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第80話 人形遊びの修行




時はレヴィードの指名手配解除の話が持ち上がった頃に一旦戻る。

指名手配解除の嘆願書は伝書鴉によって即座にロマニエにあるギルドの本部に届けられるが、それでも手続などで10日前後は日数がかかるため、レヴィード達はその間ネビュヘートの城に滞在する事となった。


「レヴィード」


レヴィードが部屋でくつろいでいるとクシカが尋ねてきた。


「クシカさん。どうしました?」


「女王陛下が用があると言うから呼びに来たのだが…他の者は?」


「さすがにタダ泊まりもアレですからね。お城のお手伝いをしています。例えばぺルルとターシャとフィーナとエルピィはイオラさんに連れられて給仕のお手伝いですし、ティップとソシアスは崩落した玉座の間の工事に行ったりしてます」


「そうか。実は女王陛下がお主の他にアインスとフィーナを連れて来るようにと仰せられてな」


「アインスとフィーナも?分かりました」


レヴィードはパシェリーの呼び出しを不思議に思いつつも二人を探し始めた。

レヴィードは城を廻って図書室にいたアインスと城内で手伝いをしているフィーナを引き連れ、クシカの案内でパシェリーが待つ部屋に向かった。


「この部屋でお待ちだ。女王陛下、レヴィード達を連れてきました」


クシカに続いてレヴィード達も部屋に入ると、そこは書斎であった。壁一面の棚に本が収められ、背表紙を見ると考古学や政治に関する難しそうな題名が並んでいる。


「お待ちしておりました。クシカは下がって良いですよ」


「はっ!」


パシェリーに促されるまま、クシカは退室してレヴィード達だけが残った。


「それで女王陛下」


「お待ち下さい。ここは(おおやけ)の場ではありませんのでパシェリーとお呼び下さい」


「えっ、ですがさすがに王族とタメ口でお話しする訳には…」


「一向に構いませんよ」


「そう、ですか…?それではパシェリー様はどういう御用で僕達を呼んだのでしょうか?」


「今回の件で恩返しとして何が良いかと考えたのですが…」


「あの…報酬はもうギルドのサメラさんから受け取ってますし、僕の指名手配やエルピィの件でもうお世話になってますし…」


「はい。ですから受け取りたくなるようなものを用意しました。ネビュヘート家の秘伝なのですが…如何でしょうか?」


「秘伝?」


こういう場合、王が礼として渡すものは金銀財宝や特別な地位などと相場が決まっており、レヴィードはそういうものならば丁重に断るつもりだったが王族の秘伝という響きに俄然興味が沸いた。


「レヴィード殿とアインス殿、それにフィーナ殿の魔法を拝見して、ネビュヘート家の秘伝がお役に立つと思ったのです」


「その秘伝とは一体…」


「訓練が必要な技術的なことですが、修得出来れば大魔法を普通の魔法のような感覚で撃てるようになります」


「はぁ…」


レヴィードの海龍水禍(リヴァイアサン)のような大魔法は威力が絶大な分、消費する魔力量も半端ではなくレヴィードやアインスもそれを一発撃つと疲労で動けなくなる程である。それを普通の魔法のように扱える技術となれば秘伝と呼ぶに相応しい力であろう。


「修得出来るかはレヴィード殿達次第ですが、如何でしょうか?」


「分かりました。ネビュヘート家の秘伝、ご教授願います」


レヴィードは頭を下げてパシェリーの礼を受け取る事にした。


「それでは早速、訓練場の方へ参りましょう」


そう言ってパシェリーは書斎の奥にある扉の鍵を開けた。


「どうぞついてきて下さい」


レヴィード達がパシェリーについていくと小さな部屋に階段があり、下へと繋がっていた。


「地下なのですか?」


「はい。集中力を要する訓練なので静かな場所が適しています」


パシェリーはランプに火を灯して階段に入り、レヴィード達もそれに続いた。






レヴィード達が階段のままに下っていくと、2階層分くらい下った辺りで突き当たりに扉が現れ、そこに入ると石材で囲まれた小部屋があった。松明で照らされた室内の中央には簡素なテーブルがあり、その上には何か置かれていた。


