第31話 謎の洋館
レヴィードは以前勇者パーティーで共に戦った幼馴染みのフィーナを仲間に加えて1日休み、冒険を再開した。
改めてグラッサー森林に入り、曲がりくねった街道を進んでいる時だった。
ポツ、ポツ…
「ん?少し降るかな?」
レヴィードは肌に微かに当たる水の感触に気付き、空を見上げると空には濃いネズミ色の雲がモクモク広がっていた。
「これは一雨来そうだね。適当な木でも探そうかな」
レヴィードがそう言って3分後─
ゴォォー!ザァァー!!ゴォォー!!!ザァァー!!!!
一雨どころか百雨くらいのとんでもない大雨となった。辺り一面に水が滝のように降り注ぎ、雨音が鼓膜を破かんばかりの爆音となって響き渡る。
「みんな集まって!氷雪牢!!」
レヴィードの氷雪牢はモンスターを封じ込めるだけでなく、雨天や日差しが強い日などに即席の避難所として全員を囲って凌ぐ事が出来るのである。しかし、大自然のパワーは魔法を凌駕するらしい。
ピタッ、ポタッ…
魔法で作ったとはいえ所詮は氷雪。高めの気温と激しい雨に晒されて早くも雨漏りが起き始めた。
「レヴィード様!」
「まずいね。どうしたものかな…」
「…レヴィード様。あそこはどうでしょうか?」
「…あー。ちょうどこの先か。…皆。ずぶ濡れ覚悟で走るよ。氷雪牢解除」
レヴィードはぺルルの進言によって、全員を全力ダッシュさせてある場所に向かった。
「ふぅ…着いた着いた」
しばらく走ってレヴィード達が辿り着いたのはエリプマヴがいたあの不思議な洋館である。洋館内は薄暗く、外の雨の爆音以外の音が何もしない相変わらずの不気味さを醸し出していた。
「フィーナ。光魔法で照らせそうかい?」
「うん。照明球」
フィーナが魔法を唱えると眩しい光を放つ球体がふわふわと漂って辺りを照らす。
「みんな、服ずぶ濡れだよね」
「そうでsクシュン!」
「いけない。こんな豪華な洋館だから暖炉くらいあるかな?」
「…手当たり次第に探すしかないでしょうが、凍えるよりかはマシかと…」
レヴィード達はずぶ濡れで震えながら洋館の探索を始めた。
レヴィード達はエントランスホールの右側に伸びる廊下から進み、扉を2つ3つ開けていくと長いテーブルが設置されたダイニングルームのような広い部屋を見つけ、そこに念願の暖炉を発見した。
「隣には薪もあるし、アインスお願い」
「ああ。小火玉」
アインスが放った小さな火の玉は戦闘では役立ちそうにないが、着火としては充分役割を果たして薪がメラメラと燃えていく。その暖かい火を囲いながらレヴィード達は今日一日の行動について相談する。
「こんな雨だし、外ぉ出たくねぇなぁ」
「そうだね。少なくとも雨が止むまではこの中が安全だね」
「ちょっと怖いですけどね」
「…!」
「そうだ。どうせ1日この洋館で過ごすんだったら色々調べてみないかい?」
「ここを?一体何の意味がある?」
「誰も知らなかった洋館で、しかも作りも豪華だしね。探せば凄いお宝が出てくるかも」
「なるほど。そういうことか」
冒険者の暗黙の了解として、基本的に誰かの所有地ではない洞窟や廃墟などであればそこにある財宝は見つけた者の物である。
この洋館はレヴィード達以外誰も知らないし、魔族に占拠されていた以上既に所有者がいない廃墟であろうとレヴィードは判断したのである。
「何かあればだけどね。だとしたら照明がもう少し欲しいけど…」
「あぁ、あれでどぉかなぁ」
ティップが指したのはテーブルの上にある燭台で、太い蝋燭が刺さったままで火を付ければ使えそうである。
「よし。じゃあ決まりだね。服が乾いて温まったら探索開始だ」
レヴィード達は二人組の3チームに分かれて洋館の探索を開始した。
ぺルルとターシャは自前のランタンを持ってダイニングルームよりもさらに奥へと進む。
「…タ、ターシャ。周囲の警戒を怠るなよ…」
「は、はい…」
ぺルルは字面は頼もしい事を言うがランタンを持つターシャの背中にピッタリと着いて必要以上にキョロキョロしていた。
「ここが右側で一番奥の部屋みたいですね」
ターシャがその部屋のドアを開け、ランタンの光で照らしながら進んでいく。
「この部屋って…」
部屋には額縁に収められた絵画が何枚も立て掛けられており、イーゼルやパレット、筆などの絵を描くための道具も散見された。絵画はこの辺りの風景画であろう、緑の配色のものが多い。
「この洋館の持ち主のアトリエ…ですかね?」
「…し、知らん。と、特に何も無さそうだし早く出ようか」
「え、でももう少し探した方が…」
ターシャがランタンの光を別の方向に向けた時である。
「ひゃあっー!!」
普段冷静なぺルルからは考えられないような悲鳴が挙がる。
「で、出た!」
「ぺルルさん落ち着いて下さい!ただの人物画みたいですよ」
「…なんだ。絵か」
平静を取り戻したぺルルは改めて絵を見る。
「…この絵は…ダークエルフか?」
「みたいですね。じゃあここに住んでた人はダークエルフなのでしょうか?」
絵には褐色の肌で真っ白い長髪、深紅の瞳で尖り長耳の16歳くらいのワンピースを着た少女が描かれていた。
一方その頃、アインスとティップの組は1階の左側の廊下を進んでいた。いくつか扉を開けてきたが特に目ぼしいものはなく、一番奥まで調べたが売れそうになかったり持ち運べそうにない骨董品ばかりである。
「こっちはハズレか」
アインスが最後の部屋を出て廊下の壁にもたれ掛かった時である。
「ん?」
アインスは壁にふわりとした違和感を覚えた。
「ここだけ壁の感触が違うな。ティップ。蝋燭を持ってやるから壊せ」
「わ、分かっただ」
ティップはアインスに明かりの蝋燭を預けると、その壁に向かって助走をつけて大斧で突進する。
バキッ!
