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第94話 望まぬ再会




結局、女将の迫力に圧されたレヴィード達は店を汚してしまった詫びの誠意を見せるということで、しばらくの間ヨシノでタダ働きする事を強いられた。

ぺルル・ターシャ・フィーナ・ラティス・ソシアスは世女として清掃や遊女達の食事作りなどの店内での仕事を、レヴィード・ティップ・アインスは男手として力仕事や外回りの仕事をやらされていた。今、レヴィード達はヨシノの裏庭で風呂を沸かすための薪を割っている。


「全く。何故俺達がこんな事をしなければならないのだ」


アインスはぼやきながら薪を2つの切り株の上にそれぞれ立てる。


「あの女将さん。過程よりも結果を重視する人みたいだからね。しかも自分の店に思い入れが強い以上、暴れられるのも汚されるのも嫌いなんだよ」


レヴィードはシロザクラで置かれた薪をさっくり両断する。


「まぁ、キラリーヌ劇団の公演を待つ間、良い暇潰しだよ」


「だが…おい、ティップ。手を止めるな」


「ん…ああ!ごめんだよ」


薪を置かれてもボーッとしていたティップは慌てて大斧で薪を割った。


「…もしかしてティップ。ユリズイセン華嬢に惚れちゃったとか」


「んぐっ!?そ、そんな事…!」


レヴィードの指摘にティップは否定するが、顔を真っ赤にする辺りでレヴィードもアインスも図星だと察した。


「だって、オラじゃ釣り合い取れっこねぇだよ…」


「まぁそうだな。それに向こうは今まで何十何百と男をたらしこんだアバズレだから…」


「アインス。さすがに言って良い事と悪い事があるよ」


アインスの発言にレヴィードが冷めた目で咎める。


「確かに身体を売ることは世間体として良く見られない事が多いけど、ここの人達は嫌々とか泣く泣くじゃなくて、生き生きと誇りを持った本職(プロ)として取り組んでいるみたいだ。そんな言葉で(けな)しちゃダメな気がするよ」


「うっ…」


「少なくともここの遊女さんの前で絶対にそんな事言わないでよ」


「…ああ」


レヴィードの持論に全く反対できず、アインスは気まずそうに頷くしかなかった。


「精が出ますねぇ」


そんな会話を繰り広げていると縁側からユリが声を掛けてきた。ユリは昨夜初めて会った華嬢(しごと)の姿とは違って化粧をしておらず質素な着物を纏っているがヨシノでも人気なだけあって素顔は美しかった。


「えっと…」


「ユリさんで良いわよ。ユリズイセンは長いからねぇ」


「はぁ…。それで何か御用でしょうか?」


「いいえ。なんせアバズレは日中は暇だからねぇ」


ユリの一言に先程のやり取りを聞かれたと思い、レヴィードとアインスの肝がヒヤリと凍りつく。


「あ、えっとすみませんでした!ほら、アインスも!」


「ふふふっ。いいわよ別に。そんなに気にしてないわぁ」


「ですけど…」


「おいで」


ユリに促されてレヴィードが近寄ると、ユリはそっとレヴィードの頭を撫でた。


「坊やみたいな男が多ければねぇ。でも現実はそっちの子の言う通り。金さえ払えば簡単に抱けるアバズレと思ってウチら遊女を見下す男ばっかり」


「はぁ…」


「まぁそんな男は適当に気持ち良くさせてすぐに終わらせるんだけどねぇ」


ユリが小悪魔的に微笑んでいると、ドスドスと誰かが歩いてきた。


「男のくせに何を(くっちゃべ)ってるんだい!」


「お、女将さん!」


レヴィード達が仕事をサボってユリと話し込んでいると思った女将は蛇のような鋭い睨みでレヴィード達を威圧する。


「い、いえ!ちゃんと終わりましたよ」


「ふぅん」


女将はレヴィード達の後ろに積まれた薪の山を見て量には納得したらしい頷きを見せる。


「じゃあ坊主。次は使いに行ってもらうよ」


「お使いですか?」


「ああ。世女のスズも同行させるから詳しいことはそっちに訊きな」


「了解しました」


「待ちな」


レヴィードが指示通りに動こうとしたら女将に呼び止められた。


「はい?」


「坊主の連れの中にいた金髪の嬢ちゃん。あれは誰だい?」


(金髪の嬢ちゃん?ラティスの事かな)「ラティスと言いまして、スタビュロ大陸の大聖都ロマニエが生まれの腕の立つ女剣士です。冒険で大きく助かってます」


「そうかい…。じゃあ、とっとと行きな」


「はい」


中央貴族のローザリア家の名を出せば面倒そうと思ったレヴィードは適当に言い、お使いに向かった。






それからレヴィードは女将の指示通りにスズと一緒に街中へと繰り出した。


「それでお使いというのは?」


「はい。注文していたサクラ大姐さんの簪が届いたそうなのでそれを引き取るのと、宝珠糖を買いに行く事ですね」


「宝珠糖?」


「モモハラにしか売ってない、宝石みたいに綺麗なお菓子でして女将さんの好物なんですよ」


「へぇ」(…待てよ)


