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リモート探偵 戸森智  作者: 庵字
Remote.02 永遠の芸術殺人事件 ~リモート探偵と漫画部の親友~
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Remote.02 永遠の芸術殺人事件 1/9

 家政婦の(ほり)(みつ)()は、合鍵でドアを開けると、食材を詰め込んだ買い物袋とともに玄関に滑り込んだ。今日は祝日のため道路が空いており、いつもより早い到着となった。三和土(たたき)を見れば、彼女の雇い主である関沼せきぬま(いつ)()愛用のスニーカーが揃えてある。ということは、彼も日課の散歩を早めに切り上げて戻ってきているらしい。雇い主が在宅していることが分かっていても、その関沼からの要望のため、堀は声がけなどはしないまま家に上がった。

 夕食の支度をするため、堀充子はいそいそと台所に向かう。その際にも、なるべく足音をたてないよう気を遣っていた。彼女の雇い主、関沼逸司の職業は画家だ。彼は創作作業中に集中を乱されることを嫌う。特に音に関しては敏感で、彼女が「お邪魔します」も何も言わずに家に上がったのはそのためだ。

 今歩いている廊下の向こうが台所となる。この廊下を歩く際には、特に気を遣わなければならない。途中で分岐する渡り廊下の突き当たりが関沼のアトリエだからだ。散歩から帰ってきているということは、関沼はアトリエに籠もっているに違いない。九十度に折れ曲がる分岐点で堀は、ちらと横目で渡り廊下の奥を窺う。と、数メートル先にあるドアが、僅かに開いているのが見えた。几帳面な関沼には珍しいことだ、と堀は思った。しかし、ということは関沼はアトリエにいないのだろうか、とも考えたところで、堀は、びくりと体を震わせて立ち止まった。ドアの向こうから声が聞こえたためだ。彼女の雇い主、関沼逸司のものではない、明らかな別人の声が。


「さすがに大きいな……!」


 ドアの向こうから漏れた声は、そう聞こえた。来客でもいるのだろうか。いや、几帳面に加えて気難しいあの関沼が、自分のアトリエに他人を招じ入れるとは考えられない。家政婦である自分も、アトリエの掃除だけは免除されている、というか、「絶対に入ってはいけない」と釘を刺されているほどなのだ。

 恐る恐る堀は、急遽進行方向を変えて渡り廊下を折れた。相変わらず足音は立てなかったが、そうする目的は先ほどまでとは違っていた。ドアまで、あと二メートル……一メートル、というところで、堀の手元で、がさり、と音が鳴った。不安定に詰め込まれていた食材が買い物袋の中で崩れたのだ。同時に、ドアの向こうから発せられていた気配も変わった。そこにいる何者かも、堀の接近に気づいたらしい。どどっ、という足音が聞こえたかと思うと、僅かに開かれていたドアが勢いよく閉じられた。隙間から何が行われたのかを窺い知ることも不可能なほどの早業だった。


「せ、先生?」


 堀は、中にいるのが関沼である可能性を捨てず、いつもの呼び方で雇い主に呼びかけた。が、返事は返ってこない。買い物袋を廊下に置き、堀は屈み込んだ。このドアは関沼の趣味で取り付けたアンティークもので、内と外、どちらからにせよ、施錠するためには鍵を必要とする。つまり、鍵穴がドアを貫通した構造となっており、その鍵穴から向こうを覗き見ることが出来るのだった。鍵穴に片目を近づけた堀の視界に、多くのカンバスやイーゼルが並べられたアトリエの風景が飛び込んでくる。どこにも――少なくとも鍵穴から覗ける範囲内には――人の姿は見られない。

 意を決して堀は立ち上がり、ドアノブに手をかけた。このドアは室内側に向かって開くようになっているのだが、彼女がノブを回していくら押しても、ドアは開かなかった。鍵のかかったドアを押している感覚とも違う。何か、ドアの向こうに重いものが置かれたことで開閉が妨げられている、とでもいうような感触だった。その証拠に、非力な堀でも体重をかけて懸命に押すことで、ドアは若干ではあるが内側に傾いた。その間も室内からは、ばたばたと物音が聞こえ続けていた。

 中を僅かにでも目視できる程度にドアの隙間が広がったのは、堀がドアを押し始めてから一分近くも経過してのことだった。すでに物音は聞こえなくなっていた。堀は、開いた数センチの隙間から中を覗き込み、ドアの開閉を妨げていた“もの”を正体を知った。それは、床に横たわっている関沼逸司自身だった。無理やりに押し込まれたドアの角が、豊満な腹部に食い込んでいるというのに、関沼は悲鳴を上げるどころか、指一本微動だにさせない。かつ、目は見開かれ、白頭は真っ赤な液体で染められていた。

 それ以上ドアを押し込むことをやめ、その場にへたり込んだ堀は、震える手で携帯電話を取り出すと110番通報をした。

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