第2話 甦った日
死んでしまったトロワの行き先は?ここから物語は動き出す?
(…?)
トロワは気が付いたが、瞼が重いのか開けられず視界が真っ暗だった。目以外も同じく機能しない。何も聞こえないし、何も喋れないし、手足も動かない。暑くも寒くも、気持ち良くも痛くもない。トロワはまるで石コロにでもなった気分でいた。
(僕は確か…死んだ……よな)
そう、トロワは確かに死んだ。
魔術師エレアに捕まり
女騎士ラティスに斬られ
幼馴染みのフィーナに別れを告げられ
勇者リューゼに殺された。
(…ここは何処だろう。一応は良いことはしてきたから天国であって欲しいけれど…)
昔からトロワは起きた事に対しては良い意味で無頓着で、深く後悔したり立ち直るのに時間が掛かるということはなく、割り切って起きた事への対処や処理策などの方針を考えるタイプである。確かに今回の事件は大きく動揺したが、特段絶望して思考停止に陥ったりせずに呑気な事を考えるくらいの余裕は持っていたのだ。
(ん?なんだろう)
「○☆◇◎※▲□!!」
「@♡☆!」
「※★■△○&@#◎!!」
(…誰かが騒いで…いや、泣いてる?)
トロワの感覚が徐々に戻ってくる。
聞こえた声は小さい上に、泣きじゃくっていてなんと言ってるかは全く聞き取れないが複数人いることが分かった。
ふわふわでさらさらな触感は柔らかい上質なベッドの上か何かにいると認識させる。
手から温もりが伝わってくる。手触りは他の人の手である。
そしてトロワは目を開けた。
トロワの目に最初に映ったものはベットの天蓋。パッと見ても豪華な作りである。
「だ、旦那様ぁ!!ぼ、ぼぼ、坊っちゃまの目が!」
女性の絶叫が部屋に反響する。
(どうしたと言うんだろうか。起きて…うわっ、なんだ?)
トロワは動かせるようになった体を起き上がらせるが、思った以上に自身の体が軽くて自分の体でないような、未経験な違和感に襲われる。そして自身の手を見てその原因を理解した。
(なんだこの手…小さい…。まるで子どもの手みたいだ)
「おぉっ…レ、レヴィード…、レヴィィィィドォォォ!!!」
「うわっ!」
トロワはこの謎の状況を理解する暇も無く、号泣して顔がクシャクシャになったオッサンに抱きつかれるのであった。
「それでは坊っちゃま。漸くしましたら別の者が食事をお持ちしますので、少々お待ちください」
1人のメイドが仰々しい言葉を並べて退室した。
(何がどうなってるのやら。僕は実は死んでなくて夢を見ているのか。それともこういう所が実際の天国なのだろうか)
さっきまで大勢の執事やメイドが泣いて行き交っていた部屋はしんと無風の森のように静まりかえった。その中でトロワはベッドで大の字になりながら状況の整理を始める。
(この部屋の造りに高そうな絵画、それにあの執事やメイドの数…夢か現か、どっちにしてもここは貴族の屋敷のようだ。そしてここに休まされて、隅にはオモチャ箱もあるからきっと僕自身の部屋なのだろう。それに泣きじゃくっていたオジサンの顔…何処かで見覚えがあるし、レヴィードという名前もなんとなく…でも最大の謎は)
トロワはベッドから降りて姿見の鏡の前に立つ。
「うわっ!本当にどうなっているんだ」
トロワは初めて見る自身の全体像を見て驚きを隠せなかった。黒くそこそこ結えるくらいに長かった髪はセミロングくらいの薄紫混じりの銀髪に、左右の瞳の色はサファイアのような青の左とルビーのような赤の右に分かれ、体はもの凄く小さくなっており、だいたい7才くらいの華奢な男の子である。しかも声も可愛いらしく変化している。
(僕はどうして子どもになったんだろうか…。そう言えばおとぎ話で死んだ男が犬に転生して好きだった女性のペットになって守り抜くって言うのがあったなー。そういう感じなのかな?)
