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リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.02 永遠の芸術殺人事件 ~リモート探偵と漫画部の親友~
14/89

Remote.02 永遠の芸術殺人事件 2/9

『あの密室が“謎”という形で現出してきた以上、いずれ誰かの手によって解かれていたはずです。今回、その謎解きの役割を担われたのが、たまたま僕だったというだけですよ。だって、謎というものは、解かれるために存在するのですからね……ふふっ』


 ピッ。


『謎というものは、解かれるために存在するのですからね……ふふっ』


 ピッ。


『謎というものは、解かれるために存在するのですからね……ふふっ』


 ピッ。


『謎というものは、解かれるために存在するのですからね……ふふっ』


 人気声優、(はや)()(りょう)甘い男性の声(イケボ)で鼓膜をくすぐられるたび、()(もり)(とも)はベッドの上で悶絶した。


「ぶはっ」と布団から顔を出し、桃色に染めた顔を弛緩させて智は、「や、やっぱり最後の『ふふっ』が、さ、最高だな……。謎を解いたことへの自負と、決め台詞を言ったことへの少々の照れがない交ぜになった、『ふふっ』。しょ、正直、“照れ”に関しては、()(がみ)のキャラクターというよりも、演じている速見様自身の感情が出ちゃってる部分もあるんだけど、そ、それもまたかわいいんだよなぁ……。ここで録り直しをしなかった音響監督、い、いい仕事してるぜ、まったく……」


 惚けた表情のまま、再びデジタルオーディオプレーヤーに手を伸ばした智だったが、


「――どぅわっ!」


 鳴り響いたスマートフォンの着信音に身を躍らせた。


「こ、このメロディ、兄貴からか……なんだよ」


 智が伸ばした手は、オーディオプレーヤーから、サイドテーブル上のスマートフォンに方向転換した。


『おう、智』

「うわ……なんてダミ声」

『なんだとコラ!』

「て、天国から地獄とは、ま、まさにこのこと。は、速見様とは、月とすっぽん」

『なにコラ!』

「なにコラは、こ、こっちの台詞だよ。何の用事でかけてきたんだ、コ、コラ」

『仕事だよ、仕事』

「……仕事?」

『一日中ベッドで丸くなってるお前に、仕事をやろうって言ってんだよ』

「……切る」

『あ! こら! 待てって――』


 智の兄、富山県警捜査一課巡査部長、戸森大輔(だいすけ)の声にかぶって、『大輔、代われ!』と彼の上司、篠原(しのはら)(みず)()警部補の声が聞こえた。


『もしもし、智ちゃん』

「あ、水希さん」

『ごめんね、大輔が乱暴な口を利いて』

「いえいえ、み、水希さんこそ、粗暴な兄貴のお守りをして、た、大変ですね」

『そうなの。智ちゃんはお兄さんに全然似なくて良かったわね』

「こ、心の底から、そう思います」


 背後から『智! てめコラ!』という大輔の罵声が聞こえたが、水希が何をしたのか、『いてー!』という悲鳴を最後に兄の声は聞こえなくなった。


『ところでね』と再び水希の声が、『また智ちゃんの力を借りたいと思って、こうして電話したの』

「そ、それって、もしかして……」

『そう』スピーカーから聞こえる水希の声がシリアスな響きに変わり、『事件が起きたの』

「じ、事件……兄貴や水希さんが担当する事件ってことは……さ、殺人事件?」


 大輔や水希らが所属しているのが、殺人などの凶悪犯罪を扱う捜査一課だということは、智も知っている。


『そのとおりよ。智ちゃんも新聞やニュースで知ってるかもしれないけど、画家が殺害された事件』

「あ、ニュ、ニュースで聞きました」

『その事件について、智ちゃんに協力を仰ぎたいのよ。ああ、もちろん、智ちゃんが現場に出てくる必要はないわよ』

「そ、そういうことでしたら。わ、私の力でよければ、ぜ、ぜひ……」

『ありがとう』


 その口調から、電話の向こうで水希は満面の笑みを浮かべているのだなということが、智には察せられた。


『殺されたのは、関沼せきぬま(いつ)()さんっていう富山市内在住の画家でね……あ、せっかくだから、私たち、これから現場に行くので、そこで改めて電話してもいいかな? 現場でなら、智ちゃんが疑問に思ったことをすぐに確認できるし』

「はい。い、いいですよ」

『じゃあ、三十分後くらいにまた電話するけど、大丈夫?』

「ええ、も、もちろん……」

『それじゃあ、またあとで』


 その言葉を最後に、通話は切れた。スマートフォンをサイドテーブルに置いた智は、「ふぅ……」と息を吐いてベッドに倒れ込む。その手が再びデジタルオーディオプレーヤーに伸びたところに、


