Remote.01 小さな恋の殺人事件 12/12
「津吹の身柄を預けてきた。往生際悪く容疑を否認してるが、まあ、時間の問題だろう。渡浦礼衣子さんの所持品から、津吹に繋がるものが必ず見つかるだろうし、なにより、私なんかよりも余程怖い刑事さんたちに取り調べを受けるんだ。だんまりを通せっこないさ」
富山県警本部近くにある公園隅の喫煙所で、篠原水希は、大きく伸びをしながら言った。
「えっ? 捜査一課に、水希さんより怖い刑事なんていましたっけ――いてー!」
戸森大輔は水希に腿を蹴り上げられ、悲鳴を上げて指に挟んでいたタバコを取り落とした。
「あーあ、まだ何口も吸ってないのに……」
「いい機会だ、禁煙しろ」
ちぇっ、と大輔は、名残惜しそうに火が付いたままのタバコを靴の裏で踏み消すと、拾い上げて灰皿に投じた。
「だいたいだな、お前が吸うから、わざわざ私たちまでこんなヤニ臭い喫煙所に来なきゃならないんだぞ――って、ほら! また!」
水希が言ったそばから、そそくさと大輔は懐から新しいタバコを抜いて咥え、火を点した。
「それはそうと、智のことは、どうなるんすか?」
紫煙をくゆらせて、大輔が訊くと、
「ああ、そのことだが……」水希は、ため息をついて腕組みをして、「とりあえず、不問に付すことになった」
「まじっすか?」
慌てて、また取り落としそうになったタバコを、今度は大輔は上手く押さえつけた。
「まじだ。とにかく、智ちゃんの推理が事件解決に貢献したのは事実だからな。あのままだったら、美佳ちゃんは渡浦礼衣子殺しの罪を着せられたまま、口封じされていたかも……いや、間違いなくそうなっていただろうしな」
「確かに、間一髪だったっすね」
大輔も、改めて安堵のため息を漏らした。
「ほら、警察の捜査に協力している民間探偵ってのが、日本中にいるだろ。我が富山県警も、智ちゃんのことはその一環として扱えばいいんじゃないか、ってな」
「はあ、名探偵ってやつですか。金田一耕助みたいな」
「例えに出す探偵が古いぞ、大輔。さすが、昭和顔だけのことはあるな」
「顔は関係ないでしょう……で、智のことはいいとして……」
大輔は、じろりと横目を流す。その先には、先ほどからひと言も発しないで小さくなっている、真鍋有斗夢の姿があった。
「こいつの処分は、どうなるんすか? やっぱ、懲戒免職のうえ、市中引き回しっすか」
「ちょっと! 先輩! 懲戒免職はともかく、市中引き回しはないでしょ!」
「じゃあ、お前、懲戒免職のほうは、受け入れる覚悟があるってことか?」
「違います! それも絶対に嫌です!」
「真鍋のことはだな……」
水希が口を開くと、大輔と、緊張の面持ちの有斗夢は、黙って次の言葉を待つ。
「……特に、何もないな」
「はあ?」
「よかったー!」
大輔は怪訝な顔をして、有斗夢は歓喜の表情で天に向かって両拳を突き上げた。
「民間探偵に捜査協力を仰ぐうえで、捜査情報を共有することなんて警察じゃ日常茶飯事に行われてることだしな。まあ、いいだろ」
「ありがとうございます! 篠原警部補! 戸森巡査部長! この真鍋有斗夢巡査、これからも富山県の治安を守るべく、粉骨砕身、滅私奉公、空前絶後に働いてまいる所存であります!」
有斗夢は、上体を九十度に折り曲げて敬礼した。
「まあ、それはそれとして、だ」
「はい?」
有斗夢が顔を上げると、
「お前、そもそも、どうして智ちゃんに捜査情報を教えようなんて思ったんだ?」
「そうだぜ」と大輔も水希に乗っかって、「応接室での聴取の様子を聞かせるため、盗聴まがいのことまでやりやがって」
「そ、それはですね……と、智ちゃんに頼まれて、仕方なく……」
二人の先輩刑事ににじり寄られ、有斗夢は両手を前にかざしたまま後ずさりをした。
事の起こりは、着替えを取りに大輔が自宅に戻り、智が事件のことを兄に聞き出そうとして失敗し、大輔が部屋を出たあとのこと。智はスマートフォンを取り、
「真鍋有斗夢さんに電話して」
音声入力機能を使って有斗夢に電話発信した。
『智ちゃん、久しぶりだね。どうしたの?』
有斗夢が応答すると、
「ま、真鍋さん、じ、実は……お願いがあるんですけれど……」
『お願い? 何かな?』
「単刀直入に言いますけど……じ、事件について、詳しく教えて下さい」
『えっ? じ、事件って……』
「ま、松宮中学校の三年生が亡くなった事件について」
『そ……それは、まずいよ……』
有斗夢の声が急に小さくなったのは、彼が電話を受けたのが県警本部だったためだ。
「私の親友の妹が、う、疑われてるみたいなんです」
『えっ? あ、稲口美佳さんのお姉さんって、じゃあ』
「そうなんです……稲口千奈都っていって、私の親友なんです」
『そうだったんだ……』
「だから、私、な、何としても千奈っちゃんの力になりたいんです」
『いや、それとこれとは……』
「駄目ですか」
『ごめんね』
「じゃ、じゃあ、仕方ありません」
『……ん?』
「あれを、み、水希さんに聞かせます」
『――!』
「去年、ま、真鍋さんが酔っ払って、水希さんと間違えて私のスマホに電話して、あ、愛の告白したことを、水希さんに教えてあげます」
『ちょ……智ちゃん、待って……』
「何か変だなと思って、わ、私、咄嗟にその通話を録音したんですよね。今、な、流してみますか? へへ……」
