第75話 暴かれた謀略
一方、砂漠でレヴィードの帰りを待つ一行は氷雪牢内に無事だった食糧や荷物を運び終わって一休みしていた。
砂牛も全て喰われて移動手段は徒歩かと一行がげんなりしている時だった。
「ん゛ん゛ん~!ん゛~!!」
「クシカさん、どうしました?」
水飴波で口が塞がって喋れないクシカが空に指を差しながら何かを知らせたい様子だったので、ターシャが外に出て確かめる。
「あれは…鳥…いや、あ!皆さん、レヴィード様が帰って来ましたよ!」
ターシャの報告と共に、一行は氷雪牢から出てきてレヴィードを出迎えた。
レヴィードはエルピィに抱えられた状態で着陸した。
「みんな、ただいま」
「…おかえりなさいませ」
ペルルはレヴィードにシロザクラを返した。
「それにしてもすんげえだよ」
「ん゛~!」
ティップもクシカを始め、まさかレヴィードが魔族の団体を引き連れてくるとは予想していなかったため、一行は驚く。
「あ、クシカさんの解くの忘れてたね」
「んは。レヴィード、お前何をやったんだ!!」
レヴィードがクシカの水飴波を解除すると開口一番にクシカが吠える。
「事情を話したらみんなでホルティアまで送ってくれるって話になりまして。少ない食糧で砂漠を越えていくのは厳しいですし、ご助力に甘えましょう」
「だからって魔族の力を借りるなど…」
「じゃあクシカさんだけ砂漠を歩いていきますか?」
「…」
レヴィードの意地の悪い笑みと現状に、クシカは閉口するしかなかった。
それからすぐにレヴィード達はホルティアに向けて飛び立った。魔族は人間よりも力持ちで、魔族の女性でもフィーナやアインスなどを軽々とお姫様だっこしながら飛行し、巨漢のティップも魔族の男性に掛かれば背負って飛べる程である。ただソシアスはティップよりもずっと重たく、誰も抱えられないため自力の機動戦仕様で飛んでいる。
「ん?クシカさん!あれってなんですかー!?」
レヴィードが地上を指差すと、砂漠の大地を分断するように岩肌が剥き出しの溝があった。
「あれが元々河があった溝だー!ホルティアから流れる水はここを通ってネビュヘートまで繋がるんだー!」
レヴィードとクシカは叫びながら会話した。
飛び立ってから休憩を挟みながら数時間後にホルティアに到着した。怪魚に出会わなかったとしても3日、徒歩ではどれだけ延びたか予想できない事を鑑みれば大きな短縮である。
「それじゃあ、アタイ達はこれで」
「うん。ここまでありがとう」
「ちょっと待て!」
レヴィードが魔族達と別れそうな所をクシカが止める。
「魔族はもう帰るのか?」
「ええ。実はホルティアの片道までっていうゼニガンさんとの約束でして…」
「馬鹿野郎!帰りはどうすんだよ!」
「まさか魔族の皆さんをネビュヘートまで連れていく訳にもいきませんし…。帰還については考えがあるので安心して下さい」
怒鳴るクシカを宥めるようにレヴィードは諭す。
「レヴィードさん、申し訳ないっす。…本音言うとアタイ達ももっと力になって人間を知りたかったんすけど…」
「ううん。ゼニガンさんは代理と言えども里を守る代表だからね。僕達人間の事を完全に信じきれなくて慎重になるのも無理はないよ」
「じゃあ、申し訳ないっすけどアタイ達はこれで」
魔族達が翼を出して飛び立つ中、エルピィだけが翼を出さずにいた。
「エルピィ?どうしたんすか?」
「ごめんビレナ。私、もう少しレヴィードさん達と一緒にいたい」
「えっ!?」
エルピィのとんでもない発言にビレナは驚くが、すぐに冷静さを取り戻す。
「レヴィードさん達なら安心っすけどやっぱり他種族は危ないっすよ」
「ごめんなさい…。でも、まだ魔族も他種族と仲良くなれるんじゃないかって諦め切れなくて…。レヴィードさん達と一緒に過ごしてたらその方法が見つかる気がして…」
「ふぅ…。まぁそう言って里を抜け出したくらいっすからね。…アタイらでゼニガンは何とか説得するっすけど…レヴィードさん達はどうっすか?」
ビレナから話を振られ、レヴィードは少し困る。
「エルピィ…良いのかい?僕達だって君を守り切れる保証はないし、力及ばず君を見殺しにするような結果になるかもしれない。世間の常識はそのくらい手強いよ」
「はい…。でもそれを怖がっていたんじゃ夢が叶わないから…。夢が叶わないまま楽に生き続けるよりも、悩んだり迷ったりしながらでも夢を追って生きたいです。…勿論、迷惑は重々承知の上です…。でも、せめてサラーサにいる間だけでも同行させて下さい!お願いします!」
