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第48話 目覚めし巨大獣




それは天が驚き、大地が動いた、まさに驚天動地の瞬間であった。その巨大過ぎる鯨は象のような太い四本足で大地に立ち、背中は宝石の結晶の山が煌めいていた。その化け物は何を思っているのか何もせず、ただ悠然と立ち尽くしているだけである。


「あれは…まさか大地の守護獣…?」


レヴィードの脳裏にはターシャが図書館で読んでいた神話の本の一節が(よぎ)る。


(あんなのが出てきてギルドはどうする気なんだろう)


ヴェルティウスとアイネがどんな対策で迎え撃つかを訊くためにレヴィードはギルドに向かう事にした。






レヴィードはぺルルを連れてギルドを訪れるが内部はバタバタと職員が走り回り、謎の巨大モンスターの情報を求めて冒険者も押し寄せていた。


「レヴィード様!」


人混みの中にはターシャ・フィーナ・アインス・ラティスがいた。


「みんなも来てたんだ。…あれ?ソシアスは?」


「…言っていませんでしたが、情報収集のために斥候として飛ばしました」


「あ、そう。さすがぺルル、仕事が早いね。…それより困ったな。こんな状況じゃアイネ副代表には会えそうにないね」


レヴィード達はさてどうしたものかと考えているとある職員がレヴィード達を見てハッとした顔をして近寄ってきた。


「あの…レヴィード御一行様ですよね?」


「そうですけど」


「アイネ副代表が探しておりまして、見つけ次第案内してくれとの事なので、こちらにどうぞ」


「そうですか」


「あ、ソシアスが来たら私が連れてくるからここに残るわ」


「うん。じゃあよろしく」


レヴィード達はフィーナを残してカウンター奥へと案内される。

案内された会議室にはヴェルティウスとアイネの他にここピッカータ支部の幹部が3人集まっていた。


「いらっしゃい」


レヴィードが入って来てアイネは嬉しそうに口元を僅かに微笑ませる。


「なんですか、この子どもは!?」


「こんな緊急事態に!」


「帰れ!」


しかし、ピッカータ支部の幹部はレヴィードを快く思わず怒号が響く。


「私が呼んだのよ」


「えっ!?ですが、アイネ副代表…」


「たぶん今このギルドにいる中での最強のパーティーだと思うけど、文句があるのかしら?」


アイネの氷鉄の女王の威圧に幹部はガクガクと震えて黙るしかなかった。


「それでアイネ副代表。僕らはどうしてここに呼ばれたのでしょうか?」


「…率直に訊くわ。アレに勝てる見込みはあると思う?」


「…とてもですが、僕達だけでは無理ですね」


「…だけでは無理?他にいれば勝てると?」


「いえ。必勝の策という訳ではありませんがアレを止められる僅かな可能性があるかな、といった程度の愚考です」


「…そう、さすがね。大人5人が揃っても何も解決策を見出だせないのに立派よ」


アイネは自嘲気味な笑みを浮かべる。


「お、お待ち下さい!副代表!」


「どんな策かは知りませんが、当ギルドとしてこんな子どもの浅はかな考えで冒険者を危険には晒せません」


「それにあんな化け物の退治にどんな報酬を用意すれば良いのか!」


「あら。浅はかな考えすら浮かばないのに偉そうな事を言うのね」


アイネの一言に支部の幹部は再び黙る。


「いえ。支部の方々の言うことも尤もです。冒険者を頼ろうにも難しいですからね」


冒険者とは慈善事業ではない。危険な仕事に見合った報酬が無ければ誰もやりたがらないのだ。中には世のため人のためと正義の心が燃えているような者もいるが、そんなのは100~200人の冒険者の中に1人いるかどうかくらい珍しい。


コンコン


不意に、会議室がノックされるとフィーナ・ソシアス・ティップが入ってきた。


「あれ、ティップ?タルマに帰省してたんじゃ…」


「それが…」


「報告。あの巨大生物の偵察中にティップとオーレンスを確認、ティップを回収しました。オーレンスは独自の判断でタルマに帰還した模様です」


「そうお疲れ様。(…ん、あの化け物の近くで拾われたなら…)もしかしてだけどティップはあの化け物が出現した経緯を知ってたりする?」


「んだ」


ティップは自分が見た事を話した。

ティップが言うには、始まりはタルマに帰省してしばらく過ごしてからである。

冒険者が掘削場からミスリルを盗掘しているらしいという噂が立ち、その真偽を確かめるためにティップとオーレンスは掘削場を訪れたのだ。

その時、本当にミスリルを盗掘していた冒険者パーティーがおり、それを捕らえようと戦闘になったところ、戦闘中に放たれた魔法が暴発して大きな地震が起きたため急いで掘削現場から脱出したら山が崩れてあの化け物が現れた、という話なのである。


