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リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.02 永遠の芸術殺人事件 ~リモート探偵と漫画部の親友~
21/89

Remote.02 永遠の芸術殺人事件 9/9

 大輔(だいすけ)有斗夢(あとむ)が、()(まき)を彼の会社の応接室から連れ出して行くのを見送って、(みず)()は、


(とも)ちゃん、お疲れさま」


 電話が繋がったままのスマートフォンに向け、ねぎらいの言葉をかけた。


『はぁあー……』


 スピーカーからは、脱力しきった智のため息が漏れ聞こえ、


『だ、だいたい、ですね……な、なんで、犯人との対決まで、わ、私がやらないと、い、いけないんですか? あ、安楽椅子探偵って、推理だけして、あとは警察の皆さんにお任せ、っていうのが、セ、セオリーじゃないですか』

「そこは、ほら……又聞きだと、せっかくの智ちゃんの推理を、うまく説明できなくなるじゃない? それに、昔の安楽椅子探偵の時代と違って、今はスマートフォンなんかの通信機器が発達してるんだし、ここは、やっぱり、探偵自ら犯人に対するのが一番でしょ。電話越しだから、何か不測の事態が起きても、智ちゃんの身の安全は確保できるしね」

『め、めちゃくちゃ緊張した……』


 智は、もういちど大きなため息を漏らした。


「さて、あとは、八巻のパソコンを調べて、関沼(せきぬま)さんの作品が出てくれば、動かぬ証拠になるわね。令状も間違いなく下りるだろうし。さっきのあの様子だと、八巻も大人しく罪を認めるでしょ」



 水希の予想どおり、後の聴取で八巻は、自分の罪状を完全に認めた。

 関沼の新作を盗み出す目的でアトリエに忍び込んだこと。そこに、予期せぬタイミングで関沼が帰ってきて、口論の末、近くにあったダンベルで殴りつけてしまったこと。データ転送の途中、(ほり)がアトリエのドアの前に来たことに気がつき、関沼の死体を押しつけてドアを塞いだことなど、犯行の様子は智が推理したとおりだったと証言した。


 関沼と八巻は高校時代、八巻がパソコンで作った簡易なゲームに、関沼がイラストを描いたパッケージを付けて市販品のように仕立てるという遊びをよくやっており、数ヶ月前、関沼が八巻の会社に遊びに訪れたとき、何十年かぶりに、そのゲームを動かしてみようということになった。その際、関沼が描いた紙のパッケージは、傷や退色といった経年劣化に晒されていたのに対し、八巻が手がけたゲームのほうは、ディスプレイの中で当時とまったく変わらず存在しており、関沼はそのことに強い感銘を受けたようだったという。「ゲームそのものは、まったく昔と変わりなく動くんだな」と感心する関沼に応じて、八巻は「当たり前だろ」と笑いを返した。関沼がデジタル絵画に興味を示すようになったのは、それがきっかけらしかった。


 デジタルで絵を描く方法を教えてもらいたいと、関沼が八巻のもとを訪れたのは、それから程なくしてのことだった。関沼は、「自分の新作がデジタル絵画になるということは、絶対に誰にも口外しないでもらいたい」と八巻に念押しした。そこで八巻は、通販で購入したパソコンを、堀がいない時間帯に関沼の家に届くよう手配し、関沼にデジタル作画の教授をすることになった。場所は八巻の自宅が利用された。

 レッスンを続けるうち、八巻は、それとなく会社の経営状態がうまくいっていないことを関沼に告げ、また昔のように、自社の作品用にイメージイラストを描いてくれないか、と依頼した。が、関沼はその申し出を断った。「今のお前が欲しているのは、私の作品そのものではなく、それに付随してくる金銭のほうだから」というのが理由だったという。

 そうこうしているうちに、いよいよ会社の経営の行き詰まりに拍車がかかってきた八巻は、関沼の友人ということで、彼の熱狂的なコレクター筋とも繋がりが出来ていたことを利用しようと、関沼の新作を盗み出すことを決意した。


