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第55話 ブリケット孤児院の人達




「着きました。港町パンジャですぞ」


スーロン家の衛兵が伝えるとレヴィード達はよろよろと馬車を降りた。

港町パンジャ。東に渡るヤトマ大陸への連絡船が出る港町であり、ヤトマとの交易による影響か武器屋の剣や建物の造りなどヤトマに似た雰囲気が出ている。


「あ、ありがとう…ございました」


「おう。大会頑張りなよ!」


スーロン家の衛兵はレヴィード達をパンジャに送り届ける任務を終えると帰っていった。


「みんな…大丈夫?」


「…なんとか」


「ちょっと…無理…です…」


時間は日が沈みだした頃、カーンの言う通りレヴィード達は日没前にパンジャに到着したが、その速さとそれに伴う馬車の揺れで酷い乗り物酔いに陥っていた。ティップやターシャは途中休憩で降りた時に吐いており、他のメンバーも疲れて顔色が青ざめ、唯一無事なのは生物ではないソシアスだけである。


「とりあいず受付は明日にして宿を取ろう…」


「んだな…」


「それが良い…」


レヴィード達は早くベッドで横になりたいと重い足を引き摺ってパンジャに入っていった。

しかしレヴィード達は突然の出来事のせいとはいえ、思わぬ事を失念していた。


「申し訳ありません」


「ただいま満室になっております」


「またの機会のお越しをお待ちしています」


レヴィード達はパンジャにある3軒の宿屋に泊まることは叶わなかった。


「そーだよね。よく考えれば分かることじゃないか」


現在パンジャでは勇者武芸大会でお祭り騒ぎになっており、数多の冒険者パーティーが殺到している。宿屋がどこも満室という事態になるのも必然であろう。

レヴィード達は宿屋が取れなくて外で野宿かと町の広場で落胆していた。


(さて、ひと休みしたら外へ…ん?)


レヴィードはふと街中に目をやると見知った姿がいた。忘れもしないサイドテールに結った黒髪に背中に差した長剣、レヴィードがセプトの掘削現場で剣と魔法を交えたあの女剣士である。


(あの人も来てるんだ…)


