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第110話 希望の光と惨劇の闇

お久しぶりです。定期的な更新は未だに厳しいですが、ちょくちょくやっていけたらと思うのでよろしくお願いします。




「─っ!」


《目が覚めたか》


ソシアスの生い立ちを見届けたレヴィードはハッと目覚める。寝ぼけ(まなこ)には星霜桜の鮮やかな桃色と精霊女王が映り、夢から覚めたのだと実感させた。それに続くように他の仲間も起き上がる中、ソシアスだけがボーッとして立ち上がろうとしなかった。


「ソシアス、大丈夫かい?」


「異常あり。心理状態が悲しいと嬉しい、相反する感情が混濁した不可思議な状態になっています」


「そう…。でもそれは異常じゃないよ。むしろそんな複雑な感情を抱ける程、成長した心を手に入れたっていうことなんじゃないかな」


「心?」


「うん。ダディアントさんが願いを込めてソシアスと名付けた通り、親友や仲間として共に生きられる、僕達と変わらない心を持つ同じ命になれたって事だよ」


「否定。ワタシはレヴィード達と同じ命ではありません」


「確かにソシアスが造られた存在であることは否定しようもない事実だね。だけどそんな風に自分で考えて、こんな風に語り合える時点でソシアスも立派な命の1つなんだよ」


「…ダディが…願った命…」


レヴィードの言葉を噛み締めるようにソシアスは力強く立ち上がった。こうして全員が揃ったところで精霊女王は話し始めた。


《さて、これで妾が語ることができる真歴史だ》


「精霊女王。どうして僕達に真歴史を見せようと思ったのですか?」


レヴィードは精霊女王から真歴史が語られる時から気になっていた。どうして魔族が嫌悪される時代を生きるレヴィード達を星霜桜まで導き、真歴史を伝えたのか。レヴィードのシロザクラとソシアスがいたからという理由だけでは弱いと感じたのだ。


《…感じたのだ。魔族特有の魔力の残滓が濃く薫ってな。今までの旅路の中で魔族と関わらなかったか?》


「ええ…まぁ…」


レヴィード達が魔族に接触した機会は4回。

若い娘を誘拐して強くなろうとしたエリプマヴ─

勇者武芸大会から逃げた途中で会ったエルピィ─

サラーサ大陸の砂漠にある隠れ里に住んでいた魔族達─

そしてトヨタマ家に仕える半魔のミナモ─

レヴィード達は旅の中で出会った魔族のことを精霊女王に話した。


《…そうか。待った甲斐があった》


「待った…?」


精霊女王はレヴィード達の話を聴き終えると嬉しそうに口を綻ばせながら言葉を続ける。


《世の風潮に惑わされずに魔族のことを見られる、そんな者を待っていた。…妾が幾星霜の時を掛けて真歴史を伝えようとも人々の意識が変わらず、誤った方向へと歪み続ける事に絶望し、いつしか喰凶星(メトゥスティラ)の降臨が最期の日と諦めて傍観者となった…。しかし今、貴様らに出会って久々に希望を抱けた》


「希望…ですか?」


《歪んだ歴史を正し、世界を喰凶星(メトゥスティラ)から救えるかも知れない…そう思えるのだ》


「…」


レヴィードは戸惑ってしまった。一地方貴族の息子という立場風情に世界の常識を一転させるだけの力があるのか、夢で見た喰凶星(メトゥスティラ)という世界を脅かす強大な存在に対して数人の冒険者パーティーがどうにか出来るのか、と。

精霊女王の言葉には応えてあげたかったがその重責はあまりに大きく、レヴィードは気軽に返せずにいた。


「…レヴィード」


返答しないレヴィードの様子を見て不安だと察したのか、フィーナがそっとレヴィードの手を握る。


「私、レヴィードと一緒なら怖くないわ」


フィーナに続くようにぺルルとターシャも励ます。


「…私はレヴィード様の決定に従います」


「わたしも一緒に頑張ります。どこまでお力になれるか…分かりませんけど…」


レヴィードが振り返って見ると、3人以外にアインスもティップもラティスもソシアスもカエデも大丈夫だとレヴィードに伝えるように力強い視線を送っていた。


(ふぅ…。僕は何を考えていたんだろうね)


