第44話 戦争の終焉、そして休息
「ん…」
精霊の長の妹は喰魔鉄の鳥籠から解放されたおかげか、多少の元気を取り戻して起き上がった。
「あなたは…?」
「レヴィードと言います。申し訳ありませんが時間がありません。ターシャ、妹さんを手助けしてあげて」
「はい。…それにしても折れちゃいましたね」
アカネゾラは刃の半分辺りからポッキリ折れ、武器としてもはや使えそうにない。付き合いとしては2ヶ月弱と短いが、冒険者になった記念の一振りとして思い出深い名刀であった。
「…命に比べれば安いよ」
レヴィードはアカネゾラを惜しそうに眺めた後、鞘に納めた。
「ソシアスー!!」
レヴィードは屋敷の外に出て、大声でソシアスを呼んだ。その数秒後、ビュオンという風切り音と共にソシアスがレヴィード達の目の前に着陸する。
「ありがとね。おかげで作戦は成功したよ」
「了解。任務が成功してワタシも嬉しく思います」
そう話している内にソシアスを追っていた精霊達も姿を見せる。
「…!」
「君達の長の妹も無事助け出しました。これで精霊が戦う理由はない筈です」
精霊達は信じられないといった表情だが地上に降り、精霊の長の妹の様子を見る。
「喰魔鉄の鳥籠に閉じ込められて衰弱しています。…僕達は他にやることがありますので、あとはお任せして良いですか?」
「…はい。かんしゃします、ひとのこよ」
精霊達はレヴィード達に頭を下げると精霊の長の妹を連れていずこかへ飛んで行った。
「ソシアス。最後にもう一仕事頼める?」
「魔力消耗率43%。機体負荷率32%。行動に支障はありません」
「僕とこのオジサンを戦場の真ん中辺りまで連れて行ってくれないかい?」
「了解」
ソシアスはギャンガキングの服を片手で掴み、レヴィードを抱えて飛び立つ。
「痛だだだっ!」
服が食い込みギャンガキングはジタバタ暴れるがソシアスは全く気にせずにレヴィードの指示通りに運ぶ。
飛んでいるおかげで僅か数秒で戦場の野原の小高い丘に着陸した。
「なんだ新手か!?」
「あれは…ギャンガキング様!?」
前線の衛兵、冒険者はレヴィード達の空からの派手な登場に困惑する。レヴィードは鳥籠の破壊で体力は限界に近かったが最後の力を振り絞って音響石に向かって叫ぶ。
「ラプティーナ・ドゴール両家の衛兵及び、雇われた冒険者に告げます!セプトの統治貴族の当主代行、セレナ・ラプティーナは救出され、ピッカータを占拠したギャンガキング・ドゴールはこのように捕らえました!もはやあなた方が戦う意味はありません!直ちに戦闘行動を止めて下さい!!」
ラプティーナ家の衛兵はセレナを人質に取られ、ドゴール家の衛兵と冒険者、ドワーフ族はギャンガキングの命令で動いていたに過ぎない。レヴィードの叫びを聴いてドゴール家に与した勢力は否応無く自身の敗北を認めざるを得ず、武器を捨てその場に座り込んでしまった。
(これで僕の役目も終わりかな…)
「レヴィード様!」
「レヴィード君!」
「レヴィード!」
「レヴィードさん!」
「レヴィード殿!!」
「レヴィード君!」
「レヴィード!」
「レヴィード!!」
レヴィードの声を聞きつけ、仲間が集まってきた。
スッ…
「レヴィード!」
疲労で倒れかかったレヴィードをフィーナが受け止めた。
「どうしたのレヴィード?どこか怪我したの?」
「ううん。ちょっと疲れただけ…。精霊を助けるのに手間取っちゃってね。剣も壊れちゃったよ。…それよりもみんなは?」
「大丈夫よ。治療中の人はいるけど、誰も死んでないわ!」
「そう…良かった。ありがとうフィーナ、みんな…。後は任せたよ…」
レヴィードは自分がやれそうな事を全部やったと悟って目を閉じ、寝息を立て始めた。
「あらあら。戦争を止めた小さな英雄の寝顔は可愛いわね」
「…アイネ殿。ご自重下さい」
「しー」
小競り合いをするアイネとぺルルにフィーナは静かにするように促す。
