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第101話 未来予知の正体




レヴィードはシロザクラを正眼に構えてリューゼを見据える。


「何だと?今、何て言った」


「未来が見える聖剣に勝てるかも、と言ったんだよ」


「馬鹿を言え!勇者の聖剣だぞ!そんなハッタリに騙されるかよ!」


レヴィードの挑発とも取れる言葉にリューゼが激昂して突っ込んでくる。リューゼの脳裏には勝利の二文字しかない、未来が見える自分に敗北など有り得ないという自信の元にレヴィードに迫る。


「…!?」


「やっぱりそういうカラクリだったか」


「何っ!?」


しかしリューゼは立ち止まって動揺してしまう。とは言ってもレヴィードは特別なことは何もしておらず、ただ全く構えを崩さずに突っ立ってるだけである。


「?」


それは傍から眺めるぺルル達から見ればレヴィードとリューゼが互いに睨み合ったまま固まる、不思議な光景であった。


「僕は考えたんだ。その剣はどうやって未来を見てるんだろう、って」


「何を訳の分からないことを!俺様の、勇者の聖剣プロヴィティアは無敵だ!」


レヴィードがまず聖剣(プロヴィティア)と戦って抱いた感想は矛盾だった。

仮にある事象が起こることが確定している未来を運命と名付けるならば、聖剣(プロヴィティア)が勇者に未来を見せるとは勇者に運命を教えるということである。使用者は運命の示す通り行動すれば良いだけなので、その通りであれば確かに無敵の聖剣である。

だが実際はどうか?フージャの火山でレヴィードは死ぬ運命だったはずが、レヴィードは生き残ってもう一度ドーエの街中で戦っているという矛盾が現在起きている。

ならばこの矛盾はどうして発生したのかと問われれば聖剣が運命を教えるものではないという考えにレヴィードは行き着いたのだ。


(たぶんだけど聖剣に組み込まれた未来が見える魔法の正体は…)「はっ!」


「っ!?何のつもりなんだよ!」


レヴィードは不意に懐から釘をばら蒔くが、リューゼは全く意に介さずに突っ込んできた。


(な、笑った!?)


雷閃音(スパークフラッシュ)


しかしリューゼが見たのは不敵な笑みを浮かべるレヴィードであった。その表情に気が取られた一瞬の隙にリューゼの視界が閃光で真っ白に染まり、耳を壊さんばかりの爆音が襲う。


「がっ!?」


リューゼが閃光と爆音で怯んだ刹那に胸に痛みが走り、血がたらりと流れる生温かい感触が肌を這った。


「馬鹿な…嘘だ…。何で未来が見えなかったんだ…」


聖女のスカーフのおかげでリューゼの胸元の傷も目と耳の異常もすぐに治ったが、無敵と信じていた聖剣(プロヴィティア)の未来を見る力に裏切られた精神的ショックは計り知れなかった。一方のレヴィードは予想通りといったしたり顔でリューゼを見ていた。


「てめぇ、何をしやがった…!?」


「リューゼ王子。貴方はその聖剣の力を勘違いしているようだね」


「勘違い…?」


「その聖剣の能力。それはきっと、限りなく未来予知に近い未来予測を瞬間的に使用者に伝えるものだよ」


「未来予知に近い未来予測…?」


レヴィードの言葉にリューゼの頭の中は疑問符で埋まっていく。


「その聖剣に蓄積された戦闘の記憶を元に相手の挙動や周囲の状況を即座に分析、その結果と解決策を(イメージ)として使用者に伝える、それが正確無比だからこそ未来が見えると表現されている、と僕は見ているよ」


「なんだと…」


「だから僕がさっき構えて立った時、聖剣はどんな風にも動ける僕の動きを絞りきれずにどの(イメージ)を伝えたら良いか分からなかったんじゃないかな。どんな風に見えたかは知らないけどね」


「…!」


先程リューゼが止まってしまった理由は今までハッキリ見えていたレヴィードの攻撃の(イメージ)が幾つも重なってどれが正しいのか分からなくなったことである。その事をレヴィードにズバリ見抜かれてリューゼは額に冷や汗が流れる。


(嘘だ嘘だ嘘だ…!)


