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第6話 明かせぬ辛さ

スーライの村に辿り着いたレヴィード達。そこでは何が?



翌日。

レヴィード達は山を下りて森を抜け、日が高い内にスーライの村に辿り着いた。


「うわっ、酷いなぁ」


レヴィード達が目にしたのは故郷の惨状であった。スーライの村は米作りが盛んで、今の時期は水を湛えた田んぼに青々とした稲が伸びている頃である。しかし、2ヶ月程前からの季節外れの大日照りのせいで田んぼは干上がって無数のヒビが走り、枯れた稲はおろか雑草すら生えていない。


「父上のことだ。何かしら対策はしているだろうけど、これじゃあ今年の米は厳しいね」


「…そう、ですね」


抗いようがない天災とはいえ、自分の故郷の変わりようにレヴィードはショックを隠せないでいた。


(こんなので、オバサン大丈夫かな)


レヴィード達は民家のある中心部に行こうとしばらく歩いていると、向こう側から必死の形相の中年の女性が全力疾走してきた。


「あ、あぁっ!!」


(あの人…まさか!!)


その女性は立ち止まろうとしたが勢い余って転んでしまい、レヴィードは急いで駆け寄る。


「どうしましたか?」(やっぱり、オバサン!!)


なんとやって来たのはレヴィードがスーライの村に来た本命の目標であるレーベルであった。


「あ、あ、カヒュ、あの…」


しかしレーベルは興奮状態で過呼吸を起こしており、とても再会を喜ぶ余裕はない。


「ひとまず落ち着いて下さい」


レヴィードはレーベルの背中を擦って平静を促す。


「はぁ、はぁ…。あの、冒険者の、人かい?た、助け、て!」


「何がありましたか?」


「ビ、ビッグポッグが…!村の倉庫に」


「ビッグポッグが!?」


ビッグポッグとは平均的な体長が2m前後の猪の姿をしたモンスターで、農作物を食い荒らす害獣である。


「村には確か自警団がいましたよね?」


「自警団のみんなは…別の、ところに。今、呼びに…行こ、ヒュー行こうと…」


(全員が出払ったところに来たのか…。サイズにもよるけど…、よし)


レヴィードは頭を回転させて対応を捻り出す。


「ビッグポッグは僕とターシャで当たろう。ぺルルはこの人を連れて自警団を呼び戻してきて」


「御意!」


「りょ、了解しました!!」


レヴィードの指示の元、ぺルルはレーベルを背負って自警団を呼び戻しに走り、ターシャとレヴィードは村の倉庫がある中心部へと向かった。






レヴィードとターシャが村の中心部に辿り着くと一人の村人の男性が走り寄ってきた。


「何だ君達は!?女子供は今は危ない!近寄らない方がいいぞ!」


「ビッグポッグはあっちですね!」


「ちょ、ちょっと!」


レヴィードは村人の忠告を無視してさらに先へ進むと、そこには5m前後のビッグポッグがいた。ビッグポッグは倉庫の扉に突撃を繰り返して破壊しようとしており、扉はもはや崩壊寸前の状態であった。


「思ったより大きいな…。だけどやるだけやろう。飛氷槍(アイスランス)!!」


レヴィードの先制で氷の槍をビッグポッグの背中に当てる。


「プギョオ!!」


背中への違和感でビッグポッグは突撃を止め、レヴィード達の方向へ振り返る。


「ターシャ。ビッグポッグの胴体の毛皮は分厚いから顔面か脚を狙うんだ」


「はい!」


「来るよ」


「プギャアアアオオゥ!!」


さっきのはテメェらか、と言わんばかりにビッグポッグが雄叫びを挙げて突進してくる。


柔水壁(ゼリーウォール)


「プォっ!?」


半透明な壁がビッグポッグの行く手を阻むように出現し、ビッグポッグがそこに突っ込む。


「ブォォォッ…グポッ!」


ビッグポッグは突進を続けるが柔水壁(ゼリーウォール)はグニィと伸びるばかりで破れる気配はなく、ビッグポッグが少し力を緩めた瞬間、バインと跳ね返してビッグポッグを転倒させた。


