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リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.02 永遠の芸術殺人事件 ~リモート探偵と漫画部の親友~
15/89

Remote.02 永遠の芸術殺人事件 3/9

「……というわけ」

『わ、分かりました』


 現場であるアトリエに到着した篠原(しのはら)水希(みずき)は、まず(とも)に、関沼せきぬま(いつ)()の死体発見に至った経緯を説明した。


「で、現場となったアトリエは、こんな感じ」


 篠原(しのはら)水希(みずき)は、スマートフォンを目の高さに掲げてアトリエ中央に立つと、ゆっくりと三百六十度ぐるりと回転した。水希が持つスマートフォンは、(とも)と繋がっており、彼女が映した映像は智のスマートフォンでも見ることが可能となっている。


「はあ」と大輔(だいすけ)も部屋を見回して、「テレビ、パソコン、エアコンに冷蔵庫、電子レンジまで完備。ソファは大人も余裕で寝転べる大きさだし、このアトリエだけで生活できそうっすね」


 二十畳ほどの広さを持つこの部屋には、アトリエらしく数多くのカンバスやイーゼルが置かれており、デッサンに使用する石膏像が並べられた棚もある他、大輔が口にしたような電化製品や調度も備えられていた。


「そうだな」と水希も頷き、「関沼さんは独身のひとり暮らしで、食事も含めた家事全般は家政婦さんに一任していたそうだが、創作が佳境に入ったときなんかには、台所まで行く暇も惜しんで、ここで簡単にインスタントで済ませることもあったらしい」

「食事を運んでもらえばいいじゃないですか」


 そう疑問を呈した()(なべ)有斗夢(あとむ)巡査には、


「被害者は、自分以外の人間がこのアトリエに入ることを極端に嫌がっていたそうだ」

「犯人の侵入経路は、そこの窓っすね」


 大輔が、アトリエに唯一ある開かれたままの窓を指さした。下辺が人の腰程度の高さにある、一般的な引き違いの二枚窓だ。水希もカメラを向けて、


「そう、見てのとおり、このアトリエで外と繋がった箇所はドアと窓しかないし、犯行直後、ドアの前には家政婦の(ほり)(みつ)()さんがいて、通報を受けた警察官が到着するまで、彼女はずっとドアのそばから動かなかったそうだから」

「必然、侵入だけじゃなく、犯人の逃走経路も、あの窓以外にあり得ないというわけっすね」


 大輔が応じると、


「ああ。堀さんがここを訪れた際、玄関には間違いなく鍵がかかっていたというし、家の他の窓や勝手口もすべて施錠がされていたことは確認した。それと、これも堀さんの話だが、被害者は外の空気が好きで、余程の荒天でもなければ、リビングなんかでくつろぐときも窓を開けておくのが日常だったらしい。だから、アトリエの窓を全開までではなくとも、開いていた可能性は高いと見られている。この窓は雑木林に面していて、そう人が侵入してくるとは思えないからな。……智ちゃん、ここまでで、何かない?」

『あ、は、はい、大丈夫……です』


 水希のスマートフォンから、若干緊張気味と見られる智の声が漏れた。ちなみに、水希の映した映像は智のスマートフォンに流れているが、智の側のカメラはオフにしてある。「恥ずかしいから」というのが理由で、水希もそれは了承していた。よって、音声は双方向通じるが、映像は水希たちの側からの一方通行という形で、現場と智の自室とは繋がっていた。


「それで、犯人がここに侵入した目的なんだけど……」水希は話を再開して、「犯人が被害者を殺害したのは、あくまでアクシデントだったのではないかと見られているわ。通報者である堀さんがドア越しに聞いた犯人の言葉が、そのことを裏付けてるの」

『家政婦さんは、は、犯人と会話したんですか?』

「ううん、一方的に犯人の独り言を聞いただけみたいね。その言葉っていうのが、『さすがに大きいな』」

『さすがに大きいな……』


 智は、水希が言った台詞を繰り返した。


「そう、この言葉の意味するところは、つまり、犯人がこのアトリエに侵入したのは、関沼さんの作品を盗み出すことが目的だった。でも、その作品が大きかったため、持ち出すのに四苦八苦していた、という様子が思い浮かぶでしょ」

