第58話 曲者揃い
「さぁ、赤の予選も中盤!閃光の貴公子ヒュージ、魔弓のクロニエルなどの有名冒険者も含めおよそ半数が脱落した大混戦!」
赤の予選の激戦ぶりに実況と観衆のテンションもヒートアップしていた。
「現在残っている注目の選手はこの町で道場の師範を務めつつ冒険者として町に貢献する鋼鉄棍の義将リーマオ・ウンジェイ!」
リーマオは自慢の六角棍で出場者を打ちのめしていくが、その視線はレヴィードを流し見ていた。
「おっと、あちらでは虎耳の女傑トリミア・ティグースと今大会随一の巨漢で鬼人種の雄、鉄鬼のドンボーゼが対峙しているぞ!」
トリミアとドンボーゼは睨み合うが、先に動いたのはトリミアであった。ドンボーゼの長身を越える大ジャンプから極曲剣を振り下ろす。
カキン
しかしドンボーゼの皮膚は中に鉄でも仕込んでいるような異様な固さで刃を通さず、トリミアは後方に宙返りした。
「ちっ!かってぇな!」
「おぉでぇはぁ、かぁたぁいぃぞぉ」
「吠えよサーラギアス!!」
「うおっ!?馬鹿野郎危ねぇな!」
トリミアの背後からドラゴンの火炎のような赤紫色の炎の烈風が走る。
「おっと乱入してきたのは地獄の炎を宿す魔剣サーラギアスを振るう魔剣士シャルティエル・ニューブロー!んんん?そしてそして赤の予選の注目株、その可愛らしい見た目に反して実力は本物!今大会のダークホースである剣の神童、レヴィードにも動きがあるようだぁぁ!対峙しているのは黒い噂が絶えないベルドーアだ!!」
実況の言うようにレヴィードは厄介な者と対峙していた。引き締まった胸や腕や脚の筋肉をさらけ出すように軽装で拳打剣を持った鉄仮面の男である。
「注目されてるなぁ小僧」
「実況の人が勝手に言ってるだけだよ。それよりもソレは何をしているんだい?」
レヴィードはベルドーアを冷めた目で睨んでいた。ベルドーアの足元には服がズタズタに引き裂かれて肌と下着が露になったエルフの女性が横たわっていた。エルフの女性はガタガタ震えていたが、声も出ず、脚の小さな傷穴から血を流していた。
(さっきのクロニエルさんの麻痺の矢で動けないのかな)「その子は動けなくて戦闘不能状態だ。追撃は必要ないはずだよ」
「追撃?違う違う。たまには見られながらって言うのも乙なもんだ。特にエルフみたいな高潔な種族なら燃えるぜぇ?」
「…腐れ外道」
変態かつ下衆な笑い声で話すベルドーアにレヴィードはただただ嫌悪の念しか湧かない。
「はっ!」
レヴィードがベルドーアに斬りかかる。
「ほっ!はっ!」
レヴィードが横払い、右切り上げと仕掛けるがベルドーアは少し飛び退けながら避ける。
「こっちから行くぜぇ?オラオラオラオラ!!」
ベルドーアは拳打剣の突きでレヴィードを襲う。さながらマシンガンパンチのように突きの連打が来るがレヴィードは見切って突きを捌き、反撃に面を一発加える。
「…!」
シロザクラに強度が耐えられなかったのだろう、ベルドーアの鉄仮面が割れると恐ろしい素顔が明かされた。片目が潰れ、鼻が捻れ、頬が爛れ、口が大きく歪んだ醜悪な顔である。
「昔は顔が良かった。女が毎日取っ替え引っ替えに来て抱いてくれぇって言うくらいになぁ。だがある日、モンスターの討伐依頼で酸花獣と戦った」
酸花獣とは蔓内の水分の流動運動によって四足歩行の獣のように移動できる植物のモンスターで、鋼鉄も一瞬で溶かす強酸を持っている。
「そのクソったれ…俺の顔に酸をぶっかけやがって!それから俺の人生は変わった…。顔が歪になった途端、抱いていた女達は汚物を見る目で俺から逃げていった!だからこれは身勝手な女共へに復讐だ!!俺には女を辱しめて蹂躙し征服する権利があるんだよぉ!!死ね、小僧!!」
鬱憤を吐ききったベルドーアはフックのラッシュのような要領で拳打剣の突きを繰り出しながら突進してくる。
「くっ!」
突進しながらの連続突きにレヴィードは後退しつつ捌くしかない。そうしている内にもレヴィードの背後に舞台の際が迫る。
フッ…
(消え…)「ぐっ、ぎゃああ!?」
ベルドーアはレヴィードが姿を消したと思った瞬間、視界が石床に沈み、両脚に激痛が走った。
「な、何…しやがった…」
「転んだだけだよ」
レヴィードは視界が狭くなるという突進技の性質を利用して、わざと転んで横に寝そべり、自身の体で突進の勢いに乗ったベルドーアを躓かせ、素早く起き上がって両脚の腱を斬ったのだ。