レヴィードはスズとの会話で女将の話題が(のぼ)ると、先程の女将の様子と相俟って不意に心の中に気になる引っ掛かりができた。

それはスタビュロ大陸のセプト地方でラティスと合流した時に聞かされたラティスの父・ダンテシスの出生の秘密に関連しての事である。


(確かダンテシス卿は娼婦から生まれた子だったよね…。いや、まさか)


レヴィードは頭の中でとんでもない予想を立てて有り得ないと思いつつもそれとなくスズに尋ねてみた。


「あのスズさん。女将さんってどういう人?」


「女将さんですか?まぁ、ここだけの話、厳しくて恐いところもありますけど…でも無茶な事はさせませんし、頑張った分だけ褒めてくれますし…ヨシノのお母さんって感じです」


「ふぅん。女将さんって名前とかは?」


「あー、実は女将さん以外にもヨシノ…いやモモハラで働いてる世女や姐さん達全員本当の名前は分からないんです」


「え?名前が分からない?」


「はい。拾われたり志願して入ったり…この町で働き出す理由は人によって様々ですけど、みんな生まれ変わるという意味で芸名(げいな)というものが女将さんから付けられる風習なんです」


「じゃあユリズイセン華嬢もスズさんも本名ではないと?」


「はい。ただ女将さん本人は本名は分からず、芸名も付けてないみたいでして…」


「それでただ単に女将さんと?」


スズはレヴィードの質問に首を縦に振る。


「それにしても、急にどうして女将さんのことを?」


「しばらくお世話になる人ですからね。ちょっとは人柄は知っておこうと思って」


「そうですか」


「そう言えば女将さんはもう年だけど、やっぱり若い頃は華嬢だったりしたんですかね?」


「さぁ…。でも姐さん達の話だと若い頃はヤトマじゃなくてスタビュロにいたみたいで貴族の偉い方のお相手をしていたらしいって聞きましたね」


「へぇ…」


スズの話から予想が現実味を帯びていき、レヴィードは世間の狭さに笑いを堪えた。






レヴィードとスズは話をしながらも女将からのお使いを済ませていき、女将の好物である宝珠糖を買って駄菓子屋から出たところである。


「宝珠糖って美味しいですね」


「でしょ?」


レヴィードが他大陸(スタビュロ)から来たということで駄菓子屋の店主の厚意(オマケ)で一粒貰い、レヴィードは宝珠糖を口の中で転がして味わっていた。


(うん。固いけど飴とは違う噛むとザリッとした食感、砂糖の甘味だけど、ほのかに果物も練り込まれていて…赤だから苺かな、そんな甘酸っぱい味がする)


レヴィードが宝珠糖を味わいながらスズと歩いていると、通りの向こう側からキチマルがやって来た。


「おや!若旦那じゃありやせんか!」


「キチマルさん。もしかして今までずっと…」


「へへへっ。2、3軒遊ばせて貰ったところでして。若旦那達は何処にお泊まりで?」


「うん。昨日色々あってね。今はみんなでヨシノで雑用として働いてるよ」


「なんとヨシノに!?一番の上等なお店に出入りできるとは羨ましい!」


「いや、別に楽しいわけでは…」


「またまた~」


「じゃあキチマルさんも働きます?」


「いや~…あっ!あっし急用思い出したんでこれで」


キチマルは愛想笑いをしながらそそくさと立ち去った。

レヴィードとスズがキチマルと別れた後、ヨシノに帰ってくると女将に1時間程の昼休憩を言い渡され、レヴィードはいつもの仲間を連れ出して街中へと繰り出した。


「あっ!どんどん出来てますよ!」


ヨシノ前の広場にはキラリアーヌ劇団の特設ステージが作られていた。劇団員達が木材をトントントントン金槌で叩いて組み合わせていく。


「おお。レヴィードさん」


「ピエールさん」


レヴィード達を見て団長のピエールが近づいて来た。


「ピエールさん!公演楽しみにしてます!いつ頃になりそうですか?」


「そうですね…ステージを建てて通し稽古を1、2度してからですから…3日後には出来るでしょう。是非楽しみにしていて下さい」


「はい!」


ピエールは目を爛々と期待で光らせるターシャと任せておけと握手で約束した。


「それでレヴィードさん達はこれからどちらに?」


「昼休憩に何処で食べようかなと考えているところでして」


「おお。それならあそこの店が良いですよ」


レヴィード達がピエールの指差す方向を追うと広場に面した一角に白い暖簾(のれん)が垂れた一軒の店があり、その暖簾には名物うどんと黒い達筆な墨字で書かれていた。


「うどん…確かヤトマの麺料理ですよね」


「ええ。私共も到着して最初の夕食に食べたのですが温かく美味でしてね。団員達も気に入ってるんですよ」


「そうですか。じゃあ、あそこにしてみます」


ピエールからの推しもそうだが、純粋に異なる大陸の料理に興味をそそられたレヴィードは昼食をそこに決めた。






レヴィード達がうどん屋に入って注文してからそう待たずにうどんがやってきた。うどんから立ち上る温かさを物語る湯気とそれに乗って漂う出汁(だし)の香りがレヴィード達の嗅覚を心地よく刺激する。