『ストーップ! やめてよ! だから、あれは酔っ払ったうえでの話で……』
「じゃあ、お、教えてもいいじゃないですか。確か、泥酔して心神喪失状態で犯した犯罪って、つ、罪に問われないんですよね。それと同じじゃないですか」
『気まずいだろ! そんなことを知られたら僕、この先ここで働いていけないよ!』
「事件の情報さえ教えてくれれば、わ、私だって、そんなことしないんだけどなぁ……」
『わ、分かったよ……』
「あっ、ありがとうございます。それと、もし学校なんかに聴取に行くときがあったら、真鍋さんのスマホから私に電話して通話状態にしておいて、ちょ、聴取の内容を、私も聞けるようにしておいてもらえないかなぁ……って。だ、駄目ですか?」
『断れるわけないだろ……』
「で、ですよね……へへ、お、お願いします」
『はあ……じゃあ、事件の情報を言うよ、まず、死体の発見場所は……』
公園に差す日差しだけが理由ではないだろう。じわりとした汗を顔に滲ませながら、有斗夢は、
「ほ、ほら、あれ、あれですよ。親友の妹さんを助けたいっていう、智ちゃんの麗しい友情に負けたんですよ……」
「ふーん」水希は、疑いを秘めたような視線で有斗夢の目を見たが、「……ま、いいだろ」
「……ほっ」
有斗夢は胸をなで下ろした。
「それじゃあ、今後、我が富山県警管轄内で不可解な事件――いわゆる不可能犯罪が起きたら、智ちゃんに捜査協力を仰ぎ、一緒に行動することになるわけだな」
「あ、水希さん、それは……」
「ん? なんだ、大輔、何か問題があるのか? ああ、学校があるのか、そういや、智ちゃんはまだ高校生だったっけ」
「い、いえ、今は、高校に行ってないんす、あいつ」
「あ――そうか、去年の事故で……悪い」
「い、いえ……」
「えっ? 智ちゃん、まだ外に出られないくらいに悪いんですか?」
有斗夢が驚いた顔で訊いてきた。大輔は表情を暗くして、
「そうなんだよ。満足に歩くのも困難で、あれ以来、高校には行ってねえんだ。それに……」と水希に顔を向けて、「あいつ自身が、そんなのやりたがらないんじゃないかと思うんですよ。面倒くさがりで、ずぼらだから」
「そうか? 津吹の何気ない言葉の違和感から推理を働かせた、あの手腕は見事だったと私は思うんだが……惜しいな」
「たまたまっすよ、たまたま、あいつ、そういう探偵もののドラマとか好きなんで、その真似事をしただけっすよ――」
そこまで言ったとき、大輔の懐からスマートフォンの呼び出し音が鳴った。応答した大輔は、
「おう、智か……なに? 何を買ってこいって? ……豆乳? 成分無調整のやつ? ……違う? そうじゃないやつ?」
通話を続ける大輔を水希は指さして、電話をするジェスチャーをした。用事が終わったら代われ、と言っているのだ。
「……おう、ま、待て、今、水希さんに代わるから……お前と話がしたいってよ」
大輔は、渋々水希にスマートフォンを手渡した。ここで何か理由を付けて通話を終えたとて、水希はあとで自分からかけ直すはずだ。下手に逆らわないほうがいいと大輔は覚悟を決めたのだった。
「智ちゃん、この前はありがとう。おかげで事件は早期解決したわ。でね、ものは相談なんだけど……」
水希と智との通話が、数分に渡って交わされ、
「うん、それじゃ」水希は通話を終えて、スマートフォンを大輔に返すと、「智ちゃん、やってくれるそうだぞ」
「えー!」
「でも、条件があって、外に出るのはNGだと」
「ほら、やっぱり。そんなんで事件の捜査ができるわけないっすよ。捜査は足っすよ、足――」
「だから、今回の事件みたいに、電話だけで捜査に加わることで話を付けた」
「は?」
「だいたい、今度の事件だって、智ちゃんは家から一歩も出ないで解決しちゃったんだ。だから、これからも同じスタイルで可能だろ」
「はあ?」
「名探偵業界にも、そういうのを売りにしてる探偵がいるだろ。何て言ったっけ? あ、安楽椅子探偵。……うーん、ちょっとニュアンスが違うな。安楽椅子探偵は、話を一方的に聞いただけで事件を解決してしまうけど、智ちゃんは電話越しとはいえ、私たちと一緒に捜査をするんだからな。何か、いい名称を……」
水希は口に手を当てて考え込む、そこに、有斗夢が、
「……リモート探偵!」
「えっ?」
水希が向くと、
「リモート探偵って、どうですか? 自宅に居ながら事件の情報をリアルタイムで得て推理する。まさにリモートじゃないですか」
「いいな! 真鍋! よし、それ採用」水希は、びしりと有斗夢を指さし、「うん、語感もいいしな。“リモート探偵 戸森智”、ここに誕生だ!」
「はああ?」
大輔は大口を開け、またしても火を点したばかりのタバコを落としてしまった。
「先輩、先輩……」
あんぐりと開口したままの大輔の肩を有斗夢が叩いた。
「“リモート”と“妹”が、かかってます」
ドヤァ、とばかりに得意げな顔で胸を張った有斗夢の頭に、大輔のげんこつが振り下ろされたのだった。
「Remote.01 小さな恋の殺人事件」解決
~次回予告~
ある芸術家が他殺体で発見される。犯人は、芸術家が制作していた未発表の作品を盗み出したと見られ、その運搬手段から犯人が特定できると思われたが……。
次回『リモート探偵 戸森智』
「Remote.02 永遠の芸術殺人事件 ~リモート探偵と漫画部の親友~」にご期待下さい。