レヴィードは勝手に気負っていた自身に嗤うと、精霊女王の方を向いた。


「精霊女王。僕達は貴方の言う希望になれるかは分かりません。どうすれば良いか何て皆目見当もつきませんが真歴史を知った以上、知った者として出来る限りのことをします」


《ふっ…そうか。ならばこれを渡しておこう》


レヴィードの飾らない正直な態度に精霊女王は思わず笑みを溢すと、レヴィードに何かを手渡した。それは手で握れるくらいのサイズの水晶玉で、星霜桜と同じ淡い桃色の、春の風景を閉じ込めたような綺麗な宝珠である。


「これは?」


《遠い昔、妾が人間や亜人種(アナザーノイド)の長に渡していたものだが…魔王に会ったらそれを見せよ》


「魔王に会う?」


喰凶星(メトゥスティラ)と戦う以上、魔王と会わねばならん。それを見せれば気難しいあやつも話に耳を傾けるだろう》


「なるほど」


「…では頼むぞ。この世界の希望達よ」


「え…」


レヴィード達が初めて精霊女王の肉声が聞けたと思った瞬間、強めの風が吹いて星霜桜の花弁(はなびら)が舞い、レヴィード達の視界がそれに奪われる。


「ここは…」


花吹雪が止んでレヴィード達が辺りを見渡すと、霧が漂う草原の上に立っていた。


「戻された…のか?」


「確認。霧に突入する前の地点と断定します」


「夢みたいだったけど…」


「実際にあったみたいだね」


レヴィード達にとってまるで白昼夢のような出来事だったが、(あたま)に叩きつけられた真歴史の鮮烈さとレヴィードが手にした桃色の宝珠が今まで起きた事は現実だったと再認識させる。


「それでこれからどうするんだ?」


精霊女王から託された想いをレヴィードが達成することは至難である。何せ常識と真逆が真実、例えるなら今まで食べたら即死の危険な毒草と思われたものが実は万病を治す薬草でした、と同じくらいあり得ない事なのだ。大衆にありのままを訴えたところで頭がイカれた奴か魔族を信奉する危険分子と見なされるのがオチであろう。さらにそれを乗り越えた上で世界崩壊をもたらす喰凶星(メトゥスティラ)とも戦わねばならないのだ。


「そうだね…取り敢えず一旦ドーエに戻ろう。フジヒデ様に星霜桜に行ってきた事を報告するついでに真歴史をぶつけて様子を見てみよう」


レヴィードのこの提案以外に名案が浮かばなかったため、レヴィード達は星霜桜の方へ一礼し、ドーエに帰る事にした。






さて、レヴィード達の方針が決まった一方でリューゼはドーエでの騒動からどうしたのであろうか。時はレヴィード達がサカオ城から星霜桜を目指して旅立った辺りの頃に遡る。


「…」


ドーエでレヴィード一行に敗北したリューゼ達勇者パーティーは定点転移(ワーヒュン)、一度訪れた場所に瞬時に行くことができる神失魔法(ロストマジック)で色町モモハラに戻って2、3日逗留した後、街道沿いに西方面へと進み、商業都市ゴッチエを目指していた。


「…」


和気藹々としたレヴィード一行とは大きく異なり、リューゼ達の間には一言も会話がなく、ピリついた空気が張り詰めていた。

リューゼは常にノシノシと不機嫌を隠さずに歩き、エレアは触らぬ神に祟りなしとばかりに我関せずといった様子で、アンジェシカはいつリューゼが怒るのかとビクビク怯えながら、デリュジスはただ黙々と、各々理由は異なるがとにかく黙って連なっているのだ。


「キーッ!」


そんなリューゼ達の前に5、6匹の群れのゴブリンが現れた。


「…紅蓮爆破(クリムゾンノヴァ)


リューゼが面倒くさそうに魔法をボソリと呟くと爆風と火柱が巻き起こり、それが止むとゴブリンがいた箇所には真っ黒に焦げた窪地(クレーター)が出来上がった。


「…」


はっきり言って雑魚(ゴブリン)相手にここまでの大魔法はやり過ぎだが、今のリューゼにそれを咎めれば声を荒くして怒鳴り散らすのは目に見えているので仲間達は何も言わない。