レヴィードはそんな風にボーッと思っていると不意に街中の喧騒を裂く一悶着を耳にする。






レヴィード達が人混みから騒動の中心を覗くとそこには美形の男性の剣士と女性の魔法使い、それに泣きじゃくる子ども数人と一人の白髪混じりのおばさんがいた。


「全く!この美しい相棒(ビーナス)の靴にジュースをかけるとは!!どう弁償する気なのかな?」


「す、すみません…。子ども達をしっかり見ていなかった私の責任です…。弁償でも何でも致します。ですから、どうか子ども達には…」


威圧的に迫る男性の剣士におばさんは深々と頭を下げることしか出来なかった。


「やめろ~!」


「おはなつぶしたからでしょ!」


5才くらいの小さい男の子と女の子が男性の剣士に抗議する。


「花?こんな貧相なものがかい?」


男性の剣士は路上に散らばる1本1本綺麗な色紙に包装された一輪の花達を踏みにじる。その様を後ろにいる女性の魔法使いは愉悦そうに眺めている。


「やめて~!」


「ぼくたちのおはな!!」


そんな子ども達の悲痛な叫びにレヴィードの堪忍袋の緒が切れた。


「そこまでだ」


レヴィードが騒動の中心へと加わる。


「なんだい?今日はやけに小さい子に絡まれる」


「君達も冒険者だろうに。これ以上恥さらしになるのは同業者としてやめて欲しいのだけど」


「なんだって?」


「君達みたいなのがいるせいで、冒険者が全員がこんなのだと思われるのが迷惑だと言ってるんだよ」


「あっはっは!何この子可愛い!自分の事、冒険者だと思ってるの?」


「全く冒険者ごっこなら家でぇっ!?」


男性と女性の冒険者二人組がレヴィードを嘲る中、レヴィードは男性剣士の下腹部の辺りに納刀状態のシロザクラの突きを喰らわせる。


「うっっ!あ、ああ…」


鞘に納めていたとはいえ突きの威力は絶大だったようで、衝撃は男性剣士の膀胱にまで伝わり、股下からチョロチョロと液体が漏れだす。


「えー。冒険者なのにオモラシかい?かっこわるーい」


「く…。覚えてろ…!」


レヴィードの煽るような口調に男性の剣士は激痛と憤怒と羞恥で顔を真っ赤にしながら女性の魔法使いに支えられて逃げた。


「大会に出るならオムツを忘れない方が良いよー!オモラシ剣士さーん!!」


レヴィードはトドメと言わんばかりに広場にいる人々に聞こえるくらいの大声で煽り文句を叫んだ。騒ぎが終わると人々はクスクスと笑いながらその場から散っていった。


「あの…ありがとうございました」


先程の頭を下げていたおばさんはレヴィードにも頭を下げて礼を言った


「いえいえ。同じ冒険者として見過ごせなかっただけですよ」


「え…冒険者?」


「ええ。ごっこ遊びではありませんよ。ほら」


レヴィードは冒険者プレートをおばさんに見せて本物の冒険者であることを証明した。


「失礼しました。まさかこんな小さな子が冒険者なんて…」


「いえいえ。それよりも…」


レヴィードは視線を子ども達に移した。どういう思い入れがあるのか、子ども達は男性剣士に踏まれた花を涙ぐんで鼻をすすりながら見ていた。


「これらの花は?」


「私、孤児院を運営していまして…。その花は子ども達と一緒に育てたものです。こういったお祭りの時に屋台を出して売るんです」


「そうですか…。ねぇねぇ」


レヴィードはおばさんの言葉を聴いて泣きじゃくる女の子に話しかけた。


「このお花たち、お兄ちゃんに売ってくれないかな?」


「ぐっす…え…?」


「1本いくらですか?」


「ひっく…い゛っぽん、どうふ1まい゛でず…」


女の子は涙声ながらも律儀に答えてくれた。


「そう。じゃあこれら全部で…銀符1枚だね」


レヴィードはポケットから銀符を取り出して女の子に渡すと落ちている花を全て拾った。その姿を見てレヴィードを信用したのか、子ども達は涙を拭いてレヴィードに寄ってくる。


「おにいちゃんすごい!」


「ははっ。君達もだよ。怖そうな人だったのに、やめてって言えて偉いよ」


子どもの笑顔が戻ってレヴィードは一安心した。


「いんちょーせんせー!おにいちゃんつれていこう!」


「おれいしなきゃだめってピアナせんせー いってたよー!」


「えっと…」


「あー実は僕、結構な数の連れがいるので…ご迷惑でしたら帰りますよ」


「…いいえ。子ども達を助けてくれましたし、大したお礼も出来ませんが是非いらして下さい」


「ではお言葉に甘えさせていただきます」






レヴィード達はおばさんと子ども達に連れられて、そのおばさんが経営しているという孤児院にやって来た。

孤児院は町の中心から少し離れた所にある大きな平屋造りで、壁のあちこちが黒くくすんで年季が入っているようだが、庭の花畑や玄関口などの手に届く範囲は綺麗に掃除されていて汚いという印象は微塵も感じなかった。


「あ、院長!おかえりなさい。あれ?後ろの方々は?」


孤児院で働いているであろう、そばかすが目立つ素朴な女性が出てきた。


「このおにいちゃんすごいんだよ!わるいおとなをやっつけたんだ!」


「実はこの方達が困っているところを助けてくださってお礼にと連れてきました」


「まぁそうですか。ようこそブリケット孤児院へ」


そばかすの女性は朗らかな笑みでレヴィード達を迎えてくれた。

孤児院の中に入り、レヴィード達は職員専用の部屋に通され、ソファーに座った。


「改めまして。院長のカトリーヌと申します」


「私はピアナです」


おばさん院長のカトリーヌとそばかすのピアナはそれぞれ名乗る。


「レヴィードと申します」


「それにしてもレヴィード君はしっかりなされているのですね。孤児院(ウチ)には貴方よりも歳上の子がいるというのに」


「旅をする以上はある程度の礼節は必要ですよ」


まさかレヴィードの中身が19歳の青年(トロワ)とは思ってもいないであろう、カトリーヌとピアナはレヴィードの礼儀正しさに舌を巻くばかりである。その後、レヴィード達とカトリーヌが出会った経緯やカトリーヌが子ども達と一緒に何をしてたのかなどを話した。


