Remote.03 霊視能力殺人事件 2/10
『皆さん、こんにちは。今日は、富山市某所にある、閉鎖された工場に来ています。まさに、絵に描いたような廃工場です。
……実はですね、この工場、二十年ほど前に作業員が事故死しているというんです。その死に方がまた凄惨で、機械を回す巨大な歯車に作業着のズボンの裾が巻き込まれて、そのまま為す術なく体を持って行かれたというんですね。その歯車というのが、パワーを出すためにゆっくりと回る歯車で、だから、被害者は時間をかけて、足から徐々に体を潰されていったそうなんです。恐ろしいですね。想像を絶する恐怖と痛みだったことでしょうね。以来、この工場では不可解な現象が多発するようになって、それはこうして工場が閉められたあとも、なお続いているという話です。果たして、私と、これを視聴していただいている皆様は、その怪現象に遭遇することが出来るのでしょうか? ……では、行ってみたいと思います』
撮影者自身を撮っていたカメラが反転し、進行方向を向く。そのまま、ザッ、ザッ、という草を踏む足音をさせながら、カメラ――と、それを持つ撮影者――は、数十メートル先に見える廃工場へと近づいていく。午後十時を回っている時間なのだが、映像は周囲の状況を視認可能な程度には鮮明に映し出している。撮影者が持つ暗視機能付きカメラの性能のおかげだ。
そして、その間、映像の横に表示されたコメント欄には、リアルタイムで動画を視聴している視聴者からのコメントが書き込まれていく。
〈この雰囲気、出そう〉
〈こんな夜中にひとりで、相変わらず勇気あるな〉
〈作業員が巻き込まれたとき、誰も助けなかったの?〉
といった、単純な動画の感想がほとんどを占めるコメント群の中、
〈やめろ! 行くな!〉
〈引き返せ! 死ぬぞ!〉
〈工場からの怨念を感じる! まだ間に合う! 帰れ!〉
と、廃工場へ行くことを阻止しようとするコメントがいくつも書き込まれていた。それらは、すべて同一人物によるものだった。
『……おや、何か、私の探索をやめさせようとするコメントがいくつか書かれていますね』
動画撮影者も、歩きながらスマートフォンで自分のチャンネルを見て、書き込まれていくコメントを確認している。
『えっ? コメント主は……冥道院蛇盤? 本物ですか?』
撮影者の足が止まった。
〈そうだ〉
すぐにコメントでレスポンスが返ってくる。さらに間髪入れず、
〈危険だ〉
〈私は本気だ。いますぐ帰れ〉
と続く。
『えっ? ということは、何ですか……冥道院先生は、今から私が向かう廃工場に何かがいると、そう言いたいわけですか?』
〈いる〉
〈間違いない〉
スマートフォンで、冥道院からのコメントを確認した撮影者は、ほほう、と面白そうに呟いたあと、
『いやいや、いかな冥道院先生のご忠告でも、この“深夜の廃墟探索者”綱井ジョーンズの足を止めることは出来ません。というか、そんなことを言われたら、むしろ行かないわけにはいきませんね。なにせ、冥道院先生のお墨付きなんですからね!』
ペースを早めた足音と、興奮した喋りをスピーカー越しに聞かせながら、動画撮影者――綱井ジョーンズは廃工場に接近していく。その間にも、二人のやり取りを目にした他の視聴者たちから、綱井を煽ったり、この状況を面白がるコメントが続々と書き込まれていく。
『で、先生』と、綱井は歩きながら、『あの廃工場に、いったい何があるっていうんですか? もしかして、歯車に巻き込まれて死んだ作業員の幽霊、とか?』
冥道院からの返事は、すぐには来なかった。他の視聴者は、二人の動静を見守っているのだろう。余計なコメントが書き込まれることもなく、数十秒が過ぎた頃、
〈死体だ〉
『し、死体?』
カメラの動きが止まった。撮影者の綱井が立ち止まったためだ。
『で、でも、先生、最初にも言いましたけれど、作業員が死んだのは、もう二十年も前の話ですよ。今さら死体が残っているわけが……』
〈違う〉
〈新しい死体。殺されて、間もない〉
『えっ?』
〈私には見える。怨念を放っている死体が〉
『み、見えるって……れ、霊視ってやつですか?』
〈そうだ〉
〈暗く、深い場所から、恨みの怨念が滲み出てきている〉
〈見える〉
〈死体は男〉
〈青い背広と、赤いシャツを着ている〉
〈帽子をかぶって、大きなマスクをしている〉
〈頭を殴られている〉
『まじかよ……』
カメラに映る暗視された景色は停止し、綱井の呼吸音だけをマイクが拾う。が、そうなっていたのは数秒だけだった。再びカメラは動き出し。闇夜に浮かぶ廃工場の、巨大な怪物のようにも見える躯体が、どんどん大きくなっていく。
そして、この辺りから、他の視聴者のコメントも復活を始めた。そのほとんどが綱井の背中を押す内容のものだった。
『冥道院先生、どこですか? 死体は、どこにあるんですか?』
すでに工場敷地内に足を踏み入れた綱井は、そこかしこにカメラを向けていたが、
『暗視で見るよりも、ライトで直接照らしたほうが早いな』
カメラの暗視機能を切って、所持していたライトの光を付近に照射し始めた。綱井の撮る動画は、普段は雰囲気重視のため暗視映像だけで構成されているが、いざというときのために光源も用意されていた。
『先生! 死体のありかを教えて下さい!』
冥道院に呼びかけながら、ライトの光をあちらこちらにまき散らしつつ、綱井は廃工場の敷地内を走り回る。
〈もっと、奥〉
〈感じる。漏れ出ている死者の怨念を〉
冥道院からの書き込みが、そこまで行われた直後、
『あっ!』
という大声を上げて、綱井は立ち止まった。そこは、工場出入り口のすぐ外だった。彼のライトが差す光の中心。周辺に散らばっているコンクリート片や、錆び付いた鋼材などに混じって、明らかにそれらとは違う何かが浮かび上がっていた。
『あ、あれじゃないですか?』
足を止めたのは一瞬。綱井は散乱する障害物をかき分けるようにして、 一目散にそこへと向かう。そして、
『――う、うわあぁ!』
悲鳴を上げながらも綱井は、動画配信者としての執念からか、対象物からカメラの焦点をずらさなかった。
コメント欄がたちまち埋まる。青い背広と赤いシャツを着て、頭には帽子、顔には大きなマスクをし、凝固した血液が黒い髪の毛を固めている男の死体が、ライトが作る光の輪の中に横たわっていた。