とりあいずはそういう仮定にしておこうとトロワは割り切った。そこでトロワは今度はこの子どもが何処の誰なのかが気になった。
「他に何か手掛かりは…」
トロワが部屋を見渡すと机が目に入り、そこにある本や引き出しをガサゴソ漁り始めた。
「これは」
トロワが見つけたのは家庭教師が出した課題の回答用紙らしきもので、名前が記されていた。
レヴィード・ルートシア
(オジサンもこの名前を言ってたし、これがこの子の本名なんだろうな。ん…ルートシア?)「ええっ!?」
その響きは壮烈であった。ルートシア、それはトロワの出身地であるシュードゥル地方を管理・運営する統治貴族の名前である。そしてその名によってトロワの記憶が連鎖的に繋がっていく。
(そう言えば7年前に後継ぎとなる息子が誕生して生誕祭をやってたな…ということはあのオジサンは今のこの子の父親でバルデント卿!?それでここはシュードゥル地方の高台にあるルートシア家の屋敷と見るべきかな…)
そう。トロワは凄惨な死を迎えたら地元の名門貴族の息子に転生復活を果たしたのだ。判明したその事実にトロワ、いや、これからはレヴィードと呼ぶべきであろう、レヴィードは頭を抱える。
コンコン「ぼ、坊っちゃま。失礼します。夕食をお持ちしました」
「あっ、はいどうぞ」
ノック音にレヴィードは応答し、食事を持ってきてくれたメイドを部屋に通す。珊瑚色のゆるふわな髪をサイドテールで纏めた童顔なメイドであったが、どこか緊張した面持ちだった。
「ぼ、坊っちゃま!もう歩かれて大丈夫なのですか!?」
「え、はい。おかげさまで。ありがとうございます」
レヴィードは全うに受け答えをしたつもりだがメイドは鳩が豆鉄砲を食らった顔をする。
(あ、そうか。今、僕は統治貴族の息子だ。使用人に敬語って変か…。息子が別人に生まれ変わったってめんどくさそうだし、敬語は目上の人限定にしよう)「ま、まぁね。それじゃあ食事を持ってきてくれたし早速頂こうかな」
「は、はい」
そのメイドは少し手を震わせながら、持ってきた補助テーブルに食事を置く。
「ぼ、坊っちゃまはその…まだ回復されたばかりなので、ふ、体への負担が少ないや、野菜のリゾットになりまひゅ!!」
(貴族って豪勢なものしか食べないと思ったけど、体に優しそうな素朴な物も出るんだね)「ありがとう」
レヴィードは早速スプーンを手に取ってリゾットを掬って口に運ぶ。
(うん、うん。米がトロトロに煮込まれてて甘いけどこれは米だけじゃないね。角切りされてる人参や玉葱、カボチャの甘さと…それにすりおろしたのかな、見えないけどジャガイモの甘味もある。あ、だからこんなほっこりしたとろみなんだ。それでいて鶏ベースのスープですっきり纏まってる。貴族らしい派手さは無いけど、むしろこういう家庭的なのが落ち着いてて好きだな…)
レヴィードはその優しい味にスプーンを止めること無く2口3口…と食べ進め、あっという間に完食した。
「ふぅ…。ごちそうさま」
「へ?あ、はい!そ、それではお下げします!」
メイドは慌てて片付けに取り掛かる。
(そうだ。この子から色々訊いてみよ)「少し良いかな」
「は、はい!」
「時間に余裕があるなら話し相手になってくれないかい?ずっとベッドに横になっていても暇だからね」
「わ、わたしがですか?」
「嫌なら無理強いは」
「め、滅相もありません!お付き合いします!」
「ありがとう。えっと…君は…」
「は、はい!2週間前から働かせてもらっているターシャ・キエラと申します!」
「ターシャ…ね。立ち話もなんだからそこの椅子使って良いよ」
「そ、それでは失礼します…」
レヴィードが机とセットの椅子を指差すとターシャは椅子を持ち上げてレヴィードと対面するように座った。
「実はここだけの話…倒れる前の記憶が曖昧でね。何があって僕がこうなったのか知りたいんだ。父上にこんな事を訊いたら余計な心配するだろうし」
「そう…なのですか。でもそんな大事な話をわたしみたいな新米がして宜しいのでしょうか?」
「構わないよ」
「分かりました。では…事が起きたのは3日前でして、坊っちゃまが旦那様の仕事部屋の椅子に、座ると痺れる雷魔法を仕掛けたのが始まりだったと聞いています」
(しょうもないイタズラだな…ん?雷魔法?レヴィードって魔法を使えるのか!)「へ、へぇ。僕そんなことしてたのか…」
最初はアホくさいイタズラをしてたのかと呆れたが、魔法を使ったという事実が評価を跳ね上げさせる。トロワだった頃は魔法適性がなかったので魔法を使えなかったからである。