「人形と…」


「指揮棒?」


それは肩や肘や膝、さらには五指などの関節がしっかり付いた木製の人形で頭から針金がピョコンと飛び出していた。そんな人形が4体うつ伏せで並び、それぞれの横には指揮棒が1本置かれていた。


「この人形と指揮棒が秘伝…なのか?」


「一体どういう訓練なんですか?」


「それではまずお手本を見せます。ですが…」


「ですが?」


「実はこの眼帯は虹の瞳の力を私自身の大部分の魔力ごと封じているので、簡単な魔法ならまだしもこの訓練を実演するには外す必要があるんです」


「あ、それなら気にしないで下さい。僕達に見られて困る(やま)しい過去はたぶんないので」


「ありがとうございます。それではいきます」


パシェリーは眼帯を外して指揮棒を持つと、指揮棒の先端を人形の飛び出した針金にチョンと付けて離した。


カタッ


「おおっ」


すると人形はスクッと立ち上がって踊り出した。軽快なステップを踏み、綺麗にクルリとターンを決め、プロの踊り子が中に入って踊っているようであった。


「今、私は指揮棒を通してこの人形に魔力を送って踊らせています。…ではこれをやっていただきます」


パシェリーが指揮棒の構えを解いて眼帯を着け直すと人形はカタンと力なく倒れた。


「あの…これってどういう訓練なのでしょうか?」


パシェリーのお手本を見せられても、レヴィード達は首を傾げるばかりである。アインスに至ってはこんな人形遊びで本当に強くなれるのかと疑念に満ちた目をしている。


「こんな人形遊びで強くなれるのか?と思ってますね。では試しにアインス殿からやってみて下さい」


虹の瞳のせいか、心を見透かされたアインスは気まずさを覚えながらも指揮棒を持ち、人形の針金を小突いて魔力を送る。


「…うっ」


アインスは苦しそうにするが人形はピクリとも動かない。


「ぬおおぉおっ!…ダメだ!」


パシェリーは涼しい顔で人形を踊らせていたが、それに対してアインスは全力疾走したように息を切らして汗を吹き出させているにも関わらず人形の頭がほんの数ミリだけ上がった程度である。そんな歴然とした差を見せつけられてレヴィードもフィーナも何が起きたのか全く分からなかった。


「どうですか?結構ハードですよね?」


「パシェリー様…。どうしてアインスは人形を動かせなかったんですか?」


「分かりやすく言うとアインス殿は力み過ぎているんです」


「力み過ぎている?」


「はい。それで魔力が空回りして効率良く伝達出来なかったから人形を動かせなかったんです」


「…じゃあ、これは効率良く魔力を運用する訓練、ということですか?」


「さすがレヴィード殿。察しがお早いですね」


「ぜぇ…ぜぇ…。なるほど…、そういう訓練か…」


「えっと…どういう事?」


レヴィードとアインスはピンときたようだがフィーナはよく分からないといった様子で戸惑っている。するとパシェリーは補足的な説明を始めた。


「例えばですが、魔力の量を数字で表して最大の量が100としましょう」


「はぁ」


「それでフィーナ殿は魔力を10消費することで魔法を使えるとします」


「ふんふん」


「ネビュヘート家の秘伝はこの消費する魔力の量を減らしつつも魔法の質を維持、さらには向上させるというものなんです」


「え…、じゃあこの訓練で使う魔力が10から1になったら…10回しか使えなかった魔法が100回も使えるようになる、ということですか?」


「その通りです。この訓練方法は曾祖父様(ひいおじいさま)が開発されたもので人形遊舞(ドールショー)と呼ばれています」


フィーナも理解したようでパシェリーは嬉しそうに微笑む。


「理論が解ればあとは実践あるのみです。魔力を人形に行き渡らせる感じで頑張ってみましょう」


「はいっ!」


レヴィード達は元気よく返事をして指揮棒を手にした。

しかし、人形遊舞(ドールショー)を始めて1時間もしない内に異変が起きた。


「ぜぇ…ハァ…ハァ…っんうっ…!」


「ううっ…」


「なんか世界がゆれて…」


アインスは動悸と吐き気に襲われ、レヴィードは全身の筋肉をつったような感覚に見舞われ、フィーナはグルグル回転した後のような目眩を起こしていた。それだけ苦しんでも人形は踊るどころか手足すら動かせず、レヴィードが人形の首をググッと上げさせたのが最大という有り様である。