「じゃあ、ミスリルの鉱脈はアレの背中だった…って事かな」


「たぶん…そうなんだな」


「肯定。あの巨大生物の背中には高純度のミスリルが群生しています」


「他に見て分かったことは?」


「追加報告。巨大生物のサイズを計測した結果、体長3.5km、体高800mです」


ソシアスは化け物の大きさを教えてくれるが、具体的な数値を聴いても誰もピンと来ず、むしろそんな巨大な化け物に勝てるのかとより一層の不安を募らせた。支部の幹部に至ってはもうダメだと項垂れ始めた。絶望の雰囲気(ムード)の中、ドアが開かれて職員が訪れた。


「今度は何?」


「それが…当主代行セレナ・ラプティーナ様がお越しになられまして」


「セレナが…?」


「通しなさい」


職員が出てしばらく、セレナとアミーがやって来た。セレナは神妙な面持ちで支部の幹部の元に歩み寄る。


「なんでしょうか」


「あの…ギルドではあのモンスターの討伐は可能なのでしょうか?」


代行とはいえセプトを憂う当主として当然の質問である。そんな素直な質問と眼差しをぶつけられ幹部達は全員顔を曇らせる。


「…申し訳ありませんが現在協議中でしてお答え出来ません…」


すぐに出来ると答えないならば恐らく出来ないのだろう、とセレナは諦めの表情で俯く。


「…セレナ」


「レヴィード様…分かっています。無理…なんですよね?」


セレナは今にも泣きそうなほど眼を潤ませているが決して涙を流さなかった。


「…うん。たぶんね」


レヴィードはハッキリ答えたが、目は諦めで死んではいなかった。


「レヴィード様…。無理しなくてもいいですよ」


「…もしさ。セレナにとって大切な人が明日死ぬって分かったらどうする?」


「え…」


レヴィードが唐突に始めた喩え話にセレナはもちろん、それを聞く会議室にいる一同も内心で考えてみる。


「どんなに手を尽くしても、どんなに神に救いを求めても、覆せない運命で明日その人が絶対死ぬと知ったらどうする?」


「それは…」


「僕は無駄と分かっていてもその人の為に何かしたいな」


「そう…なんですか?」


「無駄だと思ってその人を見捨てたら後悔しか残らないからね。そんな悲しみを抱くくらいなら最後にその人の為に尽くしたいな。だから僕はあの化け物と出来るだけ戦うよ」


レヴィードの決意を聴いてレヴィードのパーティーの顔が引き締まる。


「…レヴィード様。お供させていただきます」


「勝てる保証が一切無い勝負だよ?」


「それでもです。ここでレヴィード様を見捨てたらそれこそ後悔が残るからわたしは嫌です」


「そもそもお前の無茶は今に始まったことではないからな。付き合ってやろう」


「オラ、オラが育ったセプトのために頑張りたいだ」


「同意。レヴィード、出撃命令をお願いします」


「もうお前を見捨てはしない」


「うん!一緒に戦おう、レヴィード」


レヴィード達が戦う意志を固めたのを見て触発されたのか、ヴェルティウスとアイネも立ち上がる。


「じゃあレヴィード君。あなたの作戦を聴かせてもらうわよ」


「え、アイネ副代表…」


「こんな小さい子どもが頑張るのに、大人が逃げるなんて格好悪いからのぅ。ワシも混ぜてもらおうかね」


「ヴェルティウス様…ありがとうございます!では僕の考えをお聴き下さい」


レヴィードは感謝と歓喜に満ちたお辞儀をして、僅かな可能性の勝利に向けての策を発表した。






「黙りなさい冒険者(ブタ)共」


しばらくして、ギルド内の冒険者のざわつきを遮るようにアイネの声が響く。


「あれ…ロマニエ本部の氷鉄の女王じゃねぇかよ」


「ってことは今回はマジでヤバイのね…」


「まさか討伐しろとは言わないよな…」


アイネの名は北のセプトまで広まっているようで、あの化け物はギルド本部副代表自らが動く程の事態なのだと冒険者一同が固唾を呑む。


「さて、全員に仕事よ。依頼主はこちらのセプト統治貴族、当主代行のセレナ・ラプティーナ様よ」


アイネが名前を出すと後ろからセレナが出てくる。


「冒険者の皆様、セレナ・ラプティーナです」


セレナは冒険者の群衆にお辞儀をする。


「私は肩書こそ当主代行ですが、実際は何の権限もない普通の女の子と変わりありません。だからこれは私自身のワガママなお願いです。どうか、父が愛したこのセプトを救って下さい、お願いします」