壁は木が割れる音と共に簡単に壊れた。どうやら表面は壁の突き当たりに偽装された絵で、壁の厚さは数センチしかない。
「あ、扉がもう1個あるだ」
「こんな隠し扉、何かないと割に合わん」
壁を壊したことで発見した新たな部屋にアインスとティップが入る。
「書斎か?」
乗り込んだ部屋には2つの本棚にぎっしり詰められた本と机以外、特に無かった。
「何にもねぇだなぁ」
「いや。あんな小細工をしてまで隠された部屋、何かしらの意図がある筈だ」
アインスは本棚から適当に1冊本を取り出し、机で開いてみた。本の紙は劣化して変色が酷く、インクも掠れて何かしら書いてある事が何となく分かる程度である。
「で、なんて書いてるだ?」
「…いや分からん。何かしらの文字だろうが、こんな形は見たこともない」
アインスもアーゼンリット学園で色々学んできたが、自分達が普段見慣れた一般的な文字とも術式魔法言語とも違う謎の記号の羅列に頭を捻るばかりであった。
ぺルルやアインスが1階でそれぞれ気になるものを見つけた頃、レヴィードとフィーナは2階の右側に上がり、とある部屋に入った時だった。
「おっと…」
「…っ!?」
レヴィードとフィーナは思わず息を呑む。部屋は個室のようでベッドと本棚と机があり、その机に向かうように椅子に座ったこの部屋の主だったであろう骸骨が座っていた。
「あの魔族に殺された…のかしら?」
「いや。違うみたいだよ」
「え?」
「後頭部の頭蓋骨が欠けてるし、床には剣が散らばってる…。だからこの人はきっと座ってたところを背後から後頭部に一撃食らった後、何人もの人に剣で串刺しにされて死んだんだと思う」
「そんな…酷い…」
「逆にそんな惨たらしい死を迎えなければいけないなんて…。この人はこんな森の奥で何をやってたんだろうね…」
レヴィードとフィーナはその骸骨に手を合わせた後、部屋をより詳しく調べてみる。
「これは…」
レヴィードはベッドの近くに金の天使の像を見つけた。台座に乗った30cmくらいの像で、翼を自身を包むように折り畳みながら祈りを捧げているようなポーズをしている。
「金の像か…。妙だね」
「どうして?」
「もし押し入り強盗であの骸骨が死んだなら、あの金の像だって盗まれている筈だよね」
「確かに…」
金の天使像はレヴィード達が発見した中で一番高く換金できそうな物である。それがこうして残っていることに違和感を抱いたレヴィードはその像を調べることにした。
「ん?」
レヴィードは金の天使の像の台座に何か文字らしき物が刻まれることに気付いた。
「よく見えないな…。フィーナ、もう少し明かりを近づけて」
「うん」
レヴィードの指示通り、フィーナが照明球を天使の像に近づけた時だった。
…シュン
なんと照明球が天使の像に吸収されてしまったのである。すると金の天使の像は眩しく輝き、暗い部屋を光で照らしていく。
ズズズズズッ!