「話は聴いたよ。可哀想だけど」
「…だけど?」
「同情の余地はないね。水飴波」
レヴィードはベルドーアの顔に水飴波のドロリとした粘液を垂らす。
「少し時間が立てば鼻や口の中に入った粘液が固まるよ。じゃあね」
レヴィードは冷たく突き放してベルドーアから離れた。
「うぉぉお!」
「ん?」
途中で誰か来たが、レヴィードはそれを適当に斬り捨て、とある場面に出くわした。
「はっ!よっ!」
レヴィードが目にしたのはキースとリーマオの一騎打ちである。一見するとキースが攻めて有利そうだがリーマオはキースの攻撃をいなす。
「…甘い!」
「ぐぉっ!?」
リーマオは一転して攻勢に転じて2、3打ち込んだ後に槍を弾き飛ばして鳩尾に重い突きをキースに食らわせた。キースは吹っ飛ばされて舞台外に落ちてしまった。
「キースさん!」
「そなたの仲間か?」
「いいえ、知り合いです」
「そうか」
短い問答を終えるとリーマオはレヴィードに六角棍を振るってきた。重たく素早く変幻自在な動きの棍はレヴィードを捉え続けるが、レヴィードも負けじと食いつく。
(なんと言う少年だ…。並みの者なら打ち負かせる頃だが某の動きに完全に対応出来ている…)
(よしついて行けてる)「はっ!」
レヴィードが反撃とばかりにリーマオに縦横突きを織り交ぜた乱撃を仕掛けた。
(むっ!)
リーマオは十何合か打ち合って何かに気付き後ろに飛び退いた。リーマオが自身の六角棍に目を向けると一部分がヒビ割れていた。
(なんと…。まさか同じ箇所を攻撃して武器破壊を狙うとは…。しかもこの六角棍、某が師匠から賜って使い続け15年余り…ヒビはおろか傷1つ付いた事はないが…技量も武器も一流の域にある)
「はあぁ!」
レヴィードは駆けてリーマオとの間合いを詰める。
(しかもまだ7才…。あと10年20年と修行すればどんな化け物になる!?)
「そこっ!」
レヴィードの強さと可能性に戦慄を覚えたリーマオは僅かに棍捌きが鈍ってガードを崩される。
「…!砲雷拳!」
レヴィードは咄嗟に接近戦用の魔法をリーマオの腹に放つ。
「ぐおおおぉぉおお!」
リーマオは吹っ飛ばされたが六角棍を石床に突いて踏ん張り、場外は免れた。
(何故…なっ!)
リーマオがレヴィードを見ようとした時、レヴィードがいた位置は赤紫の炎に包まれていた。
レヴィードとリーマオに割って入った炎の主はすぐに判明した。
「実況で聞いたよ。シャルティエルさん…だね」
「ああ」
「さっきもやってたけど割り込みの不意討ちは顰蹙を買うよ」
「疲弊したところを狩る。これは知略だ」
シャルティエルは真紅のマントをはためかせ、赤紫色に燃える剣をレヴィードに向ける。
「流瀑水」
「吠えよ、サーラギアス」
レヴィードは牽制に水の魔法を、シャルティエルは迎撃にサーラギアスを振って炎を飛ばす。
ジュアアアッ!
「くっ!」
レヴィードの流瀑水は炎に飲まれて蒸発し、全く威力が減衰しない炎はレヴィードを襲うが、レヴィードはそれを転がってかわす。
「無駄だ。サーラギアスは地獄の炎の魔剣。貴様の水の魔法など意味を為さん。コップ1杯の水で山火事を消すに等しい愚行と知れ」
(これが魔剣か…)
武器の中でも魔剣は特殊なものである。
魔力が宿る剣と書く、字の如くの武器だが、魔導師が放つ魔法とは違って剣そのものから魔力が生み出されるため剣が破壊されない限りは魔法をほぼ無制限に放ち続ける事ができ、その持ち主の魔法適性の有無や加護属性に関係なく魔法を撃てる事から最強の武器と位置付けられる事が多い。
ただし一般では販売されておらず、洞窟や遺跡から偶然発見するか持ち主が死んで手離されたものをオークション等で高額で競り落とすかくらいでしか手に入らない稀少品である。
「今度はこちらから行くぞ」
シャルティエルは燃え盛るサーラギアスで襲いかかる。
「シャルティエルの禍々しい炎がレヴィードに猛攻を仕掛けますがここまで来たレヴィードもさすが、凌いでいます!!」
レヴィードとシャルティエルの剣戟は何十合にも及び、お互いに決定打が入らない。
「ふん」
「はっ!」
(掛かったな、阿呆め)「吠えよ、サーラギアス!」
シャルティエルが一瞬の隙を作ったと思ったレヴィードが斬り込むが、それはフェイントでシャルティエルはサーラギアスの炎を放った。
(しまった!殺られた!)
