第57話 赤の予選
「それでは第1予選は赤のカードの方から始めます。30分後に始めますので、それまでに出場ゲートへお越し下さい」
試合のアナウンスを最後に開会式が終わった。
「早速僕の出番か。行ってくるよ」
「…ご武運を」
「レヴィード様、頑張って下さい」
「この程度は通過してもらわないとな」
「がんばるだよぉ」
「激励」
仲間達から励ましの言葉を背に受けてレヴィードは石段を降りていった。
出場ゲートの入り口は1階からさらに降りた地下にあり、ギルドの職員が受付をしていた。そこには赤のカードを持つであろう冒険者達の行列が2列に渡って並び、100人前後はいそうな大人数である。冒険者達はこれから潰し合う敵同士ということで互いを牽制するように睨みを利かせ、ピリピリとした重い空気が地下通路を満たしていた。
「よう。レヴィードじゃねぇか」
不意に声を掛けられてレヴィードが振り返ると、そこには見知った顔がいた。
「あ、キースさん。久しぶり」
カナマンの手前やセプトなど旅の途中で何度か顔を合わせた冒険者ジェイクの仲間である槍使いのキースである。
「キースさんもここに来たということはジェイクさんも?」
「おう出るさ。ただアイツは白のカードだから今はカレンとメリーと一緒に応援席にいるぜ」
「(白か。ティップと同じ組みだね)そうですか。僕の仲間も応援してくれているのでお互いにちゃんと戦わないとですね」
「だな。まぁお前にも手ぇ出すかもな」
「その時はお手柔らかに」
勝負時の精神は侮れないものがあり、緊張でガチガチに張りつめるよりも適度な余裕が必要である。そういった意味で、知り合いと話して和んだレヴィードとキースは運が良かった。
「次の方どうぞ」
予選開始まであと15分というところでレヴィードとキースの番が来た。
「ん?坊や。ここは登録した冒険者がk」
「しました」
レヴィードは見た目故に迷子と勘違いされたのだろう。受付の男性に指摘される前に冒険者プレートと赤のカードを提示した。
「確かに…。失礼しました、こちらをどうぞ」
受付は肩透かしを食らったような顔をしながらアルファベットのAと書かれたプレートをレヴィードに渡した。
「予選開始のアナウンスの前に我々が呼びに行くのでそれまで控え室で待機していただきます。Aの控え室はこの奥の通路の右側を進んだ先にあります」
受付の案内に従ってレヴィードとキースは通路を進むと分かれ道のところで別々の方向を進む。
「俺はBだからこっちみたいだ。舞台で会おうぜ」
「うん」
レヴィードはキースと一旦別れて通路を道なりに進むと選手控え室Aと書かれた扉があった。
レヴィードはその扉を開けて中に入ると、既に数十人の冒険者達がベンチに座っていたり壁に寄りかかっていた。レヴィードが一瞥すると、種族は主に人間と獣人種、珍しいところで大柄な体格で頭に角を生やし、自身の地元からは出ようとはしない鬼人種もいる。各々が持っている武器はオーソドックスな剣や槍から、ツルハシに似た形状の戦嘴や拳に握って刺突をパンチのように繰り出す拳打剣などバラエティに富んでいる。
部屋内には先程の行列と同じピリピリした空気が漂い、レヴィードは黙って部屋の片隅のベンチに座った。
「来たな…」
「…ん」
試合が始まるまで気分を落ち着かせたいと思っていたレヴィードを妨げたのはパンジャに来てから何かと因縁深いオモラシ剣士である。
「今さら謝っても遅いからな。この予選で君を斬ってやる」
「…」
レヴィードは口で応えるのも面倒くさいと思い適当に視線を逸らした。
「この!何か言えっ!?」
オモラシ剣士がレヴィードに詰め寄ろうとした瞬間、横から棍が飛び出し、オモラシ剣士の顔面の目前を遮る。
「…騒がしいぞ」
その棍の持ち主はレヴィードの隣のベンチに座っていた40代くらいの人間の男性で、高身長でゆったりとした深緑色の拳法着を着ていた。その男性は鋭い眼力でオモラシ剣士を威圧する。
「…」
オモラシ剣士は完全に気圧されたようで無言で引き下がった。
