第4話 旅立ちの時
前世の武術と今の魔法で大暴れします。
レヴィードがトロワだった頃、こういった盗賊退治も自警団の仕事であり、この程度の団体は慣れっこであった。
(さて、この体になってからの実戦。自警団に参加したばかりの頃を思い出すね)
故に今のレヴィードは実戦の恐怖心と緊張よりも、高揚感が大きく勝っていた。
「このガキ!」
盗賊の一人が棍棒を持って突進してくる。
「ほっ!」
「なっ!ぎゃわあぁ!?」
それに対してレヴィードはスライディング気味の足払いを掛け、男は顔面から見事にすっ転んだ。
(武器が欲しいな…確か)
レヴィードはピクニックの物が入ったバスケットから果物ナイフをパッと取り出す。
「ガキが調子に乗るなよ!」
槍を持った盗賊が襲いかかるがレヴィードには通用しなかった。槍の突きは体をずらして、横薙ぎは一歩退いて、打ち込みは体を回転して避け、その勢いのまま一気に間合いを詰め果物ナイフを盗賊の脚に突き刺した。
「あ゛あ゛あ゛ーっ!!」
(全然余裕だね。リーチは短くなったけど小さくなった分、前よりも楽に避けられるよ)
正直、レヴィードは体格が子どもに変わったことで接近戦が不可能になったのではないかと危惧していたが、立ち回り方次第で如何様にもなると学んだのだった。
「くそっ!!ガキ1人に何やってやがる!!数はこっちが上だ、押し切れ!」
盗賊は2人が立て続けに、しかも小さい子どもに倒されたことに苛立ちを隠せない様子でいた。
「女ぁ!覚悟しろ!!」
盗賊が一斉に掛かる中でその手は当然ぺルルとターシャにも伸びる。
「…自分自身の命を軽んじる…か。坊っちゃまの言う通りだな!」
「ふぐぉっ!うぉあっ!」
ぺルルは向かって来た盗賊の鳩尾に拳打を一発入れて怯ませた後、飛び上がって回し蹴りを喰らわせる。
「あっちの女は大したことないぞ!やっちまえ!」
「ぎゃぁー!坊っちゃまも頑張ってるのにわたしって役立たずー!」
ターシャの得物は弓であるため、現時点では完全なお荷物であった。
「貫け!飛氷槍 !!」
レヴィードの掌から円錐状の細い氷柱が発生すると、それはミサイルのように勢いよく三方向に飛び、ターシャを襲う盗賊2人の脇腹を串刺しにする。
「ターシャ!あっちの奴が持ってる弓を使うんだ!」
「あっ、はい!!」
ターシャはレヴィードが指し示した方向にいる盗賊に駆け寄る。氷の槍で脚を貫かれて痛い痛いと悶える盗賊の手には弓、背中には矢筒があった。
「ちょうだいしますね」
ターシャは盗賊から強引に弓と矢を奪うと戦力として加わった。
「あのガキ、魔法まで使えるのかよ…。メイドも強いし…ダメだ!野郎共引き上げるぞ!」
「そっちから仕掛けたんだから逃げられると思わないで欲しいね。包め、幻霧陣」
レヴィードを中心に真っ白い霧が丘を包み込む。
「なんだ!何も見えねぇ!!」
視界ゼロの霧に包まれた盗賊達は狼狽するしかない。
「うぎゃあ!!」
「誰かやられたのか!」
「どこだ!どっから来るんだ!」ブンブン
「いてぇよぉ!」
「馬鹿野郎!暴れるんじゃねぇ!!」
そこに追い討ちを掛けるようにレヴィードは霧に紛れて盗賊を襲う。何も見えない霧からの仲間の絶叫が混乱を深め、盗賊は無闇に動いて勝手に同士討ちまでする始末である。その内、霧が晴れていく。
「は?」
最後に残った盗賊が目の当たりにしたのは腕や脚や脇腹から血を流しながら激痛に悶絶する仲間達であった。
「あ…あ…、う、うわああぁぁぁ!!」
まるで化け物に出会したかのように盗賊は武器を投げ捨てて年甲斐もなく大泣きしながら全速力で逃走を図る。
「逃がさないと言ったよね。疾れ紫電!紫雷閃!!」
レヴィードが放った紫の閃光はその盗賊を貫き、ドサッと倒れさせた。
「よし。これで全員か。二人とも無事かい?」
「え、はい…」
「…あの坊っちゃま」
盗賊を一網打尽にしたものの、ぺルルとターシャの顔色は曇っていた。
(あ、しまった!7才の子どもがこんなに戦えるなんて変だよね…)「な、なんだい?」
ぺルルに対してレヴィードの心は冷や汗ダラダラであった。
「…あれ程の武技を何処で?しかも戦い慣れしているようでしたが…」
「あれはその…実は僕にもよく分からないんだ」(一応は甦ったばっかりだし、不可思議な現象ってことで押し通そう)
「…?」
「なんかこう…ああいう風に戦えば良いっていうのを知ってたというか…。甦ってから自分ではない何かが僕の中にあるような気がしてね」
「…」
憂いを含むレヴィードの表情(の演技)にぺルルもそれ以上は踏み込めない様子でいた。
(よし。上手くいった)「すまないね、気味の悪い話で」
「…い、いいえ。私も失礼致しました」
(ごめんよ。言ったところで信じてくれないだろうし、信じたとしても面倒になりそうだからね。でもいつかは必ず話すよ)「ううん。謝らなくていいよ。あ、でも父上には言わないで欲しいな。僕が甦ったり家を抜け出しそうになったりする上に、さらにこれ以上心配の種を増やしたら父上の胃に穴が空きそうだからね」
