表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/113

第25話 薔薇の庭の君に恋をして

レヴィード達がロマニエを旅立ってから1ヶ月半ほど経過していた。


以前(トロワのとき)はリューゼ王子が下痢を起こしたり、疲れたとか気が向かないとかで滞在が多かったからね)


前よりも約1ヶ月ほど早い旅の行程でレヴィード達は順調であった。

レヴィード達が次に向かっている町はサンディアという町で、町の周辺や街角、家々まで花が咲き誇るオーベスト地方で一番美しい宿場町として有名である。また景勝地だけではなく、交通の要所でもあり、この先にある北東のガンゴツ山岳地帯の峠道と北西のグラッサー森林の街道への分岐点でもあるのだ。

そんなサンディアまであと少しという所だった。


「そ、そこの人、助けて!!」


街道脇の林から青年が飛び出してきた。


「ギギギィ!」


それを追うようにゴブリンが3匹現れた。


「あのくらいならすぐだね」


レヴィードの余裕の勝利宣言通り、レヴィードの突きとぺルルの蹴りとターシャの一射だけで片が付いた。


「大丈夫ですか?」


「あ、はい!ありがとうございました」


青年は礼儀正しくレヴィード達に頭を下げるが、ぺルルは青年の姿を怪しく思う。


「…それよりもこんなところで何をしていた?」


「いえ…別に大した事では…」


町の近くとはいえど、ゴブリンが徘徊する林を青年は丸腰で彷徨(うろつ)いていたのだ。ぺルルが怪しむのも尤もである。そこを突っ込まれた青年も後ろめたさからか、動揺した様子を見せる。


「とりあいず町までもうすぐですし、行きましょうか」


「いや、ちょっと今は…」


「ええい、歯切れの悪い男だな!」


アインスが青年の胸ぐらを掴んだ時だった。


「この賊め!!若様に何をするか!」


燕尾服を着たおじいさんが馬に乗って猛スピードで突っ込んできて、飛び降りてレイピアを抜刀する。


「きぇぇい!!ワタシの目が黒い内は若様に手出しはさせんぞ!」


「じいや、待って!」


「若様、ご安心召されい。こんな若僧共ワシの手に掛かれば」


「あの、おじいちゃん。これには訳がありまして…」


レヴィードは血気盛んなおじいさんに事の経緯を説明した。


「なんと!若様をゴブリンから!ありがとうございます!」


「いえ、僕の仲間も失礼な事をして申し訳ありません。…ところで若様というのは?」


「ええ。こちらはこの先にあるサンディアの町を治める貴族のご嫡男、シュトナーズ・ガウベリオン様でございます。ちなみにワタシはそこで執事長を務めさせていただいているハリーと申します」


貴族という身分をハリーに明かされて、シュトナーズは観念した様子でうなだれていた。






レヴィード達はシュトナーズとハリーに連れられてサンディアの町に入った。

ガウベリオン家は中央・統治貴族の補佐や監査等を行う公正貴族の1つだが、広大なオーベスト地方では公正貴族に1つの町の町長を任される場合もあるのだ。


(前来た時みたいに活気があって良いね。ガウベリオン家はこの町を正しく治めてるんだろう)


レヴィードはサンディアの様子を見て何かの本で、民の顔色と町の様子で領主の良し悪しが分かる、と見た気がしたのをふと思い出した。住民の顔は笑顔に溢れ、黄色やピンクの花が街路の脇に埋められていて、とても賑やかな町である。


「代々ガウベリオン家の人間は花が好きでしてね。その影響かこの町に住む人も花好きが多くなりまして、それぞれの家が庭で自慢の花を育てているのですよ。無論、ガウベリオン家の庭園がこの町一番ですがな」


ハリーは楽しそうに語る。


「さぁ着きました。ようこそ、ガウベリオン家へ」


レヴィード達がガウベリオン家の屋敷の門を潜ると、庭一面に広がる虹色のグラデーションとなった花畑が出迎えてくれた。赤薔薇が所々に飾られた噴水や青々とした垣根に添われた白い霞草など、華やかさと奥ゆかしさなど、花の色々な美しさを見せてくれるような庭園である。