ここまでリューゼが苛立っているのは当然レヴィードとの対決のせいである。レヴィードを絶対殺せると信じていた聖剣(プロヴィティア)を以て挑むも負けてしまった傷心(ショック)は想像以上に大きく、どれだけ酒を飲んでもどれだけ道中の雑魚を屠っても憂さ晴らしにもならなかった。

そんな荒んだリューゼと一行はゴッチエに到着した。


「おい!順番はまだ後だ」


「…ちっ!」


「ん?…あっ!し、失礼しました!」


検問をしている役人に止められてリューゼは舌打ちをしつつも自身の持つ王家の紋章が刻まれたメダルを見せた。それは王族ロマニエ家の血縁者だけが持てるものであり、勇者の証明でもある品で、その事は地元(スタビュロ)以外の大陸にも周知されており、メダルを見た瞬間に役人は顔面を蒼白とさせながらペコペコと頭を下げてリューゼ達を街に通した。

レヴィード達も訪れたゴッチエは相変わらず祭のように賑わっており、露店では美味そうな軽食や煌めく宝飾品などが売られいるが、今のリューゼ達にそれらを覗いて楽しむ心のゆとりなぞ毛ほども無かった。


「うわっ!」


先頭を歩くリューゼに小さな子どもがぶつかった。年頃は4~5歳くらいの男の子で、転んだ拍子に尻餅をついてしまう。


「ひっ…」


器量の良い人間ならば気を付けろよと笑って許すだろうが、男の子が見上げたリューゼの顔はそんなものではない。転んだ痛みで泣くのを忘れる程の、猛獣が恐いとかとは次元が違う、未体験の恐怖を感じさせるリューゼの冷めた視線が男の子に突き刺さる。


「このっ!」


リューゼは男の子の首根っこを掴むと路地裏へと連れ込み、男の子を放り投げる。


「ぶぇっ、ぐふぁっ!」


男の子が壁に叩きつけられて地面に落ちたのも束の間、リューゼの蹴りが男の子の腹に入る。その力は加減が微塵も感じられない。


「そうだよ…。本来ならこうなんだよ…。子どもに負けるなんて間違いなんだよ…」


リューゼはボソボソ呟きながら、まるでレヴィードへの憂さを晴らすように憎悪を込めて男の子の腹に二発三発と蹴りを入れる。


「リューゼ様、お止めに」


「あ゛っ?」


聖職者でもあるアンジェシカが良心の呵責から止めに入るが、リューゼの狂気に染められた眼光に怯えて凍りつくように固まった。


「か…あっ!」


その直後、リューゼがアンジェシカの首を掴んで持ち上げる。絞め殺すなぞ生易しい、首の骨を折らんばかりの力が込められてアンジェシカはたちまち呼吸が出来なくなった。


「俺様はこんくらいのガキに負けたんだぞ?王族が、勇者がだ。信じられるか?そんな事あっちゃいけねぇよなぁ?」


「は、はひ…」


掠れた声でアンジェシカが答えるとリューゼはアンジェシカの首から手を離した。ドサッと落ちたアンジェシカは咳き込みながら荒く息を吸う。


「そうだ…」


リューゼは歪に口角を上げながら倒れた男の子に歩み寄る。


「ゲホッ、ガヒュゥ…ヒュゥオ…」


あんな本気の蹴りを何発も受けて普通の子どもが無事なわけがない。骨折したのか内臓が傷ついたのか、男の子は異常な呼吸音と共に激痛で(うずくま)るばかりで、このまま放置すれば死にそうである。


「我、死を超越せし兵を望む。その身朽ちようとも、その魂穢れようとも、ただ我が(めい)に従い、敵を喰らい続ける兵に転ずる栄誉の種を汝に与えん」


リューゼはブツブツと呪文を呟きながら瀕死の男の子の頭をガッと掴む。


屍兵転種(デッドリーシード)


呪文を唱え終わるとリューゼの(てのひら)には真っ黒いアーモンドのような豆粒が1つ生成され、リューゼは男の子の口を抉じ開けてそれを押し入れる。瀕死の男の子に抗う術はなく、その豆粒を飲み込んでしまった。


