第17話 魔法を求めて
ここはロマニエにある宿屋の一室。レヴィードは机の上で魔晶石板とにらめっこしていた。
(アレはなんとかで倒せたけど…。そろそろ新しい魔法を考えた方が良いかな)
レヴィードは自身が習得した魔法を思い浮かべてみる。
柔水壁…柔らかく弾力ある水の壁を作る。
飛氷槍…円錐状の鋭い氷の槍を飛ばす。
幻霧陣…一定の範囲に視界ゼロの霧を張って撹乱する。
流瀑水…強烈な水流をぶつける。
紫雷閃…紫電の雷を一直線状に発射する。
雷球弾…球状の雷を複数個飛ばす。
招雷剣…金属に魔法を設置し、任意のタイミングでそこに落雷を発生させる。
小雷音…小さな電気の火花を発生させて葉などに着火する。焚き火用。
氷柱飴…氷の飴玉を作り、任意のタイミングで氷の棘を発生させる。
レヴィードが旅立つ前で習得したものが6つ、旅の途中で習得したのが3つ。今後の勇者を追う旅の中で、これらのみで対応しきれるのだろうかと少し悩んでいた。
トロワだった頃は魔法適性なんて持っておらず自身の武技を高めることに集中すれば良かったが、新たに魔法という選択肢が生まれたことでその創意工夫に苦労するようになったのだ。
「…なるようになるか。もう寝よう」
翌日。レヴィード達はギルドに足を運んで掲示板を見る。
「さて。次はどれにしようかな」
「やっぱり低ランクだと運搬系が多いですよね」
特定のモンスター退治やそれらしか採れない稀少な素材の採取などは比較的稼ぎやすいのだが、低ランクだとどうしても収入は見劣りする。
「どれも薬草やキノコの収拾…ん?」
レヴィードはふと目に止まった依頼を見る。
【Gランク:教材用武具の運搬】
新品の剣20本をとある場所に運ぶ依頼で、報酬は他の依頼と比べて下の中といったところである。しかし、レヴィードにとっては行き先が魅力的だったのだ。
20本の剣の重さはティップの剛力を以てすれば苦はなく、道中に現れたスライムやガブリワン(凶暴な野良犬のモンスター)はレヴィードとぺルルとターシャで容易に蹴散らし、1時間半ほど歩いて目的地に到着した。
「すんげぇ場所だぁ」
「初めて見ましたけどこんなに大きいんですね」
「…ほぅ」
(ここでエレアさんも勉強してたんだね)
アーゼンリット学園─ロマニエの南にあるスタビュロ大陸最大の冒険者養成機関で、一流冒険者の登竜門と言える場所である。
まるで神殿のような校舎には荘厳なステンドグラスが何枚も張られ、美しい花畑にレンガの道も敷かれ、教育機関というよりも観光地である。
レヴィード達は入り口の門を抜けて事務棟と呼ばれる建物の扉をノックする。
「はーい」
出てきたのは人間の20代くらいの女性の事務員で、茶髪をおさげに結っている。
「あれ?ボクどうしたのかな?」
「冒険者のレヴィードと申します。ギルドの依頼を受けて新品の剣を届けに参りました」
女性はえっ?という顔をしたが、後ろのティップとぺルルとターシャ、それにレヴィードの冒険者プレートを見て納得したようで、対応を変えた。
「大変失礼致しました…」
「いえいえ。誰も子どもが冒険者だとは気付きませんよ。それよりも納品書をお願いします」
「はい。ただいま」
「あ、それとですね。魔法科棟を見学しても構いませんか?」
アーゼンリット学園は魔法適性の有無によって剣士などを目指す物理科と魔導師等になる魔法科に分けられ、住む寮も授業を受ける場所も異なる。
「別に構いませんよ。ここから…あの杖をクロスさせた校章の緑の旗を掲げているのが魔法科棟になります」
女性は指を差してレヴィードに教えてくれた。
レヴィードが魔法科棟に来た目的は新しい魔法のきっかけが欲しかった為である。何かの魔法関連の研究資料や参考書などを閲覧出来ればと思いぺルル達には適当に待ってもらってこうしてやって来たが、レヴィードが魔法科棟を1人で歩くのはやはり目立つようである。
「何あの子可愛い~♡」
「迷子かな?っていうか女の子?男の子?」
「誰かの下の弟妹だったりして」
女子の冒険者候補生とすれ違う度にそんな黄色い声がレヴィードの耳に入る。レヴィードはこういった空気は苦手だが、それでも進んで図書室と書かれた表示の部屋を見つけた。
「…ふーん」
大陸最大の冒険者養成機関の図書室はどんな規模かと思いきや意外とそうでもなかったことにレヴィードはキョトンとする。大きな本棚が20台くらい並び、候補生が本を読むための机の個席が10席、グループ学習用の長机が2つ、と普通の街角の本屋よりやや広いくらいである。
「あれ?ボクどうしたの?」
「ちょっと魔法の勉強がしたくて」
「あら、そうなの。どういう本をお探し?」
司書であろう女性職員がレヴィードの目的を聴くと、親切なことに一緒に探してくれた。