「なるほど。子ども達の自立の練習としてジュースと花売りの屋台を…」


「はい…。(パンジャ)では年に2、3度の祭の時には恒例として認められているのですが…今日のような外部からの人が多い特例の日は避けるべきでしょうか…」


「お恥ずかしい話ですが冒険者はその強さで傲る者も多いですからねぇ」


「せんせー!はちさんがきた!」


レヴィードとカトリーヌが話していると犬耳の男の子が飛び込んで叫んだ。


「またね!」


ピアナは勇ましく立ち上がって部屋を出た。


「蜂ですか…。僕達も手伝います」


レヴィード達とカトリーヌもピアナの後に続いた。

ピアナに付いてレヴィード達がやって来たのは子ども達の遊び場であろう広間である。壁には子どもが描いた絵が貼り出され、絵本が納められた本棚が立ち、オモチャが散らばり、子どもの高さに合わせた低いテーブルと椅子が並んでいる。


「みんな、慌てちゃダメですよ」


「こわいよぉ」


「せんせー…」


子ども十数人を守るように狐のフサフサな耳と尻尾を持つ獣人種(ビーストノイド)の大人の女性が立ち塞がり、その女性の視線の先である天井の角にはブンブンと羽音を立てる蜂がいた。蜂は人間の大人の中指くらいの大きさで濃いオレンジ色の体に黒のブチ模様がある特徴的な見た目をしている。


「結構高い場所にいるわね」


ピアナは部屋の隅に置いてある布団叩きのような棒を持った。


ブンッ!


蜂が天井の角から離れて子ども達の方に飛んできた。


(あの模様は…)


レヴィードは大きくて独特な色の蜂に見覚えがあるのかシロザクラを抜いた。


「はっ!」


レヴィードは走ってテーブルを踏み台に跳んでその小さな蜂の胸部と腹部の境目で真っ二つに斬ってみせた。


「えっ…?」


「すごーい!」


孤児院の子どもと同じくらいの年齢とは思えないレヴィードの身のこなしにカトリーヌもピアナも狐の獣人種(ビーストノイド)の女性もポカンとし、子ども達は大はしゃぎで喜んだ。


「ふぅ…。あの、すいません」


「は、はい…」


「この蜂の死骸を潰さないように台所とかで水に流して捨てて下さい」


「潰さないように?」


「はい。それはハンテンドモウバチと言って毒で死ぬことはありませんが、刺されたら激痛と高熱が1週間は続く危険な蜂です」


「え!?」


「腹部…お尻の方には毒袋の他に匂袋があって、それを潰すと他の仲間の蜂に自分を殺した敵がここにいるぞと知らせる匂いがばら蒔かれてしまってより一層危ないんです。ですから潰さないように水に流して下さい」


「え、ええ」


手際の良いレヴィードの指示と説明にピアナは面を食らいながら従った。


「凄いですね。あんな小さくて速い蜂を…」


「いえ、たまたま上手くいっただけですよ。貴方も先生ですよね?」


「あ、はい。コハクと申します」


狐の獣人種(ビーストノイド)の女性がお辞儀をして名乗る。


「僕はレヴィードと言います。ところで、あの蜂ってよく出るんですか?」


「ええ。実は…」


レヴィードに問われてコハクとカトリーヌは蜂について話した。

なんでも、今年の春の中頃、孤児院の裏の木にいつの間にかあの蜂が巣を作ってしまい、それ以降窓を開けての換気が出来なかったり子ども達の外での遊び時間が減ってしまった、ということなのだ。


「巣を駆除しようにもあの木はこの孤児院の創立時に植えた記念樹でして…迂闊に傷付けたくないんです…」


「ですから冒険者ギルドで依頼を出しても木を傷付けずに巣を取り除くのは無理だと断られて…」


「なるほど…。分かりました。僕がやってみましょう」


「え?本当ですか?」


「やりようはあります。ただタライとか空き瓶とか…色々準備して欲しいものがあるので協力して下さい」






レヴィードはソシアスとカトリーヌを連れて蜂の巣があるという裏の木に来た。


「あれです」


カトリーヌが指差す先には木目柄の瓢箪のような大きい蜂の巣が木にぶら下がっていた。


「よしよし。じゃあ取り掛かります。氷雪牢(コールドーム)


