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第72話 ホルティアへの遠征




レヴィード達がネビュヘートにやって来て2日後、騎士団はホルティアへの遠征部隊出立準備の大詰めを迎えていた。


「俺達の手でネビュヘートに水を取り戻すぞ!」


「ああ。帰って来たら一杯やろうぜ!」


「俺、この任務終わったらあの子にプロポーズするんだ…」


使命感に燃えて騎士団の士気は上がっており、次々と積み荷を荷車に積んでいく。


「ふんりゃあ!」


「…」


「熊のにいちゃんやるじゃねぇか」


「あのダークエルフの子、無表情だけど可愛いな」


そんな準備をレヴィード達も手伝っており、怪力自慢のティップと疲れ知らずのソシアスが特に活躍していた。


「…せいぜい役に立てよ」


「まぁまぁ。これから同じ釜の飯を食う仲間ですし。それにしてもスタビュロの荷車とは随分違いますね」


クシカはレヴィード達の同行についてパシェリーの命令で渋々従っているだけのため機嫌が悪いが、レヴィードは気にせずに話しかける。


「そうだな。スタビュロは整地された道が多いだろうがサラーサは道など無く一面砂ばかりだからな」


サラーサの荷車は車輪がなく、底面がソリのようになっている。


「クシカ様!砂牛(さぎゅう)を連れて来ました」


「うむ。全て繋ぎ次第出立する。急げ」


「はっ!」


クシカが部下に指示を飛ばす。


(砂牛…サラーサではあれが馬の代わりか)


ネビュヘートの騎士が連れてきた砂牛(さぎゅう)という生き物は毛色が灰色(グレー)で角が短い牛で、ずんぐりとした体型だが筋肉がムキムキに盛り上がっており、さながら肉の重戦車である。ネビュヘートの騎士達はその砂牛達に装具を付け、太い鎖で砂牛と荷車を繋げていった。

しばらくして荷車と砂牛の準備が終わるとホルティア遠征に赴く騎士達およそ50人が整列し、部隊を率いるクシカが壇上に上って訓示を叫んだ。


「諸君!今日より取り掛かる任務は知っての通りサラーサの命運に関わる重大なものである!幾度と失敗を重ねる程に困難ではあるものの、達成した暁には文字通りこの国は救われ、諸君らも救国の英雄と讃えられるであろう!民のため、女王陛下のため、命を燃やし、共に偉業を成し遂げようではないか!!」


クシカの訓示に騎士団はオオッーっと握り拳を突き上げて叫ぶ。


「おー」


整列する騎士団の後ろのレヴィード達もそれにノッて手を突き上げた。

訓示が終わってレヴィード達とネビュヘートの遠征部隊の一団は砂牛の荷車10台にそれぞれ乗り込んでネビュヘートを出発した。






陽炎が揺らめく程の灼熱の砂漠を砂牛達は騎士団を乗せた荷車を引っ張ってグイグイ進む。


「牛って遅いイメージがありますけどそんなこと無いんですね」


「アタシ達のところで鍛えた砂牛だからな。どんな悪路も平然と進めるのさ」


荷車は白い布で覆われていることで日光を反射させ、適度な隙間が空いているおかげで風通しも良い、密閉空間ながらも暑さで不快になりにくい構造をしている。

ホルティアまでは順調に進んで10日程だが、当然困難も待ち受けている。


「団長!11時の方向よりデザートラプターの群れが接近中!」


「よし!全員一時停止、迎え撃て!」


デザートラプターとはダチョウとラプトルを足したようなモンスターで、足場が悪い砂漠でも俊足を誇る肉食の鳥モンスターである。


「クギャアアォオゥ!」


「この鳥風情が!」


デザートラプター達の狙いは砂牛である。しかし砂牛は砂漠を越える上で重要な足であるため、騎士団もレヴィード達も必死に砂牛達を守りながらデザートラプターを駆逐する。


「はっ!」


「ヒャアウ!」


紫雷閃(サンダービーム)!」


デザートラプターの最後の1匹がクシカに飛びかかろうとしたところ、レヴィードの雷魔法が胴体を貫通して絶命した。


「これで全部ですね」


「ああ。各員!異常はないか!」


「こちら負傷者ありません!」


「こちらも負傷者ありません!」


「こちらも!」


「こちらも!」


先程の戦闘では砂牛はもちろん、騎士達もレヴィード達も怪我はなかった。


「よし、進軍を再開する!」


クシカの号令で騎士達は再び荷車に乗り込み、進み始めた。







その後、デザートラプター以降もモンスターの襲撃は何度かあったものの、数も実力もあるレヴィード達とネビュヘートの騎士団の敵ではなく、全て退治され一部の美味いモンスターは食糧として調達された。

