第5話 父と従者の気持ち
旅は始まったものの、サブキャラ視点での語りになります。
「やっぱり旅って良いね」
旅に出て2日目。普通の貴族のお坊っちゃま、いや、7歳児であれば疲れた、もう歩きたくない、帰りたい等々泣き言を連発しそうなものだが、レヴィードは一切吐かない。それどころか屋敷にいた頃よりも生き生きとしているのだ。
例えば、山の中で日が暮れ始め、夕飯と野宿の準備をしてる今の瞬間だってそうである。
「お、ノンビルだ。火を通すと甘味が出て美味しいんだよね。あっ、あっちにはウマタケも生えてる。それに木にはヒィカの実もある」
野草やキノコなどを採り、
「ウサギだ!貫け、飛氷槍!」
魔法で狩りをし、
「こう切れば皮がズルっと剥けるんだ」
ナイフ1本で動物を解体する。レヴィードは前世での知識を活かして旅を楽しんでいるのだ。
「…坊っちゃま。焚き木を集めて参りました」
「ありがとう。じゃあ並べようか」
レヴィードはぺルルが持って来てくれた枝を組み、隙間に葉を詰めていく。
「よし。…小雷音」
レヴィードが唱えるとパチッと小さな電光が走り、その火花が葉に燃え移って焚き火になっていく。
「昨日の紫雷閃だったら威力が強すぎて炭になってたからね」
レヴィードは昨日のことを笑いながらパチパチと燃えてきた焚き火に解体したウサギを串刺しにしたものを並べ、平たい石にノンビルやウマタケを乗せて炙っていく。
「坊っちゃまー!アドバイス通りにしたら狩れました!」
食材が焼け始めた頃、ターシャは矢で仕留めた3羽の鳥を吊るして戻ってきた。
「ターシャ、お疲れ様」
「自分でも信じられませんよ。あんなに正確に狙えたのは現役時代でもなかなかありませんもの」
ターシャが冒険者として大成しなかったのはメンタル面が弱いことにあった。大事な場面で緊張して矢を外してしまうのだ。最初、ターシャは夕食の食材が獲れなかったらどうしようとプレッシャーを感じて鳥を射抜けなかった。しかし、そこにレヴィードが来て
「大丈夫。ウサギは狩れて最低限は確保したから、少し豪華にするために頑張って」
と、絶対に獲らなきゃいけないプレッシャーを緩和し、
「あの鳥は早いけど飛び立つ時に地面を蹴って前方45度くらいの角度で飛び上がるからそこを狙うと良いよ」
と習性について教えたのだ。ターシャ自体は腕前は悪くないため、気持ちとコツをクリアすればこのくらいは出来るのだ。
「それにしても、動物や植物に詳しいですよね。いつ習ったのですか?」
「…図鑑を少々ね」
こうして野宿にしてはリッチな食事を済ませたレヴィード達の夜は更けていき、色々と語らうが予定の確認に移る。
「…それでは明日はスーライの村に行くのですか?」
「うん。ちょうど通り道にある村だから立ち寄っても構わないよね?」
「…ええ。問題ありません」
「トロワ・ゲイリーの生まれ故郷だから昔の彼を知ってる人がいるハズ。良い手掛かりがあると思うんだ」(というのは名目でオバサンが無事なのか確認するためだけどね。フィーナが酷く心配してたけど…大丈夫かな)
オバサンとはフィーナの母親、レーベルのことである。トロワの頃、両親が流行り病で死んでからは世話になった第2の母と言っても過言ではない人物である。
「坊っちゃまはトロワ・ゲイリーに拘りますね。何か気になることでもあるのですか?」
「何と言いうか…魔族に寝返ったトロワが悪いって新聞に書かれているけど、あまりにも脈絡がなくて嘘っぽい気がしてね」
「…トロワ・ゲイリーの死はでっち上げられていると?」
「…っまあ、僕もそこまでは言わないけど…とにかくまずはトロワ・ゲイリーという人物を知りたいという訳さ」
レヴィードは思わずその通り!と叫びそうになったがグッと呑み込んだ。
「さてと、明日も早めに出るからそろそろ寝ようかな」
「…火の番は私とターシャが交替で行いますので坊っちゃまはゆっくりお休み下さい」
「ありがとう。あ、そうそう。火の中にこれも入れておいて」
レヴィードは先程の収穫物の中にあるヒィカの実をぺルルに渡した。
「…これは?」
「ヒィカの実の油脂は舐めても不味いけど、燃やすと爽やかな香りがするんだ。その香りは虫が嫌うから良い虫除けになるんだよ」
「…なるほど」
「それじゃあ、お休み」
「…お休みなさいませ」
夜が深まりレヴィードもぐっすり眠った頃、ぺルルとターシャは火を眺めながら過ごしていた。
「それにしても本当に坊っちゃまは変わりましたよね」
「…ああ」
「前はイタズラっ子で正直苦手でしたけど、今はずっと年下なのに頼りになるというか」
「…馬鹿者。護衛の立場の私達が坊っちゃまの力に依存してどうする」
「で、ですよね…」
「…だが、旦那様の目論見は杞憂に終わりそうだな」
「そうですね」
ぺルルとターシャがこうして護衛に就いた経緯は、少し遡ってレヴィードが旅立つ前日にバルデントに呼び出されたことから始まった。
〈お前達に頼みがあってな〉
〈はっ、はい!〉
〈旦那様の仰せならば何なりと〉
〈実はレヴィードに旅をさせようと思ってな。その時の護衛を頼みたい〉
〈…旦那様、坊っちゃまの願いを聞き届けるのですね〉
〈いや、むしろ諦めさせるためにだ〉
〈え?〉
〈旅に憧れを抱いているようだが、実際は過酷だ…というのは元冒険者のお前達ならば痛いほど知っているだろう〉
〈…はい〉
〈そこで試験としてロマニエまで行かせて、旅がどれ程厳しいものかを身を以て叩き込ませようと思ってな。…子供の夢を奪う最低の父親と思うかも知れんが、願わくば挫折して旅への憧れを捨て、恙無く私の跡を継いでシュードゥルを治めて欲しいのだ…〉
〈…〉
〈だからお前達はレヴィードが帰りたいと言えば止めずに帰ってきてくれ〉
〈…了解しました〉
バルデントにとってレヴィードは死の淵から奇跡的に甦った大事な息子。故に夢を摘んででも命の危険から遠ざけたい親心の前に、ぺルルもターシャもこの目論見に対して何も言えなかった。
しかし、レヴィードはそんな親心を明るく裏切る程に逞しかったのだ。
「もし坊っちゃまが御使いを完遂したら旦那様はどうするんでしょうか?」
「…心配性な旦那様だ。何かしら理由を付けて旅はお認めにならないかも知れないな」
「それじゃあ、これが坊っちゃまにとっての最初で最後の冒険かも知れないんですね」
「…ああ。だからこそ私達が全力で支えなければな」
「もちろんです」
「…さて。ターシャ。お前は先に仮眠を取れ。数時間後に起こす」
「はい。それではお言葉に甘えて」
ぺルルとターシャはレヴィードの護衛という任務の意義の大きさを改めて噛み締めるのであった。