第8話 貴族の在り方
さぁ、異世界名物クズ貴族だぞ!
翌朝、レヴィード達はジェイク達のパーティーと共にディーアの店に向かっていた。昨日の出来事からすっかり意気投合している。
「それにしても良いのかい?ロマニエまで乗せてもらって」
「ああ。ルーピンさんとも話したけど君達の実力は充分高い事は分かったからな。乗せる代わりに護衛の手伝いをしてくれれば良いってことになったんだ」
「護衛とは言ってもロマニエ近郊にはシュードゥルほど凶悪なモンスターや盗賊はそうそう出ないだろうに。楽に済みそうなのもお礼の1つなのかな」
「そうかもな。…ん?なんだあれ」
レヴィードとジェイクが雑談しているとディーアの店の近くで人だかりが出来ていた。
「おばさん。何があったの?」
レヴィードは人だかりの中の1人の女性に訊ねてみたところ、小さな声で話してくれた。
「ん?ああ…。ディーアさんがフォーリッド一家に絡まれているんだよ」
「フォーリッド一家?」
「ここの町長なんだけどね…公正貴族の次男なのを良いことに税金を上げるわ難癖つけて暴行を働くわ、町の女に手を出すわで、とにかく無茶苦茶なのよ」
「暴行って…そんなのこの町の警護として派遣されている聖騎士団が黙っていないんじゃ…」
「そりゃあロマニエで働いている真面目なエリートならねぇ。でもここに派遣されるのは下っ端ばかりで、フォーリッド一家から賄賂を貰って見て見ぬフリどころか手を貸す始末なんだよ」
「…ねぇぺルル、ターシャ」
「…はい」
「坊っちゃま?」
「手出しは無用だからね」
レヴィードはぺルルとターシャにムッとした顔でそう告げた後、人混みをかけ分けて前へと進む。最前列に出るとチョビヒゲの小太りの男が聖騎士団の兵士2名を連れ、ディーアとケティに迫っていた。
「何がおかしいと言うのじゃ!?耳とがりのモノが売れるのは中毒性が強い成分で客が中毒になっていると言っているだけではないか!!」
「言いがかりです!私が作る製品にそんな危険なものは入っていません!」
根も葉もない言いがかりと耳とがりというエルフの蔑称に穏やかなディーアもさすがに憤慨していた。
「それとも…その豊満な体で誘惑して客を引いておるのか?」
チョビヒゲデブ男が厭らしい目で見ながらディーアの手首を握る。
「お母さんに触らないで!」
そんな手をケティが払い除ける。
「ぐあーー!!!」
ケティの払い除けた力はそれほど強くなかった筈だが、チョビヒゲデブ男は叫びながらあたふたする。
「これだから耳とがりは!!お前達!この野蛮亜人種を捕らえよ!逆らうなら斬り殺せ!!」
誰がどう見てもクソ安い芝居からの理不尽だが、誰も指摘できずに目を逸らす。もし指摘すれば次は自分の番だとここの住民全員分かっているのだ。そう、住民であれば。
「ディーアさん」
住民ではないレヴィードが前に出て呑気にディーアに声を掛けた。
「レ、レヴィード君!?来ちゃダメよ!」
「なんだ小僧?」
「ディーアさんの昨日の薬凄かったから早速買いに来たんですよ」
「おい、無視するでない!我輩が誰か知っているのか?公正貴族、ヘンゼル・フォーリッドの次男、ゼビアス・フォーリッドだぞ!」
「…そう言えばディーアさんって魔法って何か使えるんですか?」
「あの…レヴィード君、あの人は…」
「人?この二人の聖騎士団のどっちの事ですか?」
「いえ…その…」
「え。ディーアさんヤダなぁ。これは人じゃなくて豚じゃないですか」
レヴィードの豚という単語に周囲が凍りつく。
「こ、このクソ小僧!!我輩を豚呼ばわりとは即刻死刑じゃ!小僧だろうと容赦なく斬れ!!!」
ゼビアスの一言で聖騎士団の兵士がサーベルを抜刀する。
「キェェェッ!!」
「ほっ」
「ぐわぁぁ!!」
兵士の1人がサーベルを振り下ろすがレヴィードはそれを容易く避けて足払いで反撃して転ばせた。
「このぉ!」
もう1人の兵士も迫ってくる。
「ちょっとごめんよ」
「ぎゃっ!」
「うわっ!ぐぁ…ま、前歯が…!」