「す、すみません。折角ついてもらっているのに…」


「いえ気にしないで下さい。私も初めてやった時はそんなものですから」


「ちなみに…パシェリー様は踊らせるまでにどの…、くらい、掛かり、ましたか?」


「…確か3~4年、ですかね」


「年っ!?」


「あ、でも踊るまではいかずとも四つん這いだけでも凄いとお父様は仰っていたので、短い期間ですし、とりあいず起き上がるだけでも充分かと…」


パシェリーは慌てた様子でレヴィード達を励ましたが、出来ない不甲斐なさにレヴィード達はより一層沈んでしまった。






レヴィード達はそれからもう少し頑張ってみたものの人形はピクリとも動かなくなり、疲労困憊(ひろうこんぱい)で訓練の初日を終えた後、部屋までフラフラと歩いてベッドに倒れると夕食時まで死んだように爆睡した。

それから時間が経って夜になる。


(なかなか寝付けないや)


日中爆睡したためにレヴィードは眠れず、月の光で仄かに暗い青色に染まる廊下を暇潰しに散歩していたら、闘技場を眺められるバルコニーにパシェリーが佇んでいた。


「あ、レヴィード殿」


「こんばんは」


レヴィードは自然とパシェリーの隣に並び、夜空を眺める。


「その…ごめんなさい」


不意にパシェリーが口を開いたと思えばレヴィードに謝っていた。


「ん?どうしてパシェリー様が?」


「訓練の時、励ますつもりが余計に自信をなくさせてしまったと思いまして…」


「いいえ。そりゃあ確かに出来なくてへこみましたけど、よく考えれば王家の秘伝ですからね。むしろ苦労した方が会得した時にありがたみがありますよ」


申し訳なさそうに俯くパシェリーにレヴィードはあっけらかんと秘伝会得の意気込みを語る。


「ふふっ…。やっぱり見た目と中身は違うのですね」


「虹の瞳で分かりますか」


「…はい、失礼ながら。でも私自身も初めて見る見え方でした。一人の人生が途切れると次の人生が始まるなんて」


「きっとそうでしょうね。僕自身も戸惑いましたから」


レヴィードは転生復活したことを当初は他人の命に成り代わっても良いのかと迷った時もあったが、今では笑い草にできてしまうくらいに吹っ切れており、パシェリーに転生復活してからここまでの旅路の事を楽しげに話してあげた。


「そう言えば、秘伝の伝授で呼び出したのがどうして僕とアインスとフィーナだけだったんですか?ソシアスやエルピィも使えそうなのに」


「それが私も良く分からないのですが、あの訓練は人間にしか使えないようなのです」


「人間しか?」


「あの人形は曾祖父様(ひいおじいさま)が作ったものですが、特殊な細工で人間が放つ魔力にしか反応しない造りみたいなんです」


「へぇ。不思議ですね」


「パシェリーちゃん。お茶お待たせ」


レヴィードとパシェリーが話している途中で後ろからイオラがやって来た。パシェリーとイオラは幼馴染みという間柄だからか、イオラは親しげにパシェリーをちゃん付けで呼ぶ。


「イオラ…さすがに人前でちゃん付けはちょっと…」


「あ、そうですよね」


「いえいえ。パシェリー様とてこんな感じの時間(プライベート)くらい、女王という仮面を脱いで寛いでいるのでしょう。僕がいるからといってお構い無く」


「…」


人前だとやはり恥ずかしいのか、パシェリーも女王というよりも普通の女の子のような態度を見せる。


「それで、レヴィード様はどうしてこちらに?」


「眠れなくてフラフラ~っと歩いたら偶然」


「そうですか。ではレヴィード様もお茶如何ですか?」


「イオラが淹れたハーブティーは飲むと落ち着いて眠りやすくなります。レヴィード殿もよろしければ」


「そうですか?じゃあお言葉に甘えて」


レヴィードもイオラからティーカップを受け取り、お茶を一啜りする。僅かに湯気が立ち込める程度の程好い温かさの爽やかな味が喉を通って少し冷えた体を温め、ハーブの香りが鼻を通って脳に安らぎをもたらす。