「…まぁ、サラーサにいる間だけなら良いかな。よし。じゃあもう少しよろしくね」
レヴィードは真剣な眼差しのエルピィに根負けした形で同行を許した。
エルピィを除いた魔族達を見送った後、レヴィード達はホルティアに入った。
「ここが…ホルティア?」
ホルティアは水源であるオアシスを管理する村で、至る所に水路であった溝が張り巡らされている。しかし、着いた瞬間にホルティアの様子がおかしい事にレヴィード達は気付いた。
「…無人なのか?」
「誰もいない…だと?」
報告ではホルティアは賊に占拠されているという話であった。住民は皆殺しにされて生きていないにしろ、賊まで姿を現さないのだ。
レヴィード達は待ち伏せかもしれないと警戒しながら進むが、あるのはモンスターに食い散らかされて干からびた死体ばかりで生きた者は見当たらない。
「なんだ。賊同士で仲間割れが起きたのか?」
「それなら誰かが生き残ってる筈…。砂漠のモンスターに殺られた…?」
レヴィード達は不審に思いながらも静まり返った不気味なホルティアを歩く中、村の中でも大きめな2階建ての建物に入る。
「…っ」
その建物の中は特に死体が密集していた。
「これが賊かな?」
「何故分かる?」
「あちこちに剣が落ちてるし、服の感じも外の遺体とは違うからですね」
レヴィードは些細な事も見逃さずに分析していく。
「でもおかしい…」
「何がなの?」
「賊の遺体だけが食い散らかされずに残ってる…」
レヴィードが着目したのは死体の違いである。外にあった住民と思わしき死体は四肢の欠損や腹部から臓器を食われた形跡があるなど損傷が激しいのに対して建物の中の賊の死体は外傷が見当たらないのだ。
(食糧が貴重な砂漠でモンスターが死肉を見逃すとは思えない…。じゃあ意図的に食べるのを避けた?何のために?)「とりあいず賊はここを拠点にしてたみたいだし、この建物を詳しく調べよう」
レヴィードがそう指示を出して各々散っていき、レヴィードはエルピィとフィーナを引き連れて2階に上がる。2階には部屋が並んで2つあり、レヴィード達はとりあいず右の部屋の方から調べた。
レヴィード達が入った部屋は寝室のようで机一つとベッドがあるだけのシンプルなものである。
「なんでしょうコレ?」
エルピィは真っ先に机に置かれた本を手にした。
「どれどれ」
レヴィードはエルピィから本を受け取ると開いて読んでみる。
「今日は冒険者から食糧の他に良さげな剣を奪ってやった…?これってまさか賊の日記?」
レヴィード達が目を通すとその本は賊の頭領が書いた日記のようで、略奪などを武勇伝のように書き連ねていた。
「ん?…えっ!まさか…」
読み進めていくと日記の最後の方に恐ろしい謀略の断片が書かれており、レヴィード達は思わず息を呑んだ。
しばらく時間が経って全員が1階に集まる。
「何かあったかい?」
「いや、特には…」
「酒樽とか無かった?」
「あ、それならさっき見たキッチンに空いたものがいくつか…。でもどうして分かったんだ?」
「お前達は2階を探してたよな?」
キッチンを探していたラティスとアインスは酒樽の事を知るレヴィードに首を傾げる。
「2階でとんでもないものをエルピィが見つけてね」
「…レヴィード様それは一体?」
「賊の頭領の日記だよ。そこに恐ろしい計画が書いてあったんだ」
レヴィードは賊の頭領の日記を開いてその部分を読んでみせた。
「5月13日。今日はとんでもない大物が来やがった。ネビュヘートの宰相・アグマニーアだ」
「!」
アグマニーアの名前が出た途端、クシカは驚愕するが、レヴィードは読み続ける。
「アグマニーアは俺様達にホルティアの住民を皆殺しにして水門を閉じるように依頼してきた。一国を支える宰相とは思えない依頼だったから思わず確認をしたが、やれば今までの罪状を不問にするし、時が来れば金に困らなくしてやると言われたので引き受ける事にした」
「馬鹿な…。忠誠心溢れるアグマニーア様がそんな事を…」
クシカは膝から崩れ、涙ぐむ。
「まだ続きがありますよ。日にちが進んで賊がホルティアを制圧してしばらくしてからの日付です。…6月1日。アグマニーアが伝書鴉で手紙を届けてきた。手紙には今後の展望が書かれていた。それにしてもまさか渇水で王族ネビュヘート家を失墜させて新たな王に成り変わろうとは、敵に回すと恐ろしい人だ。でもそうなった暁には俺様達は新王国の騎士団に大出世だ。金も女も自由になる生活、待ち遠しいぜ。それと追伸にはあと少しすれば制圧の礼の酒を使者が届ける手筈になっているそうだ。酒が来たら大宴会だな」
