第49話 巨大獣を撃破せよ
レヴィード達はエルフ達が用意してくれた馬車に乗り、ガラガラと馬の疾走に揺られながら巨大獣の足元にやって来た。何も知らなければこれが生き物の足だとは思わないだろう、図太く皺だらけの足はさながら古代遺跡の塔のように上へと伸びていた。
「間近で見ると大きいのぅ。ジアーシュは」
「ジアーシュ…?もしかしてあの化け物の名前ですか?」
「いや、ギルドの報告会用に決めた便宜上の名前じゃよ。大昔の言葉で大地を意味する言葉での。報告会で化け物、化け物言うのは格好悪いじゃろ」
「はぁ…」
ヴェルティウスなりのジョークであろう、巨大獣にジアーシュという名前を付けてやや緊張気味のレヴィードの気を紛れさせる。
「ともかく作戦を始めようかね。ただ作戦立案のレヴィード君が指揮を執った方が良いかろう。任せたよ?」
「はい」
レヴィードがジアーシュを倒せるかもしれないと編み出した策とは足の破壊である。いくら巨大とは言えど所詮は大地に足が着いた生物、むしろ巨体であるが故に体を支える足が何本か無くなれば自身の体重で自滅するのではないか、とレヴィードは考えたのだ。
そんな作戦をジアーシュの右の前後の足に実行する。レヴィード達と多種族の混成組は前足を、冒険者パーティー百数十名の団体はアイネの指揮の元で後ろ足を担当することになった。
「まずはターシャ、エルフのみんな、お願い」
「はい!」
弓が得意なターシャとエルフ9人が弓矢を構える。変わったところと言えばそれぞれの矢が仄かな赤や黄色の光を帯びていることである。
「放て!」
レヴィードの合図でズダダッと矢が射たれる。それらの矢は地面から数メートルの高さの範囲でジアーシュの足に刺さる。
「まだまだ撃ち込むよ。構えて」
ターシャ達はレヴィードの指示の元、光る矢を放つ事を何度も繰り返し、ジアーシュの足には100を越える光る矢が針山のようにびっしり刺さった。
「よし。じゃあ行くよアインス」
「ああ」
「「せーの…」」
「落雷!」
「爆発」
レヴィードとアインスが息を合わせて魔法を唱えると、黄色く光ってた矢には雷が落ち、赤く光ってた矢は爆炎を上げて爆ぜた。雷と爆炎によってジアーシュの足の表層部が抉れて赤々とした皮下組織が覗き、血もダクダクと流れてきた。
「よし。まずは成功だね」
あの光る矢はレヴィードの招雷剣とアインスが開発した同タイプの魔法・時限焔である。それぞれの魔法を全ての矢に込めてジアーシュの足に撃ち込んで破壊する、謂わば即席の魔法ダイナマイトである。
「この調子で足の表面にダメージを与えていくよ」
「はい!」
その後、20分ほど時間かけて打ち込んでは爆破、少し移動してまた別の角度から打ち込んで爆破、と繰り返すとジアーシュの足周りの5分の1程の範囲にダメージを与えられた。
「それじゃあそろそろ第二段階に」
レヴィードが言おうとした瞬間だった。
「グォォォオオオオオオオォォオオオンンン!!!」
ジアーシュの咆哮で大気が震え、地面が揺さぶられる。その直後に傷付いたジアーシュの足が空へとゆっくり昇っていく。
「ぜ、全員退避!」
危険と判断したレヴィードの号令で全員がその場から離れる。
ドッッスゥゥゥン!!
その直後、昇った足が再び大地を踏みつける。それは地割れと烈風を引き起こし、レヴィード達を襲う。
「うっ…みんな大丈夫?」
レヴィード達は元いた場所よりも十数m後方に吹き飛ばされ、転がっていた。全員よろよろと起き上がるが、馬車を引く馬は気絶して倒れ、馬車も壊れ、辺り一面の地面が割れて足場が悪くなった。
「動いた…!」
「でも急にどうして…」
「たぶん体が大きい分、動かすのにも痛みを感じるのにも時間が掛かるんだ。あれが痛がって動いたのなら、僕達がやってる事は無駄な足掻きじゃない。このまま攻撃を続けよう」
ジアーシュは決して無敵ではないと確信したレヴィードは攻撃の第二段階に移る。
「アインス、ソシアス、ヴェルティウス様、精霊の皆さん、行くよ!紫雷閃」
「ああ!巨竜炎」
「了解。殲滅戦仕様、再構築。双破壊砲」
「はっ!」
「さて、オジサンも働こうかね。凶刃旋嵐!!」
第二段階の攻撃、表皮を剥いで露出した皮下組織に魔法攻撃を浴びせて筋組織や周囲の部位の破壊を掘り進める。
レヴィード・アインス・ソシアス・精霊の火力で脂肪や筋組織を焼き穿ちヴェルティウスの風の刃の渦が身を引き裂いていく。分厚い肉の層を突き破ると白い部分が見えてくる。
「あれは…骨か?」
そう思った瞬間、今は既に日が暮れて夜の筈なのにふと空が明るくなり、レヴィード達は明るい方向を見上げる。
コオオオオオオォォオオオオ!!