リューゼは勇者として旅立つ前、ロマニエ家の秘蔵書庫で伝説の武具について調べていた。


数多の魔法を記憶し、適性や加護属性に左右されずに自在にそれらの魔法を扱えるようになる賢者の籠手─

どんな傷を負っても即座に癒す力を持つ聖女のスカーフ─

そして所有者に未来予知を見せ、常勝不敗をもたらす勇者の聖剣プロヴィティア─


勇者武芸大会で亡霊(トロワ)に打ち負けて怯えていたリューゼは聖剣を欲した。常勝不敗をもたらす最強の聖剣ならば亡霊(トロワ)を確実に殺し、恐怖の呪縛から解放されると信じていた。しかし現実はその希望すら揺らいでおり、その事実はリューゼにとって決して受け入れられないものである。


「…フンッ!未来が見える仕組みが分かったからどうなんだ!」


「まだ気付かないようだね」


「何っ!」


リューゼは虚勢を張るもレヴィードの一言に冷や汗が増える。


「あの猫が教えてくれたよ。その未来予測には限界があるって事をね」


「限界だと?」


「恐らくその未来予測が働くのは戦っている相手とか、使用者の意識が向いているものに対してだけ。だから猫の不意討ちに気付けずに慌てたし、先程の目眩ましにも引っ掛かった」


「黙れ!要は不意討ちでしか俺様に勝てないってことだろ!」


「いいや。そうでもないと思うよ。僕の予想が正しければね」


レヴィードはシロザクラを構えて飛び掛かる。


(フッ。なんだやっぱりハッタリか)


それに対して聖剣(プロヴィティア)(イメージ)をぶれることなくハッキリとリューゼに伝えた。


(まずは正面からの打ち込み、それを横払いで弾く)


リューゼは聖剣(プロヴィティア)を横に斬ってレヴィードを弾く。


(次は着地後に低姿勢で突進、接近してからの右斜め下からの斬り上げか。これを捌いて叩き斬れば俺様の勝ちだ!死ね!)


レヴィードが弾かれて着地するとリューゼに突っ込み、シロザクラを振ろうとした瞬間だった。


ポロッ


なんとレヴィードはシロザクラを手離して落とした。


「なっ!」


砲雷拳(ライトニングブロー)!!」


「ぐあああっ!!?」


その直後、レヴィードの雷が宿った(パンチ)がリューゼの腹に捩じ込まれ、後方の建物まで吹っ飛ばした。


「うぐっ…」


リューゼはよろりと起き上がる。殴られた衝撃で損傷した内臓は聖女のスカーフの力ですぐに治って戦闘不能に至らないが、腹の底からズキズキとした鈍痛の余韻を残していた。


(なんでだ?なんでだ?なんでだ?)


聖剣(プロヴィティア)の啓示通りにレヴィードの斬り上げを待ち構えていたのにどうしてこんな目に遭ってしまうのか、リューゼは全く理解できずに脳ミソが掻き乱される思いであった。