数時間後─
「ふぅ…」
女性職員が選んでくれた術式魔法言語の書き方の本、水魔法と雷魔法の参考書は効果テキメンで、レヴィードの魔法の技術向上に大いに貢献してくれた。魔法承認の成功率は5割から8割くらいに上がり、この先の旅で必要そうな新しい魔法もいくつか習得したのだ。
(あとは実践で試すだけかな。ぺルル達を結構待たせてるし、そろそろ…)
「おい」
「ん?」
レヴィードが一息ついていると人間の男子候補生が威圧的な態度で呼んだ。
「そこは俺の席なのだが」
「あ、すいません」
「第一、どうして子どもがこんな所にいるんだ?」
レヴィードは変に角を立てる訳にはいかず、その候補生の小言を黙って聞くしかない。
「魔法の勉強をしたくて…」
「魔法を?ふん。所詮子どもの遊びだろ。その程度でここに来るんじゃない。とっとと帰れ」
(うわー。ぺルルがいたらブチギレ案件かなー)「はい。失礼しました」
候補生の苛つく態度から波風立たないようにレヴィードが去ろうとした時だった。
「おうおう。平民上がり」
「そんな子ども相手にムキになって、おとなげないな」
「貧乏だから心に余裕がないのよ、きっと」
明らかにガラの悪い男女三人組が話に加わってきた。
「またお前達か。しつこくて飽き飽きする」
「うるせぇ。今日こそボコッボコッにしてやるからよ」
「ふん。先週返り討ちにしたのをもう忘れたのか?生まれは良くても頭は悪いようだな」
「へっ。今のうちにせいぜい吠えてろよ」
三人組は言うだけ言ってそそくさと帰って行った。
「…今の人達は…」
「先週の実技教練で痛い目に遭ったのを忘れるほどの大馬鹿の貴族や商会の子息令嬢共だ。あんな馬鹿が金を持っているとは世も末だ」
「お金持ちは嫌いなんですか?」
「ああ全く好かんな。特に金持ちの家に生まれただけの子息令嬢は自分に相応の実力がないクセに、金や親の権力に物を言わせて威張り散らす事と自分の損得勘定以外何もできん馬鹿ばかりだ」
「そんな人ばかりではないですよ、きっと」
「ふん。子どもらしい意見だな。だが俺は今までそんな人間は見たことがない。百歩譲っているとしても、そんなのは手で数えられるくらいしかいないだろう」
カーン、カーン
レヴィードと候補生の会話を中断させるように鐘の甲高い音が鳴り響く。
「もう時間か。ここは子どもの遊び場じゃないからな。とっとと帰れ」
その候補生はレヴィードにそう言い放つとさっさと歩いて図書室の扉を強く閉めて出た。
(金持ちの子どもは馬鹿ばかりか…。耳が痛い話だね)
レヴィードは貴族としての経験は浅いが、貴族の特権で他人を黙らせたこともあるのであの候補生の言うことを完全には否定できなかった。
(そう言えば実技教練とか言ってたけど、これからやるのかな。さっきの彼も気になるし、ちょっと見てみるか)
レヴィードは興味本位で図書室をあとにした。
レヴィードは先程の女性司書に道を訊ねるついでに実技教練についても訊いてみた。
なんでも実技教練は週一に行われる、チーム対抗戦による魔法の実戦訓練で、怪我人が絶えない行事らしい。
レヴィードはその実技教練が行われる建物裏の訓練場にやってきた。
(お。いたいた)
訓練場では既にあの時の彼の戦いが繰り広げられており、火の玉や風の刃などの魔法攻撃が飛んでくる。
「堅岩壁」
彼の前の地面から岩壁がせり出し、飛んでくる魔法をガードする。訓練とは思えない迫力のある戦いだがレヴィードはある事に気付いた。
(あれ?チーム戦って言ってたよね?彼は一人で戦っているのか)
レヴィードの見間違いでなければ、彼は10人以上を相手をしているようだった。
「くっ…。数を頼みにしないと勝てないとは情けないな」
「へっ。なんとでも言え。平民風情が貴族に反抗するとどうなるか、今度こそたっぷり教えてやるぜ」
「今なら土下座しながら靴を舐めたら許してあげるけど?」
「そんなことは死んでもせん!お前達なんかに負けるか!巨竜炎!!」
それでも一歩も引かない彼は火炎放射の魔法で応戦する。
「そうかよ。じゃあ死ね!」
「死んでも不幸の事故として片付けてやるよ!」
10人以上の相手が一斉に魔法を彼目掛けて放つ。
「くそっ!」
しかし彼は疲労のせいか、防御魔法を唱えることもその場から避けることも出来そうになかった。
「氷雪牢!!」
魔法が着弾する瞬間、彼の周りにカマクラのような氷雪のドームが包み、バリアの役割を果たした。
「ん!?誰だ?」
「僕も混ぜてもらおうかな」
氷雪のドームが壊れ、もうもうと立つ白い煙の中からレヴィードが姿を現した。
レヴィードの新しい魔法とは?次回は氷雪牢の他にも色々出てきます。