「んぐっ!」


豆粒を飲み込んだ直後、男の子はビクンと体を反らした後に十数秒間痙攣し、ぐったりと横たわった。


「これでいい…。さて、宿屋を探そうか。明日の朝には発つからな」


身の毛がよだつ残虐な行為をしつつも、まるで一日一善を果たしたような機嫌の良い笑みのリューゼに対して、エレアもアンジェシカもデリュジスも黙って従う他なかった。






そして惨劇の幕が上がる。



それは勇者パーティーがゴッチエに1泊し発った日の夜の事。

あの瀕死だった男の子は自宅の布団で寝息を立てており、その隣には男の子の妹も眠っている。


「アンタ、あの子大丈夫かねぇ」


男の子の母親は寝付いた兄妹を起こさぬようにそっと襖を閉めて夫に相談する。

母親が心配するのも無理はない。ボロボロになって帰ってきてどうしたと訊いても友達と喧嘩しただけだと言い張り、いつも茶碗大盛り3杯のご飯を食べる育ち盛りなのに昨晩は並1杯の半分すら残し、今日に至っては食欲がないと箸すら持たない。その上、元気が取り柄で毎日外を駆け回るのに今日は一日中魂が抜けたようにボーッとしていたり、普段の様子との乖離に母親は戸惑うばかりだった。


「そうだな…。明日医者に診せに行くか」


当初、不調の日もあるだろうと呑気に構えていた父親も心配になって深い溜め息を吐いた。


「きゃあああっっ!!」


父母が意気消沈しているところに娘の悲鳴が耳に刺さる。寝付けない時、兄妹でじゃれ合って騒ぐこともあるが今の悲鳴はそんな可愛いものではない。血相を変えて母親が襖をバンと開けるとおぞましい光景が母親の目に飛び込む。


「ア゛ー…」


男の子が自分の妹の喉笛を噛み切っていた。母親と視線が合った男の子の目は真っ黒に濁り、口周りと服は血に濡れ、理性の無い獣のように妹を貪り喰い始めており、妹の肉片を咥えていた。


「ガァアアッ!!」


「あ゛あ゛あ゛っ!」


息子の寄行と変貌、娘の死、頭に流れ込んでくる数多の絶望に咄嗟の判断が遅れ、母親は息子、いや、かつて息子だったモノに飛びつかれて足の肉を喰い千切られる。


「この…!」


父親は手近にあった酒瓶を持って化け物に振り下ろそうとしたがついこの前までの元気な息子の姿が重なり一瞬躊躇ってしまう。


「うぅっ…!」


「ガギャ…!」


しかし、子への情よりも恐怖への生存本能が勝り、父親は自身と妻を守るために息子だったモノの頭に酒瓶を力一杯振り下ろした。その衝撃で酒瓶は割れ、息子だったモノは流血しながら地に伏せた。


「はぁ…はぁ…。お前、大丈夫か!?」


父親は呼吸を落ち着かせ、妻を抱き起こす。


「アン、タ…」


母親は脛の辺りの肉を噛み千切られた激痛でまともに喋れない程の過呼吸に陥っていた。


「ま、待ってろ!今医者を…」


父親が何かの物音を感じてふと視線を上げるとそこには娘が立っていた。息子だったモノに喉笛を噛み切られて死んだ筈なのにである。


「ウ゛ー…」


娘だったモノは低く唸りながらよたよたと歩み寄る。その目は息子だったモノと同じく黒く濁っていた。


「そんな…!」


父親の理解が追いつかない内に足首を何かにがっしり掴まれた。


「アン…た…逃…ゲ…」


父親が下を見ると、足首を掴んでいたのは母親であった。目は下半分くらいが既に黒く染まり、絞り出すような母親の声は次第に失せていく。


「ア゛ー」


迫り来る娘だったモノ。


「ウ゛ゥ゛…」


起き上がる息子だったモノ。


「…ア゛ア゛ー!」


変わってしまった妻だったモノ。


「やめ…ぐああっ!」


もう父親の声は家族に届かない。




そして勇者(リューゼ)の憎悪に彩られた惨劇は拡散する。





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