「今だ!」


「はい!」


レヴィードの合図でターシャが矢を放ち、それらはビッグポッグの鼻先や横顔などに命中する。


「プギャ!ブギョ!!」


「これでトドメだ、招雷剣(シュトロームソード)!」


レヴィードが掲げたナイフに雷が集まり、それを投げて、ビッグポッグの口周りに突き刺す。


落雷(ブレイク)!!」


レヴィードが指を鳴らすと魔法陣がビッグポッグの上空に出現し、そこから雷がナイフに向けて落ち轟き、閃光が辺りを包んだ。


「ふぅ。新しく作ったけど小さい敵には厳しいかもね」


閃光が収束すると、ビッグポッグの頭部は真っ黒に焦げ、息絶えていた。


「おお。すげぇ…」


「あんな小さい子どもが…」


先程までビッグポッグを恐れて物陰に隠れていた村人が徐々に出てくる。

しばらくしてぺルルが自警団を連れて来たが、事切れたビッグポッグを見て絶句したのは言うまでもない。


「こんなビッグポッグなかなかいないぞ…」


「これを子どもが仕留めたってのか…」


「よし切り分けろ!」


ビッグポッグの周りに人だかりが出来る中、レヴィード達は離れて話していた。


「ねぇぺルル」


「…はい」


「僕達のことはなんて名乗った?」


「いえ、名乗る暇も無かったので…」


「そうか。それは丁度良かった」


そんな話をしているとレーベルが近寄ってきた。


「坊や、それにお嬢ちゃん方ありがとねー!あの倉庫にはバルデント卿が特別に支給してくださった食糧があってねぇ。危うくビッグポッグに全部食われて村が飢え死にするところだったよ!」


(オバサン相変わらず元気そうだな)「そうですか。人助けになったようでこちらも嬉しい限りです」


「あら、小さいのにお利口ねぇ。ところでアンタらはどこから来たんだい?」


「僕はルンタリア商会の息子のレヴィと申します」


「えっ、坊っちゃま」


「んっ、んっ!」


レヴィードは何故か出鱈目な商会と名前を名乗り、ターシャが違うと言おうとしたら咳払いで制止させた。


「ルンタリア商会?聞かないねぇ」


「今月立ち上げたばかりなので知名度はまだまださっぱりなのですよ」


「そうなのね。そうだ!良かったら昼飯はどうだい?さっきアンタ達がやっつけたビッグポッグの肉を分けて貰ったから鍋をご馳走してやるよ」


「そうですね…ではお言葉に甘えて頂きましょう」






レーベルの家は中心から少し離れた場所の田んぼの近くにある素朴なもので、レヴィード達は簡素な作りの椅子に座らされた。


「少し待ってなさい」


「ターシャ、ぺルル。手伝ってあげ」


「いや、いーのいーの!そんなやることもないから座ってなよ」


レヴィードの申し出をレーベルは笑って遮る。その内、台所からカンカンザクザクと野菜や肉を切る音とジャボドボとそれらを水に入れる音がしてからレーベルが戻ってきた。


「あとは煮込めば勝手に出来るだけだからね。その間、お茶でもどうぞ」


「いただきます」


レーベルに勧められるままにレヴィード達はお茶を一啜りする。


(さて、建前を達成しよう)「それにしても広い家ですね。一人暮らしには広いのでは?」


「ああ。ウチには娘と息子がいてねぇ。娘はフィーナって言って年頃はターシャちゃんくらいかな。急に勇者パーティーなんかに誘われて旅に出ちまったんだよ」


「へぇ。勇者パーティーに。有名人じゃありませんか」


「そうさね。親としては喜ぶべきだろうけど、やっぱりこうも音沙汰がないと寂しいね」


(あれ?)「手紙とかは来ないんですか?」


「あの子も必ず送るからねと言ってたけど1度も。それだけ勇者パーティーが忙しいのかねぇ」


レヴィードは不思議に思った。それは以前にフィーナが宿屋で手紙を書いているのを見た事があるからだ。




〈あれ?まだ寝てなかったのかい〉


〈うん。お母さんに手紙書いてるの。向こうの日照り、大丈夫かな〉


〈オバサンなら心配ないさ。あの元気の塊みたいな人が日照りなんかに負けるもんか〉


〈そう…だよね。ありがとう、トロワ〉


〈どういたしまして。明日も早朝出発だからフィーナも早めに寝るといいよ〉




こんなやり取りをしたのは日照りが起きて数日後の頃である。


(おかしいな。あれから月一くらいのペースで手紙を書いてたけど1通も届いていないのか…)「気休めかも知れませんが昔から便りのないのは良い便りとも言いますし。きっと無事ですよ」