レヴィードが唱えると蜂の巣は一回り大きい氷雪の球体に徐々に包まれた。完全に蜂の巣が氷塊に覆われるとレヴィードは木に跳び乗った。


「ソシアス。この塊をこれから落とすから壊さないようにキャッチして」


「了解」


ソシアスが氷塊の下に着くとレヴィードは木と蜂の巣を繋ぐ部分を斬って氷塊を落とす。ソシアスはレヴィードの指示通りガッシリしつつ割らない絶妙な力加減で受け止めた。


「よし。そのままタライの中に入れて」


「了解」


ソシアスはカトリーヌが用意してくれたタライに氷塊を乗せた。


「じゃあさらに氷雪牢(コールドーム)


レヴィードは今度はタライごとさらに氷雪牢(コールドーム)で覆った。


「えっと…これは…」


「ハンテンドモウバチは寒さに滅法弱いんです。こうして30分もすれば全て凍え死ぬでしょう。それにお楽しみもあるでしょうから中に戻って御期待下さい」


「はぁ…」


カトリーヌはレヴィードの言う事を不思議に思いながらも助けてもらった恩とハンテンドモウバチを斬った頼もしさから信用して中に戻った。

カトリーヌが中に戻ってから約1時間といったところでレヴィードとソシアスが帰って来た。


「お待たせしました。巣の駆除は終わりましたし、お土産も採れました」


「お土産?」


カトリーヌら孤児院の職員達が首を傾げるとレヴィードはテーブルの上にお土産と称した赤黒くなった瓶5個と粉末の入った袋を並べた。


「これは一体…」


カトリーヌらがまず目を奪われたのは瓶に詰められた液体である。赤黒く煌めくルビーのような色でネットリとしている。


「それは蜂蜜です」


「はちみつ!?」


「おいしいの!?」


レヴィードの蜂蜜発言に子どものテンションが一気に上がる。


「うん。とっても美味しいよ」


「蜂蜜が…採れたんですか?」


「はい。ハンテンドモウバチは越冬のために食糧となる蜂蜜を貯めるのですが、春と夏を経たこの時期は特に甘味が強く栄養価も高い極上のものです。この瓶1個でもたぶん銀貨数枚くらいの価値があるかと…。それとこっちの粉末は蜜蝋…蜂の巣を粉々に砕いたものです」


「え…蜂の巣を…?」


「これを水に溶かしてクリーム状になるまで煮詰めたらバターみたいな甘味とコクがある油脂になります」


「まぁ…」


レヴィードの説明にカトリーヌ達は目を丸くして感心した。

その後、レヴィード達は蜂退治と蜂蜜・蜜蝋の礼としてカトリーヌ達に夕食を馳走して貰った。


「すいません。ご馳走になっちゃって」


「いえ。こちらこそおもてなしと言いつつもこんなもので申し訳ありません」


「いえいえ。その分楽しいですよ」


「そう言っていただけるとありがたいです」


カトリーヌの言うように献立(メニュー)は野菜スープや今日採った蜂蜜を付けたパンなど宿屋と比べればだいぶ質素であったが、とても温かみがある食卓と子ども達の明るい雰囲気でレヴィード達はなんともほっこりした気分で楽しめた。

食事が終わり、子ども達が寝る前の歯磨きなどの準備をしている頃、レヴィードとカトリーヌは職員用の部屋にいた。レヴィードは申し訳なさそうにカトリーヌに尋ねた。


「…あの、図々しいお願いなのですが…」


「なんでしょうか?」


「少しの間、ここに泊めていただけませんか?」


「えっ?皆さんをですか?」


「はい。僕達は勇者武芸大会に出るためにパンジャに来たんですが、出遅れて宿が取れなかったんです。当然、宿賃代わりにお金は支払いますし、出来る事があれば孤児院のお仕事も手伝いますので1週間ほど泊めてくれませんか?」


「お泊まりするのは構いませんが…その…宿のように良い寝床は用意出来ませんし…」


「いえ。寝れる場所があって楽しみもある。それで充分ですよ」


「そうですか…。分かりました。では子ども達を寝かしつけ次第寝床の準備をしますね」


「突然のワガママを了承して下さり、ありがとうございます」


レヴィードは立ち上がって、カトリーヌに深々とお辞儀をした。






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