(しかも雷魔法ってそこそこ珍しいって聞いたことがあるな。もしかしてレヴィードは魔法の才能に優れてたのか…?力の使い方は違うけど)
「如何なさいましたか?」
「ああ、ごめん。話を続けて」
「…旦那様は政務で苛ついていたのでしょう、激怒されまして…。坊っちゃまは叱られるのが嫌で庭にある空になった水瓶の中に隠れたのですが…」
(レヴィードって意外とワルガキだったのか…。もしかしてさっきからターシャさんがオドオドしてるのって、貴族のワルガキの扱いが厄介だからか…。改めないとね)
「それで…そこから事件が起きました。最近の大日照りで真夏以上の気温になって坊っちゃまは熱中症にかかってしまいました。発見された時にはグッタリしていたそうです」
(イタズラして怒られるのが嫌で隠れて死にかけるってレヴィード馬鹿なのかな?)「うーん。我ながら凄く…情けない話だなぁ…」
「その後熱中症は脱したのですが、体力が低下したせいで坊っちゃまの持病が悪化して心臓が止まって亡くなられたと思いきや今日奇跡の復活を果たされたのです」
「なるほどなるほど…。そういうことだったのか。話してくれてありがとう。手間取らせて悪かったね」
「い、いいえ」
レヴィードは一通り復活前の経緯と元レヴィードの人柄の一端を把握し、片付けて戻って良いよとターシャを帰してあげた。
復活を果たしたその夜。
レヴィードはボーッとベッドの天蓋を眺めていた。
(何の因果か僕は死に、同じく死を迎えた貴族の息子として甦った…)
レヴィードはその現実はもう受け止めたが、その先が見えないでいた。
(僕はこの子の命を貰って生き返ったとも言える。この幼い命で何を為せば良いんだろう…)
レヴィードはこれからの人生を考えてみた。
このまま貴族の息子として生きれば、いずれはシュードゥル地方を統治する存在となるが、誰かの上に立つのは性に合わない気がした。
それよりも畑を耕したり野山で獣を狩ったりするのが好みだが貴族の立場ではやりにくいだろう。
だからと言って貴族の立場を捨てるのもイザコザが起きそうでめんどうだ。
あれこれ案が浮かんでも何かにぶち当たって消えてしまうことにレヴィードは溜め息をつくしかない。
(…レヴィード・ルートシアじゃなくてトロワ・ゲイリーとしてはどうだろうか…)
レヴィードはリューゼに疎まれながらも旅に同行したのは世界を見たい為、それと幼馴染みのフィーナの頼みからだった。
(そう言えば、どうして僕はあんな目に遭ったのだろう。リューゼ王子は明らかに疎ましく思っていたから分かる。エレアさんはリューゼ王子と似た性格で同調することも多かったし、王子ほど露骨では無かったけど嫌ってた節もあったよなぁ…)
ではフィーナとラティスは?というところでレヴィードは行き詰まる。
(あの二人は何を思って僕を裏切ったんだろう。ラティスさんはあの時、躊躇った気がするし、フィーナは最後には泣き叫んでいた気がする…。いやでも結局は裏切られたんだ…。情があったとしてもそれを上回る事情があったんだろう)
コンコン
「はーい」
ノック音でレヴィードは一旦思考を中断する。
「坊っちゃま。御気分は如何でしょうか?」
様子を見に来たのはターシャであった。夕食後の会話のおかげか、あの時ほどの緊張は見られない。
「ああ、とてもいいよ。なんだか疲れてね。このまま寝るつもりだよ」
「左様でございますか。それではごゆっく」
(そういえば…)「あ、そうだ。ついでに訊くけど、今日って何年の何月何日か分かるかな?」
「えっと…AZ71年の6月15日でございます」
(えっ!)「そう。ありがとう。お休み」
「はい。お休みなさいませ」
ターシャは急に年月日を訊かれたが、特に変に思わずに答えて退室した。そしてレヴィードの脳裏には決意の2文字が閃く。
(僕が死んだのはフィーナの誕生日の日だ。6月10日、あれからまだ1週間も経ってない…。つまりもう1度会える可能性は充分にある…。僕は確かめたい。裏切られた復讐なんかよりもフィーナとラティスさんの気持ちを。もし裏切る程の怨みを持っていたとしたら、ちゃんと謝りたい。そうでないならどうして裏切ったのか、理由を、真実を知りたい)
レヴィードは立ち上がって窓辺に行き、夜空に輝く満月を見る。
(レヴィード・ルートシア。ワガママかもしれないけど君の命、僕のために使わせてもらうよ)
甦って目的を見出だしたトロワ、いや、レヴィードの活躍、期待していただければ幸いです。
ちなみに次回は補足というか現時点で公開できる範囲でのキャラと世界観の設定のコーナーを設けてみようと思います。