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♰♰♰ 学校という名の牢獄 ♰♰♰


真由 は自転車を漕ぐだけなのにまるで古代エジプトのピラミッドの石材を紐で運ぶ労働者のように重労働を強いられているみたいだ。学校に着く前にもう疲れている。



「おはよー!」

「真由ー!貸していた毛抜きをいつ返してくれるのよー」

「ごめーん。また今度!!」

「1週間前も同じ事を言っていたじゃないー!」



いつもなら学校に登校するだけでまるで道ばたでシルバーカーの上に座って休憩しているおばあちゃんのように疲れてしまう真由なのに今日はいつもとひと味違っていた。まるでこの先に待ち受けている楽しいイベントの時間を待ちきれずに自ら時に追いつこうとしているかのよう。


なんてたって今日はバレンタインデー。真由はこの日を3週間前から楽しみにしていた。彼氏に時々、貢物をあげてはいるが特別な日に捧げる貢物はロマンチック効果があるのだ。真由は彼氏とくっついたり、離れたりをしょっちゅう繰りかえしていたから今度こそ彼氏にチョコを渡して関係がうまくいく事を信じて今日のバレンタインデーに人一番気合が入っていた。真由は校門へと向かう為に次の曲がり角を曲がろうとしだが、曲がり角の前で急ブレーキをかけて自転車を止めた。



「麻子。夏樹。いったいここで何をしているの?」



真由は自転車から降りると名前を呼んだ二人に詰め寄った。真由の同級生であり友人である麻子と夏樹はまるで何かを恐れて身を隠すかのように曲がり角の壁に身を隠してスカートのベルトを緩めていた。長い髪を派手に外巻きにしている麻子が真由の疑問に答える暇もないくらい急いで制服のスカートの丈を長く伸ばしながら言った。



「やばい。校門に原先生がいる。」

「えぇー!という事はひょっとして服装のチェックでもあるのっ!?」



黒川や真由が通っている高校はお世辞にも賢いとは言えないにも関わらず大学の進学率を上げようと躍起になっていた。だが、お馬鹿な生徒達の成績を上げる事よりも髪の色やスカートの長さなどの見栄えだけはよくしようとする見当違いな所に無駄な努力を費やしていた。小学生の頃まではまだ自分で自分の事を決められないから親や教師などの大人の言う事は絶対だった。でも高校生にもなり自我が目覚め自分のする事は自分で決めたくなり、自分を抑圧してくる親や教師の言うことを素直に聞けなくなった。ようやくどういう自分になりたいのかを考え始めた時に自分らしくしてはいけないという社会の重圧をかけられていた。


真由もあわててベルトを緩めてスカートの丈の長さを伸ばし始めた。



「それだけじゃない。学校に余計な物を持ってないかバッグの中身の抜き打ちチェックもするってさ!」



ボーイッシュの髪型が似合う夏樹がバッグから取り出したヘアワックスで前髪を整えながら言った。


「ええっー!じゃあ、まさかバレンタインデーのチョコも没収されちゃうわけ!?」


麻子がまるで何かおぞましい物でも見てしまった後のような青白い顔をして言った。



「賢い子なら原先生が校門の前に立つよりも早く学校に来ているらしいけど、原先生が校門に立った後に学校に来てしまって原先生にチョコが見つかった子達は最悪・・・・」



麻子と夏樹は無言のままお互いに顔を見合わせると先程に感じた恐怖を思い起こしてしまい自分の体を両腕で抱きしめてブルっと体を震わせた。夏樹は額の前に持ってきたピースサインを横向きにし、前髪をハサミでカットするポーズを真由に見せた。



「ひょっとして!ひょっとすると!最悪の場合・・・前髪ぱっつんの刑!!!!」



前髪ぱっつんの刑とは服装の身だしなみが悪い生徒に行われる刑罰として眉毛より二センチ上に直線に前髪をカットされてしまう思春期の女の子にとっては拷問に近い罰だった。



「ほら、真由も校門を見てみな。」



夏樹が曲がり角を曲がった先にある校門の方に親指を指して言った。真由達が通う学校は古臭くて壁や道路にヒビが入っていても修復修理に金を一切費やさない校舎だが、校門だけはまるでこの学校の長年の支配者のように威圧的で威厳があり、校舎以上にその物の存在が大きく感じる。生徒達が校門から一歩足を踏みいれてしまうともうそこは学校という名だけを借りた刑務所に閉じ込められる。牢屋に閉じ込められた300人程の囚人達が外界との隔たりである唯一の門に対して近くて最も遠い場所と感じるように生徒達はいつかこの牢獄を抜け出せる日がとても長く感じるのであった。