そんなこんなでネビュヘートを発って数時間後、日が沈み始めた頃にクシカが進行を止めた。


「全員、今日はここで夜営とする。炊き出しを始めよ」


クシカの指示で騎士団は火起こしや鍋などの準備に取り掛かる。


「見てレヴィード。とっても綺麗よ」


「そうだね」


黄金に輝いていた一面の砂漠は夕焼けに照らされて、幾星霜の時を経た琥珀のような赤みの強い橙色(オレンジいろ)に染まっていく。そんな目の前で移ろい変わる絶景をレヴィード達は楽しんでいた。


「観光気分なら帰れ」


「まさか。ギルドからの依頼でもあるから反故にする気はありませんよ」


準備もせずに砂漠に惚けるレヴィード達にクシカは冷たい言葉を刺していく。


「しっかりモンスターだって退治して働いてます。仕事も大事ですが、時にはこういう景色を楽しむゆとりも必要じゃありませんかね?」


「冒険者とは気楽そうで羨ましいな」


「じゃあなりますか?良いですよ冒険者は。自由に旅できて」


「…ふん。お前達もとっとと準備をしろ」


皮肉に対して敢えて真面目に捉えたレヴィードの返しにクシカは不機嫌そうに立ち去った。

その後、全員食事を済ませて早々に荷車の中で互いに肩を寄せ合いながら眠りについた。


「…」


クシカは獣避けと砂牛達が必要以上に冷えないように燃やしている大きな焚き火の火の番をしていた。


「クシカさん」


クシカが振り返るとそこにはレヴィードがいたが、何故かシロザクラを抜刀していた。


「…!」


クシカは何だと訊こうとした時にはレヴィードは既に踏み込んで接近し、シロザクラを振り上げて勢いよく地面に突き刺した。


「ダメですよ。油断しては」


クシカは目線を落としてシロザクラの先を見ると、クシカの尻尾の近くにいた蠍を貫いていた。


「…礼を言おう」


クシカはぶっきらぼうに礼を口にすると、レヴィードは刺し殺した蠍を焚き火に投げ捨ててシロザクラを納刀し、クシカの隣に座った。


「子どもは寝ていろ」


「移動中に寝てたので、まだ眠気が来なくて。クシカさんも1人だと暇でしょうから付き合いますよ」


「…」


今までの行動からレヴィードは何を言っても寝ないだろうと察したクシカは蠍を殺してくれた恩義もあってそのままレヴィードを隣にいさせた。


「…やっぱりクシカさんは女王陛下のことが好きなんですか?」


「なっ!」


唐突に湧いたレヴィードの質問にクシカの顔は真っ赤に染まる。


「馬鹿者!女王陛下とアタシはあくまでも王と騎士の関係であって、それ以上の感情は抱いてはいけないというか…」


「あ、いえいえ。僕はただ単にクシカさんには騎士としての忠誠心以外にも女王陛下を慕う理由がありそうだなと思って訊いただけですよ」


「…んんっ!んんっ!!」


クシカは勝手に色恋沙汰と勘違いした自分を恥じて咳払いでごまかす。


「…まぁそうだな。アタシも女王陛下と会っていなければ、ただの破落戸(ごろつき)としてどうしようもない最期を迎えてたしな」


「クシカさんが破落戸(ごろつき)?」


「騎士として召し抱えられる前までアタシは王都で略奪だの喧嘩だの毎日問題を起こしてた暴れ者だったんだよ」


「へぇ」


「ある日、アタシはドジって騎士団に囲まれてな。獣人種(ビーストノイド)ってこともあってもう死ぬって寸前まで痛めつけられた。そしたらたまたま街中を御忍びで散策していた、まだ幼い姫だった女王陛下に会ったんだ。そしたら女王陛下はどうしてこんなに酷い事をするの、って騎士達の暴行を泣きながら止めたんだ。それがアタシに心に響いてさ…。その日から悪事をすっぱり止めて、助けられた恩義を返したい一心でネビュヘートの騎士団に入隊したんだ」