レヴィードは踏み込んでしまい、かわす余裕もなく魔法での防御も間に合わない。確実に炎に焼かれるとレヴィードは思った。子どもが丸焦げに焼かれる光景に観客も悲鳴が上がり、目を覆う。
(ん?)
(これで仕留めた!)
「はっ!」
「何!?」
しかしレヴィードは反撃の一打を加える。シャルティエルはギリギリかわしたが服の腹部に横の切れ目が入る。シャルティエルは計算外の事態に困惑する。
(馬鹿な…。サーラギアスの炎は確実に奴を捉えていたハズ…)
しかし現実には、レヴィードは全くの無傷であり、髪も服も一切燃えていない。
一方のレヴィードも助かったものの、何で助かったかは完全に理解していなかった。
(炎を喰らったと思った瞬間…なんか炎が鞘に向かった気が…)
「くっ、天祐がそう続くと思うな…!」
シャルティエルは焼けなかった事への動揺を振り払うようにサーラギアスの炎を放った。
(試そうかな…。まぁ炎竜王の牙だから炎は大丈夫だろう)
レヴィードは先程見た不思議な現象を確かめるため、その飛ばされた炎に向かってシロザクラの鞘を投げてみた。
ヒュオオオン!
すると、サーラギアスの炎がまるで鞘に吸い尽くされるように消えた。
(そうか!理屈は全然分からないけど炎竜王の牙は炎を吸収する特性があるのか!ならサーラギアスに勝てる!)
レヴィードは一気に走って鞘を拾い、シャルティエルの懐に飛び込む。
「何をしたかは知らんが、直接斬り捨てるまで!」
「なら、これでどうだい!?」
シャルティエルはサーラギアスに炎を纏わせてレヴィードに振り下ろすが、レヴィードはそれをシロザクラの鞘で受け止める。
ヒュオオオ…ボロンッ
「えっ?」
「がはっ!?」
レヴィードの想像通りシロザクラの鞘はサーラギアスの炎を吸ったが想像以上の事が起きた。サーラギアスが炎を失うと木炭のように真っ黒く染まってボロボロと崩れ、受け止める力の勢いが余った鞘の一撃がシャルティエルの頬に命中したのだ。
「サー…ラギアス…。サーラギアス!」
シャルティエルはすぐにサーラギアスを拾おうとするが見るも無残な形となっていた。もはや魔剣はおろかただの剣としても使えないただの炭の塊になっており、辛うじて残った柄の部分がそれが剣だったと物語らせる。
シャルティエルはサーラギアスを拾おうと手にするが粉々に砕かれ、掌に真っ黒な炭のカスが付いただけだった。魔剣士という肩書きを失い、シャルティエルは完全に戦意を喪失した。
その後も闘いは続いたが出場者はほぼ固定されたようなもの、その他の有象無象の冒険者はどんどん戦闘不能となり、予選終了の銅鑼の音が鳴り響くのに時間はそう掛からなかった。
「予選決着ぅぅ!見事赤の予選を通過した4名は…まずは猛虎の女傑、トリミア・ティグース!!」
名前を挙げられたトリミアは勝利のガッツポーズで観客の注目を集める。
「続いて鋼鉄棍の義将、リーマオ・ウンジェイ!」
リーマオは謙虚に小さく手を振る。
「3人目、鉄鬼のドンボーゼ!」
「ヌオオオ!!」
ドンボーゼはゴリラのように胸を打ち鳴らしながら勝利の雄叫びを響かせる。
「そして最後の1人はその闘いぶりからもはや誰も実力を疑わない!剣の神童、レヴィード!!残った出場者達に惜しみ無い拍手を!」
実況の言葉に応え、観衆から町中に響くような拍手の大喝采の中で赤の予選は幕を閉じた。