そして刑務所の監視をしている看守のように門の前で仁王立ちをして立っているのはいつもジャージ姿がユニフォームの女性体育教師の原先生だ。


原先生は自分の肩腕にしがみついて必死に懇願している女子生徒の前髪を掴むともう片方の手に持っているはさみを女子生徒の目の前で刃を開いたり閉じたりしだした。そう、今まさに残酷な中世時代の処刑が行われようとしている瞬間なのだ。真由は思わず目を逸らした。



「残酷すぎっ!」



真由が両手で両耳を抑えながら目を逸した。



「目を背けちゃダメ!目の前で起きている惨劇をちゃんと直視しなきゃ!」



麻子に無理やり体の向きを変えさせられた真由は再び曲がり角から顔を出して校門を覗いてみた。するとちょうどたった今、処刑が行われた所だった。



「きゃっ~~~!」



離れた所から処刑を見たが、はさみで前髪を切る音がここまで鮮明に耳に響いてくるようだ。夏樹は両手で頭を抑えて狂ったように頭を横に振って同じ呪文を何度も呟いた。



「ああはなりたくない。ああはなりたくない。ああはなりたくない。・・・・・・」



原先生の足元には透明なゴミ袋が置いてあり、中身は今まで切った前髪の怨念が籠もった大量の毛が山もりに入っていた。

別の女子生徒がゴミ袋の前でしゃがみ込み、まるで切り取られた怨念のこもった毛の供養でもするかのように両手を合わせて念仏を唱えている。

校門の壁際にはすでに前髪をパッツンされて廃人化した女の子の肩を激しく揺すって気を取り戻そうとしている友人らしき子がいる。


真由はゴミ袋の隣にダンボールが置かれてある事に気がついた。そしてそのダンボールの中から何か四角い物がはみ出しているのが目に見えた。



「チョコだ!」



今日はバレンタインデーにも関わらず、チョコは好きな人に渡る前に哀れにもゴミ箱行きのダンボールの中へと捨てられていった。真由は背筋を凍らせてとっさに顔を壁に引っ込めて麻子や夏樹の青ざめた顔を見ると2人に助けを求めた。



「ど、ど、ど、どーしよっ!放課後にせっかく仲が修復したばかりのコージィッーとデートをしてチョコを渡す予定だったのにぃぃ~!」

「まーた真由の病気が始まった。」



夏樹は以前から繰り返し悩まされ続けて来た真由のコーズィ病にうんざりしていた。



「何度も泣かされ続けているのにコーズィーのいったい何処がいいワケ?」



麻子は真由の少しおおげさなコージの呼び方を茶化して真似しながら言った。



「ううんっ!コーズィは全く悪く無い!悪いのは将来ビッグになるコージの事を理解できない私が全部悪いのっ!」

「ダメだこりゃ。麻子、あきらめよ。真由につきあっていたらこっちまでが病気になっちゃう。それよりもどうやって原先生に見つからずに校門を抜けられるかだよ。」

「そうだね。今はコーズィの事なんてどうでもよく」麻子が

そう言うと真由はすかさず「コーズィはどうでもよくなんかないっ!」と反論したが麻子は無視して話を続けた。

「服装やヘアスタイルはごまかせるけど、チョコはどうやって見つからないようにするかだよ!」



ちょうど麻子が喋り終えたタイミングで校門の方から再び悲鳴が聴こえてきた。



「次に悲鳴を叫ぶのはきっと私達の番・・・」



真由がそう言うと三人は同時に身震いをした。しかし夏樹に良いアイディアが浮かんだのか表情が除々に自信ありげに変わっていった。



「よーし!私に任せてよ!いい案がある!」



真由も麻子も乗り気ではないのだがあまりにも夏樹が自信満々に言うものだから夏樹の言葉を信用して夏樹の声に耳を傾けてしまった。


 

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