「そんな事があったんですね」


「ああ。騎士団長に上り詰めた今でもまだまだ…いや、たぶん一生を懸けても恩を返しきれないだろうな。だからアタシはこの命、女王陛下の為ならいくらでも賭けられるのさ」


クシカはパシェリーへの想いを熱く語る。


「そんなに熱い想いを傾けられる人がいるって羨ましいですね」


「お前はまだ子どもだからな。大きくなれば、そういう相手も見つかるかもな」


「そうですかね?…あ、そうそう。女王陛下と言えば、お目にかかった時から思ってたんですが、女王陛下はどうして眼帯をなさってたんですか?」


「…それは答えられんな」


「そうですか…」


レヴィードがパシェリーの眼帯について訊ねた瞬間クシカは渋い顔して、レヴィードもそれ以上踏み込めなかった。


「じゃあ別の事を訊いても?」


「子どものクセに話が面倒だな。じゃあ、それで最後だぞ」


「はい。今回の任務についてなんですけど」


「何、今更か」


「確かホルティアは賊に占拠されたって話でしたよね?」


「ああ、そうだが」


「その情報って誰が報告したんですか?」


「えっ…」


「町の人や冒険者ギルドの話を聴く限り、ホルティアに行って帰ってきた人は誰もいないように思えるのですが、賊に占拠されたという事実は誰が掴んだのでしょうか?」


「報告書を受け取って知っただけで情報の出所は…」


レヴィードの質問にクシカは正確には答えられず、しどろもどろになってしまう。クシカ自身、突如起きたネビュヘートの渇水の対応に追われ、原因を調査する余裕もなく報告を鵜呑みにしていたのだ。


「何故そんな事を訊いた?」


「なんとなく気になっただけですよ。…じゃあ、眠れそうなので僕はこれで」


レヴィードは立ち上がって荷車に戻っていったが、クシカはレヴィードの疑問のせいでモヤモヤとした気分で火の番を続けた。






その後もレヴィード達とネビュヘートの騎士団は砂漠を進みに進んで1週間が経った頃、とんでもない事態が発覚した。


「クシカ様!大変です!」


それは朝食の準備中の時であった。


「どうした!」


「食糧を詰めた筈の箱の中身が紙や石です!」


「なんだと!?」


部下の報告にクシカはあり得ないと思ったが確認したところ、本来干物などの保存食が満載されている筈の木箱の中身がクシャクシャに丸まった紙屑やその辺に転がってるような石ころなのだ。


「他の箱も調べよ」


「はっ!」


食糧を詰めた木箱は盗み食い防止や万が一モンスターに取られても簡単に食べられないように固く封をされているため中身は開けるまで分からない。クシカはまさかと思いつつも食糧の木箱を全て確認するように部下に指示した。