斯くしてミスリル戦争は大勢の重傷者を出しつつも死者はなく、なおかつレヴィードが危惧した第二のゼロス戦争に発展する事もなく幕を閉じた。
その後、ミスリル戦争の事後処理が行われた。
ドゴール家は統治貴族への反逆者と見なされ、当主・ギャンガキング・ドゴールはバルシー家の監視の元で謹慎し、セレナが新当主の座に就き次第処分される身となった。
冒険者の処遇はヴェルティウスとアイネの尽力によって、ドゴール家に雇われた冒険者はピッカータ占拠に加担したとしてランク降格の厳罰に処し、バルシー家側も報償金を減額、減額分は戦争で荒れたセプトの復興支援とミスリルの事業に当てられる事が決定した。また、このような事態が二度と起きぬように、傭兵目的の冒険者の大量派遣に制限を掛けるようなルールの改定も検討事案として取り上げられた。
意外な進展を見せたのは種族間の交流で、雨降って地固まると言うべきか、戦争を通してお互いに小さなことで争っていた事を痛感し、多種族が手を繋ぎ共存する、本当の意味でセプトが多種族の庭になるべくその道の模索を始めた。
そしてピッカータのギルド支部の会議室では最後の仕上げの会談が行われた。レヴィード達、ヴェルティウスとアイネ、オーレンスとスピカ、ピッカータ解放作戦の主要メンバーが集まっていた。
「ちょ、レヴィードさん!何を言ってるんです!?」
「その方が色々と都合が良いんだよ」
「ですが、レヴィード殿の活躍を私達のものに譲るなんて…お受けしかねますわ!」
レヴィードの提案を平たく言えば、レヴィード達の活躍を獣人種とエルフの手柄という風に公に広めると言うのだ。心卑しき者ならば喜ぶ話だが、レヴィードに恩義があるオーレンスとスピカにとっては承服しかねるものである。
「でもレヴィード君としてはそれがベストよね」
「はい」
「…そう言えばレヴィード、今のお前は…」
「んん?どういう事だぁ?」
いまいちピンと来ないティップにラティスがレヴィードの意図を教える。
「統治貴族独自の法律で、統治貴族は他の地方の統治や政権に関わってはならないというものがあるんだ」
「そうか!レヴィードはシュードゥルの統治貴族の息子…」
「そんな子がセプトの戦争に介入してたのがバレたらマズイものね」
「という訳だよ。もしレヴィード・ルートシアがセプトの戦争に介入しましたと言えば父上に迷惑が掛かってシュードゥルの立場も悪くなるんでね。助けると思って受けてくれないかい?」
「ですが…」
「別に僕は有名になりたくてミスリル戦争に参加した訳じゃない。僕がいたという事をみんなが覚えてくれれば、それで満足だよ」
「レヴィードさん…分かりやした」
「それが望みと言うのなら…」
周囲の意見、何よりもレヴィードの要望に応え、オーレンスとスピカは承諾する事にした。
話が纏まった頃、ドアをノックする音がした。
「失礼します!」
入ってきたのはギルドの職員の女性で、本部のツートップがいるせいか、緊張した面持ちである。
「どうしたのかしら?」
「と、当主代行セレナ・ラプティーナ様が今お越しのレヴィード様に面会を希望ということで…」
「そう?じゃあここまで通して」
アイネの許諾を得て、職員はそそくさと部屋を出た。
その数分後にノック音の後に失礼しますと黒いドレス姿のセレナとスーツ姿のアミー、それにドワーフの男性がやって来た。
「セレナ様。お元気そうで何よりです」
「レヴィード様とお仲間の方々、それにアミーのおかげです。改めてありがとうございます」
「いえいえ。ところでどうしてここに?ラプティーナ家の人には居場所を伝えていなかったはずですが…」
この会談は公に聴かれる訳にはいかないので、関係者以外は呼んでいない筈なのにとレヴィードは不思議に思った。
「あたしたちがおしえたんだよ!」
虚空から元気な女の子の声がした。何処にいるのかと全員キョロキョロ見渡すがそれらしい子はいない。
「ここだよ~♪」