(金属製の六角棍…)「ありがとうございました」
「うむ」
レヴィードは礼を言うと、その拳法着の男性は礼儀正しさに関心を持ったのかレヴィードに話しかけてきた。
「そなた歳は?」
「まだ7歳です」
「そんな歳でこの大会に?」
「実力があるならば歳は関係ないと思いませんか?」
「…ふっ」
「おかしいですかね」
「失敬。良い意味で子どもらしくないのが実に面白くてな。某はリーマオ。手合わせを楽しみにしているぞ」(自然体でありつつも堂々とした構え。その辺の参加者よりもできる。子どもと高を括れば苦戦は必定か)
「僕はレヴィードと言います。こちらこそよろしくお願いします」(この人…きっと強い。体格に目が行くけど服から見える腕と足は細め…引き締まった密な筋肉だ。あんな鉄の塊みたいな重い六角棍を振り回せるなら剛と柔を兼ねた難敵かも)
お互いに佇まいから大凡の力量を推し量れたのか、レヴィードとリーマオはそれ以降は特に言葉を交わさずに予選開始を待った。
控え室で立って待つ人が増えてきた頃、扉が開いてギルドの職員が入ってきた。
「これより舞台の方へ入場していただきますのでご案内します」
職員の言葉を待ってましたと言わんばかりに出場者達がザッと立ち上がって列になって控え室を出ていく。レヴィードは列の前の方におり、オモラシ剣士やリーマオは後ろの方にいる。長い廊下を歩いていると上へ行く階段が現れ、そこを昇ると外の光と舞台が見え、観客の歓声が僅かに聞こえてくる。
「それではアナウンスがありましたら舞台へ入場し、好きな位置で試合開始の合図までお待ち下さい」
職員はそう言って端の方に移動した。
「それでは出場者の入場です!」
アナウンスはそう間を置かずに流れ、レヴィード達出場者が一斉に歩き出した。建物を出て木製の跳ね橋を渡り、石造りの舞台に踏み出す。反対側の跳ね橋からもBの控え室の出場者達が同じように出てくる。舞台は実際に立てば上から見た以上に広く感じられ、高さは2mくらいで戦闘中に落ちれば復帰は難しいであろう。
(さてと)
レヴィードはどの位置に陣取ろうかと辺りを見渡す。
(ん?)
反対側の跳ね橋から来た出場者の中に弓を持つエルフを見かけた。
(味方がいない乱戦で弓…ねぇ)
一見不利なように見えるが、選んだ以上絶対の自信があるのだろうと考えたレヴィードは真っ先に狙われないように人が密集する場所に立った。それからレヴィードは辺りを見渡してぺルル達がどの辺にいるか探してみる。
(こうも人がいると探せないな)
「さぁ。赤のカードの出場者が出揃いました!」
実況席からギルドの職員の声が響くと、跳ね橋が上がり、出場者が身構える。
「それでは、予選開始!!」
実況席に据えられた巨大な銅鑼の轟音の合図で赤の予選の火蓋が切って落とされた。
試合開始早々レヴィードはシロザクラを抜刀すると真っ先にやって来た者がいた。
「死ねぇ!」
レイピアを突きつけて突進してきたのはオモラシ剣士である。
「おおっと!最初に大きく動いたのは最近噂になっているイケメン冒険者にして閃光の貴公子の異名を持つヒュージ・ゾラークです!その剣の冴えで誰を葬るのか!?」
(ふーん。そんな有名人だったんだ)
実況でオモラシ剣士の本名を初めて知ったレヴィードはヒュージを待ち受ける。
「うおおおおぉお!!」
(遅い。カーン卿と比べれば雲泥の差だね)
閃光の渾名が付くほど本来ならば見切るのも困難な速さであろう。しかしレヴィードにしてみれば、ほんの数日前に命賭けで戦ったカーンの斬撃が全速力で飛ぶ燕とするならばヒュージの突きはのっそり歩く亀くらいの体感である。レヴィードはヒュージの突進からの乱れ突きをシロザクラであっさり捌き、左斜め下からの鋭い切り上げで弾いた。
ペキン
するとヒュージのレイピアが木の枝よりも容易く真ん中からポッキリ折れ、折れた先っぽが何処かに吹っ飛んでしまった。
(ば、馬鹿な!純ミスリル製の最硬のレイピアだぞ!?どんなに硬いモンスターの鱗でも紙のように突き通して今まで歪みもしなかったレイピアが…折れた!?)