レヴィードは笑ってこの話を締めることにした。
その後ピクニックはお開きとなり、盗賊団の事後処理でしばらくルートシア家は忙しくなった。調査の結果、盗賊団は東のドーン地方で行われた盗賊団討伐から逃れた残党であることが分かり、全員の身柄をドーン地方の統治貴族・スーロン家に引き渡して今回の盗賊騒動は決着した。その騒動から数日後、レヴィードはバルデントに呼び出された。
「父上。お呼びでしょうか」
レヴィードが執務室に入ると、バルデントは手を組んで座っており、その横には執事が立っていた。
「…レヴィード。何でも今回の盗賊団の残党退治にはお前の力が大きかったと聞いている」
(まぁ口止めはしたけど、普通話すよね)「いいえ。ぺルルとターシャがいたからこそですよ。僕はただこの家で学んだ知識と技術で自分の出来ることをしただけです」
「そうか…。しかしお前の頑張りがあったのも確か。何か褒美をと思うのだが…何が欲しい?」
バルデントはレヴィードを鷹のような眼で睨む。
(僕が欲しいモノ…。どうせならダメ元でもう1回頼んでみよう)「…では父上。今一度改めてお願い致します。僕が今欲するのはこの世の見聞を広めることです。机上の書物や他人の伝聞ではない、己の足で歩き、己の耳で聴き、己の目で見た世界を知りたいのです」
「…そうか。そういうワガママなところはあの日の前と変わらんな。…例のものを」
「はい」
バルデントの命令で執事が棚から箱を持ってきて、それをレヴィードの前で開けて見せる。
「これは…」
箱の中身は服であった。しかしそれは貴族らしい豪華なものではなく、丈夫な生地で出来たシンプルなもので、くすんだ白のシャツと青のハーフズボン、それに黒のブーツに白地に水色のラインが引かれたジャケットが入っていた。
「旅に出たいのであろう。ならばしっかり旅が出来るかどうかの試験を受けてもらう」
「試験…ですか?」
意外なワードにレヴィードはきょとんとしてしまう。
「うむ。ちょっとした届け物の御使いに行ってもらう」
そう言ってバルデントは一通の封書を取り出す。
「お前にはロマニエに赴き、この封書をダンテシス・ローザリアに届けてもらう」
(ダンテシス・ローザリア…軍部を司る中央貴族、それでいてラティスのお父さんだ。かなり豪快な面白い人だったなー)
レヴィードが初めてダンテシスに会ったのはラティスに連れられてローザリア家に行った時であった。娘の旅立ちに必要以上に舞い上がる子煩悩でガハガハ笑いながら酒を飲む豪傑、楽しそうなオッサンというのがレヴィードの印象であった。
「私とアイツは親友でな。ルートシアの名を出せば通してくれるだろう。そして届け終わったらここに戻って報告すれば立派に旅が出来ると判断して、好きなところを旅して良いぞ」
「ほ、本当ですか!」(今日から行けばフィーナ達がいるロマニエになんとか間に合う!やったね)
「ただし」
コンコン
バルデントが何か付け足そうとした時にドアがノックされた。
「来たか。ちょうど良い。入れ」
「…失礼します」
部屋に入ってきたのはぺルルとターシャであった。しかし、その姿は普段のメイド服とは大きく異なっていた。
ぺルルは緑のノースリーブの上着に黒のホットパンツ、黒地に赤の縁取りの金属の脚甲に黒の旋棍を携え、
ターシャは茶色の軍服のような上着に赤のベレー帽、白のプリーツスカート、黒のニーハイソックスに茶色の靴を履いて弓を携え、
そこに立っていた。
「ぺルルとターシャにはお前の護衛と同時におかしな寄り道をせんようにするお目付け役として同行してもらう。良いな」
「何の問題もありません」
「二人も愚息のこと、頼むぞ」
「…はい。お任せ下さい」
「が、頑張りまひゅ!」
「それではレヴィードよ。お前もこの服を持って自室に戻って身支度を整えてこい」
「はい!」
レヴィードは今までで一番の返事をして部屋を急ぎ足で出ていった。
その数分後、レヴィードは貰った新しい服を纏った上にウェストポーチを付けた格好で玄関から飛び出す。そこにはぺルルとターシャが既に待機していた。
「お待たせ」
「…いいえ。問題ありません」
「坊っちゃま。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね」
出発前の挨拶を終えてレヴィードは歩き出し、ぺルルとターシャもそれに続く。
「あっ!」
レヴィードは屋敷の門を潜る直前で何かを思い出したように回れ右をする。
「父上!行ってきます!!」
お辞儀をして叫んだ後、レヴィードは再び歩き出した。
こうしてレヴィードの旅は始まった。
ようやく旅立てました。ここから本格的にレヴィードの冒険が始まります。