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リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.02 永遠の芸術殺人事件 ~リモート探偵と漫画部の親友~
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Remote.02 永遠の芸術殺人事件 5/9

『あ、あの、(みず)()さん』

「なに?」

『お話によると、ひ、被害者の死体がストッパーみたいになっていて、そのせいで、ド、ドアがほとんど開かなかったっていうことでしたけれど』

「うんうん」

『も、もし、ですけど、被害者の死体がもっと、し、室内側にあったら、すんなりとドアは開いたっていうことですよね? そ、そうしたら、第一発見者の、ほ、(ほり)さんでしたっけ、その人は、アトリエの中を見ることが出来たと』

「そうね……でもね」

『で、でも、な、何ですか?』

「もし、(とも)ちゃんの言うとおり、死体がドアから離れていたとしても、犯人がドアを開けられなくする手段はあったわよ」

『あっ、か、鍵、ですね』

「そう。死体発見時の説明のときにも言ったけど、このドアは、中と外どちらからにせよ、施錠するためには鍵を使う仕様になっているの。だから、鍵さえかければ、堀さんの進入を完全に防ぐことは可能だったわけ」

『で、でも、犯人は、そうはしなかったわけですよね』

「ええ、さっき智ちゃんが言ったように、関沼(せきぬま)さんの死体がストッパーの役割を果たしていたからね。犯人が施錠するまでもなく、堀さんがドアを開けることは出来なかったのよ。このドアは室内側に開くようになっているし、関沼さんの体重は百キロ近くあったから、非力な堀さんでは、力任せに死体を押しのけてドアを開けることも無理だったのね」

『……で、でも、話によると最初、ドアは少しだけ開いていたそうじゃないですか。で、堀さんが近づいていったら、い、いきなりドアが閉められた』

「……そうね。犯人が堀さんの接近に気がついて、ドアを閉めて……ん?」

『水希さんも、き、気がつきましたか。そ、そうなんです、おかしいんですよ。被害者の死体が、最初からストッパー代わりを果たすような位置に倒れていたのだとしたら、そもそも、ドアが少しでも開いているわけは、な、ないんですよ。で、でも、ひとたびドアが閉じられたあと、堀さんはドアを押し開けることが出来なかった』

「……どういうこと?」

『は、犯人が、被害者の死体を動かしたってことですよ。ド、ドアを開かせないための、ストッパー代わりとして』

「死体を動かした? さっきも言ったけど、殺された関沼さんの体重は百キロ近くあったのよ」

『死体は最初、ほ、ほんの僅か、たぶん、ドアから十センチくらいしか離れていない位置に倒れていたんですよ。だ、だから、犯人は、死体をドアにぴたりと押しつけるために、その十センチ分だけ死体を滑らせればよかった』

「……十センチか、それくらいなら可能ね。ここの床は板張りで、摩擦も強くないだろうし」

『は、はい。そ、それに、あまりにも死体を動かす距離が長くなったら、被害者は出血もしているので、その痕跡がどうしても残ってしまって、か、鑑識も見逃すはずはないんじゃあないかと』

「そうね、確かに、そういった死体に動かされた形跡があるという報告は受けていないわ」

『そ、それじゃあ、よ、容疑者的には、どうですか。今言ったように死体を動かすことは、全員に、か、可能ですか?』

「さっき言った三人ね……」と水希は、そこまで言うと顔を大輔(だいすけ)に向けて、「どう思う?」

「いけるんじゃないっすかね。俺の見たところ、あの三人は特に非力というわけでもないですし、それくらいの力仕事なら三人とも十分やれるでしょうね」

()(なべ)は?」


 水希は有斗夢(あとむ)にも意見を求める。


「先輩に賛成ですね。それに、犯行を目撃されるかもしれないっていう極限状況なら、火事場の馬鹿力的な瞬発力も出たんじゃないかと」


 水希は頷くと、会話相手をスマートフォン越しの智に戻して、


「私も二人に賛同するわ。百キロある死体を十センチ近く床を滑らせることが出来た、という事象から、犯人を絞り込むことは無理ね。いい推理だと思ったんだけど」

『あ、ありがとうございます……。で、でもですね、今のことから、別の、ア、アプローチで犯人を絞り込む方法が、あ、あります』

「え? それは何?」

『か、鍵、です』

「鍵?」

『そうなんです。そ、そもそもの話、犯人がアトリエへの堀さんの進入を防ごうと思ったら、し、死体を動かすなんて重労働をするよりも、もっと手っ取り早い方法があったはず、です』