それと同時に、何かがずれる音がしたのでレヴィードとフィーナはその音の方向に目をやると部屋の端に並んだ3つの本棚の内、真ん中の本棚が床に格納され、新しいドアが姿を現した。
「…」
突如起きた謎の仕掛けにレヴィードとフィーナはしばらく声を失った。
その後、レヴィードは1階の探索をしていたぺルル・ターシャとアインス・ティップと急いで合流し、例の仕掛け部屋まで連れてきた。
「なるほど…。ダークエルフの女の子の肖像画に、隠し部屋にあった謎の文字の本、それに魔法を吸い込んで動く変な仕掛けか…。物凄く怪しいね」
合流したと同時に各自で見つけたものの情報を統合して、レヴィードはある予想を立てた。
「ここって何かの魔法アイテムを開発する極秘の施設じゃないかな」
「…どういうことですか?」
「魔法の凝った仕掛けだから、きっと骸骨の人は魔法に詳しい人だったと思うよ。それでアインスが見つけた謎の文字の本は暗号化されたその人の研究資料で、この森の奥でひっそり魔法アイテムを開発してたんじゃないかな」
「ダークエルフの少女ってぇのは誰だぁ?」
「この骸骨の骨格は軽そうでそこそこ空いてるからたぶんエルフの男性の老人…だから肖像画の子は孫娘じゃないかな」
「…それではこの骸骨はその開発した魔法アイテムを巡って…」
レヴィードの予想通りならば、そんな人物が遺した扉の奥にある物が何なのか胸が否応なく高鳴る。
「じゃあ、開けてみようか」
レヴィードに応えるように、全員が頷いた。
レヴィードが開けた扉の先はまるで別世界のようであった。まずは洋館からガラリと変わって古代遺跡のような石造りの階段が下へと伸びていた。ざらつく石の壁を伝いながらカツッカツッと降りていく。
フィーナの照明球の仄かな光を頼りに何百段と階段を降りて、異様に広い空間に行き着いた。地面は岩で、どうやらただ単に地下を掘っただけの洞窟である。レヴィード達が慎重に進んでいると何やら高さ2mほどの巨大な双四角錐の水晶が乗った台座を発見した。
「あの天使の像のことを考えたらただの置物って訳では無さそうだけど…照明球を近づけてみて」
「うん」
フィーナが照明球を巨大水晶に触れるくらいに近づけるとレヴィードの見立て通り照明球が水晶に吸い込まれた。すると水晶から白い光が溢れ、うっすらと空間の全体像が見えるくらいに明るくなった。見渡すと空間は円形で中央は窪んでおり天井まで10mくらいある。外周には同じ水晶があと4つ、それと入口から正反対の位置に不思議な模様が描かれた巨大な門があった。
「あと4つ同じ事をすれば何か起きるか…?」
「かもね。次の水晶に向かおう」
レヴィード達はそこから反時計回りに水晶を巡ることにした。
「じゃあフィーナお願い」
「照明球」
2つ目の水晶に辿り着き、フィーナは照明球をぶつけるが、今度は何も反応を示さないまま照明球が素通りしてしまう。
「あれ?どうして?」
「待てよ…。雷球弾」
レヴィードは何を思いついたのか雷の魔法をぶつけると、水晶は雷球弾を吸収して黄色い光を放つ。
「やっぱり」
「…何か分かったのですか」
「水晶には全部異なる属性の魔法を吸わせないといけないと思うよ」
「じゃあ…」
「うん。あと3属性だけど僕の水とアインスの火と土で間に合うはず」
「そうと決まれば早い」
レヴィード達はそのまま廻って水晶に魔法を吸収させていく。
「巨竜炎!!」
水晶は火の魔法を吸って赤く光り─
「岩鋭刃!」
土の魔法を吸って茶色の光が滲み─
「これで最後、飛氷槍!」
水の魔法を吸って光が青く輝くと地響きが起こり、開きそうにない巨大な門が左右に分かれて開いた。
森の奥の洋館、仕掛け扉、地下深くにある洞窟、ここまで厳重に隠されたものとは何かとレヴィード達は自然と足早に門へと向かい、ついに最深部を目撃した。
「あれは…人?」
最深部には豪華な宝箱でも歴史的な石碑でもなく、褐色の肌の少女が膝を抱えて座っていた。レヴィード達は想定外の事態に困惑するがここまで来て放置して帰る訳にもいかず、その少女に近づく。
「ぺルルさん。この子、あの絵画の子じゃないですか?」
「…ま、まさか」
尖った長い耳、日差しで健康的に焼けたような薄茶色の肌、地面に着くほど伸び新雪のように真っ白な髪、その少女の特徴はぺルルとターシャが見たダークエルフの少女の絵と酷似していた。
「君、大丈夫かい?」
レヴィードが呼び掛けるが、その少女は全く動かない。
「おーい」
レヴィードはしゃがみ、その少女の肩を慎重に叩いた時だった。
(…一定の衝撃を確認。再起動開始)
「うわっ!?」
少女は突如目覚め、その深紅の瞳でレヴィードの顔を確かめるようにじっと睨んだ。