『そ、そうですね。でも、被害者が殺されてるってことは……』

「そう。犯人は絵画の窃盗目的でアトリエに侵入したんだけど、そこでちょうど、戻ってきた関沼さんと鉢合わせてしまった。で、犯行の発覚を恐れた犯人は、手近にあった凶器を掴んで、関沼さんを殴りつけた。あ、ちなみに、凶器は……これよ。実物は鑑識が持って行ったから、写真だけれど」


 水希は懐から取り出した一枚の写真をテーブルに置き、スマートフォンのカメラを向けた。それは、金属製のダンベルを撮影した写真だった。銀色に輝くダンベルの一部が赤い血で覆われている。


「なんでアトリエにダンベルが? 被害者は筋トレが趣味だったとか?」


 大輔の疑問には、水希が、


「いや、静物画を描く際のモデルのひとつだったらしい。本業として筆を執る以外の趣味の一環だったそうだ。ほら、あそこにあった中のひとつだ」


 水希は棚にスマートフォンを向ける。そこには石膏像と一緒に、花瓶や小物入れ、動物のぬいぐるみといった、静物画の対象となる雑多な物品が並べられていた。


「商売だけじゃなくて、趣味でまで絵を描いてたってわけですか?」

「プロのイラストレーターは、落書きをすることが仕事の息抜き、くらいじゃないと務まらない、なんて話を聞いたことがあるからな」

「はあ、大変なものですね、プロって」

「練習も兼ねていたんだろうけどな。サッカー選手だって、練習の合間に息抜きでリフティングをやったりするだろ」

「そんじゃあ、俺たち刑事の息抜きって、何になるんすかね?」

「パトロールと称して、パトカーで一般車両に睨みを利かせることだろ」

「水希さん、そんなことやってんすか?」

「バカ、冗談に決まってるだろ」

「いてっ!」


 水希のミドルキックが大輔の腿を打った。巧妙にカメラの死角で。


「堀さんの証言も、この推測を裏付けてるわ。関沼さんの死亡推定時刻は、いつもなら本人が散歩に出かけている時間だったそうだから。犯人もそれを知っていて、関沼さんが散歩に出ている時間帯を狙ってアトリエに侵入したと見られてる。でも、関沼さんは、散歩の途中でインスピレーションが湧くと、すぐに引き返して創作に取りかかる、ということがあったそうよ。だから、今日もそういったことがあって、散歩を途中で切り上げてアトリエに戻ったのかもしれないわね」

『そうだとしたら、ふ、不運ですね』

「そうね。そのまま散歩を続けていれば、作品はともかく、命まで奪われることはなかったでしょうね。それと、犯人が関沼さんの散歩の日課とその時間帯を知っていて犯行に及んだのであれば、関沼さんが窓を開ける癖があることも、犯人は知っていたのかもしれないわね」

『そ、そうなると、容疑者は被害者に近しい人物に、げ、限定されてきますね。あ、ち、ちなみに、犯人が玄関の合鍵を持っていたということはないですか?」

「これも堀さんの話なんだけど、玄関の鍵は二本しかなくて、関沼さんと堀さんが、それぞれ持っていたということよ。複製の困難な鍵なので、隙を見て盗まれて合鍵を作られた可能性というのも低いと思われるわ」

『わ、わかりました』

「で、犯行の様子に戻ると……。ダンベルで関沼さんを殴りつけて殺害した犯人は、改めて作品を盗み出そうとする。その最中……」

『こ、今度は、家政婦さんがドアのすぐ向こうにいて、思わず呟いた独り言を聞かれてしまった、というわけですね』

「今のところ、そう見られているわ」

『た、確かなんですか? 犯人が盗んだものが、被害者の作品だったということは。家政婦の、ほ、堀さんは、犯人が実際に何かを持ち出そうとする場面を見たわけじゃないんですよね?』

