第79話 レヴィード達の処遇
一大決戦から一夜明けて、城の客室に泊めさせてもらったレヴィード達はパシェリーに呼び出され、イオラの案内で会議室に向かっていた。
「それにしてもイオラさん。背中はもう大丈夫なんですか?」
「はい。フィーナさんのおかげで傷も残らずに済みました。それとエルピィさんも私を運んでくれてありがとうございました」
「い、いえ。それほどでも…」
にっこり笑うイオラにエルピィもはにかむ。
そんな風に賑やかに進んでいるとパシェリーが待つ会議室に着いた。
「レヴィード御一行様をお連れしました」
イオラがドアをノックして入り、レヴィード達もそれに続くと上座にパシェリーが、その隣に冒険者ギルドの支部長でイオラの姉のサメラがいた。
「畏まらずお座り下さい」
襟を正すレヴィード達にパシェリーは優しく着席を促す。
「改めまして、私の身ばかりでなくこの王都ネビュヘート、ひいてはサラーサ大陸の平穏を救って下さり、誠にありがとうございました。恒久の恩義としてレヴィード殿一行の偉業、心に刻みます」
パシェリーは謙虚に深々とレヴィード達に頭を下げる。
「つきましては何か褒賞をと思いますが、何か望みはございますか?」
パシェリーの厚意にレヴィードは考える。謙虚に要らないという答えは一見美徳だが王族の面子を潰しかねず、かと言って金貨や高級な武具も求める程欲しくもない。拒否でも金品でもないと答えは自ずと絞られる。
(王族にしか頼めないような無茶ぶりを要求しよう)「…それでは僕の願いを叶えて欲しいのですが…」
「何でしょうか?」
「女王陛下もギルド支部長もご存知と思いますが、僕は現在、勇者暗殺未遂の容疑で指名手配されています。その指名手配を解いて自由に旅をさせて欲しいのです」
指名手配の解除とレヴィードは大きく出た。本来ならば指名手配は余程の理由がなければ解除されないが、レヴィードは王族の権威で揉み消せるのではないかと考えたのである。
(恩着せがましいけど、こうでもしなきゃ、みんなとの安全な旅は出来ないからね)
レヴィードの申し出を受けてパシェリーは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。
「それではレヴィード殿、私の傍まで来てくれませんか?」
「はい」
レヴィードはパシェリーの言葉に従ってシロザクラを座席に置き、姿勢正しく歩いてパシェリーの近くで跪く。
「それではこれから、貴方の言い分が正しいかを判断するために虹の瞳で見ます。よろしいですか?」
「はい。それで無実だと証明出来るのであれば、どうぞ」
パシェリーは眼帯を外し、レヴィードは虹の瞳から視線を逸らさず見据える。パシェリーが虹の瞳でレヴィードを見ている間、言葉を発してはいけないような雰囲気が沈黙を作り出していた。
「…」
「…なるほど。サメラさん」
「あいよ」
パシェリーはサメラから書類とペンを受け取るとサラサラと何かを書き始めた。その様子を跪いたままレヴィードが見届けるとサメラが近寄ってくる。
「レヴィード君。これは何か分かるかい?」
サメラがパシェリーに渡したものとは別の書類をレヴィードに見せる。
「た、逮捕状…?」
「そ。レヴィード君達が砂漠に行ってる間に本部からの直便の伝書鴉が届けてね」
その逮捕状はロマニエにある冒険者ギルド本部から配布されたもので、発布者として本部代表のヴェルティウスと副代表のアイネの名前が記されていた。
(二人が僕を捕まえる気はないにしてもこうせざる得ないか)
セプトで共闘したヴェルティウスとアイネだが、勇者の鶴の一声には冒険者ギルドの代表という立場的に逆らえなかったのだろうとレヴィードは察した。
「けどこれはもう無効だね」
しかしサメラはそのギルドからの逮捕状を縦にビリッと破り捨ててしまった。
「え…」
「アタシとしても王都を救ってくれた英雄君を逮捕するのは忍びないからね。手を打たせてもらったよ」
サメラはニヒッと笑って先程パシェリーが書いた書類をレヴィードに見せた。
「なっ、これは…」
レヴィードは目を見開いて書類の全文に目を通そうとすると、サメラはその書類を一旦レヴィードの目から取り上げて声に出して読んだ。