セレナは先程よりも深く頭を下げる。


「依頼って言えば、やっぱり…」


「アレを倒すんだろ?」


「無理じゃねぇかな…」


冒険者達は健気なセレナの願いを叶えたいのは山々だが、俺が行くと言う猛者は現れない。


「こんな可憐なお嬢さんからの依頼なのに火付きが悪いわね。じゃあ冒険者(ブタ)にはとびっきりの報酬(エサ)を用意しなきゃダメみたいかしら」


「報酬?」


「何が出るってんだ?」


「金貨でも釣り合いは取れないぜ」


アイネの報酬のワードに冒険者達がざわめく。


「報酬はあの化け物の背中に生えてるミスリルよ。ギルドの取り分は10分の1。それ以外の全部のミスリルを報酬として分配するわ。冒険者(ブタ)でもミスリルの価値は知ってるわね?」


「うおぉぉお!!」


冒険者達から歓喜の絶叫が挙がる。

ミスリルは鍛冶屋に持っていけば最高クラスの武器・防具に変わって冒険に大いに役立つであろうし、店に転売すれば数年働かずに遊んで暮らせるだけの資金が手に入る。


「ミスリルか…」


「それなら…」


ミスリルが報酬と聞いた途端、冒険者達の目の色が変わる。

元はセプトの戦争の火種になったミスリルが、今多くの冒険者が協力しセプトに降りかからんとする脅威を排除する原動力となったのである。


「この依頼を受ける場合、ギルドの作戦に従ってあの化け物を討伐する事になるから、現場指揮の私や局長の命令は絶対よ。違反した場合は報酬抜きどころか違約金を払ってもらうから逆らわないこと。良いわね?」


アイネの忠告を最後に、依頼受領の手続きが始まった。報酬のミスリル目当てに我先にと冒険者パーティーが受付に殺到する。

それを見届けてアイネとセレナが会議室に戻ってくる。


「あれで良いのかしらレヴィード君?」


「ありがとうございます」


レヴィードは自分が子どもであるため作戦を言っても誰も従わないと踏んで、ギルドが考案した作戦という事にしたのである。


「でも良いのかのぅ?手柄をあげちゃうことになるけど」


「元から手柄なんか考えていませんし、最初言ったように実行したから確実に倒せるという作戦でもありませんよ」


「そうかしら?聞いてみれば単純だけどすごく納得できる作戦よ。やっぱり賢いわ」


アイネはレヴィードの頭を撫でながら褒める。


「あの…ありがとうございました。レヴィード様がいなかったら、セプトが助かる道はありませんでした」


「ううん、お礼はまだ早いよ。お礼ならアレを運良く倒してからね」


「はい…」


レヴィードはこれから重要な戦いだというのに緊張もせず、セレナに笑顔を向けた。






レヴィード達がピッカータを出たところで頼もしい増援が到着していた。


「オーレンス、スピカ、それに めるてぃえるさんも」


「レヴィードさん!俺達もやりますぜ!手勢を引き連れてトンで来ましたぜ」


「レヴィード殿、私達も参りますわ」


「これは しゅぞくのちゅうりつなど いっているばあいではありません。せぷとのちに いきるものとして かせいします」


「ありがとうございます」


そこには獣人族(ビーストノイド)、エルフ、精霊の面々が集まっていた。数にして総勢100人あまり、移動用の馬車も武器も多く持参していた。


「あら。レヴィード君が連絡したの?」


「いえ、彼らが自主的に来てくれました」


「ほほう。こうりゃあこの間以上の大戦になりそうじゃあのぅ」


「どういうことですか?」


「ドワーフに武器提供の要請を出したのよ。ゼロス戦争時に使っていた攻城兵器や特殊武装を保管しているから今回の化け物退治にはうってつけでしょう?」


「そうですね」


今、セプトで生きる種族(いのち)と冒険者が結集し、ガンディーア山脈に眠っていた巨大獣(ばけもの)との決戦に挑む。






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