「そうね、あくまで声を聞いただけだそうよ。アトリエのドアは施錠されてはいなかったんだけど、ちょうど関沼さんの遺体が、ドアのすぐそばに倒れていて、開閉を妨げるバリケードみたいになっていたせいで、ドアはほんの少ししか開けられなかったそうだから。当然、通報を受けて警察が乗り込んだときには、アトリエはもぬけの殻で、関沼さんの遺体だけが残されていたわ。ちなみに、そのまま力任せにドアを押した場合、被害者の遺体を傷つけてしまう可能性があったので、警官は窓からアトリエに入ったの。でもね、犯人がここから作品を持ち出したことを裏付ける根拠はあるの」

『な、何ですか?』

「被害者の関沼さんは、近々新作を発表する予定でいたそうなの。美術雑誌のインタビューに載っていたわ。で、このアトリエにある作品をすべて調べてみたところ、残っているのはどれも既存の作品ばかりだということが分かったわけ」

『アトリエには、本人が「完成間近」と言っていた新作が、なかった。そ、それは、つまり、犯人が盗み去ったから』

「そういうことね」

『その新作って、ど、どんな絵だったんですか?』

「それは誰にも分からないの。関沼さんは極度の秘密主義というか、人嫌いで、制作途中の作品を他人に見せることは決してなかったらしいのね。何を描くだとか、どんなモチーフだとか、そういった情報も含めて、事前に漏らしたことは一度もないそうなの」

『で、でも、犯人の言葉から察するには、それは、かなり大判の作品だったと、お、思われますね』

「そうね。関沼さんは、大きなものでも30号くらいのサイズの作品しか描いたことがなかったそうだけど」

『さ、30号、結構なサイズですね……』


 と、そこに、


「30号って、どのくらいの大きさなんすか?」


 大輔が疑問を挟んできた。


「最大で910ミリの正方形だな」


 水希が答えると、


「910ミリ、ということは、91センチですか。犯人は当然、あの窓からそれを盗み出したってことですよね」

「だろうな」

「あの窓のサイズって、どれくらいなんすか?」

「80センチの正方形だ」

「じゃあ、91センチある30号のカンバスは通らないじゃないすか!」

「お前はアホか! 対角線の長さなら91センチを超えるだろ!」

「……あ、そうか。試してみましょう。おい、ユートム、巻き尺」


 有斗夢に向かって手を出した大輔に、はあ、とため息を吐いてから水希は、


「そんなの、試してみるまでもなく計算で分かるだろうが!」

「計算? ……ええと……80センチの正方形の対角線の長さを求めるには……」

「スマホの計算機使っていいから、やってみろ」


 大輔は自分のスマートフォンを取り出し、計算機アプリを起動させると、


「80センチ掛ける80センチ? ……いや、これじゃ面積だな。対角線なんだから、半分にして……いやいや、面積が半分になるだけだ……ええと……」


 思いつくままにテンキーをタップしている大輔の横で、有斗夢が、


「先輩、ルートを使うんですよ」

「ルート?」


 何それおいしいの? という思いを表情に出して、大輔は後輩の顔を見る。もう一度、ため息をついてから見かねたように水希は、


「ルート2掛ける辺の長さだよ!」

「だから! ルート2って何すか!」

「堂々とした口ぶりで訊くな! 二乗して2になる数だよ! 1.41421356だよ!」

「水希さん――そんな桁の数字を、よくも()()で……」

「“(ひと)()(ひと)()(ひと)()(ごろ)”の語呂合わせで習っただろうが!」

「何すか! その呪文!」

「……大輔、お前、退職願書いて、明日持ってこい」

「な――ちょっと待って下さいよ、水希さん!」

「ちなみに、ルート2掛ける80センチの答えは、約113.1センチなので、91センチの30号のカンバスは、ぎりぎり通りますよ」


 自分のスマートフォンで計算を終えた有斗夢が言った。

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