「この嘆願書は冒険者レヴィードの勇者暗殺未遂の容疑の取り消しを要求するものである。冒険者レヴィードを聴取した結果、本人に殺意はなく、冒険者レヴィードの人柄・功績の観点からも勇者暗殺という凶行を実行する可能性はゼロであるため、勇者暗殺未遂は勇者パーティー側の曲解であり、冒険者レヴィードの指名手配は不当であると結論付ける。よって以下の署名を以て冒険者レヴィードの指名手配の取り消しを要求する。サラーサ大陸王家ネビュヘート女王、パシェリー・ネビュヘート。サラーサ大陸冒険者ギルド支部長サメラ・ピーサル」
それはなんとサラーサ大陸の女王とギルド支部長がレヴィードは潔白だから指名手配を取り消せ、という意味の嘆願書である。署名の効力としては一大陸のギルドの支部長だけでも相当強いが女王のものとなると次元が違ってくる。
もし住民数千人の署名などならば勇者の威光で簡単に無効となるだろうが、王族のトップである王本人の署名となれば無下に出来ない。むしろ勇者であるリューゼの身分が王子だからこそ王族の署名は更に効いてくる。もしこの嘆願書を蹴ることになればロマニエ家の王子がネビュヘート家の女王に喧嘩を売ったということになり、国際問題に発展しかねないからである。
「ま、受領手続とかでもうしばらくネビュヘートに滞在して貰う事になるけど、良いかい?」
「はい!ありがとうございます!」
レヴィードは叫ぶような勢いで感謝した後、自分の席に戻った。
「それともう一件、用があってね。そこの魔族の子。ちょっとおいで」
サメラに呼び出されてエルピィはびくついて助けを求めるような視線でレヴィードを見るが、たぶん大丈夫だからとりあいず行って、という風な視線を送り返されて観念したように席を立ってサメラの元に向かった。
「あの…」
「ふーん。ちょっと角触っても平気?」
「はぁ…」
「ふんふん…。もういいわ」
サメラはエルピィを呼び出した割には大した問答をせずにエルピィを席に返した。
「発見した魔族の処分について考えるのもギルドの仕事だからやるけど」
「お、お待ち下さい!処分って…」
「レヴィード君、慌てないで。これは今朝特急で仕上げた書類だよ。読んでみな」
エルピィが処分されるかもしれないとレヴィードは焦ったが、サメラから受け取った書類を読んだ。
「魔族エルピィは魔族の風評に関わらずに人間のために活動し、最終的に逆賊アグマニーアの粛清まで繋いでくれた事に大きく貢献した。本人には風評通りの凶暴性・残忍性等の害を為す可能性がある特性は見受けられないため放置には問題ない。が、まだ世間一般の理解が得にくい現状では魔族特有の知識・能力を提供する協力者という名目で女王陛下の監視下に置く事が魔族エルピィの身の安全を確保する上で最も望ましいと判断される…?この書面は一体…」
要約すれば、エルピィは頑張ったし危なくない。けど魔族の風評を覆すのは難しいからパシェリーのお手伝いをしながら暮らすのが一番安全だと思う、という文面である。
「ま、女王陛下の頼みで超こじつけで作ったエルピィさんの身元保証の書類かな」
「女王陛下の?」
サメラから明かされる事実にパシェリーに注目が集まる。
「単刀直入に言えばエルピィさんを保護したいと思いまして、誰のぐうの音も出ない書類をサメラに作ってもらいました」
「そんな、私のために…」
「良かったねエルピィ」
「はい…」
自分のことを予想以上に厚遇してくれるパシェリーにエルピィはレヴィード達以外にも理解者がちゃんといるんだなと涙を流した。
日にちが経って10日と少し。パシェリー・ネビュヘートの名の威力は凄まじく、勇者リューゼが発したレヴィードとカエデの指名手配はトントン拍子で解除された。
レヴィードが旅先で知り合った者達もそんな知らせを聞いてほっと安堵しており、その内の二人がその事について話していた。
「ふぅ…。何とかなったが今回の件で寿命が何年か縮んだぞ…」
「ガハハ。息子はお前に似ず大胆よのう」
シュードゥルにいるレヴィードの父のバルデントと中央貴族でラティスの父であるダンテシスである。二人とも貴族の当主であると同時に学生時代からの親友であるため、ダンテシスがこうしてお忍びでやって来る事があるのだ。
「レヴィードを送り出して早3ヶ月くらいか…。最初は橋が壊れて帰って来れず不安だったが…」
「逞しく生きておるのう」