レヴィードは先程転ばせた兵士を踏み台に飛び上がって、迫る兵士の顔面に膝蹴りを喰らわせる。
「ば、馬鹿者!たかが小僧1人に何をやっている!それでも聖騎士団か、愚図どもめ!!」
ゼビアスは想定外なレヴィードの強さに後退りしながら罵倒する。
「…飛氷槍」
レヴィードが唱えた氷の槍は一旦上昇し、ゼビアスの周りに降り注ぐ。
「ひゃあぁぁっ!!」
ゼビアスは縮こまって悲鳴を挙げるが、氷の槍はゼビアスを貫くことはなく、ゼビアスの周りに突き刺さった。そんな怯えるゼビアスにレヴィードが歩み寄る。
「な、なんじゃ…。我輩は公正貴族の子息じゃぞ?我輩を傷つけたらお前の一家全員皆殺しじゃぞ…」
ゼビアスは脅しを掛けるが声が震えていて全く迫力がない。
「…ふぅ。こんなのが僕と同じ立場なんて嫌だなぁ」
「な…」
「ほら。この紋章、見覚えない?」
レヴィードは自分の懐からロケットペンダントを取り出し、中身を見せる。中には根から伸びる木に若葉が生い茂るような、植物の模様が彫られた金のメダルが入っていた。
「その紋章…!まさか…!」
「うん、そのまさかだよ」
ゼビアスは悟った。自分の人生は詰んだ、と。
法律上、貴族は対等とされるが実情は権力の上下関係が存在する。
王族を補佐して大陸の政治を動かせる中央貴族と地方丸々一つを管理する統治貴族に比べれば、公正貴族の仕事はそれらの補助程度、公正貴族は乱暴な言い方をすれば貴族の下っ端の貴族でしかないのだ。
そしてゼビアスの目の前にいるのはシュードゥル地方の統治貴族・ルートシア家の子息である。
自身の所業はバッチリ見られたから言い逃れが出来ない。かと言って口封じで危害を加えれば、この町で起こったことについて町長としての管理責任を問われて余計な罪を被ることになる。
どうあがいても破滅なのである。
「僕はこれからロマニエに行ってローザリア家に行ってくるんだ。末端とはいえどローザリア家所属の聖騎士団を買収した件、亜人種を侮辱した件、僕を聖騎士で襲わせた件、この町だけでこんなに土産話ができて嬉しいね」
「…ひっ。お、お願いします、どうか…どうか内密に…」
「貴族って言うのは、王族を補佐しつつ、民の声を拾って世の中を良くしていく組織じゃないかな。貴族の特権だって仕事をやりやすくするための手段だと思うのだけれど…君はどう思う?」
レヴィードは明るく、けど目は笑わずにゼビアスに質問するのだった。
レヴィードがゼビアスと話している間、その様子を眺めていたディーアとケティを含む周囲の人々はどよめくばかりだった。
「ど、どうなってるんだ?」
「ゼビアスの奴、泣いてない?」
「あんな小さい子に?」
遠いため全員にはレヴィードの会話内容は聞こえないが、あんな弱気なゼビアスを見たことがない住民にとっては異様な光景であった。
しばらくしてレヴィードとゼビアスは会話を終えたのか、ゼビアスはトボトボと歩きだし、レヴィードはディーアのところへ戻ってきた。
「あの…どう、なったのですか?」
「説得したら帰りました」
「はっ、はぁ…」
ディーアはそんな説明だけでは完全に納得しなかったが、レヴィードの笑顔の前では何も言えなかった。
「それじゃあ薬を見せて貰いましょうか」
レヴィードは何もなかったかのような振る舞いでディーアの店に入っていった。
騒動から数分後、ディーアの店で買い物した後、レヴィード達とジェイクのパーティーはルーピンの荷車に乗り込む。
「それじゃあ改めて、ロマニエまでの短い間だけど宜しく頼むよ」
「ああ、こっちこそな」
レヴィードとジェイクは握手する。
「それでは皆さん出発致します。予定としては夕方にロマニエに到着致しますので最後の道中の護衛、よろしくお願いします」
ルーピンは丁寧な挨拶をした後、馬に鞭を打って進み始めた。
(フィーナ。ラティスさん。甦って旅してここまで来たよ…。転生復活をどうやって説明しようかな、それとも他人のフリして訊きだした方が良いのかな…)
感想・意見があると嬉しいのでお暇であれば、よろしくお願いします。