Remote.01 小さな恋の殺人事件 1/12
「せ……先輩」
声をかけてみる。が、“先輩”は答えない。当たり前の話だ。わかりきっていたことだ。なぜなら、目の前に横たわる“先輩”は、瞳孔が開ききった目で虚空を見つめている。だらりと投げ出された四肢は、ぴくりとも動く気配を見せない。間違いなく“先輩”は死んでいるのだから。
――私が、殺したんだ……。
稲口美佳は、心の中で呟いた。
――別れる、別れない、で口論になって……。
ごくりと唾を飲み込む。
――揉み合いになって、咄嗟に突き飛ばしてしまって……。
こちらに足を向け、仰向けに倒れている死体の頭部と、その真下にあるコンクリートブロックは、どす黒い血に染まっていた。
稲口美佳は死体の周辺に目を走らせる。現場は、市街地にぽっかりと空いたエアポケットのような、ビルとビルとの隙間。昼でも人が来るような場所ではない。ましてや……。 今度は、死体のすぐ周囲に視点のピントを合わせる。雑多に置かれたブロックの他には、同じ色をしたコンクリート舗装しか見えない。何も落ちては――落としてはいない。犯人が特定されるような遺留物は何もないことを確認する。
――大丈夫、事故として処理される……はず。もし、最悪、そうならなかったとしても……。
大丈夫、と、もう一度胸の内で繰り返す。ゆっくりと呼吸を整え、二、三歩後ずさりをして死体に背を向けた稲口美佳は、早鐘のように鳴る鼓動を抱えたまま現場から逃走した。