「そうさね…。ありがとね坊や」


「いいえ。ところで息子さんの方は」


「あぁ…それが…」


明るいレーベルの顔が若干曇る。


「…トロワ・ゲイリー。新聞とかで見たんじゃないかい?」


急に重苦しい空気に包まれるも、レーベルは言葉を続ける。


「あの子はアタシの産んだ子って訳じゃないけど、もう息子同然さ。腕っ節も強くて誰にも優しくてこの村のみんなが慕ってる、村の誇りだよ」


「…しかし新聞では」


「あんなのは出鱈目だよ!!」バンッ!


ぺルルが新聞のことを言おうとしたらレーベルは机を壊さんばかりの勢いで叩いて否定する。


「あっ、ごめんよ…。つい…」


「…いえ。私も無神経でした。申し訳ありません」


「いや、きっと世界中が人間の敵とかそんな風に思ってるんだろうさ。でもアタシは、この村の人間全員はあんなことする子とは思えないんだよ…。でもそれも声を大にして言えないんだ…」


レーベルの言葉には悔しさが溢れていた。世間ではトロワ・ゲイリーは魔族に寝返って勇者に成敗された悪という風潮しかない。村人全員がトロワ・ゲイリーの素晴らしさを知っているのに、それを言えば悪を賛辞すると非難されるかもしれない、もしかしたら魔族に寝返った悪の仲間として村自体が粛清の対象にされるかもしれない。だからレーベルも村人もぐっと口を(つぐ)むしかない。


(僕の死はこんな影響も与えていたのか…)


レヴィードはここで自分はトロワ・ゲイリーだと明かせたらどれだけ楽かと思えた。しかし今はトロワ・ゲイリーではなくレヴィード・ルートシアであり、トロワ・ゲイリーとして何を言っても無用な混乱を招いてさらに傷つけるだけかもしれない。

かと言ってルートシア家の人間としてもフォローする訳にもいかない。統治貴族の一員がそんなことを言ったと(おおやけ)に広まれば、魔族に寝返った悪を支持したとして世間から叩かれて立場が危うくなる。


「…自分が思っていることを口に出来ないこと。さぞ、お辛いでしょう」


故に現状のレヴィードには安っぽい慰めの言葉を掛けるくらいしか出来なかった。


「ううん。誰かに話せただけでも楽だよ。悪いねぇ、しんみりしちまって。…あ、そうだ。そろそろ煮えた頃だね。もう少しで出来るからお待ちよ」


レーベルが無理に明るく振る舞いながら台所に戻る姿をレヴィードは申し訳ない気持ちで眺めていた。






昼食を馳走になったレヴィード達は長居は無用とそそくさとスーライの村を出た。


「坊っちゃま。どうしてわたし達が商会の人間なんて」


「ターシャ。もし僕達がルートシア家の人間と言っても、あのオバサンはあそこまで本音を言ってくれると思うかい?」


「あっ…」


「それに日照りやトロワ・ゲイリーの事で村が疲れているみたいだ。そこに統治貴族が来たとなればさらに余計な心労を掛けてしまうだろう」


「短慮で…も、申し訳ありません…」


「いいや。僕自身もあんな言葉しか掛けられないのが悔しいよ。身分を明かせたらどんなに楽だろう、とね」


「…しかし、これで坊っちゃまのお話が真実味を帯びてきましたね。旦那様から評価され、他の村人からああも慕われている程の人間が何の脈絡もなく魔族に堕ちるとは確かに腑に落ちません。理由を知りたくなってきました」


「そうだね。そのためには父上の用事を果たして勇者パーティーに訊ねてみないと」


レヴィード達はロマニエに向け、再び前進するのであった。





やや暗めな話にしてみました。次回は明るくを目指します。

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