レヴィードが旅立ち、ダンテシスからレヴィードを冒険者として送り出したという連絡を聴いて以降、何の音沙汰もなく不安だったバルデントに飛び込んできたニュースがレヴィードの勇者暗殺未遂の指名手配である。もしレヴィードがルートシア家の人間とバレたらレヴィード自身だけでなくバルデントも責任追求を免れないわけだが、新聞の報道でルートシア家の人間ではなく普通の冒険者レヴィードとして載っていた事とレヴィードが病弱で貴族の公の場に現れる機会が少なかったために貴族社会での知名度がゼロに等しい事が幸いしてレヴィードが統治貴族の嫡男と正体が明るみにならなかったが、その報道を耳に入れた瞬間にバルデントが顔面蒼白になったのは言うまでもない。
「レヴィードは何をどうやらかしてああなったのか…」
「まぁここだけの話、王子殿の横暴な態度には目に余るものがあったからのう、スカッとしたものがあったわい」
「ロマニエを守る代表のお前がそんな事を言って良いのか?」
「ここだけの話といっただろうに」
ダンテシスは大笑いしながらグビグビとワインを飲む。
「それにしてもそれがどう転んでネビュヘート家と繋がったのかのう?」
「サラーサでは大きな事件が起きたそうだが…」
「まさかレヴィードがその解決に関与したか…ガッハッハ!だとしたらお前の息子は想像以上の傑物かも知れんわい!」
「全く…。そんな息子を持つ私の気持ちも…」
バルデントは軽口を叩くつもりがしまったと口を閉ざした。
「…よい。ラティスも武門の娘、いつか命が散るものと覚悟していた。その時が少々早かっただけのことよ」
ダンテシスは真相を知らず、新聞の報道で勇者メンバーの一人だったラティスは死んだものと思っているのだ。バルデントは申し訳なく思いつつも気遣う適当な言葉も見つからず、気まずい沈黙が続く。
「旦那様!失礼します!」
そんな中で執事が部屋に入ってきた。
「どうしたのだ?」
「それが、坊っちゃまの、坊っちゃまから手紙が!」
「何!?」
バルデントが慌てて立ち上がって執事からレヴィードの手紙を受け取ると急いで封を切った。
「レヴィードめ…。今の今まで何を…」
バルデントは手紙に目を通す。
『父上へ
僕があの日、試験として旅立ってから数ヶ月が経ちました。世界を旅する魅力に囚われて、手紙を出し遅れてしまい申し訳ありません。ぺルルとターシャは勿論、旅の途中で出会った頼もしい仲間に囲まれながら多くの人と出会い、多くの景色を見て世界の広さを実感する旅の日々は楽しさに溢れた素晴らしいものです。そんな旅の許可を出してくれて、ありがとうございました。それと、新聞でご存知かと思いますが色々と騒動を起こして心配を掛けてごめんなさい。けど今はサラーサ大陸のパシェリー女王陛下の元で魔法の修行を積みながら元気に過ごしていますのでご安心下さい。まだまだ戻る気はありませんが、シュードゥルに帰ってきた時にはたくさんの土産話がありますので楽しみにお待ち下さい。それでは父上もお体に気を付けて健やかにお過ごし下さいませ。
レヴィードより
』
「全くレヴィードめ…」
久々に見る息子の近況を知り、バルデントの目頭は熱くなっていた。
一方、レヴィードの指名手配解除の知らせを聞いて不愉快に思う者もいる。指名手配を依頼したリューゼ本人である。
「くそっ!何故だ!?」
リューゼは船が修理されてからヤトマに渡り、お目当ての品を管理しているというヤトマ最大の都市・華京 ドーエを目指していた。レヴィードの指名手配解除を知ったのはその途上の町の宿屋で見た新聞である。
「うおおぉぉおおっ!」
しかもレヴィードの指名手配を解除した後ろ楯としてサラーサ大陸の女王であるパシェリーがいることに彼の苛立ちに拍車を掛け、新聞をビリビリと破ってグシャグシャと丸めて投げ飛ばす。リューゼとて馬鹿ではなく、王子や勇者の特権と威光を振りかざしたところで女王に勝ち目がないのは理解しているからである。
「トロワ…。覚悟しろよ…アレを手に入れた俺様とお前が出会った時、その時がお前がもう一度死ぬ時だ…!」
まるでレヴィードへの恐怖を打ち消す呪いのようにブツブツ呟くリューゼの姿は傍目から見れば勇者とは思えぬ陰険で不気味な様子であった。
次回は時を戻し、指名手配解除までの間のお話の1つ、レヴィードの手紙に書いてあった魔法の修行の話になります。