(ん?そう言えばアインスは魔力を送る時に力んでたって言ったよね…。ならリラックスしてたら上手くいくのかな)


「レヴィード殿。如何なさいましたか?」


「いえ。なんだか良く眠れそうな気がしてきました」


「そうですか」


「はい。明日も訓練頑張りますので、よろしくお願いします。それではおやすみなさい」


レヴィードはパシェリーとイオラに一礼して部屋に戻った。






翌日。パシェリーはクシカと共に廊下を歩いていると闘技場で動き回るレヴィードらしき小さな人影を見かけた。レヴィードらしき人影は大人5人程に囲まれていた。


「クシカ。あれってレヴィード殿ですよね?」


「はい。それが鬼ごっこをやるから兵を何人か貸してくれと頼まれまして」


「鬼ごっこ?」


「なにやら女王陛下の訓練の為と言いまして、捕まえたら金貨5枚をあげるという約束(ルール)でやっているようです」


「…?」


パシェリーは秘伝の訓練と鬼ごっこに何の関係があるんだろうと不思議そうにしばらく眺めた後に仕事に戻った。

一方のレヴィードはパシェリーが見ていたとは露知らず、鬼ごっこに邁進していた。


「はっー!!」


「うおおぉお!」


付き合う騎士達もたかが鬼ごっこだが、金貨が懸かっているとだけあってレヴィードの体のどこかに触れようと必死に追いかける。


「ほっ!」


しかし、レヴィードは大きな動作をせず、紙一重のギリギリの動きで騎士達の手を避け続ける。その様は花畑を気ままに飛ぶ蝶のようにふんわりと激しくない動きである。


「ひぃ、ひぃ…。もう、ダメだ…」


いくら炎天下の気候に慣れ、小休止を挟んでいるとはいえ、およそ2時間近くレヴィードを全力で追い回す騎士達はもうヘトヘトである。一方のレヴィードは少し汗ばんで、少ししか呼吸も乱れず、まだまだ余力を残していた。


(うんうん。この感覚か)「ありがとうございました」


レヴィードは何か手応えを感じ、協力してくれた騎士達に礼を言って闘技場を去った。

それからしばらく時が経って秘伝の訓練の時間になり、レヴィード、アインス、フィーナは再びパシェリーが待つ地下室に訪れる。


(鬼ごっこに何の意味が…)


通りすがりに見た光景のせいでパシェリーの注意は自然とレヴィードに注がれる。レヴィードは指揮棒を持ってすぅっと一呼吸すると魔力を人形に送る。


ググッ…


人形の顔が上がり、なんと昨日動かなかった腕が動いた。俯せで伸びていた腕が起き上がらんと曲がり、人形が両腕を伸ばしてぐーんと上体を反りあげた。


パタンッ


しかし人形は力尽きたように腕が前に滑ってY字に伸びてしまった。


(嘘…起き上がらせた…?この段階に至るのに私は半月くらい掛かったのに…)


まだレヴィードが動かしたのは上半身だけだが、パシェリーもかつて父と同じ訓練をしたからレヴィードの成長がどれ程早いかが良く解る。


「レヴィード凄いじゃない!」


「一体どうやったんだ!?」


レヴィードの両隣にいるフィーナもアインスも食い気味にコツについて詰め寄る。


「昨日パシェリー様が言ってた力み過ぎっていう言葉から、逆にリラックスした状態で魔力を送ってみたんだ」


「リラックス…?そんな力が抜けた状態で人形が動くのか?」


「うーん。なんて言えば良いかな。僕も鬼ごっこをやってやっと感覚を掴んだというか…」


「鬼ごっこ?」


「無理な動きをせずに自然体で避けると、疲れずに長時間動けたんだ。だから魔力も同じように自然に流す感じでなんかこう…僕達自身が人形に魔力という血液を全身に送ってあげる心臓になるというか…」


レヴィードは自分の肌身で起きた感覚を懸命にアインスとフィーナに説明しようとするが、二人はちんぷんかんぷんで困るばかりであった。





設定を変更して誰でも感想を書けるようにしました。

感想だけでなく、作中で疑問に思ったこと等でもドシドシ描いて下さればと思います。

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