レヴィードは急に後ろから誰かにガバリと抱きつかれたが、まるでよく乾いてフワフワのタオルケットをファサっと掛けられた程度の重量しか感じなかった。レヴィードが振り向くと赤い髪をツインテールに結った精霊であった。
「こら♡★@♪%◎。いのちのおんじんにしつれいでしょう」
「おねえさま」
セレナの横辺りに急に精霊が浮かびあがる。抱きついた精霊と同じように赤い髪だがウェーブがかかり、身長が高く、翅も胸も大きい精霊である。
「もしかして貴方が精霊の長ですか?」(なるほど。精霊だったら僕達の位置を魔力で感知できるか)
「はい。めるてぃえる ともうします。いもうとの いのちを すくっていただき、おさとして、あねとして かんしゃしても しつくせません」
「めるてぃえる…名前持ちなのですね」
「はい」
精霊に呼び名がないことは普通である。正確に言えば、精霊の本名は精霊の言語のため他の種族には発音が聞き取れないし発声もできない、名前を呼びたくても呼べないのである。しかし、一部の精霊は他の種族と交流するために他種族が呼びやすいよう仮の名前を親しくなった者に付けて貰う事があるのだ。
「ん?妹…この子があの捕まってた子ですか?」
「そうだよー!」
あの死にそうでまともに受け答えが出来なかった時との落差にレヴィードは面を食らった。
「すみません。いもうとは こうきしんが おうせいで さわがしくて」
「いえ。ここまで元気になってくれれば助けた甲斐があったというものです」
「おそれいります…」
めるてぃえるは妹の落ち着きの無さを恥じる様子で頭を下げるが、レヴィードはアハハと苦笑いで返す。
めるてぃえるの妹が離れると再びセレナが話を切り出した。
「あの…それとレヴィード様。もう1つお話したい事がありまして」
「なんでしょうか?」
「私達にレヴィード様の武器を作らせていただけないでしょうか」
「僕の武器ですか?…そちらのドワーフの方と関係が?」
レヴィードはセレナ達が来た時点でドワーフを気にしていた。戦争時は敵側に付いていたし、レヴィード自身、直接ドワーフを斬った覚えもなかったからである。
「はい。こちらの方はギガズド・バーモン殿。鍛冶が得意なドワーフの中でもセプトで一番と誉れ高い名工です」
「…」
ギガズドは黙ってお辞儀をした。
「…?」
「あ、彼は昔の事故で喉が潰れて声を出せなくなってしまったのです」
「そうなんですか。これはとんだ失礼を」
「…」
ギガズドは気にするなと言うように首を横に振る。
「お父様も懇意にしていて、我が家の家宝の剣も彼の作なのですよ」
「へぇ。そんな凄い名工に作って貰えるんですか」
「レヴィード様はセプトを救ってくれた恩人ですから」
「…」
ギガズドはレヴィードに要望書と書かれた紙を渡した。
「これに書けば良いですかね?」
「…」
ギガズドはコクリと頷き、レヴィードはペンでサラサラと書いた。レヴィードの要望は以下の通りである。
【刃渡り50cm前後のドーンの造り】
【軽く、そして絶対に壊れないくらい丈夫に】
レヴィードはアカネゾラの使い心地を気に入っており、基本的な形は同じにしたいようである。レヴィードは要望書をギガズドに返すと、ギガズドはそれをじっと眺めた。
「…」
ギガズドは手をパーにしてレヴィードに向けた。
「代金は金貨5枚?」
「…」
ギガズドは違う違うと首を横に振る。
「5…製作に5日掛かる?」
「…」
ギガズドはコクリと首を縦に振った。
(5日か…。でも…)
大量生産される安物の剣は半日、店で高級品として扱われる剣は2~3日で出来るとされる。1本の剣に5日も掛けるとは異様である。レヴィードは長いと思ったが、今までの旅路は急ぎ過ぎてみんなに負担を強いていたのではないか、たまには大きく休みを取るのも気分転換で良いかもしれないとも思えた。
(フィーナとラティスの真意を訊きたいっていう目的も達成できたしね…)「了解しました。お願いします」
レヴィードはギガズドと握手を交わすと、ギガズドは任せとけと強く握り返した。




