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第68話 裏切らない理由




くしゅんと可愛いくしゃみをしたのはエルピィであった。


「…ふん!」


案の定カーンは即座に気付き、大剣を振り下ろした。


キンッ!


「ひっ…」


大剣は音源のエルピィに迫ったがそれをレヴィードのシロザクラで受け止めた。


「この手応え…(わらべ)か?」


「ええ」


闇の霧が消えてレヴィード達の姿が露になる。


「闇の魔法…そこの魔族の仕業であるか」


エルピィはカーンに睨まれると本能的に殺されると分かって、涙目になってガタガタと震え始めた。


「魔族と手を組むとは…」


生憎(あいにく)、この子は成り行きでこの場にいるだけです。勇者暗殺未遂の件とは関係ありませんし、そもそも勇者暗殺未遂なんて言うのも勇者リューゼ様の勘違いです」


「…ほう」


レヴィードの言葉に少し耳を貸す気になったのか、カーンは大剣を退く。


「どう勘違いだと言うのか?」


「弁明するのであれば、最初のイリスティーアさんの攻撃は勇者リューゼへのものではなく、勇者パーティーの1人、ブゾウを狙ったものです。彼女から話を聴きましたがブゾウは元強盗団の首領で、彼女の家族は全員ブゾウに殺されたそうです」


「ほう…。では勇者暗殺ではなくあくまでも一個人の仇討ちであると…そう言うのか」


「はい」


「ではうぬはどうだ…」


「僕は世直しのためというか、勇者リューゼ様を改心させるつもりで乱入しました」


「改心?」


「今回、カーン卿がこうして動いたのは勇者リューゼ様からの要請ですよね」


「…」


「カーン卿は統治貴族である以上、王族でもある勇者リューゼ様の命令は遵守すべき立場にあることは理解しているつもりです」


「だとしたらなんだと言うのだ」


「無礼を承知で伺います。もし王族・貴族の立場が無かった場合、今のリューゼ様はカーン卿が(こうべ)を垂れて従うに値する人物でしょうか?」


「…」


レヴィードの問いかけにカーンは渋い顔をする。レヴィードは見聞きしただけの話だが、パンジャでもリューゼの悪評は密かに立っていたため、そんな話もカーンの耳に入ったのであろう。カーンも内心、自分が治める地方で好き勝手に悪さするリューゼに不服はあったはずである。


「それに僕はオーベスト、セプトと旅する中でもリューゼ様の悪行で苦しんだ人にも会いました。魔王を討たんする人々の希望の人物がそんなことで良いのでしょうか。過ちを認めて謝罪し、真っ当に歩んで欲しい。それが僕が勇者リューゼ様に改心して欲しい理由です」


レヴィードがリューゼを改心させる旨を聴いてカーンは何を思うだろうか。少なくともレヴィード達に手荒な真似をする気はないように思えた。


「…正直に言おう。ここだけの話、余はうぬを逃がすつもりでいた」


「そう…なんですか?」


「リューゼ王子から要請があった時点でおかしいとは思った。剣を交えた余には解る。澄んだ剣を持つうぬが暗殺の凶剣を振る訳がないと断言出来る」


「はい…。勿体無き御言葉です」


「そのイリスティーアという者もリューゼ王子の暗殺が目的でないならば良い。此度は見逃してやろう」


「…」


カエデはカーンを警戒して剣を手に掛けていたが、ようやく手を離した。


「だが、その魔族の存在は看過できぬ」


「ふぇっ!?」


カーンは剣の切っ先をエルピィに向ける。


「カーン卿、お待ち下さい!この子は確かに魔族ですが世間の見識の魔族とはあまりにも異なる者です!逃亡中に会い、今日までの3日と少々共に旅をし、敢えて隙を何度も見せましたが襲う気配もありません。この子はただ故郷のサラーサに帰りたいだけの女の子なんです」