「ごめんくださーい」


 という声が、インターフォン越しに聞こえた。


「え?」ぴくりと体を震わせて、玄関方向に顔を向けた智は、「ち……千奈(ちな)っちゃん?」


 その声の持ち主は、智の親友、稲口(いなぐち)千奈都(ちなつ)のものだった。智がベッドの上で、おろおろとしているうちに、


「智ちゃーん」


 インターフォンを通ってきた千奈都の声が、智の名を呼んだ。父親は会社へ。母親もパートに出ているこの時間、戸森家には智ひとりしか在宅していない。玄関には施錠がしてある。このまま黙っていれば、留守だと思ってそのまま千奈都は帰るのでは? と考えた智だったが、そうなれば、今度は自分のスマートフォンに電話がかかってくることになり、何かと言い訳が難しくなる。が、そういった打算よりも、小学校時代からの親友を居留守を使って追い返してしまうことへの後ろめたさが勝り、結局、智はベッドから起き上がると、サイドテーブル横に立てかけてある松葉杖を使いながら自室を出た。


「ち、千奈っちゃん……」


 玄関へ続く廊下を歩きながら、智は親友の名を呼ぶ。その声が玄関ドア越しに届いたのだろう、


「あ、よかった。智ちゃん、いたんだね」


 先ほど電話をしていた水希に対してと同じように、玄関の向こうで満面の笑みを浮かべている千奈都の顔が、智には想像できた。

 玄関まで辿り着いた智は、少しの逡巡のあと、三和土(たたき)に降りて玄関ドアを解錠し、そのままゆっくりと押し開けた。


「智ちゃん」


 千奈都が懐かしそうな笑みを浮かべたが、智の目にそれは入らなかった。俯き加減のまま、智は、


「ち、千奈っちゃん、ど、どうしたの……?」

「ごめんね、智ちゃん、家に押しかけるのは迷惑かなって思ったんだけど……どうしても直接会ってお礼が言いたくって」

「お、お礼って……」

美佳(みか)のこと……」

「あ、ああ……」


 先日の事件の際、智は電話越しに犯人と一緒にいた美佳と会話をしていた。そのことを、姉である千奈都に当然話したのだろう。


「智ちゃんがいなかったら、美佳、きっと犯人に殺されてたと思う……だから、私ね……」


 言葉を紡ぐうち、千奈都の声は涙混じりになっていき、最後はすすり泣きに変わっていた。


「ち、千奈っちゃん……」


 どう対応したらいいか分からず、智は玄関の敷居を挟み、親友の前で再びおろおろするしかなかった。


「あ……ごめんね、私……」千奈都は涙を拭うと、「智ちゃん、美佳のこと助けてくれて、本当にありがとう」


 智に対して深々と頭を下げた。


「い、いや……そ、そんなこと……」


 智は顔を赤くして狼狽える。


「本当は、美佳からもお礼しないとなんだけど、まだ事件のショックが抜けきれなくて、家から出られないんだ」

「そ、そうなんだ。じゃ、じゃあ、私と一緒だね……はは……」

「智ちゃん……まだ体、良くならないんだね」


 千奈都の視線は、智が使う松葉杖に向いた。


「そ、そうなんだよ。いやー……なかなか、し、しつこい怪我でさー」

「ぷっ」それを聞いた千奈都は吹き出して、「風邪とかみたいに、怪我にもしつこいとかあるの?」

「はは……お、面白かった?」

「うん。でも、ごめんね、大変な怪我なのに笑ったりして」

「い、いいんだって……」

「あ、それとね……」千奈都は、鞄から一冊のノートを取り出して、「これ、智ちゃんに読んで欲しくって」

「よ、読む?」

「うん、新作漫画のネーム」

「あ」

「自信作なんだ。智ちゃんの感想を聞きたいなって思って。もちろん、お世辞抜きの率直な意見が欲しいな」

「そ、そっか、千奈っちゃん、ぶ、部活がんばってるんだね」

「うん、でも、智ちゃんがいないから、寂しいな……」


 その言葉を聞いて、智は表情を暗くする。


「あ、ごめんね」千奈都は、顔の前で手をぶんぶんと振って、「急かしてるわけじゃないの。完全に怪我を治してから、智ちゃんには学校に来てほしいから、無理だけは絶対にしないで」

「う、うん……ありがと……」

「私も、早く智ちゃんの新作を読みたいけど……ねえ、家でも漫画は描いてるの? 怪我したのは脚だけだから、手は大丈夫なんだよね?」

「う、うーん……いやー……」

「とにかく、これの感想は絶対に聞かせてね……あ」


 ノートを手渡そうとした千奈都だったが、智の両手が松葉杖で塞がっているのを見ると、その横を抜け、「ここに置いておくね」と三和土から一段高くなっている廊下にノートを置いた。


「それじゃ、私、帰るね」敷居をまたぎ、玄関を出た千奈都は振り返って、「ごめんね、突然押しかけて」

「そ、そんなことないよ……私と千奈っちゃんの、な、仲じゃんか」


 そう言いながらも、また、いつでも来てね、と口にすることは智には出来なかった。


「うん」対する千奈都は、満面の笑みを浮かべ、「電話で話すだけじゃなくて、久しぶりに智ちゃんに会えて、嬉しかった。ありがとう」

「わ、私も、千奈っちゃんの顔を見られて、う、嬉しかったよ……」

「ありがとう。それじゃ」


 大きく手を振って、千奈都は帰っていった。ドアを閉めた智は、ゆっくりと振り返る。廊下には、千奈都が置いていったノートがぽつんと残されていた。

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