「それじゃあ。いただ」


「あっ!?てめぇは!」


レヴィード達がいただきますと箸を持った途端、店内に突拍子もない絶叫がこだまする。レヴィード達を含めて店内の客全員の視線が何事かと店の入り口に集まる。そこには2人組の男がいた。


「見つけたぞレヴィード!」


「…?」


一人の男がレヴィードを名指しするが、当のレヴィードはその男が誰なのか全然覚えていなかった。


「えっと…どちら様で?」


「貴様!俺達を忘れるとは何事か?」


「…」


「勇者武芸大会で貴様に魔剣(サーラギアス)を壊されたシャルティエルだ!」


「ボクはヒュージだ!思い出したか!」


「…あー」


シャルティエルとヒュージが名乗ったことでレヴィードはようやく二人の顔と名前が一致して納得した。


「それで何の用?もう指名手配は解除されてるから僕を襲う意味はないと思うけど」


「何だと!」


「いけしゃあしゃあと…俺達の恨み、貴様を殺すことだけで晴らせる!」


レヴィードの物言いに余程腹が立ったのか、シャルティエルもヒュージも抜刀する。それに対してレヴィードはやれやれと呆れながらも立ち上がる。


「レヴィード…」


「大丈夫。ちょっと食前の運動みたいなもんだよ」


心配するフィーナにレヴィードは余裕の笑みを浮かべながら腰のシロザクラに手を掛ける。


「ただここでやっては店の迷惑だからね。外でやろう」


レヴィードがゆらりと近づくとシャルティエルとヒュージは間合いを取って後退(あとずさ)りしていく。

レヴィードが完全に店から出ると、シャルティエルとヒュージは剣を改めて構え直してレヴィードに向き合う。二人の武器はかつてのものより数段グレードが落ちるが、それでも武器屋では高額の部類に入る代物である。

片やレヴィードは一見無防備に納刀状態のまま佇んでいた。

そんな場面にモモハラの往来を歩く人々の野次馬が自然と形成されていた。


「はっ!」


しばらくしてヒュージがレイピアで突進してくる。あの勇者武芸大会以来、ヒュージの名声は落ちたものの閃光の貴公子というかつての肩書きに恥じぬ速さで突きを放つ。


ビュイン…ガインッ!!


「ぐああぁあっっ!」


レヴィードはヒュージの突進に合わせてシロザクラの居合い斬りでレイピアを弾き飛ばし、素早くシロザクラを振り戻して峰でヒュージの膝を殴る。明らかに骨が砕ける鈍い音がした直後、その激痛でヒュージは地に伏せた。


「おのれ!」


そんな痛々しい光景を見て若干怯みつつもヒュージに続いてシャルティエルも突っ込んでくる。


「ふんっ!」


「よっと。砲雷拳(ライトニングブロー)


「あ゛あ゛あ゛っ!」


レヴィードはシャルティエルの上段からの一撃を捌くと懐に飛び込み、砲雷拳(ライトニングブロー)をアッパー気味に腹に打ち込むとシャルティエルは真上に数m飛び上がり、ドシャっと音を立てて落ちた。落下したシャルティエルは僅かに息をしているようだが、衝撃で骨を折ったのか、全く起き上がる気配がなかった。

まさか大人二人が子どもに負けるとは思わなかった野次馬はざわめく。


「しばらく見ない内に強くなったようだのう!」


そんなざわめきをある豪快な声が裂く。その聞き覚えのある声にレヴィードはシロザクラを納めた。


ズンズンズン…


色町に似合わない甲冑の騎士達が行進し、レヴィードの見知った豪傑がその先頭に立っていた。


「お久しぶりです。ダンテシス卿」


「ああ。ロマニエで別れて以来であったか」


ダンテシスは久々に会った甥っ子のような感覚でレヴィードと親しげに話す。


「父上…ですか」


「おおラティス。手紙は受け取ってたが直に会うのはこれまた久々だ」


ダンテシスの声によってラティスを始めとしたレヴィード一行がゾロゾロと店から出てきた。


「ふむ。男子3日会わざれば刮目(かつもく)して見よ、とはこの事か。レヴィードよ。本当に逞しくなったな」


「ありがとうございます。しかし、仲間達がいればこそ、僕はここまで来れたと思っています」


「歳不相応の謙遜は相変わらずか」


「ところでダンテシス卿はどうしてここに?騎士達を連れての慰安旅行ですかね?」


「ふむ。それなのだがな…」


ダンテシスは楽しげに語っていたが笑みが消え、聖騎士団長としての武人の顔つきになり剣を抜いた。


「えっ…」


「レヴィード・ルートシア。王の命により、貴殿を討たせてもらう」


和気藹々(わきあいあい)だった空気が一瞬で殺され、レヴィードとダンテシスの間に冷たい風が吹いた。





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