「どうしてって顔だね」


「!」


まるで乱れきったリューゼの心を読んだかのようにレヴィードは佇んでいた。


「聖剣の弱点。それは最善手しか打てないって事だよ」


「…は?」


レヴィードが指摘した聖剣(プロヴィティア) の弱点についてリューゼの混乱はより一層深まった。

本来、自分がどのようにすれば最良の選択かを考えるのは人としてごく自然なことである。

チェスなどの遊戯(ゲーム)ならばどう駒を動かすのが最良か、こうした命を()した真剣勝負ではどう攻めどう守るのが最良か。

それを未来予知並みの精度で予測できる聖剣プロヴィティアはそういった意味では最強の聖剣である。


「僕が剣から手を離した時、どんな未来が見えた?」


レヴィードにそう問われてリューゼは固まり、顔を俯ける。リューゼが見た(イメージ)はレヴィードが剣を手から離した瞬間に途切れてしまっていたのだ。


「…僕が猫を拾おうとした時、聖剣の攻撃をすんなり抜けて拾う事ができた。それで思ったんだ。その聖剣は僕が猫を拾うという悪手の選択肢を考えていないってね」


レヴィードが深傷を負った猫を拾おうとした行為は人道的に美しいが、戦いに於いては大きな隙を見せる悪手である。

それを余裕を以て救えたということは聖剣はレヴィードが猫を救わずにリューゼに攻撃を仕掛ける可能性しか予測していなかった、ということになる。


「…!」


リューゼが思い起こすと、猫を叩きつけた後にレヴィードが向かった時、聖剣(プロヴィティア)が見せた(イメージ)はレヴィードが攻撃してくると読んでいた。しかしレヴィードが猫を拾ったことでその攻撃は空振りしたのである。


「確かに常に最善手を取れるのは強いよ。だけど剣の能力ひとつで全部の可能性を推し測れる程、人の可能性は軽くないさ」


レヴィードがシロザクラを突きつけるとリューゼは涙を堪えながらレヴィードを睨みつけていた。






(クソッ!何で聖剣でも勝てないんだよ!)


リューゼはもう心がへし折れていた。かと言って泣き喚くようなみっともない真似はすまいと必死に涙を抑え、怯えたい表情を無理に強気な表情に固めている。


「え~ん!かあちゃんどこぉ~!?」


不意に小さな女の子の声がした。リューゼとレヴィードがその声の方向に目をやると、逃げ惑う中で親とはぐれたのであろう、おかっぱ頭の5才くらいの女の子が大泣きしながらとぼとぼ歩いていた。


(しめた!)「光転移(フォトントランス)!」


リューゼが魔法を唱えると光の粒となって消え、その姿を女の子の背後に再構成した。


「おらよ!」


「ひっ…」


そしてリューゼは女の子を乱暴に持ち上げるとその首筋に聖剣(プロヴィティア)の刃を当てる。


「武器を捨てろ!」


「やめるんだリューゼ王子!これ以上勇者が間違ったことをするんじゃない!魔王を倒して人々に平和をもたらすのが勇者である貴方の役目じゃないのかい!?」


「黙れ!俺様は勇者であり王族だ!!お前風情に屈服するなど、死んでも出来るか!」


リューゼは興奮してレヴィードに吼える。


カツンッ


「!?」


リューゼは左上の方向から不意に聞こえた物音に過敏に反応し、屋根を見上げた時だった。


プスッ


「痛っ!」


リューゼは肩に小さな針を刺された感覚がした直後に何かの体当たりで倒されてしまった。


「一体…何が…!」


リューゼが肩に刺さった針を抜いて周囲を見渡す。倒した相手が見当たらなかったが、レヴィードの視界にはちゃんと映っていた。その姿はリューゼの目線では死角となる真後ろの建物の屋根の上におり、レヴィードにとって見覚えのある者であった。


(あれは…あの時の忍者)


それはレヴィードがウチョウテンソウの事件でゴッチエのアクツ家に潜入した時に遭遇した狼の仮面を着けた女忍者である。女忍者はリューゼに捕まっていた女の子を抱えたまま屋根の向こうに消えてしまった。


「畜生っ!なんで俺様の思い通りにならないんだ!!」


レヴィードに打ち負け、人質もいなくなり、何もかも上手くいかないリューゼは苛立ちを爆発させるように叫ぶ。


「リューゼ王子。勇者として、王族としての矜持を少しでも保ちたいなら、(あやま)ちを犯した罪を潔く認めることをお薦めするよ」(尤も、ごめんなさいと言ったところで許されるとは思わないけどね)


「黙れ!俺様は勇者だ!!魔王を討ち、世界を救う俺様こそが正しいんだ!貴様ら庶民風情に頭を下げる義理はねぇ!覚えてろよ…お前は必ず殺す!!定点転移(ワーヒュン)


リューゼがレヴィードを睨みながら魔法を唱えると白い魔法陣が浮かび上がる。それは倒れているエレアにも交戦中のアンジェリカにもデリュジスにも現れ、パァっとレヴィード達が目を閉じる程の眩しい光が溢れ、レヴィード達が再び目を開けた時にはリューゼ達の姿はなかった。