「たかが3日で信用できるというのか」


「この子は恐ければ泣き、嬉しければ喜びます。その表情が狡猾な演技とは思えませんでした」


カーンの頑なな意見にレヴィードはエルピィと共に旅した経験から反論する。


「うぬは魔族の事も目を瞑れと言うのか」


「図々しいながらも、その通りでございます」


「…そればかりはならん。そうであれば余はうぬらを魔族を庇った咎で裁かねばなるまい」


「なら、僕達が魔族(エルピィ)の首を差し出せば見逃してくれる、そういう事ですか?」


「左様」


レヴィードはチラリとエルピィに視線をやると、エルピィは捨てられた仔犬のような不安で潤んだ瞳でレヴィードを見ていた。


「…ですが、お断りします」


レヴィードの答えは決まっていた。

前世(トロワ)の時に味わった裏切られる痛みや悲しみを抱きながら死んだ人間だからこそ、レヴィードには最初から裏切るという選択肢はない。


「この子のおかげでここまで来れました。ここでその恩を裏切り、この子を差し出して見逃してもらうくらいなら、貴方をここで力ずくで倒して(まか)り通ります」


「…」


レヴィードはシロザクラを抜き、切っ先をカーンに向ける。カーンはそれを睨むがレヴィードは剣以上に鋭い視線でカーンを睨み返していた。


「…」


レヴィードとカーンの視線がバチバチとぶつかる中、先に視線を逸らしたのはカーンであった。


「…よかろう。ただし、次に会った時は容赦せぬ」


カーンはそう吐き捨て去る間際にエルピィを見た。エルピィはビクンと怯えるがその目には先程の殺気は失せていた。






翌日の10時。レヴィード達が乗った船はサラーサへ向けてボーッという汽笛と共に出港した。カーンはその船を見届けると昔の事を思い出していた。


─それはカーンがアーゼンリット学園で学生として修行を積んでいた頃である。カーンは当時から武芸に秀でていた反面、武力が全てという思想に染まっており、虎のような彼の元には誰も寄り付かなかった。

そんなある日、カーンは模擬戦でとある学生に勝った。槍を使う学生で、カーンも初めて手応えというものを感じた。


〈君は強いな。熱く燃え滾るような剣だった〉


その学生は打ち負かされたのにも関わらずにこやかにカーンを褒め称えた。強さを求めていたカーンにすれば負けたクセに何を言ってるのか分からなかった。後にカーンはその学生の名がバルデントと知る。

時は流れて学生選抜実技試験の時。山の頂上にあるメダルを持っていち早く戻ってくる試験の最中、カーンとバルデントを含むトップ集団3人は落石事故に遭った。1人が足を負傷した。


〈馬鹿者め…。助けなければ1位であろうに…〉


〈いいや。彼は私の友だ。友を裏切り見捨てて勝ったところでどうやって胸を張るんだ。仲間を見捨てて1位になるくらいなら、助けてビリになった方が良い〉


バルデントは鋭い視線でカーンを睨みつけた。その視線の強さは恐怖や威圧とは違うが、カーンは初めて他人に気圧されて黙して退いた。



(バルデントよ…。きっとあの子どもはお主ような大器になるぞ)


カーンは学生時代に見た友を救おうとしたバルデントの顔と、魔族を庇い自分を倒して罷り通ると言い切ったレヴィードの最後の顔が重なって見えた。


「カーン様」


「何ぞ」


不意に部下に呼ばれてカーンは振り返る。港にはスーロン家の騎士達が整列して並んでいる。


「昨夜の爆音はどうやら雷の魔法によるものでした」


「手配書のレヴィードは雷の魔法も扱えるようです。もしや陽動だったかと思われます」


「一旦船を戻して船内を徹底的に調査した方が良いのでは?」


「…余は昨晩から船に張っておったが猫一匹寄り付かなかった。余が賊を見逃したと言うか」


「い、いえ!滅相もありません」


結局、昨夜のカーンの出来事を知らないスーロン家の騎士達の間では、レヴィードは雷の魔法で陽動を行ったものの、カーンが見張っていたことでスタビュロ大陸脱出を諦めて何処かに行方を眩ませた、と結論付けた。


「しばらく船も戻らん以上、ここの警戒は不要。最低限の警備をここに残し、それ以外は各町へ散れ」


「はっ!」


カーンの指示でスーロン家の騎士達は一斉に動き出す。


「…」


カーンが再び海に目をやると船は豆粒くらいの大きさまで遠のき、穏やかな海面は日光に照らされて白く煌めいていた。





年内中に章の終わりまで書けて良かったです。

次回からは砂漠の大陸・サラーサでの物語になります。



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