レヴィードが日記を読み終えるとパタンと閉じた。
「レヴィード…嘘だろ?アグマニーア様がそんな事をする訳…」
「ですがこの日記に書かれたことが事実ならここに至るまでの出来事の辻褄が全部合うんですよ」
「なん…だと?」
「まず日記は数日後に途切れています。恐らく日記の最後の翌日に酒が届いて、それを飲んで賊達は全滅したと思います」
「何故そうだと言えるんだ?」
「賊の遺体ですよ。恐らく酒に遅効性の毒が盛られたのでしょう。モンスターは毒に冒された死肉を食べませんからああやって賊の遺体に食い散らかされた外傷はないのです」
「…」
「それに僕達が途中で食糧不足に陥ったのは手違いではありません。僕達がホルティアに辿り着けないようにアグマニーアがわざと少なくしたと思われます」
「…じゃあ、今まで3回出した討伐隊のみんなは…」
「直接の死因とは言えませんが、恐らく僕達と同じように砂漠の真ん中で食糧難に陥ったかと…」
「そんな…嘘だ…」
女王陛下を共に支えていたと同時に先達の忠臣として尊敬していたアグマニーアがまさか王族転覆を目論む逆賊だったという事実を突き付けられ、強気なクシカの心は挫かれて泣き崩れた。
「クシカさん」
「すまないが一人にしてくれ…」
「ですが…」
「うるさい!子どものお前に、信じていた者に裏切られた気持ちが分かるか!?」
パシンッ
「…っ!?」
クシカが激昂と慟哭が混じる声で叫ぶと、レヴィードはクシカをビンタする。そんな突然の事にクシカは目を丸くした。
「裏切られたから泣き崩れて、それで終わりですか?確かに裏切られたら動揺するのは無理もありません。けど、それに囚われて立ち止まってはいけない。自分がすべき事を見つけて進まないといけないんですよ」
「…」
(レヴィード…)
そんなレヴィードの言葉を聴いてフィーナとラティスは耳と心が痛かった。裏切られて殺されて、甦ってここまで旅をしてきたレヴィードだからこそ言葉に重みが宿る。事情を知らない筈のクシカもその言葉に込められた気迫に反論できず、俯く。
「クシカさんが今やることは泣くことですか?女王陛下のためにやることがあるんじゃないですか?」
レヴィードの言葉がドカッとクシカの心を殴るように響き、クシカが立ち上がった。
「そう…だな。アタシは女王陛下のためにここまで来たんだ!ここで挫けてたら死んだ部下にも顔向けできん!」
「その意気です、クシカさん」
「とにかくまずは水門を解放しなければ!」
すっかり元気を取り戻したクシカは力強く建物を出て、レヴィード達もそれに続いた。
レヴィード達はホルティアの一番奥へと進み、水門へと着いた。
「で、水門を開けるにはどうすれば…」
「あれだ」
クシカが示した水門の横には人間くらいの大きさの鉄のハンドルレバーと鎖が巻かれたウィンチがあった。
「あのハンドルレバーを回すと鎖が巻き取られて水門を持ち上がるんだ」
「なるほど。ティップ、頼める?」
「んだ」
力自慢のティップが鉄のハンドルレバーに手を掛けて回す。
「あれぇ?」
しかし、おかしい事にハンドルレバーは抵抗なくクルクル回ってしまう。
「変だな…あ!」
レヴィードがウィンチに異常を見つけて駆け寄る。鎖がごちゃごちゃして見えにくいが鎖が途中で破断されていたのだ。
「くそっ、賊め。これじゃあ水門を開けられない…」
「大丈夫ですよ。ソシアス。この鉄の鎖を完璧の状態に作り直して」
「了解。変形錬成を開始します」
レヴィードの指示でソシアスが巻き取られている鎖の束に触れるとパッと一瞬光った。
「ん?えっー!?」
クシカが目の前で起きた現象に声を大にする。破断していた鎖が繋がったのはもちろん、古めかしく汚れていた表面がピカピカと金属光沢を放つ新品同然に変わったのだ。
「よし。じゃあ改めてティップお願い」
「んだ。…ふんっ、りゃあああぁあっ!!」
本来ならば大人3~4人がかりで動かすであろう巨大ハンドルレバーをティップはぐぐっと回し始めると重たい水門がキュラ、キュラとゆっくり上がっていき、上がって出来た隙間から水が漏れ始める。
ザバババババ!
その隙間が広がると塞き止められていた水は激流となってホルティアの水路を瞬く間に満たし、王都ネビュヘートに続く干上がった河へと駆け抜けていった。