屋敷の中に入りレヴィード達は客間に通され、紅茶を啜りながら当主を待っていた。


「お待たせしました。この町を治めるザンビーム・ガウベリオンです」


しばらくして、シュトナーズの父で、この町の町長を務めるガウベリオン家当主・ザンビームが現れた。


「お時間を割いてくださりありがとうございます。冒険者のレヴィードとその仲間達でございます」


「…!この度は愚息を救ってくれたそうで。父として感謝の念に堪えません」


子どもであるレヴィードの挨拶にザンビームは少し面を食らったが、礼を述べた。


「いえいえ。僕達もなり行きでそうなっただけなのでお気になさらないで下さい」


「そう言っていただけてありがたいです。シュトナーズにはこんな事をやるなと散々言い聞かせてはいるのですが…」


「え?今回だけじゃないのですか?」


「ええ…。お恥ずかしい話です。実は…」


ザンビームは赤裸々に今ガウベリオン家に起きている事を話した。


「えっと…つまりご子息は結婚したくないから家出を繰り返していると?」


「はい…」


ザンビームの話によると、今から3ヶ月前、グリッド商会の令嬢と縁談をして結婚を決めたのだが、それ以降不定期に家出を繰り返すようになり、今回で8回目なのだという。


「それでいて理由は全く話さずじまい。明日にはグリッド家の令嬢と親が到着し、1週間後には招待客が来て挙式だと言うのに…。どうしたものかと…」


「…あの、差し出がましいようですが僕の方でシュトナーズ様本人に伺ってみましょうか?もしかしたら家族だからこそ明かせないということもありますし、子どもの僕であれば気楽に話してくれるかも知れませんし…」


「なるほど…。ならばお願いします」


ザンビームも藁にもすがる思いであろう、レヴィードの申し入れを受け入れた。

シュトナーズの事を任されたレヴィードは早速シュトナーズの部屋へ向かう。


「シュトナーズ様。失礼します」


しかし、レヴィードがノックしても反応はない。もしかしてまた脱走(いえで)したのかとゆっくりとドアを開けるとシュトナーズは窓辺に立って遠眼鏡で外を覗いている様子だった。


「…シュトナーズ様。覗き見とは感心しない趣味ですね」


「うわっ!?」


シュトナーズとしては、突然現れたレヴィードに驚くのも無理はない。


「君はさっきの…突然やって来てなんですか」


「いえ、ドアをノックしても反応がなかったので家出かと思いましたが、まさか覗きをしていたとは」


「か、彼女を覗き見ていた訳ではなくて」


「え?彼女…?」


「え?あっ…」


シュトナーズはしまった、墓穴を掘った!というような顔をした後、みるみる赤くなっていく。


「家出の件や結婚を嫌がっているお話はザンビーム卿から伺っていましたが、もしやその彼女というのがそれらの原因でしょうか?」


「…そうだよ」


シュトナーズはレヴィードを窓辺に招く。


「ほら、この椅子に乗って。あと遠眼鏡(これ)も」


「ありがとうございます」


「正面から数えて5軒目の屋敷のところだよ」


レヴィードは部屋にあった椅子に乗っかり、シュトナーズから遠眼鏡を借りて窓辺から指示通りの場所を覗く。そこには赤や白やピンクの花が庭一面に咲く屋敷があり、ちょうどそこに花を世話する女性の姿があった。


「…お名前などは?」


「実は…気恥ずかしくて直接会って話したことがなくて、一番近づいたのは庭の外からこっそり見た時だけなんです。でもボクは彼女を薔薇の妖精姫(ティターニア)と心で呼んでいます」


シュトナーズは小恥(こっぱ)ずかしい渾名を付けて覗きを敢行する程、よっぽどその女性を気に入っているようである。


「…つまり彼女に一目惚れしてるからグリッド商会のご令嬢との結婚を嫌がっているという事でしょうか?」


「…」


シュトナーズは黙って頷く。


「しかし、もはや決めてしまった結婚ですし…」


「それは父上が町の利益のために勝手に決めた結婚です!…確かにボクは意気地がなくて、今までずっと父上の言いなりになっていました。でも、彼女に抱くこの初めての気持ちだけは諦めたくないのです…」


貴族と商会の結婚、即ち縁者となる事には双方にメリットが生まれる。

貴族としては商会の物を安く仕入れる事が可能となる上、商会の収益の一部を受領でき、商会としては特別階級への太いパイプができ、他の貴族への商いに繋がるビッグビジネスのチャンスを得る。

故に貴族の結婚相手と言えば違う家の貴族か商会の子息令嬢と相場が決まっており、一般市民との結婚は絵本や小説などの夢物語(フィクション)に過ぎないのである。


(貴族と庶民が結ばれるって今までに無かったからこそ、叶ったら嬉しいよね)「ならシュトナーズ様。一度きりの人生、後悔がないようにしましょう。何かお忍び用の地味な服はございますか?」