「あのとき、高校時代に作ったゲームを起動させたりしなければ、関沼がデジタル絵画に興味を持つこともなく、彼を殺してしまうこともなかったかもしれない……」

 聴取の際、八巻はそう呟いて涙をこぼした。証拠品として提出するために持参した、色褪せ、傷だらけになった思い出の自作ゲームを手にしながら。



 ベッドに横になっていた智は、玄関からの「ただいまー」という大輔の声を聞くと、身を起こした。


「……千奈(ちな)っちゃん……ごめん」


 呟いてから智は、立ち上がって部屋を出た。



 夜遅く、智はベッドの上で膝を抱えていた。耳に当てているスマートフォンからは、十数秒に渡ってコール音が鳴り続けている。諦めて、耳からスマートフォンを離そうとした、そのとき、


『――智ちゃん!』

「あ、千奈っちゃん……」

『ごめんね。歯磨きしに行ってて』

「こ、こっちこそ、ごめん、こ、こんな遅い時間に……」

『ううん、いいよ。智ちゃんからの電話なら、いつ何時でもオーケーだよ』

「あ、ありがと……あ、で、でね……よ、読んだよ、ネーム」

『本当? 嬉しい! で、ど、どうだった? 忌憚のない意見を聞かせてほしいな』

「お、面白かったよ。ていうか、千奈っちゃん、こういうのも描くんだって、び、びっくりした……『侍探偵 解き捨て御免』って、これは……」

『えへへ、智ちゃんの「ハッとしてトリっくん」に刺激を受けて描いてみました』

「な、謎を解くだけ解いて、犯人を警察に突き出すでもなく、そのまま去っていく流浪の侍探偵って、ざ、斬新だね」

『へへ、智ちゃんに褒められると、照れちゃうな。で、内容の、特に、推理面で、何か矛盾点とか、なかったかな?』

「あ、そ、それなら、犯人のアリバイ工作のところなんだけど、これって、偶然目撃者が現れることが前提で成り立ってるから、そ、そこのところの状況設定を、も、もっと詰めたほうがいい、かな? な、生意気言って、ご、ごめん……」

『ううん、そういう指摘って、すごく参考になってありがたいよ。さすが、リアル名探偵だね!』

「や、やめてくれ……」

『あ、そういえばさ、関沼さんの事件って、解決できたの?』

「う、うん……」

『本当に? すごーい! さすが智ちゃんだね!』

「ち、千奈っちゃんのおかげだよ」

『え? どういうこと?』

「と、とにかく、お礼を言うのは、わ、私のほう……」

『そっか。名探偵の役に立てるなんて、すごいことしちゃったな、私』

「な、何か、お礼、しなきゃ……」

『それならさ、智ちゃんの「ハッとしてトリっくん」と、私の「侍探偵」とで、コラボがしたいな』

「えっ?」

『ま、まあ、どっちもどこかに作品を発表したわけでもないのに、コラボなんて気が早すぎるけど』

「……や、やろうよ」

『本当? 嬉しい! 絶対だよ』

「う、うん……そ、それじゃ、もう遅いから、き、切るね」

『あ、本当だ、もうこんな時間』

「うん」

『それじゃ、おやすみ、智ちゃん』

「お、おやすみなさい……」


 通話を終えた智は、倒れ込むようにベッドに横になる。


「……お、お風呂、入らないと」


 その呟きとは裏腹に、智はゆっくりと目を閉じると、静かに寝息を立てはじめた。



「Remote.02 永遠の芸術殺人事件」解決

~次回予告~


 動画投稿者が深夜の廃工場を探索している最中、霊能力者として知られる男が死体の発見を予言する。“霊視”によって死体を見つけたというその霊能力者には、被害者の死亡推定時刻に完璧なアリバイがあって……。


次回『リモート探偵 戸森智』

「Remote.03 霊視能力殺人事件 ~リモート探偵と世話焼きな生徒会長~」にご期待下さい。

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