第76話 帰還して危機
レヴィード達は水路の水位がある程度確保されたことを確認すると、水門から離れてホルティアの外に向かう。
レヴィード達が来たのは村から少し外れた場所で、そこには太い枯れ木十数本程が林のように立っていた。
「…レヴィード様、これは…」
「僕も図鑑でしか見たことないけどバーナエバっていうサラーサ大陸独自の木だよ。年に一度、糖分が多く溶け出した水分を含む木の実が生ることから砂漠のデザートと呼ばれてるらしいね」
「でも…枯れ木ですよね?枝の先を見ても実らしいものは…」
「いやいや。これで筏を作って河を下るんだよ」
「なるほどそうか!」
「ソシアス。悪いけどもう一働きしてもらうよ」
「了解。問題ありません」
レヴィード達は早速バーナエバの木を3本を切り倒して河の近くまで運び、そこでソシアスの変形錬成で筏と櫂を2組作り出し、河下りに乗り出した。
河は早く流れ、レヴィード達を乗せる筏は砂漠を歩くよりも順調にスイスイ進んでいく。
「そう言えばエルピィは他の種族と仲良くしたいって言ってたけど、そう思うきっかけって何かあったの?」
「はい…。私、おばあちゃんっ子でして、おばあちゃんの昔の話が好きだったんです」
「おばあちゃんの昔話?」
「おばあちゃんは昔、好きな人間の男性がいたみたいなんです。種族間の寿命の差のせいで結ばれなかったみたいでしたけど、とっても幸せそうに話してました」
「へぇ。昔の人間と魔族はそんなに近かったんだ」
「らしいです。だから今の魔族の評判は分かってますけど、おばあちゃんが嘘を話してたとも思えなかったんです…」
エルピィは祖母の話から他種族に思いを馳せたていたが、スタビュロ大陸では正体がバレて命からがら逃げたのだ。理想と現実の乖離にエルピィは落胆するばかりである。
「でも魔族が他の種族と仲良くなれる可能性は充分にあると思うよ?」
「そう…でしょうか?」
「だって正体がバレるまでは歌で人気を集めてたんだよね?」
「一応、そうですけど…」
「なら魔族そのものは他と共存できない程危険って訳じゃない。現に僕達はこうして一緒の筏に乗って穏やかに話し合ってるし、こんな風景が当たり前になる時代もいつか来るよ」
「…ありがとうございます」
「そうだ。せっかくだから何か歌ってよ。人気を集めたって歌、聴いてみたいな」
「はい…じゃあ」
レヴィードの要望に応えて、エルピィは歌い出した。
「眠っていたら君の香いがする気がしたけど、目覚めたらそこには誰もいなくて~。君の得意な料理を作ろうと思ってもあの日々の味にならなくて、隠し味を訊けば良かったって唇噛み締める。ずっと遠くに行って初めて気付いたのこの気持ち~、もう少し素直になれたらって泣いたけど、君に笑われるのは嫌だから大声で叫ぶよ、私の気持ち、空まで届くように~♪」
エルピィの歌声は乾いた砂漠の風に河の潤いが染み込むようにしっとりと、けれど命溢れ魂震える程に強くレヴィード達の耳を癒す。
「…どう…でしたか?」
「どうでしたかって…最高以外に言葉が浮かばないね」
「綺麗な声だなぁ」
「酒場で歌ってたって聴いてましたけど、お城で披露してもきっと拍手喝采ですよ」
「…良かったぞ」
レヴィードもティップもターシャも、魔族をまだ完全に信じ切っていないクシカも絶賛し、後続の筏からも拍手が巻き起こる。
「ありがとうございます」
(こんな才能が種族の風評で潰されるのは悲しいもんだね)「喉は大丈夫かい?出来ればもう一曲お願いしたいけど」
「はい!喜んで」
歌を求められたエルピィは無邪気な子どものような笑顔であった。
それからレヴィード達は筏を停泊させ、モンスターを狩って野営し、また河を下りと繰り返して4日程でネビュヘートへ続くトンネルに着いた。そのトンネルはネビュヘートを囲む岩山の一部を掘って作られたもので、ホルティアからの河の水がこのトンネルを通ってネビュヘート内の水路に流れるのだ。
「エルピィはゼニガンさんが使ってた闇潜泳は使えるの?」
「はい、あの里の出入りには欠かせない魔法ですから…」
「じゃあ僕の影に潜った方が良いよ。あとこれも持ってて」
「え、これは…」
「持って潜れるよね?大事な物だから預かって欲しいんだ」
レヴィードがエルピィに渡したのはアグマニーアの謀略が書かれた賊の頭領の日記である。
「頼むよ」
「は、はい…」
レヴィードの真剣な眼差しにエルピィも断れず日記を受け取った。
「そろそろネビュヘートに入るぞ!」
クシカの言う通り、トンネルの出口が見えてきた。涼しかったトンネルを抜けると日光が降り注いでレヴィード達を眩しさと熱気が包む。トンネルの出口はネビュヘートの城の横に繋がっていた。既に城の前の堀は水で満たされており、潤いある王都ネビュヘートは見事復活したようである。
「さぁ早くアグマニーアを糾弾しなければ」
クシカが息巻いていると城を警護する騎士団がやって来た。
「出迎えご苦労。だが休む暇はない。今から」
「クシカ様。申し訳ありませんが後ろの犯罪者共々拘束させていただきます」
「何!?」
騎士の一人が言ったことにクシカは動揺を隠せないでいた。
「お待ち下さい。僕達が犯罪者とはどういう事ですか」
「レヴィード。貴様はスタビュロ大陸において勇者暗殺未遂の容疑で指名手配されているな。一行共々捕縛する!」
「くっ…」(情報が回ってきたか)
「レヴィード…お前」
苦々しいクシカの視線に耐えつつ、レヴィード達はおとなしく捕縛された。
レヴィード達には特に弁明の機会が与えられず、魔法を使えなくする効果がある魔封鉄製の手錠を掛けられて地下の牢屋に放り込まれたが先客がいた。
「イオラさん?」
「レヴィードさん…?どうしてここに?」
牢屋には不似合いな女官のイオラが手錠を付けられて牢屋の隅に踞っていた。
「ちょっと問題があってね」
「何が問題だ!お前が指名手配犯だとは知らなかったぞ!!」
「まぁまぁ。それは誤解なので。そんなことより、イオラさんはどうしてここに?」
「その…信じてもらえないかも知れないんですけど…聞いちゃったんです」
「何をだい?」
イオラはポツポツと自身が見聞きした事を語り始めた。
2日前─
イオラは廊下の掃除をしていると会議室から怒号が聞こえたので気になって聞き耳を立てた。
〈どうするのですか宰相殿!〉
〈これではネビュヘートを支配する計画が頓挫しますぞ!?〉
(ネビュヘートを支配!?)