「どうしましたヒュージさん?」
ヒュージの動揺を余所にレヴィードは斬り進んでくる。ヒュージはレイピアが折れたことを受け止め切れないまま動揺し、防戦一方となる。
「これでおしまい」
レヴィードは隙だらけのヒュージの脛を突いた。シロザクラは履いていたブーツの革も容易に貫き鮮血を吹かせた。
「ぐあっ!ぶあっ!?」
ヒュージが激痛で体勢を崩した瞬間、レヴィードの回し蹴りが顔面に入り、後ろに大きくよろけた。そしてヒュージはレイピアが折れたショックで全然気付いていなかった。そこが舞台の際であったことを。
「うわぁああ!」
愛用のレイピアをへし折られ、こんな小さな子どもに一方的に負けてヒュージの自尊心もへし折られた瞬間だった。ヒュージは舞台から落下して小も大も漏らした。
「なんという大番狂わせ!あの閃光の貴公子が最初に脱落!そして脱落させたのは大会出場者の中で最年少のレヴィードだ!!」
(あんまり名前出して欲しくないんだけどな)
大盛り上がりの観衆を尻目にレヴィードは冷めており、危惧した通り、周囲の参加者達は標的をレヴィードに切り替えて向かってきた。
「相手はガキだ!」
「潰してやるぜ!」
「チョーシに乗るなよ!」
剣を構えて突進してくるがレヴィードにとっては隙だらけでしかない。
ザシッ、ザシュッ、バシュッ
すれ違い様にレヴィードは向かってきた出場者の脇腹や膝を斬る。
「ぎゃっ!」
「いてぇ!」
「ぐふっ!」
「っ!!」
レヴィードは3人斬り抜いた後、直感的に後ろに跳ぶと六角棍が振り下ろされ、レヴィードがいた位置の石床が数cm陥没した。先程会話したリーマオである。
(しまった!)
レヴィードはリーマオの振り下ろしをかわすために咄嗟に跳んだがすぐに後悔する。先程の弓を持ったエルフから矢が2本放たれていた。
(あまり手を晒したくないけど、しょうがない)「飛氷槍!」
レヴィードは飛んできた矢を撃ち落とさんと飛氷槍を放つ。
スルッ、スルッ
しかし矢は意思を持った生き物のように飛氷槍を器用に避けた。
「くっ!」
レヴィードは飛んできた矢を空中で斬り払って石床に転がるように着地した。
(今の動き…。相手はエルフだし、風の魔法か何かで矢の軌道を操作したのか…)
「おおっと!ここで撃破数を伸ばしてきたのはAランク冒険者で魔弓の異名を持つエルフ、クロニエル・ガーランド!狙った獲物は必ず穿たれる魔弓に次々と出場者が沈んでいくぅぅ!」
矢には痺れ毒か何か塗ってあるのだろう。矢が刺さった者は地面に倒れて戦闘不能に陥っている。
(あの矢をなんとかしないと…一体何本矢を…)
レヴィードは斬り払った矢に目をやるとその矢はひとりでに浮き上がってクロニエルの方へ戻り背中に背負っている矢筒に装填された。
(矢を破壊しない限り無限に戻るのか…。…よし)
レヴィードは何かを閃いたのかクロニエルの方へ向かっていく。
「なぁんと!レヴィードがクロニエルに突っ込んでいく!接近戦ならば分があると判断したか!?」
そんな実況でもクロニエルは静かに矢を引き絞り、レヴィードに放った。
(今だ!)
なんとレヴィードは飛んできた矢を斬り払わずに手で掴んだ。そして矢を折ろうとギチギチ曲げるがCみたいな形までしなってもなかなか折れない。
(矢を素手で掴む…。優れた反射神経と矢が刺さる事を恐れない度胸がなければ出来ない芸当だが…愚かなり)
クロニエルは魔法で矢を引き戻す。レヴィードの手から離れた矢は高速でクロニエルの矢筒に納められた。
ニヤリ
(…笑った?)
クロニエルがレヴィードの笑みに気付いた時には遅かった。
「落雷」
レヴィードの詠唱と共にクロニエルの矢筒に向かって雷が落ちた。実はレヴィードは矢を素手で折ろうとするフリをしながら招雷剣を矢じりに掛けていたのだ。
「むぅ…」
クロニエル自身は魔法防御に優れた防具を装備していたので大したダメージはないが矢筒の矢はそうはいかない。矢は特別な木で作られた特注品で、剣などで斬れず自動で追尾・装填してくれる自慢の矢だったが所詮は木製。雷に焼かれて全て使い物にならなくなってしまった。
(子どもだと油断した自分がいた…。すぐに解決策を見出だす判断力、それをやってのける技量…。後生恐るべしとはこの事か…。矢が無い射手など翼がもげた鳥も同然。ここは完敗を認めよう)
「どういう事だ!?魔弓のクロニエルが自分から試合放棄だ!」
クロニエルはレヴィードを内心で褒め称えると自ら舞台を飛び降りた。