「…」


まさかを裏切って欲しかったが現実になった。残りの木箱を開けても紙、石、紙、石、紙、石、紙、石…。現在残っている食糧はおよそ2日分しかない。

ここまで来るのに1週間。ホルティアに着いて賊を討つにしても帰路の食糧がなく、ネビュヘートに戻ろうにもそれまでに食糧は尽きる。

ただでさえ砂漠の酷暑やモンスターの戦闘で体力が消費しやすいのに、食糧が不足しているのは致命的な大問題である。


「何故…こんな事に…」


クシカはただただ項垂れるしかない。


「クシカさん。食糧を手配したのは誰ですか?」


「宰相のアグマニーア様だが…あんな優秀な人が手違いを起こすとは思えない…。一体誰がこんな事を…」


「アグマニーア様が故意にやったという可能性は?」


「貴様、ふざけるな!アグマニーア様はこんな事をする御方じゃない!先代の王から仕える宰相で、女王陛下を支えて下さっている立派な忠臣だぞ!」


「…すいません」


身内を疑う口振りのレヴィードにクシカが吼える。


「…クシカ様。我々はどうすれば…」


部下達が指示を求めるが、クシカは急な食糧難というトラブルで冷静に案を出せず、頭を抱えるしかなかった。


「それならば賊から奪えば良いのでは?」


「何だと?」


レヴィードの提案にクシカは詰め寄る。


「賊とて命ある者、食糧を蓄えているはずです。ならば賊を討って食糧を得ればある程度の繋ぎに…」


「ダメだ!」


クシカの一喝が砂漠に響く。


「貴様はアタシに略奪(それ)をまたやれと言うのか?」


「それ以外に何がありますか?」


「もう昔に戻らんと決めたんだ!アタシは相手が例え賊でも女王陛下に誓って盗みはもう…」


「ならクシカさんは僕達や騎士団の方々に自分の信念のために死ねというのですか?」


「くっ!黙れ!!」


クシカは痛かった。

今のクシカの心は、生きるためにレヴィードの提案は妥当だと肯定する気持ちと昔の暴れ者だった自分に戻りたくない気持ち、両方の気持ちが葛藤してどうすれば分からなかった。そこに幼いレヴィードから心を抉られるような言葉を浴びせられ、クシカは堪らず剣を抜いた。


カインッ!


レヴィードもシロザクラを抜いてクシカの剣を受け止める。その様子に騎士団の一同もレヴィードの仲間にも戦慄が走る。


「貴方の女王陛下への想いはそんなに安っぽいのですか?」


「っ!」


「誓いを一度破った程度で貴方は昔に戻るのですか。死ねば何も為せない。生き抜いてこそ、女王陛下への想いを貫けるのではないですか」


「~っ!!」


レヴィードの問答を受けてクシカはおとなしく剣を退いた。レヴィードが見たクシカの顔は泣きじゃくるのを必死に堪えたもので、涙を流さぬ代わりに剣の柄が折れんばかりの力で強く握り締めていた。そしてクシカは顔を引き締め、部下に言い放つ。


「…全員、このまま進む。王都ネビュヘートの、女王陛下のために何も為さないまま退却はしない!必ずホルティアに辿り着き、オアシスの水を取り戻す!」


「オオオーッ!!」


クシカの頼もしい宣誓に騎士団の動揺は吹き飛んだ。






食糧難で士気が低下したかに思えたネビュヘートの騎士団はクシカの宣誓で立ち直りホルティアへと歩を進めたところ、騎士団の一人が何かを見つけた。


「クシカ様!1時の方向に荷車の残骸を発見しました!」


(もしかして前回の討伐隊の…)「調査するから接近しろ」


報告を受けたクシカは荷車の残骸は以前派遣した討伐隊のもので、あわよくば保存食などの物資が残っているかもしれないと期待して、荷車の残骸の元に向かった。

荷車の残骸は近くで見れば無残な有り様であった。


「酷い…」


荷車は半分近くがなくなり、討伐隊の返り血なのか赤褐色の汚れがこびりついていた。


「…レヴィード様」


「モンスターの仕業だろうけれど…ここまで破壊できるモンスターなんて砂漠にいるのかな?」


レヴィードが疑問に思った理由は破壊の形跡からである。

荷車の周囲に破片がほとんどないということは、デザートラプターのような小~中型のモンスターが少しずつ攻撃して破壊したのではなく、大型のモンスターの一撃で齧って破片ごと食べたのでは、とレヴィードは予想したのだ。


「クシカさん。荷車を一撃でここまで破壊できる巨大なモンスターって砂漠にいますか?」


「いや。砂漠にそんなに大型のモンスターはいない。大きくてもせいぜい3mくらいの…」


「もぉぉお。もぉぉお」


レヴィードとクシカが話していると突如砂牛が情けない声で鳴き出した。


「この鳴き声は?」


「おかしい…」


「おかしいって何がですか?」


「あの鳴き声は怯えている時に発する声だ。けど、モンスターにビビらないように調教してあんな声出さないようにしたのに」


モンスターに襲われる度に取り乱していては騎士団の足には成り得ない。それ故、そんな訓練を施した砂牛が恐怖するということは異常事態なのである。


ゴゴゴ…


「地鳴り?」


しかし地鳴りと思った揺れは徐々に大きくなる。














ザバアァッァア!


「なんだ、あれは…!?」


レヴィード達は驚愕した。砂丘を崩して飛び出てきたのは顔がない巨大な魚であった。





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