ジアーシュは口を地面に向けて半開きにし、そこに火球が生み出されていた。
「…!全員密集して!それでありったけの防御魔法を使って!!」
レヴィードが咄嗟に叫んだ指示でフィーナ、アインスやエルフ、精霊達が光や土の魔法で十重もの魔防壁を張る。
ブウァアアアアアアアオオン!!
放たれた火球は熱風となって地面を駆ける。フィーナ・アインス、エルフ達が張った八重もの魔防壁はガラスが割れるようにパリンパリンと簡単に砕け、魔法のプロフェッショナルである精霊の魔法で生み出された魔防壁もミシミシと音を立ててヒビ割れ、いつ壊れてもおかしくない状況である。
「くっ…このままでは いじできません…」
めるてぃえるも苦悶の表情を浮かべる。
(防ぐのじゃ間に合わない…なら)「はぁぁ」
レヴィードは目を閉じて意識を集中させる。青い魔法陣がレヴィードの足元と両腕に展開される。レヴィードは近接戦用の魔法以外にも魔法を開発したが、これは威力を求めて産み出した、レヴィードが現状撃てる魔法の中で一、二を争う最強の魔法である。
「…海龍水禍」
それぞれの魔法陣から極太の水流が噴き伸びて3本が束ねられると1体の水龍となり、その顎が熱風に向かう。レヴィードは魔防壁でガードするよりも大威力の魔法をぶつけて相殺して無力化した方が吉と判断したのだ。
ジュワアアアアア
熱風の吐息と水龍の津波がぶつかると大量の水蒸気が立ち上ぼり辺り一面が雲に包まれたように白く染まる。しばらくすると、強めの風が吹いて白が晴れていくと、魔防壁で守られたレヴィード達は全員無事であった。周囲の土は冷え固まった溶岩のように黒ずみ所々鈍い紅色に照っており、焦げた臭いが鼻を突く。
「良かった…なんとか防げ…た…」
レヴィードはガックリと膝を着いて四つん這いになる。
「レヴィード!?」
レヴィードが倒れてフィーナが駆け寄る。
「ぶっつけ本番であんな大魔法を使うべきではなかったね…」
「大丈夫…なの?」
「うん…。でも魔力はスッカラカン。しばらく魔法は撃てそうにないね…。体も疲れて…走るのも無理…」
レヴィードは肩で息をして辛そうだが空元気に無理な笑顔を作る。
「レヴィード、乗って」
「…うん、ありがとう」
レヴィードはフィーナにおんぶされる。
「骨を砕けばあの足は倒れる筈…仕上げは頼んだよ」
「おっし!!行くぞお前ら!!」
オーレンスの号令の元、力自慢の獣人種20人が担いだのは全長15m程の大槍である。それは樹木丸々1本を引き抜いたような太さの杭の形状で、全員の助走による加速とその重量による破壊力はゼロス戦争時には城壁崩しとして大いに活躍した逸品なのだ。
「うおおおおぉぉお!!」
獣人種達は一糸乱れぬ足運びでジアーシュの足の骨に向かって突撃する。
「…っうおおおお!」
先程の熱風の吐息とレヴィードの海龍水禍で地面は真夏の砂浜以上の熱を持っているが、オーレンス達は根性で乗り切って突き進む。
ドスン!!
大槍先端の金属部とジアーシュの骨がぶつかる。ビリビリとした衝撃の振動がオーレンス達の腕を痺れさせるが誰も大槍から手を離さず、少し後退りしてニ撃目の突進をぶちかます。
ピシッ
鶏卵のように骨に亀裂が入った。城壁崩しの大槍を以てしてもこの強度だがレヴィード達にとっては希望の一穴となった。
「ティップ!オメェの馬鹿力を見せてやれ!」
「んだ!!ふんぬおおおぉおおお!!」
オーレンス達が大槍を置いて避けると、ティップは大斧を振りかぶって亀裂に一撃を加えた。
ビキビキ、ベキッ!
