Remote.01 小さな恋の殺人事件 11/12
「あ! あれじゃないですか?」
大輔は、前方を走る乗用車を指さした。水希も運転席と助手席の間に身を乗り出して、
「……車種、色、そして、ナンバー。間違いない!」
津吹が所有している車のナンバーは、すでに照会されて水希にも知らされていた。
「真鍋!」
「はい!」
水希の声を受けて、ハンドルを握る有斗夢が覆面パトのサイレンを作動させる。同時に、
「そこの車! 止まれ!」
マイクを掴んだ大輔が、車外スピーカーを通して声を浴びせた。
左右に山林が広がる山道の途中、前を走る車は、ウインカーを出して路側帯に停車した。有斗夢も覆面パトを停め、水希と大輔が降車する。車の運転席からは、ひとりの男が降りてきた。松宮中学校教諭、津吹彰だった。
「どうかしましたか、刑事さん」
自分を睨む二人の刑事を交互に見て、津吹は訊いた。水希は視線を助手席に向け、そこに稲口美佳の姿を認めると、
「津吹先生、一緒に乗っているのは……」
鋭い視線を保ったまま、訊いた。
「ええ、稲口さんです」事もなげに津吹は答える。「気晴らしをしたいと言うもので、ドライブに誘ったんです」
「……随分と、憔悴しているように見えますが」
助手席に座る美佳は、陰鬱な表情をして、ぐったりとドアに寄りかかっている。
「そうですね」と津吹も助手席を見やり、「なにせ、友達を亡くしたのですから。中学生には衝撃が大きすぎる事件です」
「稲口さん」
水希が呼びかけると、目だけを動かして美佳は反応した。
「少しだけ、話を聞かせてもらいない?」
フロントガラス越しに微笑みかけた水希に、美佳は小さく頷くと、シートベルトを外して車を降りた。
ゆっくりと歩いてきた美佳の隣に、さりげない動作で津吹は立った。
「稲口さん」と水希は笑みを浮かべたまま、「どうしたの。突然学校からいなくなったから、みんな心配してたのよ」
美佳はゆっくりと口を開き、何か言葉を発しようとしたらしかったが、それに先んじて津吹が、
「すみません」と頭を下げ、「誰かに伝えていけばよかったのですが。なにせ、稲口さんが、早く外の空気を吸いたい、と言うもので」
「この先は山よ」
水希は美佳に訊いたのだが、
「澄んだ空気を吸わせてやりたいと思ったものですから」またしても津吹が答え、「そうだよね、稲口さん」
美佳の両肩に手を乗せた。その瞬間、美佳の体は、びくりと震えた。
「でも」と津吹は続け、「みんなが心配しているみたいだから、もう帰ろうか。刑事さん、お騒がせしました」
と頭を下げ、車内に戻れと促すように美佳を振り向かせ、背中を押した。そうされて、一歩踏み出した美佳だったが、
「稲口さん!」
水希の声に、足を止める。
「稲口さん」水希は、その背中に向かって、「ねえ、本当のことを言って。大丈夫、何も怖くないから。私たちが守る。必ず――」
「刑事さん」津吹の声が、「やめて下さい。稲口さんは大変なショックを受けているのです。刺激を与えるような真似は謹んでいただきたい」
水希を睨むその目は、美佳に向けたものとは違う、危険な色を孕んでいた。
「さあ、稲口さん」津吹は再び美佳の背中を押す。その手には逆らえないかのように、美佳は一歩、また一歩と足を踏み出し、車に近づいていく。――そこに、
『美佳ちゃん!』
肉声ではない、スピーカー越しの声が投げかけられた。運転席を降りてきた有斗夢が突き出している、スマートフォンからのものだった。
『わ、私、戸森智だよ。千奈っちゃんの友達の。一緒に遊んだこともあるよね。お、憶えてる?』
美佳の足が止まった。さらに、スピーカーからは、
『私がまだ中学生のときにさ、ち、千奈っちゃんと三人で映画観に行ったじゃん。「プリキュア」の。私、あのとき、中学生になってもうプリキュアなんて観てないから、美佳ちゃんの付き合いで仕方なく行ってんだ、みたいなこと言ってたけどさ、じ、実は、私も楽しみにしてたんだよね。へへ……。映画を観に行く口実ができて、ホントは喜んでたりして、あはは……。千奈っちゃんと三人で一生懸命ペンライト振って応援してさ、た、楽しかったよね……』
美佳の手が、肩が、震え始めた。
『そういえばさ、た、誕生日、おめでとう。いやー、あんな小さかった美佳ちゃんが、もう中学二年生かー、か、感慨深いなぁー』
智の話を聞きながら、美佳は、ゆっくりと振り返り、
「智……ちゃん……」
声をしゃくりあげ、目から大粒の涙をあふれさせた。
『み、美佳ちゃん、声、少し大人になったね』
「智ちゃん……私……」
「稲口さん!」その肩を津吹が掴み、「さあ、学校に戻ろう――」
「先生が……!」美佳が叫んだ。「先生が……渡浦先輩を……殺しちゃって、それで、私に……私が殺したことにしてくれって……」
「な、何を言ってるんだ!」
津吹は美佳の両肩を掴み、揺さぶる。
「いやっ!」
美佳は、堅く目をつむり、激しく体をよじらせる。そこに、
「おい」隙を見て近づいた大輔が、「そのくらいにしとけ」
津吹の手首を掴み、捻り上げた。津吹の手から逃れて駆けだした美佳の全身を、水希が強く抱き留めた。
必死の形相で抵抗する津吹を、しかし、片手だけで難なく押さえつけている大輔は、
「とりあえず、警察で詳しく話を聞こうか」
「違う! そいつだ! その女がやったんだ!」津吹は美佳を指さして、「全部……俺に罪をなすりつけようとしっ――ぶふっ!」
大輔の拳が顔面にめり込み、津吹はあえなく失神した。