縫って犯行に及んだという、か、可能性は?」
その智の疑問を予測していたのだろう、水希はすぐに、
『打ち合わせ場所から、死体発見現場の廃工場までは、車を飛ばしても片道三十分近くかかるわ。犯行に消費する時間も加味して、必要時間は一時間。これが最低限』
「は、はい……」
『でもね、打ち合わせに出席した編集者や関係者の証言によれば、冥道院さんがみんなの前から姿を消したのは、最大で十五分程度しかないそうなのよ。時間にして、三時から三時十五分の間』
「お、往復どころか、現場に辿り着くことすら、で、出来ませんね……」
『そうなのよ』
また、はあ、という水希のため息がスピーカーから聞こえた。