亀裂はより広がり表面が砕けたが、骨の強度とティップの力に耐えきれなかったのか、大斧の柄が折れてしまった。
「水の魔法で〆ちゃおうかね。氷螺旋」
ヴェルティウスが唱えると飛氷槍に似た尖った氷の塊が現れ、ドリルのように回転しながら骨が砕けた部分に突き刺さる。
ガガガガガ…
回転する氷の塊は骨を削りながら中へ中へと食い込んでいく。
「ヒュオオオオォオオォンン!!」
巨体で鈍感なジアーシュもさすがに骨を削られる激痛に耐えかねて悲鳴のような鳴き声を響かせる。
メキッ
突如として響いた謎の音はジアーシュの足から聞こえた。
メキメキメキッ
その音が大きくなるにつれて骨の亀裂も増えていった。レヴィード達の連携で削られた肉や骨がジアーシュの体重を支えきれずに自壊し始めたのだ。
「これで足1本はもらったのぅ」
「はい。ですが後ろ足がまだ…」
「じゃあ手伝いに行きましょ」
「アイネさん達、何処まで進んだかな」
ジアーシュの前足が崩れていくのを見届けながらレヴィード達は後ろ足の方へと向かって歩を進めた。
ジアーシュの前足が崩れた頃、アイネ達はもう一押しというところだった。ジアーシュの足踏みによって兵器が壊されたり、地割れの被害で冒険者に被害が出たものの、冒険者の一斉攻撃とドワーフが持ち出した攻城兵器によって足の皮と肉を破って骨が見えてきたところである。
「恐らく前足は崩れてるわよ。こっちも早く終わらせるわ」
アイネの号令で冒険者達の手が早まる。
グッ
「まずい!また足が上がるぞ!?」
「逃げろ!」
ジアーシュの足が再び上がり、冒険者は距離を置こうと逃げるが様子が異なった。
ズシィィィイイインッ!!!
轟音と共に立っていられない程の大地震が起き、全員がその場に伏せた。
「…何?」
揺れはすぐに収まり、アイネが体を起こすとジアーシュは遥か向こうで腹を見せて横たわっていた。
何かあったのか見るためにアイネ達はジアーシュに近づくと途中でレヴィード達と合流した。
「レヴィード君、大丈夫?」
「あ、いえ。慣れない魔法を使って疲れただけですから大丈夫です」
フィーナに背負われたままのレヴィードは元気そうに答える。
「それよりこれはどう思う?」
「そっちの方で足が上がりましたか?」
「ええ」
「だとしたら嬉しい誤算というやつですね。右前足が潰れた状態で右後ろ足を上げたせいで、左側の足に全体重が掛かって左側が潰れて倒れたんだと思います」
レヴィードは一連の出来事を冷静に分析した。
「ですが、ただ倒れただけですからね」
ジアーシュは確かに倒れただけで、腹は呼吸をする度に収縮を繰り返しているし、重低音の唸り声も聞こえてくる。起き上がることはないだろうが、息の根を止めなければ暴れて地震を起こしたり、熱風の吐息を出されたり甚大な被害が出るであろう。
「おなかは柔らかそうだから刃は簡単に通るだろうけど…」
「代表。こういう時に便利なのがいたわよね?」
アイネは何か知っているかのようにヴェルティウスに振る。
「んーまぁ、あやつだったら簡単に済むじゃろうけど…あれは結構疲れるから使いたくないのぅ」
「あら。レヴィード君も疲れるような魔法を使ったのだけど?ギルドの代表が子どもより楽して良いのかしら?」
「手厳しいのぅ。ま、そう言われちゃあもう一頑張りしようかね」
ヴェルティウスはやや渋ったものの、アイネの説得を受けてお茶目な表情を消して魔法を唱え始める。
「荒ぶ血の風、刃に纏い、戦場を駆けし闇の英霊よ…」
「これは一体…?」
「召喚魔法よ」
「召喚魔法…ですか」
召喚魔法は数ある魔法の中でも最高難度の魔法である。
自然界に存在する聖獣・魔獣・竜・神霊などと魔法によって契約し、誓文の詠唱によって次元を越えて呼び寄せる魔法で、魔法術式言語の組み立てはもちろん、自身の力量に届かない相手とは契約出来ないどころか相性が悪ければ逆に術者を殺してしまいかねない危険な魔法なのだ。それ故、この世界で召喚魔法を使える者は50人もいない。
「我が声に応じて推参し、その剣を紅に染めて敵を討て!邪霊剣皇レーヴァス」
巨大な紫の魔法陣が展開されると、そこから身長3m程の黒い鎧を着た騎士が召喚された。
「レーヴァス。怪物の腹を裂き、心臓を斬れ」
ヴェルティウスがレーヴァスに命令すると、レーヴァスは赤い剣2本を抜刀し、ジアーシュの腹に斬りかかる。ジアーシュの腹はX状に裂けて血液が溢れ出てくる。レーヴァスは全身に血を浴びても全く気にも留めず裂いた腹からジアーシュの体内に潜り込んだ。
「…」
レヴィードはこれが最高の魔法かと感心すると同時に、もしこれを敵に回したらと考えると冷や汗が流れる。
「シャオォ…」
ジアーシュは短く吼えながらビクンと動いた後、動かなくなった。その直後腹の裂け目から血液が津波のように噴き出す。
「やったぞ…やったぞぉぉおお!!」
大量出血からジアーシュは死んだと確信した冒険者達は勝鬨をあげる。
「ふぅ…。やっぱり召喚魔法は疲れるのぅ。戻ってよいぞ」
ヴェルティウスは大きい溜め息を吐いた後に指をパチンと鳴らし、レーヴァスを消した。
「ヴェルティウス様。お疲れ様です」
「いやいや。レヴィード君もよう頑張ったよ」
ヴェルティウスはレヴィードの頭をまるで孫にするかのように撫でてあげた。