レヴィードは町を案内させる名目で屋敷からシュトナーズを連れ出した後、ぺルルに地味な服を調達してもらい、レヴィードはそれを着た。


「…レヴィード様、本気なのですか?最悪この町の行く末を変える可能性もあるのでは?」


「そうだね。でも本人の決心が固い以上、無理に止めれば逆効果だろうし…何よりも、もし叶ったら貴族の歴史が変わる瞬間になって良いんじゃないかな」


レヴィードはぺルルの心配を蹴るような笑みで軽く返す。


「それでは始めしょうかシュトナーズ様…いえ、お兄ちゃん」


「あ、ああ」


レヴィードはシュトナーズと共に例の屋敷に向かう。レヴィードの計画とはシュトナーズと共に引っ越してきたばかりの兄弟として薔薇の妖精姫(ティターニア)に接近する事である。


「わー。お兄ちゃん見てよ。綺麗な薔薇だね」


「そ、そうだなー」


レヴィードは普段よりも幼く、シュトナーズはややぎこちなく兄弟っぽい掛け合いをする。


「どちら様でしょうか?」


そんな芝居に早速、薔薇の妖精姫(ティターニア)が引っ掛かってくれた。薔薇の妖精姫(ティターニア)は赤い薔薇のような長い髪を後ろで一本に大きなリボンで結っており、顔はぺルルのような凛とした感じでもターシャのような童顔らしい感じでもなく、素朴という言葉が当てはまる20代くらいの女性だった。


「あ、あの!は、初めまして!!」


「ええ…。この辺りでは見ない顔ですね」


「あの、えっと…」


今まで想っていた相手と直接会話して気持ちが舞い上がっているのか、シュトナーズは言葉を冷静に紡げないでいた。


(緊張してる場合じゃないのに…)「僕達は一昨日向こうの方に引っ越してきたんだよ!それでちょっと散歩をしてたら綺麗な薔薇があったから…」


「そうだったんですか」


「え、まぁ…はい」


「この薔薇達(こたち)を綺麗と言ってくれたら育てた人間としては嬉しいです。よろしければ中へどうぞ」


「はーい。おじゃましまーす。ほら、お兄ちゃんも」


「う、うん」


レヴィードとシュトナーズは薔薇の妖精姫(ティターニア)に誘われるまま屋敷に入った。その様子をレヴィードの仲間達が見守っていた。


「全く。なぜ貴族の茶番劇に付き合わねばならないのだ」


「でも貴族と庶民の恋愛だなんて、小説みたいでロマンチックですよね」


「う~ん。上手くいくと良いなぁ」


「…ふぅ。レヴィード様のお考えとはいえ大丈夫か…?」


愚痴るアインス、ときめくターシャ、祈るティップ、心配が拭えないぺルルとそれぞれが違う反応を示す中、屋敷内では話が進んでいた。

中に通されたレヴィードとシュトナーズは庭に置かれた純白の丸テーブルと椅子がある席に座らされた。


「申し遅れました。私はマリアーゼって言います」


「マリアーゼさん…素敵な名前ですね…」


「えっ…?」


「あっ、すいません。つい…」


思わず本音が漏れたシュトナーズの言葉にマリアーゼは少し照れた。


「あ、そうだ。僕達もお名前言わなきゃ。僕はレヴィードって言うんだ」


「えっと…ボクは…シュト…ランゼです」


「レヴィード君にシュトランゼさんですね」


シュトナーズは緊張で思わず本名を言いそうになったがなんとか堪えて乗り切り、緊張をほぐそうとマリアーゼの薔薇の畑に近づく。


「それにしても近くで見ると本当に美しい薔薇です。花弁(はなびら)の色艶といい、ピンと上に伸びた(がく)といい、こまめに世話をしなければこんなに生き生きとしたものにはなりませんよ」


「まぁ…。そこまで分かってくださるのですね。ご先祖様もきっと喜んでくれます」


「ご先祖様?」


「はい。この薔薇畑は代々私の家系の人間が世話しているんですよ。誰が始めたのかは分かりませんが、少なくともひいおばあ様の頃からあるみたいでして」


「それはご立派ですね」


シュトナーズ自身も薔薇を育てているため、マリアーゼとの薔薇談義に花を咲かせ、シュトナーズはこの時間に心を踊らせるばかりである。


「あ、そうだ私ったら話に夢中でお茶も出さずにすみません。紅茶でよろしいでしょうか?」


「え、はい!」


(良い感じだね)


まるで友達以上恋人未満のようなシュトナーズとマリアーゼのやり取りをレヴィードはニヤけながら眺めていた。






楽しい時間はすぐに過ぎ、レヴィードとシュトナーズはマリアーゼとまたいつか会おうと約束をして屋敷を出て、ガウベリオン家の屋敷に戻ってきた。そしてレヴィードはザンビームの部屋に赴いた。


「失礼致します」


「おお。レヴィード君、それでどうでしょうか、シュトナーズは?」


「はい。その事についてお話がございます。少し長くなりますが、お時間は大丈夫でしょうか?」





レヴィードは見事身分違いの恋のキューピッドになれるのか?お楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