「消えた…?」


レヴィード達は周辺を見渡すが足跡も無く何処かに隠れている気配も無く、勇者パーティーは文字通りこの場から消えたようであった。


神失魔法(ロストマジック)の一種かな。賢者の籠手だったらそのくらいの魔法ありそうだし)


「レヴィード、怪我大丈夫?」


「ん?ああ、平気だよ。それよりジェイクさん達はどう?」


「うん。ちゃんと治ったわ」


レヴィードを心配してフィーナが駆け寄るが、当の本人は何事もないように笑ってみせた。






勇者パーティーとの対決を終えてレヴィードの元に仲間が集まる。


「…レヴィード様。遅参となり申し訳ございません」


ぺルルとターシャがレヴィードに頭を深々と下げる。


「ううん全然良いよ。むしろモモハラからここまで結構距離があったと思うけど、どうやって?」


「ああ。それは父上達聖騎士団が乗っていた馬を…」


「奪った?」


「人聞きの悪いことを言うな。その…拝借しただけだ」


レヴィードの軽口な質問にラティスは少し口を尖らせながら答える。


「あっ、そうだソスアス!腕大丈夫?」


「条件付きで問題無し。レヴィードの水飴波(ベトウェーブ)で腕の接着を要望します」


「うん全然良いよ」


ソシアスは斬られた腕を金属が剥き出しの肘先に押し当て、そこにレヴィードが水飴波(ベトウェーブ)を糊代わりに接着した。


「本当にこんなので平気なのかい?」


「問題なし。完全修復完了までの予測時間はおよそ150時間です」


レヴィードは頭の中ではソシアスが生き物ではない事を解っているつもりだが、それでも仲間を物のように扱っているようで若干申し訳なく思った。


「いたぞ!」


レヴィード達が互いに無事を確認しこれまでの経緯を話し合っていると、武士達数十名がレヴィード達を取り囲む。武士達は忠剣組の隊服である陣羽織を着ておらず、城務めの者であると思われた。


「そなたらがレヴィード一派か?」


「そうですが…」


「我らが王、フジヒデ・トヨタマ様がお呼びである。我らと共に登城していただきたい」


レヴィード達も人や建物を傷つけないように気を付けながら戦っていたものの、不可抗力とはいえ壁や屋根を所々壊してしまっていた。


「…了解しました。みんな。おとなしくついて行こう」


やむを得ない状況とはいえ王が住む華京(おひざもと)で暴れた以上、追求は仕方ないなと腹を括ったレヴィードは弁明の言葉を考えながら武士達と共に城に向かった。






それからレヴィード達は町の奥にある城に入り、大広間に連れてこられた。

ヤトマの王フジヒデ・トヨタマが住む城はサカオ城と呼ばれ、ネビュヘートのものともロマニエのものとも異なり、木造の廊下が幾つもある畳部屋や床の間と繋がっている、貴族や豪商の屋敷をそのまま巨大化したような造りであった。

レヴィード達が案内された大広間は人間が200人程度入るくらい広い部屋に畳が敷き詰められており、天井や(ふすま)には松・竹などの植物や虎・龍などの動物が鮮やかな塗料と金箔で力強く描かれ、一段高い場所にある上座には玉座の代わりに高級そうな紫の生地の座布団が敷かれていた。

そんな豪華絢爛な大広間でレヴィード達は緊張しながら正座でじっとフジヒデの到来を待っていると、数分後に小さな太鼓を持った武士が1人やって来た。


「フジヒデ様の、おなぁぁりぃぃぃ!!」


その武士が太鼓をポンッ、ポンッと鳴らしたのを合図にレヴィード達が一様に両手と額を畳に着けるように伏せると奥の襖が開き、フジヒデが紫の座布団に座った。


「苦しゅうない。(おもて)を上げい」


(ん?)


レヴィード達はフジヒデの声に聞き覚えがあるなと違和感を覚えながらもゆっくりと顔を上げると目を丸くしてしまった。


(えっ!?なんでここにぃ!?)


レヴィード達は声を大にしてツッコミたかったがそれを喉奥に押し込める。そこにはなんとキチマルが座っていたのだ。

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