〈何、慌てなさるな。万が一討伐隊が帰還しても捕縛する口実はあります。確かに若干の修正が必要ですが、計画通り私が王となり、貴殿らも重用しましょう。ん…?そこにいるのは誰だ!?〉
〈ひっ…。アグマニーア様…〉
〈確か陛下お気に入りの侍女のイオラ…だったな。女王陛下毒殺の容疑でも掛けて牢に放り込んでおきなさい〉
──
「ということで捕まってしまったのです…」
「やっぱりか」
「やっぱり?」
「実は僕達もホルティアでネビュヘート乗っ取りの計画の証拠を手に入れてね。アグマニーアの奴、計画を知った僕達を消してもっと大胆な行動に出るかも」
「大胆な行動?」
「女王を直接殺しちゃうとか」
「そんな…」
「貴様!縁起でも無いことを!」
「うるさいぞ!静かにしろ!」
クシカの叫び声が地下の牢屋に響き渡ると看守がやって来て注意された。
「看守さん」
「ん?なんだ?」
「ご飯はまだですか?食べてなくて」
「囚人が好きに飲み食いできると思うな!夜に臭い飯を用意してやるから楽しみにするんだな坊主」
レヴィードの問いかけに看守は意地の悪い笑みを浮かべながら去って行った。
「お前、何を呑気に飯のことなんか!」
「時刻を知るためには必要ですよ」
一刻も早くアグマニーアを討ちたくて焦って苛つくクシカを尻目にレヴィードはのんびりと冷えた石床に寝そべった。
牢屋に閉じ込められて数時間後、薄暗い牢屋では何もすることもなく、レヴィード達は時間を余らせていた。長い河下りの後ということもあって多くは寝たりボーッと考え事をしていたが、暇なレヴィードはイオラに話し掛けた。
「ねぇイオラさん。聴きたい話があるんですけど」
「なんでしょうか?」
「女王陛下って眼帯着けてますけど、何か目のご病気とかですか?」
「…それは」
「クシカさんに訊いても全く答えてくれなくて」
レヴィードはそっとクシカに目をやると、クシカはレヴィードの能天気な態度に呆れてふて寝していた。
「…レヴィードさんが指名手配犯って本当なんですか?」
「向こうの勘違いでね。勇者暗殺未遂はそう見えただけで、殺そうとは思ってないよ」
「…そう…ですか」
イオラはレヴィードの見た目からそんなに凶悪そうに思えず、姉を助けられた恩もあって信じることにした。
「ではお話しします。女王陛下の眼帯の下には…虹の瞳があるんです…」
「虹の瞳…?」
「ある日、突然女王陛下の左眼が虹色になってしまい、それからは見つめた相手の過去のことや今思っていることを全て見透せるようになってしまったのです…。眼帯はその虹の瞳を魔法の力で封じるためのものでして…」
「でもどうして封印を?その虹の瞳の前では不正も嘘もすぐにバレるって事ですよね?王族なら便利な能力だと思うんですが…」
「…実は幼少の頃に虹の瞳で妹王妃殿下(=パシェリーから見て叔母)を見た所、王太后様の暗殺を看破しまして…」
「え?でも王太后様って事は女王陛下のお母様ですよね?自分の親を助けて良いことじゃないですか」
「それが…王太后様は庶民の出身でして、女王陛下が生まれるまで唯一の肉親であった妹王妃殿下とは苦楽を共にしたものでしたから、妹王妃殿下の処刑後、悲しみのあまり後を追うように自害なされました。その事が女王陛下にとってショックが大きく、自分の虹の瞳のせいで王太后様が自害してしまったと深く傷心なされて…」
間接的とはいえ自分の親を自殺に追いやった能力は確かに封印したくなるだろうとレヴィードは黙って頷いた。