「確かに。鍵でドアを施錠してしまえば済む話だわ」

『で、でも、犯人は、そうはしなかった。ドアを施錠するよりも、被害者の死体を動かしてストッパー代わりにするという手段を、え、選んだわけです』

「……どうして?」

『そ、その前に、ひ、ひとつ教えてもらいたいことが……』

「なに?」

『ドアの鍵は、ど、どこにあったんですか?』

「ええとね……机の引き出しに入っていたわ」

『それは、み、見つけやすい状態になっていましたか?』

「そうね。引き出しの中のトレイに、文房具や雑貨なんかと一緒に、区分けしてきれいに入れられていたわ。引き出しを開ければ、すぐに目について取り出せるわね。確かに、引き出しから鍵を取り出して、ドアに施錠をしてしまうほうが、死体を動かすよりは余程楽だったでしょうね。でも、実際には犯人は鍵を使っていない」

『そ、それは、か、鍵のありかが分からなかったから、なんじゃあないでしょうか』

「……そういうことか!」

『は、はい。現場のドアは、室内から施錠するにも、か、鍵を必要とする構造でした。だから、そもそも鍵がないと施錠は出来ないことは、犯人もドアを見てすぐに分かったはずです。に、にも関わらず、犯人が鍵を使わなかったということは……』

「犯人は、鍵が引き出しに入っていたことを知らなかった! だから、百キロ近くある関沼さんの死体を動かす羽目になった。犯人の条件として、“鍵のありかを知らない”ことが上げられるわけね」

『はい。ど、どうでしょうか?』

「関沼さんは他人をアトリエに入れることを嫌っていたそうだけれど、弟子の満崎(みつざき)さんだけは、さすがに何度かアトリエを訪れていて、関沼さんが、趣味で付けたドアのことを話して聞かせていたことがあったって、堀さんが証言していたわ。その際に、鍵のことも話していたって。実際、アトリエのあちこちから満崎さんの指紋が検出されてる。画商の青村(あおむら)さんと、友人の()(まき)さんの二人は、アトリエに入ったことはなかった――というか、入れてもらえなかったと証言しているわね。関沼さんがアトリエに他人を入れない――家政婦さんも入れたことがない――ということは、知人の中では有名な話だったみたいね。二人の指紋もアトリエからは一切出てこなかったわ」


 言いながら水希は大輔と有斗夢の顔を見た。二人は頷いて、水希の記憶が正しいことを認めた。


「ということは」水希は声をスマートフォンに戻して、「鍵のありかを知っていたはずの満崎さんは、犯人候補から除外していいってことになるわけね。堀さんが入ってくるのを防ぐために、わざわざ重い関沼さんの死体を押す必要がないもんね。盗んだ作品を運搬するためには車が必要だという件といい、画商の青村さんの容疑がさらに濃くなったわね。……よし、ちょっと揺さぶってみるか」

「胸ぐらを捕まえてですか」


 大輔が突っ込むと、


「バカ! 智ちゃんの前で変なこと言うな!」


 水希は、智に応じていたものとはまったく異なる口調とともに、ミドルキックを見舞った。


「いてー! ほら! そういうとこですよ!」


 大輔は腿の裏側を押さえて飛び跳ねる。


「智ちゃん」と水希は元以上にやさしい口調になって、「私、容疑者の胸ぐらを掴んで揺さぶりながら尋問するとか、そんな野蛮なことしてないからね」

『は、はい……』

「説得力ゼロ――うお! 危ね!」


 再び飛んできたミドルキックを、大輔はギリギリの所でかわした。繰り出した美脚を戻して、水希は、


「それじゃあ、私たちは、このあともう一度青村さんに聴取に行くけど、智ちゃん、ここでまだ何か見たいものとか、確認したいこととか、ある?」

『い、いえ。特に、ないです』

「そう。じゃあ、これでいったん切るわね。何か気づいたこと、調べて欲しいことや、容疑者に訊きたいこととかあれば、遠慮なく電話して」

『は、はい。ありがとうございます』

「うん、それじゃ」通話を切ると、水希は、「よし、行くぞ、大輔、真鍋。ほら、もたもたすんな!」

「智がいないと、とたんにこれだもんな……」


 頭をかく大輔に、有斗夢は、


「そういうところも、水希さんの魅力じゃないですか」

「ん? マジで言ってんのか? ユートム」

「――あ! いえいえ! とにかく、急ぎましょうよ」

「おい、分かったから、いちいち背中を押すな!」

「遅いぞ! 大輔! 真鍋!」


 すでにアトリエを出た廊下で叫ぶ水希に向かい、二人は駆けだした。

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